第18話
改稿版
両サイド描写完了。ちょいと長すぎた気がします(汗)
――――決闘編・後:5――――
******************** Side:ゲイル・シューマッハ ********************
――いつも変わらない日常。
刺激がない仕事。
心を震わせる者がいない日々。
刺激を失った、己が牙が朽ち錆びていくような生活。
大きな目標としていたバニッシュ・トワネスティーは世界樹の森で死んでしまった。
愚かにも世界樹の森に挑み、散った。
…奴を倒すことこそ自分の目標とも言えた。
既に老いて力を失っていたとはいえ、王国最強と言われたバニッシュの栄光は輝いていた。
あの男のように成りたいと願ったわけではない。
だが、純血種族に相対するには絶対に力が必要だと痛感していた。
力の到達点としての目標、それがバニッシュという男だった。
かつてサルヴァトーレ公国の貴族であった時、純血種族と交わろうとした時、痛感した。
どんな言葉、どんな待遇であろうとも、掟を突き破る力を持つ純血種族は止められないのだ。
情でも、金でも、純血種族を満たし得ない。流血を望むとしか思えないほど、その在り方は理解し難い。
だからこそ一族は没落し、自分はサルヴァトーレ公国を追われた。
公国を出てからというもの、生き地獄を味わったように思う。
頼れるものは誰もおらず、生きる糧を得るためには戦わなければならなかった。
誰よりも自分を苛め抜き、人知れず味わった挫折は数知れない。
周り者達は、そんな自分を希代の天才だとか麒麟児だと評す。
最早若手で自分に敵う者はいなくなった。だが、まだまだ足りない。
確かに、剣術、魔術、戦術、どれか一つならば自分を多少凌駕する者はいる。
だが、総合力で凌駕する者はいない。相手の弱点を攻め、容赦なく仕留める。
魔術師が相手ならば接近戦を。
剣士が相手ならば、剣技で牽制しつつ魔術を。
同じ魔剣士が相手ならば戦術を。
基本はそれだけのこと。それを状況によって使いこなせばいい。
成人して以降、あらゆる試合を受けて立って来た。
そして、全てに勝利した。牙を剥く者には容赦なく死を与えて来た。
自分に若手最強の称号が与えれたのは当然のことなのだろう。
気付けば、"全能のゲイル"という称号が与えられていた。ヤルカンドでは次期団長とも見做され出した。
――しかし、そんなモノが欲しかったわけではない。
(俺は、天才などではない。最盛期のバニッシュにはまだ遠く及ばないのだから)
欲しいのは、人々の心に永遠に刻み込まれる伝説のような力。圧倒的な力。
あの英傑と並び立つ輝きを手に入れる為に血の滲むような努力を重ねた。
それでも、今の自分では純血種族には勝てない。相討ちで精一杯だろう。
純毛種族特有の能力"憑依"の前には、1対1で通常の戦い方など無意味。ただ蹂躙されるだけだ。
だから、もっともっと強くならなければならない。
純血種族を上回ったと言われるバニッシュの器にはまだ届いていない以上、歩みは止められない。
バニッシュの伝説。
純血種族の1部隊をたった1人で壊滅させたという伝説。
1対1では純血種族には勝てないという常識を根底から覆して見せた漢。
己が牙を極限まで極め、不屈の精神を持つとされた。
混血族希望の光とまで言われた漢。
その伝説に憧れる者は多い。
彼が創設したギルド・トワネスティーは、この町で育った者なら知らない者はいない。
そのギルドに入りたいという者は後を絶たない。他の町からもやって来るほどに。
しかし、バニッシュは本当に強い者しか受け入れなかった。度重なる王国からの誘いも全て固辞していた。
"最高の仲間として、己が命さえ懸けられる人物を"
それがあの男の信念故に。トワネスティー、鉄の入団条件である故に。
