第2話
改稿版
――――過去編――――
フォルカ・蒼麻・メンハード
彼の両親は社会的に成功した人物としてみなされている。
個の域を超え、国政に影響を与えるほどに。
父、スコット・メンハードはアメリカ金融界の帝王として名を馳せた企業のNo.2という重鎮であった。
マネタリストであるミルトン・フリードマンを始めとするの経済変化にも当時25歳にして素早く実用的な対応策を練り、
帝王の座を確固たるものすることに貢献した天才ともいえる存在であり、アメリカ企業への影響力は底知れないものがあった。
基軸通貨であるドルを持つアメリカを掌握するということは、世界の掌握に最も近いと言っても過言ではないだろう。
母、北条沙里奈も日本芸能界において人気を博しており、世界デビューすらしていた女優だった。
ハリウッド映画から誘いも多く、独特の雰囲気で人気を博し、アメリカのマスコミでも大々的に取り上げられるほどだった。
そんな沙里奈の和を漂わせる色香に惚れ込んだのがスコットであったというわけだ。
だが脱力することなかれ、
その際彼らを結び付けたキューピット(共通の話題)がター○ネーター、しかも2の話題だった。
2人とも熱狂的なファンであり、金と地位を利用してコレクションを増やしまくるため、コレクターの間で毛嫌いされていたのはご愛敬。
実際は買い占めるどころか物理的な脅迫の域にまで達していたようだ。
熱狂者に金が加わると、まさに鬼に金棒。しかも財力は桁外れとくると止められる者がいるはずもなく。
一時は(趣味的な意味で)メンハードに関わるとコレクターとして生きていけないと言われるほどであったそうな。
なんとも恐ろしい話である。
それはともかくとして、
有名人の家庭においてしばしば不和が問題になるが、キューピット(?)のおかげか彼らはその例外的存在だった。
所謂おしどり夫婦という表現がぴったりなほどラブラブしていた。というよりスコットが沙里奈にゾッコンで首ったけだったのだが。
そんな円満な関係は文字通り二人を死が分かつまで続いていた。
子宝こそ恵まれなかったものの、結婚5年後、唯一の子供となるフォルカを授かり溺愛することとなり、
甘い空間はいつしか息子を交えて天元突破する勢いであった。。
とはいえ、フォルカ命名の際、いくら甘々だったとはいえ10度にわたる取っ組み合いの大ゲンカもしたこともあるそうだ。
結局は父親命名のフォルカ、母親命名の蒼麻の両方を名乗ることで解決を見た。
シュワちゃんの名前をつけることも考えたそうだがそこは流石に自重したらしい。
実はアーノルドになったかもしれないとフォルカが知った瞬間に彼の反抗期が覚醒した為、両親は涙目になって趣味を自粛すると約束したらしい。
何にせよ、両親がフォルカを何より大切に思っていたことは揺るぎない事実である。
そんな金銭的にも家庭的にも非常に恵まれた中で(趣味面は別として)フォルカは成長していった。
公としての立場はともかく、プライベートでは夫婦のどちらも日本大好きアメリカ大好き人間だったため、
彼らの一子フォルカは基本的に2国間を行き来しながらも、様々な国へ留学しながら学生生活を送っていく。
転校の連続のため色々な人と交友できる性格が醸成されるは必然的で、彼自身の才気も相まって加速度的に成長していった。
多彩な思想、様々な国の現実、それぞれの希望と苦渋、あらゆる価値観と現実に幼少の頃より接することとなる。
フォルカも自身の境遇に反発することはなく、あるがままを積極的に学ぶ姿勢を崩すことはなかった。
彼がしてきたことは教えられたことを貪欲に吸収することの繰り返しである。
ただ、その速度は常軌を逸していた。
1ヶ月でその国の言葉を習得するのは当たり前であり、尚且つ他の勉学も高水準を維持する。
それでいて周囲の友人と遊ぶ時間や社会見学にあてる時間は決して削らない。
大人でも音を上げるような過密スケジュールを平然とこなしていたのは末恐ろしいとしか言いようがない。
