第19話
改稿版
これにて決闘篇終了となります。
大体1話1万字以上を維持していますが、これ以降短くなる可能性大です。
――――決闘編・後:5――――
――決闘後、闘技場内の控え室にて。
セレン、エステル、リカルドが黙って見守る中、フォルカとナタリアは対峙していた。
契約を破られたナタリアがフォルカを糾弾していた。
「――あなた一体どういうつもりなの?! 殺せたのに殺してないじゃない!」
「確かにあなたの言い分は尤もです。ですが、俺は明確な契約違反をしたつもりはありません」
殺しを依頼した相手が生き残っているとあれば、心中穏やかではないのは当然であった。
今にも掴みかからんばかりの勢いで責めるナタリア。
対して、事実を淡々と答えるフォルカ。
「…それってどういうことかしら?」
「ナタリアさんから見れば一方的な契約破棄にみえるでしょう。
ですが、あなたの依頼に対し、俺はゲイルを殺すなど一言も言った覚えはありません。
約束したのは、決闘に勝ってゲイルに屈辱を与えることだったということです」
「そんなの詭弁よ!」
確かにこれは詐欺に等しい。だが、これが一番良い結果だと信じている。
誰も死ぬことはなく、形だけでも復讐はなされた。これ以上望めば破滅の道しかない。
だから、過程と結果のみを語る。
「しかし、あなたの意思とは関係なく契約は発動します」
「――それはッ」
「…今さらどう足掻こうと、あなたはゲイルと別れざるを得ません。
掟により形だけでも俺の妻となります。書類が受理されている以上、どうにもなりません」
ナタリアの翼は興奮のためかブワっと広がっている。
無茶苦茶なことを言うフォルカに激しく詰め寄る。
「そんなの私が認めると思ってるの? 契約なんて反故よ!」
「ええ、それで構いません。あなたは俺に愛想を尽かしたとか理由をつけてすぐ離婚すればいい。
こちらも中途半端な契約であなたを縛る気はありませんから」
「でも…ッ! あいつと別れたらもう復讐なんて出来なくなるじゃない?!」
「復讐は…、諦めてください。契約前にも話したように、あなたではゲイルを殺せない。
俺が彼に煮え湯を飲ませたということで納得してはもらえませんか?」
「それだけじゃ足りないわ! まだ生きてるじゃない」
「…復讐しても誰も浮かばれない。また他の誰かを不幸にするだけです。
それに、あなたはゲイルが何故夫を殺したのか、話し合ったことはあるんですか?」
「――…っ」
唇を噛んで悔しげに顔をそむけるナタリア。
漠然とした想像でしかなかったが、予想通りだった。復讐心が先走ってリカルドの話を聞こうともしなかったのだろう。
その感情は理解できないでもない。だが、人としてあるまじき行為。リカルドにどれだけ心配をかけたかわかっているのか。
溜息をついて言葉を続ける。
「やはり、話し合っていませんでしたか…。――ゲイルと本気で決闘して幾つかわかったことがあります。
確かにあいつは冷酷かもしれない。だけど、理由なしに殺す男でもない。あなたの夫を殺したのにも必ず理由があるはず」
「それでも…、あの人を殺したことに変りはないわ。
あれほどゲイルを尊敬してたのに、簡単にゲイルは切り捨てたのよ?!」
難しい問題だ。本来なら他人が関わっていい問題ではない。
しかし、自分は進んで関わってしまった。ならば、もう他人ではいられないということ。
故に、荒唐無稽ともいえる方法を静かに述べる。
「…それでも、ゲイルを許してあげてください」
「いきなりなにを…! 許せるわけないじゃない!」
「それは貴方が許したくないからです。夫を殺したゲイルをどうしても許せないだけ。許すことが最愛の人への裏切りに思えるのでは?