故人であるバニッシュを目標とするだけならばまだ良い。
だが、自分は未だタレスの中ですら最強の座を掴めていない。
トラブゾンのマルグリット・メイロン辺りとは、実力は伯仲しているはず。
加えて、タレス駐在軍指南役のヴィクトールには分が悪い。
だから、もっと強くならなければならない。
更に上を目指すためには本気の相手が必要だった。自分の魂を熱くさせるような。
だが、この町に本気で自分と戦おうとする者はいない。
自分と本気で争えば、どちらかが死ぬことを知っているからだ。
――そして、日々はいつしか空虚なものとなっていた。
1対1の形をもって闘いを挑んでくる者は居らず、ひたすら弱き者を狩るだけ。
同格の者にはそれぞれ守るものがあり、命懸けの闘いには決して応じない。
それに加え、遂には目標の形すら失った。
憧れていたバニッシュは呆気なく世界樹の森で死に、虚空の中を手探りで進まなければならなくなった。
我武者羅に進むだけでよかった道は…、いつしか何も見えなくなっていた。
――しかし、新たな光明を見出すことができたかもしれない。
最近タレスの町で噂高い、一風変わったトワネスティーの新参者。
3年ぶりの入団許可という驚きと、特徴的な格好により知らない者はいないと言われる男。
その男が、自分に本気で決闘を挑んできたのだ。
ただの無知ではあるまい。自分の強さは大して調べずともわかるはずだ。誰もが敬遠しているのだから。
身に纏わせた気配も唯者ではないことを伺わせていた。何より、強い意志の力を感じさせた。
どうやら、決闘でナタリアを奪おうとしているようだが、正直に言えば、この興奮の前には些細なことだった。
義理で囲っていると言えば聞こえは悪いが、これもまた自分に課した誓約の一つ。
彼女が本気で望むなら手放すことは吝かではないが、男らしく戦いを挑んできたというのは評価に値する。
(今の俺の興味はただ一点。どれだけあの男が強いのか、…それだけだ)
…久々に心が熱くなってくるのを感じる。やはり命懸けの死合は自分に活を入れてくれる。
負ければ全てを失うが、勝てば大きな糧を与えてくれる。この緊迫感は何とも言えない物がある。
その命懸けの対価を払うことで、ここまで強さを磨くことができた。
――生き残るのは俺か、それとも奴か。
新参者とはいえ、全く油断はできない。
女を巡る決闘の中でも、最高峰の覚悟を必要とする戦闘を選んだのだ。名高い自分が相手であるにもかかわらず。
決してお遊びで挑んできた相手ではない。それなりの自信もあるのだろう。
何より、勢力が激減したとはいえ、トワネスティー象徴の子ともいえるセレンが入団を許可したのだ。
その実力は半端なものではなかろう。…実に潰し甲斐があるというもの。
弱ければ、秒殺してやる。
強ければ、じっくりその強さを味わってから嬲り殺してもいい。
自分と同格ならば、こちらの切り札を使ってでも相討ってみせよう。
もし、自分よりも強いのならば、己の命運が尽きるだけのこと。
…期待に血肉が沸き踊るのを感じる。
決闘状にサインをしてから、今日という日が待ち遠しくて仕方がなかった。
こんな感覚は実に久々だ。これだけでも奴には大きな感謝をしなくてはなるまい――。
…………
「――ゲイル様、お時間です。闘技場へご案内いたします」
…闘技場の案内嬢が話しかけてくる。
どうやら時間のようだ。遂に待ち焦がれた戦いが始まる。
運命というものはあまり信じないが、何故か奴との間には宿縁を感じる。
雌雄を決するとでも言えばよいのだろうか。
「ああ、準備は整っている。案内してもらおう」
魔剣、懐刀、暗器、防具、体調、心理、対魔防御刻印、全て問題ない。ここ最近なかったほど好調だ。