ひたすら広く浅くあらゆる知識を習得することに長けるようになったのは必然ともいえる。
だが、それこそ両親の願いであった。
両親が自分達の願いを託すべく施した英才教育。
そしてフォルカはいつしか、ある一つの理想を心に秘めるようになる。
―――世界の全てを知りたい、と。
ミクロ経済学の用語に不完全情報という言葉がある。
簡単にいえば、人は物や商品に関する情報や契約についての情報を十分に得ることが出来ないというものだ。
ある商品を買ったとしても、その商品の素材や行程や卸値等は買い手にはほとんど伝わらないということだ。
この逆を意味する言葉が完全情報であり、物や商品の流れを全て理解できるという状態を指す。
つまり彼が願った在るべき姿とは、世界全ての情勢・思想・権力を理解するという常人では不可能な姿であった。
幼少の頃より富める者と貧しき者の差を世界レベルで感じていれば、そう願うのも不自然ではないだろう。
…だが、この姿こそフォルカの両親が願った世界の導き手としての在るべき姿だった。
自分達に成し得ないことを、跡を継ぐ者に託したのだった。
―――世界へ幸福の切欠を。
スコットらが世界へまき散らした社会的不幸への贖罪。
彼らは自身の財力と権力を継ぐことになるフォルカに希望を見出していた。
フォルカが生まれた時にその気持ちは芽生え、彼が成長を重ねる毎にその思いは深まっていく。
我欲にまみれた世界を直視し、国を超えた慈恵をもたらす存在の育成。
世界へ不幸を昇華するという理想を達成するために。
馬鹿らしいと思うかもしれない。だけど、誰かが願い、動かなければ世界は変わらない。
そんな両親の思惑を知りながらも、フォルカはその境遇に異を唱えることはなかった。
自分の進む道が茨の道であろうとも、両親の願いが崇高なものであると共感した故に。
フォルカ自身容姿は遺伝の優劣の関係で黒目黒髪でそこそこ長身という典型的なハーフとして成長していき、
沙里奈の柔和な雰囲気と、天才と謳われたスコットの鋭気を受け継ぐ青年として知られるようになる。
そして、フォルカ20歳の時に転機が訪れる。
軍隊への入隊である。
軍隊への入隊はアメリカにおいて地位を築くために非常に有効な手段である。
それほどかの国では国防を担うことは重視されている。
軍隊の規律と上下関係を重視するシステム、自己を限界まで磨くことができる環境で自身を鍛えることを望み、
入隊するために父親の影響で入学していた経済大学を中退してしまったのだ。
有りがちではあるが、守るための強さ、自分を貫くための強さというもの肉体面でも欲していたのだろう。
勿論両親は猛反対し、フォルカの入隊を止めさせようとするが失敗に終わることとなる。
そこで初めて自分たちの趣味が我が子へ少なからず軍事的影響を与えいたことに気づくのだが、自業自得ともいえる。
子供の玩具がハンドガンやらマシンガンやらで、親も喜んでターミ○ーターごっこするようでは往く末が知れたろうに…。
余談だが沙里奈のサ○・コナーの演技はフォルカ幼少のトラウマである。
息子の決意を曲げることができないと理解した彼らは渋々妥協案を出す。
民間のミリタリースクールへ入学させることである。
訓練環境が十分じゃないと愚痴をこぼす息子に対し、スコットは一喝した。
「私は自分の息子に人殺しをさせるために育てたわけではない。
誰かのために誰かを殺すような考え方を仕込まれる軍隊に行かせるなど絶対に許しはしない」
続けて沙里奈も、
「あなたは自分をあらゆる意味で鍛え抜くことができる"場"を欲しているだけよ…。
私たちがあなたに一番大切にして欲しいと伝えてきた思いもどうかわかって」
彼らは、特にスコットは、奪うこと・相手を騙すこと・自分を偽り続けることの苦しさをわかっていた。
自分達が与えた苦しさは、いっそ死んだ方がましというほどの生き地獄を強いるものであるということが。