恨みを忘れろとは言いません。でも、部下を殺さざるを得なかったゲイルの心境も…、理解してやって欲しい」
そのとき、ナタリアはふと違和感を覚えた。
フォルカと自分の言動、その根本が噛み合わない。意図するところが全く異なるかのように。
そうと認識した途端、沸き立つ感情が徐々に冷めていく。
・・・フォルカの顔は苦渋に歪んでいた。だが、それは自分に向けられたものではない。
彼の言葉はゲイルへの殺意どころか害意すらないのではないか。寧ろ、ずっと庇い続けている。
そう思えば、契約を持ちかけた来た時から何か意図的な流れを感じる。……まさか――?!
「…もしかして、あなたはあいつを守るために戦ったんじゃないの?」
「――…」
沈黙は肯定と同義だった。フォルカはゲイルを"殺すため"ではなく、"守るため"に茶番を演じたのだ!
ナタリアの心が再び過熱していく。契約の本願がゲイルから確実に引き離すためと知り、騙されたことに対する怒りが渦巻く。
「一体どうしてあんな奴を守るの?! あなたとは何も関係ないじゃない!」
「関係は、ある」
「――どんな関係よ!」
「それは言えない。言ったところで理解できない」
一言の下に切り捨てらる。言外に、絶対に話さないという強い意思が込められていた。
全くわけがわからない。この町の新参者で、自分ともゲイルとも一切関係ないはずの他人。
それなのにどうしてここまで深く介入してくるのか。
「わからない。あなたの考えてることがわからない。
どうして、赤の他人のために命懸けの決闘までしたのよ?!」
「…敢えて言うなら、自己満足だ。返せなかった恩を返すとでも言うべきか。
だから、絶対に殺させない。あなたが復讐でゲイルを殺そうというなら、俺はそれを防ぐ盾となる。何度でも」
「な…っ?!」
自己満足、恩返し。またしても意味不明だ。接点がない相手に一体何の恩があるというのか。
しかし、ゲイルへの復讐が不可能になってしまったことはわかる。あの決闘を見せつけられて理解してしまった。
ゲイルを打ち倒す壁を突破する方法などあるはずもない…。
考え込む此方を余所に、フォルカが静かに言葉を続けてくる。
「――でも、これが最善だと信じています。ゲイルもナタリアさんも死んでいない。
両方とも助けるために、無茶を承知でこんな決闘を仕組んだんですから」
「…とんだ茶番を演じてくれたものね。完全に騙されたわ」
とんでもないことを平然と言ってくれる。口の端が悔しさで歪んでいくのを感じる。
しかし、その穏やかな口調は、それこそが本音だったと伝えてくる。
黒いメガネのために彼の目の色は伺えないが、穏やかな表情を浮かべているだろうことは想像できた。
「ナタリアさん、あなたの復讐への道は閉ざされた。
ゲイルの許を離れる以上、俺だけじゃなく、リカルドさんもあなたを放っておかない。
これからは、ゲイルに簡単に近づくこともできなくなる。
あなたさえ復讐を諦めてくれたのなら、これで全て終わる」
彼の言葉に偽りがないことはわかる。自分が諦めれば全て解決するのだろう。
だけど、感情が納得してくれない。悲しみと怒りに引き裂かれた心は今でも悲鳴を上げている。
ゲイルに復讐してやりたいと今も軋んでいる。
「いきなりそんなこと言われても困る…。考える時間をちょうだい」
そこでフォルカが我が意を得たりと穏やかな笑みを浮かべる。
疲労も見えるが、どこか喜びを携えた澄んだ笑みだった。
「それでいいんです。まず考えて、人に話して、また考えて…、それでもダメだったら他の方法を考える。
簡単なようで怖くて難しい。だけど、それが最善の方法を導き出すんです。
ナタリアさんの場合、相談せずに感情の赴くまま復讐へ走った。もう一度それを考え直してください。