「はい、こちらになります。・・・今日の戦い、誰もあなたの勝利を疑ってはおりません」
「そうだな。しかし、戦いというのは終わるまでわからないのが常だ。油断だけはすまい」
――闘場へと案内する女の後を着いていく。
こんな会話するのも随分久々に感じられた。それだけゲイルに挑む者が少なくなったということであった。
…闘技場に出れば、凄まじい声援に襲われた。
どの席も満席で、誰もが俺の勝利を確信し、大きな歓声を上げる。
それに手を挙げて応え、フォルカが出てくるのを待つ。
――対して、フォルカもすぐに闘技場へ出てくる。
見せたその姿は噂とは違なり、滲み出す闘いの気迫があった。
審判嬢の指示に従い、まずは歩み寄って向かい合う。
じっとその姿を観察する。主な武装はこちらと同じく剣。その他、懐に何か隠しているようだが軽装だ。
機動性重視ということか。裸足なのが気になると言えば気になるが、大したことではなかろう。
だが、気になるのは――
「ほう、例の格好はやめたのか。取れば随分とマシな格好になるのだな」
「……アレは俺の趣味だ。あの恰好が大好きなんだよ…」
「――馬鹿な奴だな、貴様は」
「放っておいてくれっ…」
そう苦り切った顔で趣味と断言されても全く説得力はないのだが。
メガネやターバンは奴を案内してきた案内嬢が持っていることから察するに、無理やり剥がされたのだろう。
決闘は身代わりを禁じている。正体を隠すような行為は認められないのだから当然だ。
とても決闘前にする会話ではないのだが、相手にまったく油断した様子はない。
闘いを前に気を引き締めつつも、適度に緩和する術を心得ているということだ…。
…ますます油断できなくなったようだ。
「ゲイル・シューマッハ、 フォルカ・ソウマ・メンハード。
あなた方はナタリア・エルヤルを懸け、これより決闘を行います。
掟によりこの場へナタリア・エルヤルは観戦のみとなりますが、正式な決闘承諾証を受け取っております。
これに間違いはございませんね?」
「ああ」
「問題ないよ」
審判嬢が説明を始める。
これから本当の闘いが始まるという期待感が果てしなく昂ぶっていく…!
闘技場の歓声など全く聞こえなくなっていく。全てがフォルカに集束する。
それは奴も同じ。…ここから先は闘いによる会話の領域。互いの牙が全てを語る。
「決闘種目は1対1の戦闘。他者が介入しない限り何でもありの規定となります。
制限時間はなし。どちらかが死ぬか、降参するまで決闘は続行されます。
なお、これに背いた場合はタレス行政府より厳罰が処されることになります。ご注意ください」
「承知した」
「はいよ」
「共に相違なく、覚悟あるものと見做しました。この決闘を私、グリセルダ・デュノアの責任において認めます。
…それでは、両者離れて」
――ッスと規定された位置まで離れる。抜刀し、静かに戦闘態勢を整える。敵の動きを観察する。
空気が痛いほど張り詰めていく…ッ!
「――――始めぇッッ!!!」
――合図と同時に、銀閃が凄まじい勢いで此方へ迸る!
同時に激しい金属音が木霊する。
「――っクッ?!」
…なんと先手を取られた。辛うじて間に合ったが、なんという踏み込みの早さか。
いきなり突撃するような構えではなかった。それなのに、避けようのない速度で突貫してきた。
此方はまずは様子を見ようとしていた。…だが、相討ち覚悟でいきなり此方の間合いに踏み込んできたのだ!
集中していなければ、この一撃で決着はついていた。並の勇気で出来ることではない。
確信した。こいつの間合いは自分よりも2歩近く広い…!
ギリギリと刃を噛み合わせながら、激しく睨み合う。
こいつは油断ならない相手どころではない。少なくとも接近戦では過去最強だ。
少しでも隙を見せれば間違いなく命はない…!