金融界の帝王の裏を知るからこそこそわかっていたのだ。
相手の全てを奪い、無駄だからと言って切り捨てる。
それ日常的に延々と繰り返す。たとえ相手が泣き叫ぼうと繰り返す。それがシステムという言い訳を残して繰り返す。
自分達を富ませるという名目ながらも、富むのはごく一部だという事実を隠して。
だがある時ふと気づく。
自分がどれほどの人を机上の計算で不幸に追い込んだのか。
もたらされた巨万の富がどれだけ恐ろしい金なのか。
自分たちが儲けるために効率的なシステムを作り出し、先駆者であることの優位性を利用して競争者を蹴落とす。
―――スコットは本質的な慈恵のない世界が、一部の幸福と多くの絶望を生み出すモノでしかないことを理解していた。
金と戦争が同じであるとは言わない。
そもそもお前が人を殺しに戦争に行くと決まったわけではないし、今後戦争が起きるとも限らない。
だが、人を犠牲にすること当然だと思う人間には絶対になってもらいたくない。
私たちは生業に誇りを持っているが、同時に深い後悔も抱いている。
だからこそ、愛するお前には誰かに優しくなれる人間なってもらいたい。
私たちはお前に希望と願いを託している。この思いを解ってほしい。
両親の思いを聞かされたフォルカは妥協案を受け入れざるを得なかった。
とはいえ、両親の出資での施設&人員増強案にはゴリ押しして呑ませている辺はブルジョワ特権の恐ろしさである。
だが、彼の小遣いが独り立ちするまでカットされたのは仕方がない。
まぁ、たまには帰って来て欲しいという親心であることが判っていたので然程問題はなかったようだ。
無事に訓練学校へ入学し、日々鍛練に励むこととなったフォルカであるが、徐々に才能を開花させていく。
スコットの天才的頭脳や沙里奈の演技力といった親の才覚は目立つ形では受け継がれなかったが、
彼の才能はここでも余すことなく発揮され、周囲からも一目置かれて認知されるようになる。
とりあえず日頃から無茶という名の実験ばかりしていたようで、
サクラメント・メンハード訓練学校の"フォルカ"といえば名が通るほどの活躍?ぶりだったようだ。
(ちなみにメンハード家から多額の融資を受けて訓練所に家名が加わっている)
当時の無茶ぶりを友人を介して紹介してみよう。
友人Aことスミス氏より
「奴は最初は真面目だったんだ。最初はね。だけど訓練に慣れて出すと自主訓練?っていうか破壊活動?平たくいって常識のテロリズムに走るんだ。
大オーナーの一人息子で特権あるから本気でゴリ押しされたら誰も止められないんだ。
ほら、そこの壁見てくれよ。道があるだろ? ここはただの壁だったんだけどよ、
フォルカが爆破の自主訓練で穴開けた通りなんだぜ? あん時は学校総出の大騒ぎになっちまった。
そん時の言い訳が、早朝敵の目を忍んで鉄筋入りの壁を爆破する訓練だってよ!
後で本音聞いたら門限守って壁の真向かいにある人気のピザ屋へショートカットしたかったらしいぜ!普通逆だろ。下らなさ過ぎて笑えねぇ」
友人Bことケイト氏より
「あぁ!フォルカね!彼のことは忘れられないわ。学園での武勇伝は色々あるけど、街での武勇伝も多いのよ?追剥したバイク追いかけて休日潰したりとか。警察に任せればいいのに。
川を流れている犬人形を子犬と間違えて飛び込んだり……、そうね、お金を間違って真面目に日本のお金出したこともあったわね。
普段カードしか使わなかったからわからなかったとか言ってたけどアメリカ人なのにそれはないわよね~。流石大金持ちのお坊ちゃんって所ね。
あと射撃とか格闘技とかのセンスは良かったわ。でも情報戦は正直才能があまりなかったわね。色々まとめていうならキュートな子ってことかしら?」
友人Cことメイソン氏より
「無茶するけどその分優秀っていうのがお手上げだね。教官から大目玉喰らってもへこたれないんだ。普段は真面目に自主訓練やってるのに