そのあと、俺に協力できることがあったら何でも言ってください。違約金代わりに引き受けますよ」
「簡単に言ってくれるのね…。出来たら誰も苦労しないわ」
「まぁ、形の上だけでも夫になるわけですから。協力は惜しみませんよ、ナタリアさん。
また何かあれば手紙なり直訴なりお願いします。――それでは失礼します」
言い終えるなり、フォルカはリカルドに二言三言話しかけた後、控え室から出て行ってしまった。
その後をセレンとエステルが追って出ていく。此方へ冷ややかな視線で一瞥を残して。
…トワネスティーの面々が出て行った後、思わず脱力して控室のソファーに座りこんでしまう。
契約を裏切られた衝撃もあったが、復讐に熱くなっていた心は確かに冷めていた。
そんな自分にリカルドが心配そうに話しかけてくる。
「――ナタリア、大丈夫か?」
「…ええ、とても疲れたちゃったけど、大丈夫」
リカルドには本当に心配をかけてしまった。謝っても謝り切れないほど。
どう転んでも自分は死んでしまう道を走っていたのだから当然だろう。
夫が死んで以来、初めてまともな会話をリカルドと交わす。
「今まで心配をかけてしまって…、ごめんなさい。反省してる」
「全くだ。本当に馬鹿な妹を持ったもんだ。――でも、仕方ないことだったのかもしれないな。
義兄さんを深く愛していたナタリアにとって、あの死は残酷すぎた」
「そうね、我を忘れてた。…でも、リカルドの顔はやつれちゃったわね。本当に疲れた顔してる」
「はは…、もしフォルカが俺たちを助けてくれなかったら今頃どうなっていたことやら」
リカルドは全く気にした様子がなかった。顔こそ疲れきっているが、穏やかに此方を見つめている。
半身のために尽くすのは当然だとその瞳が語っている。
それを見ていると思わず涙が零れそうになる。いかに自分がリカルドに心労をかけていたか考えもしなかった。
自分だけの復讐などないということを知った。必ず誰か巻き込んでしまうのだということを。
「――ねぇ、あの人は去り際に何て言ってたの?」
暗い空気を振り払うかのように聞いてみる。
今回の決闘の裏で暗躍した彼が、共犯者であるリカルドに何を言い残したのか気にもなっていた。
「ああ、二度と暴走ナタリアの手綱を離すんじゃないぞって言われた」
「…なかなか失礼なことを言うわね」
「あれだけの騒動の原因がそれを言うのかい? 至極当然だと思うが」
悪戯っぽくウインクしてリカルドが返してくる。
それを言われるとこちらは反論できない。
「ま、まぁそれはともかくっ、他にはないの?」
「いや、これはちょっと言うべきじゃないと思うんだが」
「なによ?私に隠れてまた何かするつもり?」
「いや、そんなことはしない」
「隠し事じゃないなら言ってよ。今の私はそんなに信用ならない?」
ナタリアの瞳は徐々に厳しさを増していく。
先ほど盛大に騙されたのだ。また更に隠し事でもされれば疑心暗鬼に陥るのも仕方がないことで。
仕方なしという体で、しぶしぶとリカルドが話す。
「う~ん…。正直不謹慎だからあまり言いたくはないんだけどな。
フォルカは折を見て誰かいい男を紹介してあげてもいいかもしれない、って冗談めかして言ってたんだ。
もう1回新しい恋をするのも未来に進む手の一つ、だってさ」
「…曲がりなりにも夫が妻に言う台詞じゃないわね、ソレ」
これには苦笑せざるをえない。
苦労した決闘で手に入れた妻に、堂々と浮気しろという夫など前代未聞だろう。
「全くだ…。俺としては、現時点だとフォルカ以上にいい男は紹介できそうにないな。
新参者で一風変わってるが、その実、人情ある男さ。しかもゲイルを圧倒するほど強い」