「Hun! Are you scared? Come on baby!!」
「っ、貴様ぁ…ッ!!」
いきなり何かを話しかけてくるが全くわからない。
しかし、激しく侮辱されたのだということはわかる。せせら笑っている。
プライドを掻きまわされ、思わず頭の中がカッと熱くなる。
――次の瞬間、力づくで身体を吹き飛ばされる。
体勢を立て直しつつ、着地する。
「…してやられたか」
思わず、言葉が口を吐く。
こちらの一瞬の動揺を着いて主導権を握られてしまった。
初手にして、いきなり手管を封じられた。此処では剣は届かない。
そして、この立ち位置は完全に奴の間合い。致命的だ。
(強かな奴だ。……だが、今の噛み合いで奴の寥力は大方わかった。若干こちらの方が上だな。
とはいえ、この位置では魔術は隙が大きすぎる。暗器も同様。そんな隙を見せれば容易に踏み込まれて切り倒される)
故に、今できることは防御を厚くするのみ。
攻撃姿勢を放棄し、防御しつつ一旦間合いを外そうと試みる。間合いを外せばいくらでも手はあるのだから。
――しかし、
(…こいつ、こちらの動きを見切っているだと?! なぜ読まれる?!)
先ほどから間合いを外そうとジリジリ動いているが、その先を見越した位置へ確実に動かれる。
相手が裸足だった理由が今わかった。細かい間合いの修正を、構えを全く崩すことなく足指で動くことで実現している。
次第に追い込まれ、剣の間合いから一向に抜けられない。このままでは完全に捉えられてしまう。
いきなり跳躍するなどの回避は論外だ。跳んだ前後で生じる隙が致命傷になりかねない。
…ありえない。こちらの心を読まれているかのようだ。
静かと言ってもいいほど此方を観察する碧眼に、全てを見越されているような錯覚を覚える。
(クソッ。一体どうするか。このままでは埒が明かん!)
奴の構えには恐ろしいほど隙がない。先ほどの挑発が嘘のようだ。
あれほど静かで戦慄させる構えなど見たことがない。
…いや、そうではない。それが脅威ではない。恐ろしいのは、奴からは闘いの色が全く感じられないこと。
今まで闘ってきた奴等は全て例外なく、闘いに自分の色を持っていたのにも関わらず。
様々な血統を持つ混血族は、各々戦い方が全く異なる。統一された戦い方など存在しない。
自分の特性、つまりは獣性や魔性、聖性を最大限に引き出すことこそが強さの証。それが次第に戦い方に色となって現れる。
ある程度基本は共通するかもしれないが、力を発展させていけば必ず全員が違う色を持つようになる。それは当然のこと。
…しかし、
奴からは自分特有の色というものが感じられない。無色透明なのだ。
つまり、誰もができる過程の形を闘いの力としている。それも恐ろしく研ぎ澄まされた過程の形を。
そして、魔力や精霊魔法を使うことを完全に放棄している。予備動作なしに発揮できる己が力に全て集約させている。
力任せなどではない、技に裏打ちされた動きであることは一目瞭然。
これでは対魔防御刻印など意味をなさない。今までの常識が覆されている決闘だ。
目の前で実践されて初めてわかった。限定された局面の1対1ならばこれほど優れた対人戦法はない。
だが、それをここまで極めようなど誰が想像しようか。
眠る自分の力を引き出さず練磨する道を選ぶ者など聞いたことがない。
個性を捨てた個性とでも言うべきだろうか。
――過程の、基本の形にこれほどの力があることなど知らなかった。
どれほど愚鈍に基本を繰り返せばこの域に達するのか。とても自力でこの境地に達したとは考えられない。
故に、全く先を読めない。…こんな敵は初めてだ。基本の力だけでここまで闘えるものなのか。
相手の色を読んで致命傷を与えるタイプの自分には最悪の組み合わせかもしれない。
剣の切っ先は小揺るぎもせずに此方を向き、いつでも必殺の一撃を放てると威嚇し続けている。
奇を衒うことを捨て去った実直な剣。明確なロジックを感じさせる。
ただ只管、真正面から向かい合っている。ただそれだけなのに、何という凄まじい圧力か…!
(……賭けに出るしかないか。奴が剣の間合いを潰した接近戦に強ければ負け、だな)
――もう、これしかない。
間合いの外へ抜けて魔術や暗器を使うことができない以上、剣技を封じる力押しの接近戦でしか勝機はない。
切られる危険を承知で一か八かの賭けに移るしかない。肉を切らせて骨を断つ戦法を行う。
傍目からはわからないかもしれないが、ここまで選択肢を限定されたのは初めてだ。
――防御を限界まで固め、必殺の間合いへ決死の覚悟で飛び込む。
飛び込むと同時に雷撃のような斬撃が迸ってくる。
それを手甲や剣で辛うじて受け流すが…、なんという重さか。衝撃が身体の芯に残る。
それでも耐え抜き、突き廻し蹴りを放つ!