いきなり茶目っ気出すからなぁ。悪い奴じゃないっていうのは皆認めてるし、誰にも大怪我させたことはないよ。でもリミッターが色々外れてんだよ。
何かやらかした後は一応反省してるけど、すぐに復活してまた何かやらかす。そういう憎めない奴さ。
僕自身訓練で落ちこぼれかけたことがあったんだけど、課題クリアするまで嫌な顔せず何時までも付き合ってくれた。頼まれもしないのにね。
色々世話焼きなのに、世間知らず、その癖意地っ張りだったと思うよ。」
…まぁ、普通の人間ならまずしないことばっかりしていたようである。まさにやりたい放題。
教官達からは可愛がられるか迷惑がられるかの2択しかなかったようだが、無茶の尻拭いをさせられた大人も大変だ。
勿論オーナーである両親には噂は筒抜けで、帰省するたびキビシー指導される日々が続くのは余談。
行動があまりにも変態仕様だったため、彼女すらゲットできなかった模様。こいつも自業自得である。
ありがちな悩みを抱えつつも充実した日々を過ごすフォルカではあった。
望むモノ全てがそろった日常。忘れられない最も幸せだった日々。歩む道を遮るものなどないと信じていた。
そして――
平穏な日常は突如として終わりを告げる。
両親の死。
彼の存在を根底から揺るがす大惨事だった。
宿舎から呼び出され、学長であるマーサからそれを聞かされた。
耐えれるはずもなく、
「ふざけるなよ!!」
――激発した――
「嘘でも言っていいことと悪いことがありますよ?!学長!」
「ご両親が搭乗されていた飛行機は太平洋上で爆散しました。周囲に島もなく、亡くなったと結論付けるしか…、ないのです」
平然と受け流すにしては、その言葉は重すぎた。
頭が芯から真っ赤に充血していく。おぞましい言葉を紡ぐこの女を殺してやりたいと思うほどに。
「しかし!生き残っている可能性も!!」
「どうしようもないの。起こってしまったことに、私たちはどうしようもなく、どうしようもなく無力なのよ…。」
「救助隊はどうしてるんです?!なぜ事前に察知できなかったんですか?!
それより、こんなの悪い冗談ですよね?! お願いです!!嘘だと言ってください! 学長!!」
「あなたの気持は…、察するに余りあるわ。あなたのご両親は私も尊敬していました」
「俺の家族が死んだような言い方をするな!!」
思わずカッとなる。
――気に入らない!俺の家族を汚すコイツを消してしまいたい…!!――
「ありえない!俺の両親が、親父と母親が何をしたっていうんだ?! 答えろ!!」
――心が、体が抑えきれない。受け入れらない真実の前に暴走していく――
無意識に手が彼女の襟首を捻り上げる。
大きく振りかぶった拳を振りおろすのを止めることはできない。
「ゥグッ…!」
学長に暴力を振ってから気付く。
顔をがむしゃらに殴りつけてしまっていた。だが、それでも身体は止ろうとしなかった。
必死に自制するも、学長の襟首を掴む手と身体は決して離そうとしなった。無様に震えるだけだった。
少しでも意識を緩めれば、身体は意思と関係なく間違いなく彼女を暴行をするだろう。
自分が惨めで仕方がなかった。
「――ッうぅ、俺ってやつは本当に…!」
「いえ、いいのです。それよりもあなたはご両親のための葬儀の準備や色々あることでしょう。
長期休学の許可を出します。行っておあげなさい」
「ほんとうに、ほんとうに死んじゃったのかよ…。スコット父さん…、沙里奈母さん」
「しっかりなさい!あなたが呆けていてはご両親は天国に行くことすらできないのですよ?!」
「そう、…そうですよね。…ありがとうございます。学長」
彼女はやはり学長であった。フォルカを受け入れ一喝する。
だが、肝心のフォルカの心は暗澹たるもので、出口のない暗闇をさまよっていた。
自分が何をしているのかわからない。どこにいるかさえ…わからなくなるほどに。
俺の一番大切な人。誰よりも大切だった人。
2人っきりの結婚記念日のバカンスからの帰路、飛行機のトラブルで爆散してしまった。