リカルドが自分の気持ちを確認するかのように尋ねてくる。
しかし、気持ちがないまぜになっていて、自分でも気持がよくわからない。
夫を忘れて新しい恋なんて出来るとも思えない。
「…それについては、まだ何とも言えないわ。あの人のことを忘れて恋なんて…」
「違うよ、ナタリア。フォルカはそんなことが言いたいんじゃない。
過去を忘れるんじゃなくて、それを大切にして先に進めって言ったんじゃないのか?」
リカルドに諭され、ハッと気づく。
言われてみればそうだった。彼の言葉は全て将来を見据えたものだった。
未来を閉ざすためではなく、拓くために必死になっていた。
その結果、
自分は今も生きており、ゲイルも生きている。誰も死なず、明日へ歩める。
彼は、誰かが確実に死ぬという未来を書き換えてみせた。
…これを導き出すため、どれほど苦心したのか想像もつかない。
「――そっか。なら、考えるだけ考えてみる。リカルドの太鼓判なんて滅多にないし」
「ああ、そうしてくれ。騙された苛立ちはあると思うけど、あいつはそれだけじゃないさ」
その言葉に頷きを返しながら考えに浸る。
ゲイルへの復讐を忘れることはできないと思う。死んだ夫のことを忘れられないのと同じように。
だけど、リカルド以外にも支えてくれる人がいるなら話は別かもしれない。
心の奥底で、フォルカ・ソウマ・メンハードという男への興味が高まるのを感じていた。
―――その夜、アダモフのカウンター席にて。
「ソウマ…、盛大なお礼がこれかい? 喜ぶのはエステルだけじゃないか」
「えへへへぇ~、あたしは大歓迎だよぉ。愛してるぅ~」
迷惑をかけた償いということで、トワネスティーの3人はアダモフにやって来ていた。
フォルカ・エステル・セレンという感じで、エステルが暴走しないよう囲んで座っている。
ちなみに全部フォルカの奢りというのは言うまでもない。
世界樹の森で手に入れたアイテムがなければヤバい展開になっていただろう。
「ま、まあまあ、他にもちゃんとお礼はするから。今回は慰労パーティーということでお願いするよ」
「――それなら、今回は我慢する…」
軽く剝れるセレンを宥めつつ、一緒にハーブ酒を嗜む。
子供みたいにコップに口を付けてお酒をチビチビ呑むセレンは可愛かった。
この世界のハーブ酒はなんだか自分に合っているようで美味しいく感じる。
エステルが飲み過ぎて暴走しなかったらセレンも楽しめるんだろうが、この娘は油断するとすぐ暴走する。
さっきエステルがトイレに行った帰りにも他の客へ絡もうとしてたからなぁ。
すぐさま苦労人ことセレンが杖で突っ込みを入れたから事なきを得たものの…、酒乱は怖し。
「――でも、今日はソウマさんもお疲れ様でしたね。
まさか、あのゲイルさんと本気で決闘されて勝つなんて驚きましたわ」
店主兼バーテンダーであるアリサさんが、おっとりと話しかけてくる。
どうやら、あの決闘は彼女も見ていたようだ。
「流石に無傷というわけには行かなかったけどね。でも、アリサさんも闘技場に居たのか」
「ええ、あの決闘はお祭り騒ぎでしたから。わたくしも興味がわいて観戦させて頂いたのですけど…。
失礼ながらソウマさん、やはりターバンとメガネは取った方がいいのではないでしょうか?」
皆して同じこと言ってくれます。取れるものなら取りたいのが本音。
しかし、それは死亡フラグというもの。ここは態と恍けるしかない。
「いつもの姿とそんなにギャップがありましたっけ?」
「割と品があるくせに変な格好だからおかしいのよぉ~。いっそ全身変にしたらましになるかも」
思わずブッと噴き出す。
酔っぱらいエステルめ。酷いことを言ってくれる。
どこまで戻れない道に踏み込めというのか?!