「――ふっ」
…届いた。
思わず口元が獰猛に緩むのを感じる。
正確には当たってはいない。流されてしまっているが、接近戦の技能はこちらが上回っていたようだった。
そう、奴は接近戦を嫌がっている。
剣の間合いを潰せば勝機はあるはず。
一気に決めるべく、期を逃さず全力で攻勢に転じる…!
・
・
・
・
――その後、戦局は膠着していた。
同じ遣り取りを何合も繰り返し、命を削り合う。
ゲイルが剣撃を武器や防具で受け流しながら拳打を放って致命傷を狙う。
それをフォルカが流して突き放し、雷の如く鋭い切り返しを放つ。ゲイルはこれを際どく避け続ける。
ヒット&アウェイ。そんな応酬をひたすら繰り返す。どちらも決定打を放てない。
いつしか観客は声援を送るのも忘れ、彼等の圧倒的な気迫に飲み込まれていた…。
…しかし、その拮抗した戦局も徐々にゲイルへと傾いていく。
一見すると傷はゲイルの方が多いものの、追い詰められていったのはフォルカであった。
(どうやら、俺の勝ちか)
ゲイルは己の勝ちを確信しつつあった。先ほどから同じことを繰り返している中で。
連続で剣を振い続けるフォルカの握力の限界を感じていたのだ。
顔こそ平然としているものの、斬撃に重さと鋭さがなくなりつつある。
無理もなかろう。緊迫した戦いの中で本気で剣を連続して振るうことは殊の外疲れる。相手が強ければなおさらだ。
だが、ゲイルにはまだ何とか体力に余裕がある。
(およそ一手の差で劣勢を挽回できる。次に奴の剣を弾き飛ばし、たたみ掛ける。…それで決める)
いくら此方の動きを見切っていようと、剣という武器と盾を失えば軽装のフォルカに勝ち目はない。
こちらの攻撃の全てを避けきることなど出来はしないのだ。何か仕込んでいようと、展開させる暇など与えずに決めてみせる。
力と体力で上回るこちらに負けはない。
…そう確信していた。
――もう何度目になるかわからないほど繰り返した応酬を再び展開する。
ゲイルがフォルカの剣戟を受け流しつつも、懐へ入り込む。
…しかし、今回は趣が違った。
ゲイルがフォルカの剣を弾き飛ばさんと押しまくる。
ガッチリと剣と剣を噛み合わせ、互いに凄まじい力で押し合う。
『ッ……ぐぅッ…、ヌオォォォ―――!!!』
2人の気迫の叫びが闘技場に響く。
――果たして…、フォルカの剣は天高く舞った。
とはいえ、ゲイルの方も決して無事では済まなかった。
自分の魔剣は、今までの負荷とも相まって根元から砕けてしまっていた。
両者共に剣を失ってしまった。
しかし、これを狙っていたゲイルは逸早く態勢を立て直していた。
これ以上の期はない。流れは完全に傾いた。
敵に対処する暇を与えず、一気に決める…!
(これで、貴様は終わりだ!!)
剣を弾き飛ばされ、ガラ空きとなった胴に拳で渾身の貫手を見舞う――動きは寸前で止まった。
どうしようもない違和感が頭を過ぎる。
蟻地獄に引き込まれたような感覚。何時も自分が敵に対して使う搦め手のような。
直感による警鐘か。必勝の一撃か。一瞬にも満たない逡巡。
葛藤の末、ゲイルは間合いを取った。自分の領域で戦うことを選んだ。
スローイングダガーによる牽制で間合いを取り、敵の動きの仔細を観る。
そして、己の直感が正しいと悟った。言葉が口を吐く。賛辞さえ込めて。
「――惜しかったな。その策、悪くなかった」
「・・・一体何のことだ?