文字通りの爆死。自分の最愛の人の突然の死。
心ない身内や自分を弄ぼうとする人からずっと守ってくれた人の死。
どんな我儘でも俺の成長を願って最善の形でかなえようとしてくれた人。
社会のこと、人の心、俺自身の本心さえ俺より理解し、教え続けてくれた大切な、何より大切な恩人。
あっけなかった。信じることができない。せめて、せめて遺体を確認したくともどうにもならない。
両親は太平洋の塵と消えてしまった。
そこから葬式までのフォルカの記憶はほとんどなかった。
ショックのあまり心が枯れ果ててしまっているかのようだった。
それでもなんとか実家までたどり着き、方々に連絡を出した。
執事の助けを借りつつ立派な葬儀をあげ、両親の墓を作った。簡単に言えばこれだけだった。
葬式では膨大な人が集まり、スコットと沙里奈の冥福を祈っていた。
本気で祈ってくれた人々がどれだけいたのかはわからはずもない。
しかし、自分の親は偉大だったのだと改めて知り、誇りを感じさせるには十分なものだった。
…方々で惜しい人を亡くした話す声が風に乗って聞こえてくる。
確かに、本当に俺なんかにはもったいないほどの両親だった。俺のような息子をもってさぞかし苦労したんだろうと思う。
だけど表と裏の愛情をあますことなく注いでくれていた。全力で愛し、全力で叱ってくれた人だった。
どんなに忙しくともそれぞれの記念日は集まって祝福しあい、協力し合うことの大切さを本当に理解していた。
お互いがお互いを愛していると常に断言できた、そんな理想の家族。
だが、最早永久に失われ――同じ者が集まることは二度とない。
様々な思いが交錯する中、ふと思う。
両親は最後にどのようなことを考えていたのだろうか。
今となっては想像するしかない。
今際の際まで手を取り合い励ましあう姿は容易に想像できた。切羽詰まっているだろうにその姿は何故か微笑ましく思えた。
だけど、何を話していたのかわからない。神ではない我が身にわかるはずもない。
最後の言葉を聞き届けてあげることができなった。
遺体の一片でさえ探し出してあげることもできなかった。
成す術なく、最愛の人の身体は今も魚や鮫の餌になっている…!
それなのに俺は中身を伴わない儀式のためにここにいる。ただの面子のためにここにいる。
心が早く太平洋に向かえと耐えようのない衝動を以て促す。
ギリギリと歯が嫌な音を立てる。
わかっている。そんなことは。
この儀式を投げ出せば俺は基より、遥かに父親と母親に対して世間の波風が立つことなど。
故にこれは何があろうとも完遂させなければならない。不義など俺の両親の誇りに誓って起こさせはしない。
だが…、それ故に両親の遺品や遺骨を探せる最後のタイムリミットが近いというのに行動を起こせない。
深い海底から救い出してあげることができない。
その事実が途方もなく苦しかった。
せめて父さんや母さんが誰かに殺されたなら犯人だけを憎悪できたのに!
そんな思考すら迸り、考えたフォルカ自身を戦慄させた。
それこそ、自身が否定し続けてきたテロリズムの発想故に。
粛々と腹ただしいほどに晴れきった春の陽気の中、葬式は最後まで行われた。
不思議と俺自身ほとんど泣くことはなかった。
気張っていたこともあるだろうが、両親をせめて形だけでも立派に送りたいという気持ちが強かったからだろう。
だが最後の瞬間、あらゆる自制心が吹き飛びかけた。
形だけの墓。遺体がない以上、形以上のモノにはなり得ないただのモニュメント。
そこへ形だけの棺を降ろし、上から土を被せる。
そこには何もない。空っぽだ。
…何もないのになぜこんなにも悲しいのか。土を被せる奴等をなぜこんなにも憎く思うのか…!
自己満足のために怒りと涙をこらえる自分が……、何よりも憎かった。
あれが空っぽなんだといくら言い聞かせても心が止まらない!
恥も外聞もなく泣きわめきたい。土を被せる奴等をくびり殺してやりたい!