「エステル…、君は酔い過ぎ。これ以上変にしたら仲間としても立場がないだろう?」
「ああ~、言われたらそうかもぉ。あはは、忘れてたぁ」
「…頼むから"大切なこと"だけは忘れないでくれよな」
さすがセレン。ギルドの良心だ。
でも、エステルが酔った勢いで自分の秘密をばらしそうで怖くて仕方無い。
…が、ここでアリサさんがとんでもないことを言い出す。
「ああ、そういえば今日は娶った妻のナタリアさんはどうされたのですか?
よろしければ使いの者をお出ししますが、どういたしましょう?」
これは拙い。非常にヤバい。どうやっても自然に切り抜けられない問いかけ。
詳しい事情を話すわけにもいかないから、無理を承知で誤魔化すしかない。
「い、いえ、それには及びませんよ?! 今日は仲間内だけで祝おうってことなんで!」
「あ、あら、そうでしたの? それは失礼いたしました」
戸惑った様子で返すアリサさんに、心の中ですいませんと平伏して謝る。
気が利く人だけど、ここでそれをされると非常に困る。
今更どんな顔引き下げてナタリアに会えというのか。
仕事絡みならまだしも、私事で会うとなると、どうしても気が引けてしまう。
「あ、アリサさん、次は果実酒のお勧めで」
グラスを空け、次のオーダーをすることでこの場を誤魔化す。
「はい。どれになさりますか?」
「う~ん…、じゃあ最近王都でお勧めって言われてる例の一品で」
「畏まりました。しばらくお待ちくださいね」
テキパキとお酒の準備をするバーテンを見ながら、酔ってしなだれかかるエステルをあやす。
想像以上に目立ち過ぎてしまったので、どうするか対応を考える…。
――その時、唐突に店の扉が開け放たれる音がアダモフに木霊した。
…同時に、何故か店中が静まりかえる。アリサさんも驚愕して固まっている。
踏み入った何者かは足を引きずるような音を立てながら、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
何事かと振り返ろうとした時、その誰かは此方の左隣の席へ遠慮なく座り込んだ。
傍若無人ともいえる行為に抗議しようとした瞬間、自分も驚愕で固まった。
今さらこいつが何をしに――?!
「…トワネスティーのフォルカ、だな?」
間違いなく、闖入者は数刻前まで戦っていたゲイルだった。
その姿は痛々しく、身体中包帯まみれだった。右腕と首は固定までされていた。
何より、膝を打ち抜いたというのに松葉杖もなし歩くとは。魔術でも使ったのだろうが呆れるほどの回復力とタフネスだった。
とはいえ、最低数日間は安静にしておかなければならないほど痛めつけたはずなのに、無理をしてまでここに来た理由がわからない。
…一体なぜ――?!
「黙っている気か? 問いには答えてもらいたいな」
「…ちょっとあんた! 勝負に負けた奴が何の用よ?!」
この場でいち早く立ち直ったエステルが傍若無人なゲイルに猛然と抗議する。
驚きと怒りで酔いも完全に吹き飛んでいるようだ。
「お前に用はない。話があるのはフォルカだけだ」
「はぁ?! あんた何様のつもりよ! まさか喧嘩売ってんの?!」
「エステル、いいんだ。――ゲイル、今さら俺に何の用だ?」
激昂してゲイルを睨みつけるエステルを無理やり椅子に押し込み、ゲイルと対話する。
「聞きたい話がある。俺としても納得いかない点が出てきたのでな」
「…わざわざ聞きに来たにしては随分と礼を逸してないか? ヤルカンドは団員を随分不躾に育ててるんだね」
「だから部下など使わず俺が直に来たではないか。そこで何を話そうと問題ないはずだ」
傷まみれというのに、いっそ傲岸不遜とも言える言葉を返すゲイル。
これには冷静なはずのセレンまでもが不快げだった。ゲイルの態度には余程腹に据えかねているようだった。
…だが、これでは話が進まない。
「悪いが皆、ゲイルと話をさせて欲しい。
――ゲイル、聞きたい話とは決闘の結果じゃなくて決闘の目的か?」