どうして千載一遇のチャンスを逃す。次に流れが来た時、俺はお前を仕留めるぞ?」
相手の疑問は当然と言えよう。常ならば、あの隙を逃すなど言語道断。
遊んで勝てるほど余裕をしゃくしゃくとはいかないのはわかりきっている。
だが、そんな言葉はハッタリでしかないと今ならば分かる。
何故ならば、
「いや、仕留めるのはこちらだ。だが、どうやら予感は当たっていたようだな。
貴様の力量、接近戦でこそ最大に発揮されるものとわかった。
剣を弾かれてから再度掴むまでの動きは一瞬だったな。つまり体勢を崩したからではなく、必殺の罠を張っていたからこそ可能な動きだ」
まずは自分の土俵に引きずり込み、圧倒してみせる。
対処法を予想した上でそれを苦手だと錯覚させ、活路を見出させる。
それを過信し、決めにかかったところで必倒のカウンターを放つ。
そういう筋書きだと読みきったからだ。
今から思えば、決闘での軽装も納得がいく。隙をわざと作ること、体力の温存の為、博打とも言える選択肢を取った。
彼方の役者ぶりはなかなかのものであったが、今となってはそれはこちらの勝機となろう。
「・・・・・・ッ」
「どうやら図星か。ならば今度はこちらが攻めさせてもらう。――アースニードル!」
相手の顔に走る一瞬の動揺。罠の肯定にも等しい挙動であった。
最早、繰り言を弄す必要などない。自分の最も得意とする戦いへ引き込む布石として魔術を使う。
力ある言葉に呼応し、一斉に大地が茨の如き形状で隆起する。
「このままやられると思うなよ、ゲイル!」
そう叫ぶ敵。しかし、魔術への対応は避けるのみ。
こちらが対抗魔術など使う暇を与えるつもりはないのを分かっているのだろう。
アースニードルの直撃を避け、体勢を立て直した瞬間にスローピアスを両手に持ち投擲してくる。
しかし、そんな小手先凌ぎ戦術など織り込み済みだった。
「アースグラヴィティ――」
対抗魔術を放つ暇が無い以上、反撃は物理攻撃に限られる。ならば、大地を壁として攻撃を阻めばよい。
その為に間合いをとった際に壁を背後にしたのだ。
目論見通り、直撃する軌道のスローピアスは全て浮かぶ壁の欠片に阻まれていく。
ここまで来ればもはや仕上げでしかない。
拘束系の魔術よりも、散弾系の魔術でさらに牽制して体勢を崩す。
「アイススピア」
敵の頭上へ無数の氷の刃を作り、攻撃する。必殺の効果は望むべくもないが、最後の一撃を当てる為の布石にすぎない。
「これで終わるか? ――インファナルレイジ・ファイア!」
魔剣が輝くと同時に4つもの炎球が召喚される。
先を読んだ上の連続魔術から繋がる、回避不能のタイミングではなつ高威力魔術。
この攻撃は避けられない。直撃すれば死ぬであろう攻撃。
しかし、ここは決闘の場。容赦する必要などなく、その炎球は敵を飲み込んでいった。
(終わったな――)
ゲイルの胸の内に戦いの終わりを知らせる声が去来した。
最後の魔術。相手は剣を捨て迎撃しようとしたが、生身で炎球を迎撃するなど炎系列の純血種族でしか耐えられない。
助かったとしても二度と戦えない身体になっていることだろう。
4連続の轟音が轟く中、静かに構えを解こうとした。
だが――、届く言葉があった。
轟音を押しのけて響く力ある言葉。一旦しか聞き取れなかった。
"――爆ぜ―"
それが意味するものは。
考える間など与えられなかった。
直後に足場の大地が、背後に背負った壁さえ、轟音と共に崩れ出す。
土煙が立ち込め、完全に視界を覆う。
(これは一体何事だ?! こんな大規模魔術を一瞬でするなど・・・。
まさか、大地系列のチャージエンチャントを広域魔術として使ったのか?!)