そんな思いが溢れかえる。
だが、歯を食いしばり血がにじむほど拳を握りしめ耐え抜く。
今の俺にはそんなことをする権利などない。
たとえどんな言い分があろうと、ここにはただ自己満足の形があるだけ。
今の行為はただの自慰行為、偽善以上ものになりえない。
大切な人のために、自分のためにさえ制せないしない自制心など灰になればいい。
形だけとはいえ、
最早できるのは届かない祈りを捧げることだけなのだから。
偽善を憎む人は多いと聞く。
――あぁ、まったくもって偽善者は噴飯ものだ。結局は自分が一番なんだよ。
まさに今の自分がそうなのだ、偽善者なのだと自嘲せざるを得なかった。
それでも――
様々な屈伏した思いを抱きながらも、故人に向かい愚痴のような祈りと謝罪を捧げる。
父さん、母さん、本当に大切なことが何かさえわじゃらない息子でごめんなさい。優等生って訓練学校じゃ言われてたんだけどね。
相手はともかく自分のことは全然駄目みたいだ。家族の誇りを取るべきか、家族の心を取るべきかどっちが良いのか全然わからないんだ…。
俺さ、本当に困ってるんだ。色々自分で決めれるようになったって思ってたけど……、ダメダメだよ。…こんな時に母さんの予言じみたアドバイス
が聞きたかった。…父さんに的確に現状を分析してもらって攻略方法を教わりたかった。
――違う、こんなことじゃない!――
ほんとはさ、もっと親孝行したかったんだ。二十歳過ぎても無茶ばっかして、心配掛けて訓練学校に行ってからは叱られてばっかりで、
とにかく苦労しか掛けなかったよね。こんな自分じゃいけないって自分なりにいつも頑張ってたんだよ?でも全然間に合わなかった。
一人立ちも出来なかったし、彼女できたよって驚かして喜ばせてあげたかったけど……、そんなこともすらできなかった。本当、馬鹿みたいだ。
結果が出なくても努力すれば報われるっていうけど、こんなの酷過ぎる…。酷過ぎるよ。一番大切な人を奪っていくなんて神を疑うよ。
フォルカの心は闇に閉ざされていく
故人への後悔ばかりがつのり、自責の念を止めることができなかった。
…そして、一陣の風が舞う。
――悲しまないで。お前のことは誰よりも知っているよ 愛しい、私たちの息子――
幻聴だったかもしれない。大切な人の声が響いてきた気がした。だけど、確かにそれは救いだった。
悲しくて、寂しくて、泣いている子供への何よりのたむけだった。
ハッと俯いた頭を上げるもそこに求めるものはなく、残滓があった。温かな日々の残滓。乗り越えるべき得難き日々。
頬をなでる春の風。
呆然とする心に理解が沁み渡る。温かく深く沁み渡っていく。
――そうか、そうだったのだ――
(父さん、母さん、今までありがとうございました。あなた達は俺の誇りです。世界中のだれよりも尊敬し、感謝しています。)
そうだ、こんな簡単なことだったんだ。もし天国があるなら、もしそこで両親が見守ってくれているならこれ以上の親孝行はない。
今ならばわかる。それを信じ心に刻む。
(俺は絶対幸せになります。誰かを幸せした上であなた達よりも幸せになって見せます。それでまた此処に会いに来ます。それがあなた達が一番
俺に望んでいた親孝行で、死んでからもできる唯一の親孝行だって今わかったから…。あなたの願いは死なせません)
――そう、今ここで誓おう。感謝と祈りをこめて!――
「俺はフォルカ・蒼麻・メンハード! スコット・メンハードと沙里奈・F・メンハードの遺児!!」
いきなり高々と名乗りを上げる俺に対し、ギョッとした視線を向ける参列者たち。
しかし、そんなものなど毛ほど気にならない。すでに心は定まっている。笑いたいものには笑わせておけばいい。これは"俺だけ"の誓いだ。
共有できる者は亡き両親しかいないのだから。
「俺は世界一の幸せ者になって見せます! それから幸せにした人たちと一緒にまた会いに来ます!
あなた達が俺に託した以上を返すために!!」
場違いな叫びを前に、参列者たちはどういう反応をすればいいのか困惑しているようだった。
でも、そんな些細なことは関係ない。俺には今は亡き両親の姿がはっきりと見えていた。困ったように笑ってはいたが。
自然と此方にも笑みが湧いてくる。
「今此処で!俺は俺の全てとあなた達から頂いた愛に懸けて誓います!!本当の幸せをこの手につかむと!!」
その姿に向かいハッキリと宣誓する。
大きな自信と、悲しみを乗り越えつつある強さのある笑顔を携えて。
それは、彼の始まりの日はこうして終わった。