「ああ、その通りだ」
怒っているエステルとセレンは全く眼中にないようだ。ひたすら自分のみを見据えてくる。
ゲイルは、結果ではなく目的について知ろうとしている。
もしかすると、この決闘の裏にある真実に勘付いたのかもしれない。ならば――、
――椅子を音を立てて回転させ、ゲイルと正面から向かい合う。
「なるほど…。ならば話し合う必要があるかな」
「決闘前は大して疑問は抱かなかったのだがな…。決闘後に問題が山積みになった」
「そう言われても困るんだけどな…。
俺は掟に反することは一切していない。それは戦ったお前が一番知っているだろう?」
「ああ、勿論だ。決闘の結果について異存はない。こちらの完敗という結果にはな。
…しかし、この時期にナタリアを奪いに来たこと、俺を殺さなかったことが引っかかる」
いつしか店中がこの会話に耳を澄ませていた。
セレンやエステルも不満気ではあるが、どこまでも真剣なゲイルとフォルカの様子に口を出せなくなっていた。
それを余所に2人は会話を続ける。
「…というと?」
「お前は俺を暗殺から守るために一芝居打ったのではないか、と言っている」
「まさか。そんなことをして「この期に及んで隠すな」……」
思わず言葉に詰まる。いきなりの直球で頭の中が混乱している。
そんな此方を真面目な表情で見やりながらゲイルが続ける。
「ヤルカンドの情報網を舐めてもらっては困る。貴様が決闘後にナタリアとした会話は俺の部下が聞いていた。
その内容は、結果的に俺が守られるものでしかなく、お前が命懸けの芝居を打った話の証明にもなる。
お前は、俺がナタリアから――」
「まて、それをここで言うな」
決闘の真の目的を語ろうとするゲイルを手を翳して遮る。
その内容を衆目に晒すのはリスクが高すぎる。
「…わかった」
…ゲイルもそれを承知しているのか、大人しく黙ってくれた。
こちらの譲歩を引き出すための話術だった、ということなのだろう。
ここまで目的を知られているなら話すしかない。
「――そこまで知っているなら、隠しても仕方がない。お前の推察は粗方正しいよ。
俺はナタリアとお前を守るために決闘を申し込んだ。ただ、それだけさ」
そう、大まかな目的はこれに尽きる。
細かな背景について語れば、それこそ切りがない。
それに対し、ゲイルが当然の疑問を返す。その目は嘘は許さんとばかりに細められていた。
「目的はそれだとしても…、見ず知らずの他人のために何故そこまでする?」
「それは、悪いが言えないな。
ここから先の詳しい話は、誰にも話したことがない。仲間のセレンやエステルにさえな。
お前にだけ特別話すというわけにもいかないだろう? 俺とお前は他人なのだから」
内心では他人とは思っていない。他人とは思えない。だから命懸けで守った。
これは、地球で父に何一つ返せないまま死なせてしまったことへの引け目なのだから。
「フッ、そうか…。信頼している者にさえ話していないのに俺に話せるはずもない、ということか」
「悪いな。そういうことになる」
――2人の言葉が途切れ、沈黙が酒場を支配する。
…それを破ったのはゲイルの独白じみた言葉だった。
「…真意は自己満足、いや、過去の起きた何かの贖罪とでもいったところか」
思わず苦笑いが顔に浮かぶ。
これもまた直球だった。ナタリアとの会話でつい漏らしてしまった本音だ。
部下から又聞きしたに過ぎないゲイルの鋭さには脱帽する。
「お前の部下は本当に耳聡いな…。贖罪という言葉も的を外していない。だが、俺の口からそれ以上言うつもりはない」
「そうか…」
ここでまた会話が途切れる。
だが、ゲイルが再び口を開く。
「――フォルカ。貴様の決闘で用いた魔術、或いは力。あれは一体何なのだ?
それほどの魔術を準備していたようには見えなかったのだがな。
御蔭で意表を突かれてこの様だ」
「おいおい、戦闘ギルドの人間にそれを聞くのか?