悪夢のような展開。
あいつは炎球を凌ぎ、切り札とも言える魔術を展開したに違いなかった。
事実、この魔術によって優位に立っていた立場は崩された。
土煙に対して魔術行使するにも、どんなエンチャントが施されているかわかったものではない。
これを払う為に魔術を使えば自殺行為になりかねない。
だが、これほどの規模となれば接近戦を繰り広げていた間に魔術言語を圧縮し、一瞬の開放の為に貯めていった事に他ならないはず。
敵ながらなんという技量か。あれほど密度の濃い接近戦を繰り広げながらチャージするなど素人の成せる技ではない。
自分ですら接近戦の中では魔術を使う余裕などなかったというのに、一体どうやったというのか――
フォルカの繰り出したであろう魔術に戦慄を覚えるゲイル。
だが、この時ゲイルは矛盾に気付かなかった。接近戦で魔術が使えるのならば、なぜ攻撃として今まで使わなかったということに。
そして、乾いた破裂音と同時に両膝を貫く激痛。
次のフォルカの繰り出してくるであろう攻撃は魔術であると錯覚した。
膝を貫く激痛。この攻撃は魔術によるものと誤解し、魔術防御を固めることで対応しようとした。
――故に、フォルカがゲイルの前へ躍り出た際、最早抵抗する手段が残されていなかった。
(馬鹿な?! 奴は魔術で攻撃してきたはずだ。なのに何故こんなにも踏み込んできている?!)
激痛で倒れそうになる体勢の中、有り得ない姿を目にした。剣を振りかぶり、一気に此方の間合いを侵す敵の姿。
振り下ろされた剣は容赦なく手の内の魔剣を破壊し、最も油断ならないと判断した近接戦闘へ持ち込まれてしまった。
・・・認めるしかなかった。この自分が戦術の読み合いで負けた。胸の内に耐え難い痛恨が過ぎる。
それでも、負けは認めたくなかった。
当たらないとわかっていながらも、力がほとんど入らない拳を突きこむ――
―――瞬間、奴の姿を見失った。完全に回り込まれていた。
…気付けば頭から地に叩きつけられていた。受け身など取れなかった。
激しい衝撃に朦朧とする意識の中、首筋に何かを突き付けられていること、右腕が激痛と共に全く動かないことだけがわかる。
同時に降伏を呼びかける声。
――悟った。呼吸を読まれていたのだと。
何もかも奴の筋書き通り踊らされ続け、見事に術中に嵌っていたのだと。
それを自覚した途端、抑えきれない激情が心中を渦巻き、焼き尽くさんとする。
(こんな…、こんなことが認めらるか! この俺が手玉に取られて負けるだと?! 絶対に認めない!!
貴様はぁ……ッ、俺が絶対に、倒すッ!!!)
今まで培い、積み上げてきた実績、プライドを否定されたように感じた。…思考が焼け切れそうなほど白熱してしまう。
常に冷静沈着であり、余裕を持っていた自分が突き崩される。この屈辱を晴らすことだけが頭の中を支配する。
その怒りのまま、後先考えずに自らの未熟な"切り札"を使うことを決意する。自滅して死ぬことなど怖くはなかった。
こんな結末で自分が終わることなど認めたくなかった。
相手は何故か此方の命を奪わず降伏を勧めてくる。これを拒めば死ぬということはわかっていた。
それでも、負けるのは、理不尽さに叩き潰されて負けるのは死んでも耐え難かった。
しかし、続く攻撃は無情だった。
頭部を揺さぶる衝撃に意識を手放してしまう。切り札を使う間すら与えられなかった。
闘いに酷使され、衝撃に打ちのめされた意識はすぐに闇へと沈んでいった…。
疲労と悔しさを携えたままに。
自分はこれで死ぬのだ、そういう予感があった。
全てが止まったような時間の中、諦念が身体を蝕んでいく。
――どこか遠くで、
遠雷のように騒ぐ観客と、泣きそうな声で自分の名を繰り返し呼ぶ女の声が聞こえたような気がした。