そんなこと教えられるわけないじゃないか」
「それでも凡ゆる戦闘には常がある。俺が魔術を使うまでの間は常の理の範疇だった。
しかし、お前を追い込んだ時、理を外れたとしか思えない力をお前は行使した。
教えろ、フォルカ。もう一度問う。あれは一体何だったのだ?」
「いや、そこは頑張って想像してくれ。答えは言えないぞ」
「貴様が純血種族ならば話は早いのだがな。だが、現存する純血種族と力も特徴も照合しない。
だから興味がある」
ゲイルは此方の話に聞く耳を持たなかった。とはいえ、この追求はある意味当然のものだった。
負けたならば、その原因を探るのは当然のこと。しかし、答えられないのだから仕方がない。
詰問されるかのような雰囲気を振り払うかのように新しい酒を頼む。
「アリサさん、ハーブ酒をストレートで。王都産の20年物でお願いします」
「あ、はい! 畏まりました。すぐにお持ちしますね」
唐突に話しかけられたアリサさんが珍しく慌てながら酒の準備をする。
そして、出された酒をゲイルにヒョイと手渡す。
「――ほら。俺の奢りだ」
「こんなことで話を誤魔化す気か?」
「気に入らないならまた話を聞いてやる。だから黙って今日は飲めよ」
「…俺はハーブ酒が嫌いなんだが」
酒を受け取りながらゲイルが眉を顰める。鉄面皮でも割と表情は変わるもんだ。
それより、奢りの酒にいちゃもん付けましたよこの野郎。なんて我儘なんだ。
「我儘な奴め。ハーブは健康にいいんだぞ? 怪我人のお前には一番いい」
「怪我をさせた張本人がそれを言うか。――まあいい、お前がそこまで言うなら飲んでやろう」
仕方ないという感じでグラスに口をつけるゲイル。その様は悔しいけども、絵になるくらい格好いい。
自分も真似したいくらいだ。――とはいえ、
「…本っ当にプライドの高い奴だな、お前は」
「嫌いなものを嫌いと言って何が悪い」
「いや、そうじゃなくてさ。…もう、いいよ」
「?? 変な男だな、お前は」
ゲイルは頭いいのか鈍いのかよくわからなかった。
ただ、決闘で感じられたように、決して悪い男じゃない。彼の技に濁りはなかった。
一緒に酒を飲み、話しているとよくわかる。
おそらく、今までゲイルは孤高の存在だったんだろう。
そんな環境で育つうちに人への興味が薄れ、平然と切り捨てられるようになった。
その力故に、誰もが恐れるが、理解してくれる人は少なかったのではないだろうか。
彼の心根は純粋で真面目だ。でなければ、ここまで強くなれなかったはずだ…。
――そこから先の会話は普通だった。
硬直した空気も解れ、セレンやエステルも不機嫌そうにしながらも会話に参加してきた。
アリサさんやゲイルを交え、5人で他愛もない会話に華を咲かせる。
その穏やかな会話も、ゲイルが酒を飲み終わり、席を立ったことで終わりを迎える。
「――色々と借りができてしまったな、フォルカ」
席を立ったゲイルが此方へ話しかけてくる。なかなか意味深な言葉だ。
「それは勝ち負けのこと? それともナタリアのことか?」
「無論両方だ。必ず借りは返させてもらう」
こちらの問に対して当然と言わんばかりに返してくる。
強さに貪欲で義理難い男なのだろうが――、
「…悪いが、此方としては命懸けの戦闘は二度と御免蒙りたい。お前との戦いは心臓に悪すぎる」
「そーそー、家に帰って残った奥さんとよろしくやってなさいよぉ」
エステルが微妙に酔った感じで茶々を入れる。結構エグイことをおっしゃる。
妻を奪われた男に対する慰労が一切ないとは酷い。
しかし、それを微塵も気にした様子もなく淡々とゲイルは言葉を紡ぐ。
「そうか。…しかし残念だ。フォルカほどの男ならばヤルカンドに欲しかった。先を越されるとは無念だ。
最近、こちらも人材不足が深刻極まるのでな」
「ヤルカンドとか、この町の大手ギルドが軒並み世界樹の森に挑んで大被害を受けたって言う噂は本当だったんだ」
セレンの意を得たりという感想にゲイルが淡々と答える。
「ああ、一番被害を被ったのはトワネスティーに違いないがな。
ヤルカンドやトラブゾンという大御所が派遣した隊ももほぼ全滅した」
「確かに、世界樹の森には二度と関わりたくないわね…」
エステルが椅子の背もたれに抱きつきながら嫌そうに漏らす。
だが、いくつものギルドが世界樹の森で被害を受けたなら、ギルドシステムに支障を来すのではないだろうか。
「そんなに大被害をうけて、ギルドの競争関係に影響は出ていないのか?」
「…大手ギルドの衰退で中堅ギルドが力を付けつつありますわ。
今、傭兵部の報酬金額は出来高払いになってしまっているとか」
「なるほど。ギルドが凌ぎを削り合っているのが現状ってことか」
此方の疑問に対し、アリサさんが軽く説明してくれる。
さすが酒場のバーテンダーだ。色んなことを知っている情報通ということか。
ゲイルが額の包帯を弄りながら言葉を重ねる。
「そういうことになる。俺に勝てたのは一石二鳥だったな、フォルカ。
公の前で力を見せつけた以上、トワネスティーへの依頼が途切れることはないだろう」
「ま、それも狙いだったからな。お陰でこれからも独立したままやっていけそうだよ」
「そうか…。外見に騙されがちだが、強かな男だ。できれば敵対関係にだけはなりたくないものだな」
「俺もそう思ってるよ」
「あたしもヤルカンドと敵対するのは疲れるから嫌だなぁ」
「ゲイルの指揮にある部隊は弱点ばかりついて来るからね。できればずっと味方でいてもらいたい」
トワネスティーの面々の言葉に対し、珍しく笑みを漏らしてゲイルが答える。
「そうか。では、いつか共闘できればいいな」
「ああ、その時はよろしく頼む」
此方の言葉に軽く頷きを返し、痛む身体を引きずるようにしてゲイルがアダモフを出ていく。
扉の外には数人の護衛がいるのがわかった。あれならば無頼漢に襲われても大丈夫だろう。
――そんなゲイルがいなくなった後、エステルが元気よく声を張り上げる。
後から考えれば、これが悪夢の始まりだった。
「――さ~ってと、飲みなおしますかぁ!!」
「おいおい、エステル。酔いが醒めたなら抑えないか…?」
酒瓶を抱えてご機嫌なエステルに恐る恐る声をかける。
そんなフォルカに対して、セレンが慌てて注釈を入れる。
「ソウマ、そんな弱腰じゃ押し負けるよ?! エステルはここからがヤバいんだ!
首根っこ掴むくらいの勢いでいかないと!」
「え? あ、ああ、わかった!」
酒瓶ごとかっくらおうとするエステルに飛びかかるが、妙にグニャッとした動きで避けられる。
なんというか、物理法則無視してるのは気のせいか??
「へへ~ん、おそいおそい。止まって見えるぜぇ~、ソウマぁ~」
「なんだあの動きは?! まさか酔拳か?!」
「ソウマ! 早く止めて?! このパターンは最悪――」
・
・
・
…この後の記憶は脳内からデリートされるほどだった。アダモフ出入り禁止にならなかったのは奇跡とだけ言いえる。
崩壊しかけた店の後片づけの指示を出してるアリサ嬢の怖さは異常だった。呑気に寝ているエステルをこれほど憎く思ったことはない。
――ちなみに、隊舎に置き去りにしてしまったカノンがグレて、頭の上から耳を噛まれてしまったのは余談。
ご機嫌取りに3日もかかるという始末。なんというか、泣きっ面に蜂だった・・・。