第17話
改稿版
――――決闘編・後:4――――
*************** Side:フォルカ・蒼麻・メンハード ***************
――決闘当日のこと、
闘技場の控え室の一室で、口論する声が響いていた。
「――ええ?! そ、それはちょっと勘弁してほしいんだけど…」
「ダ・メです!! 規約には絶対従ってもらいますよ、ソウマさん」
腰に手を当てて此方を見上げる決闘の案内嬢とムーっと睨み合う。鉄壁の守備力を感じる。
140cmもない背の丈で幼い顔立ちだけど、ここは譲りませんよと強く意思表示している。
(童顔そばかすっ子のくせに生意気な! 珍しく獣人の血が混ざってないからって調子に乗ってんの?!
ちょっとぐらい多めに見てくれてもいいじゃないか?!)
相変わらず発想の基準が意味不明だった。大体、決闘に変装なんてちょっとどころの騒ぎではなかろうに。
それはともかくとして、フォルカは決闘を前にしてハプニングに襲われていた。
最後の最後まで気付かなかった故の自業自得とも言えるが。
修業は順調にこなせていた。技も完熟させることは無理だったが、1歩か2歩くらいは上達した達成感があった。
リカルドによるナタリアの説得は結局上手くいかなかったが、これも予定範囲内。
隊舎を出る直前に、ちゃんとセレンに幻影魔術をかけてもらい、アミュレットも作動させてもらった。
エステルには強く抱きしめられて、武運を祈ると励ましてくれた。
カノンは此方の勝利を疑いすらしていなかった。全幅の信頼をもって送ってくれた。
ナタリアやエステル達と別れ、
タレスの中央にある闘技場に入って決闘を待つまでの間はクールに決められていた。
彼女達は闘技場の観客席で見守ってくれるとのことで、決闘後に落ち合うことになっている。
…とまぁ、それまでは想定内だった。
しかしだ。しかしである。
軽く自己紹介した後、栗色ヘアーのロリーな案内嬢から最終説明を受けている際に問題発生。
なんと決闘には覆面禁止だとということだった。まぁ、当たり前といえば当たり前だ。
「あのさ、アリチェさん。今回は特別見逃してくれるとかダメかな??」
当方にとっては結構死活問題だったりする。長時間人目に素顔をさらしたくない。
無理を承知で案内嬢に泣きの一手で食い下がる。
「勿論ダメに決まってるじゃないですか。…あんた馬鹿?」
「――…ひどいよ、ソレ」
このレディ、頭にきて遂に礼儀放棄してくれやがりましたよコンチクショウ。
なんか頭の弱い子を見るような眼でこちらを冷え冷えと見上げてる。
「だからさ、なんとかならない?」
「絶対無理」
打てば響くという即答だった。どんどん目つきが胡乱になっているのは気のせいではない。
「お金とかで解決できないの?」
「今日はすんごい量の観客がいるから誤魔化せないって」
…もはや無礼講状態。礼儀正しい態度なんて完璧放棄しているのは如何なものか。
決闘に赴く者への礼儀とかどうなってるのやら。
「そこをなんとかっ!」
それでも手を合わせて懇願する。しかし、あっさりと一蹴される。
「堂々と不正をしろって? あたしを前科持ちにしたいってこと?」
「い、いや、そういうわけでは…」
「別に素顔見せたって死ぬわけじゃないんだから気にしなくてよし!」
「そういう問題じゃないんだよ?!」
素顔見せていいならいつでもフェイスオープンするよ?!
でも、もし幻影魔術切れたら即アウトじゃないか!
「だったら何なの?!」
逆ギレっぽいこちらの返事に触発される感じで返される。
…当然疑問だった。だけど真相は語れないのであるからして。
本心とは逆のことをあえて言う。
「それは…、恥ずかしいというか何というか」
「…あのね、表情で嘘だってバレバレだよ? その言い訳」
「…やっぱりかぁ」
…なんか、今さら駄々をこねまくる決闘人にどんどん苛立っているのがわかる。
そろそろ我慢の限界が近づいているのだろうか?
「――ああもうっ、時間の無駄! 強制執行!」
言うなりバッとジャンプして、なんと此方の首にガバッとしがみついて来る。
意表を突かれたのもあるが、かなり俊敏で避けられなかった。この子なかなか凄い。
「うお?! いきなり何を――」
「だから、強制執行すんの!」
耳元で叫ばれる。
同時に、慌てて心の中で血盟の力が反応しないよう真逆のことを考えてカウンターを入れるのも忘れない。
しかし、ターバンに手を掛けられた瞬間、彼女の目的を察してアタフタと慌ててしまう。
「ちょ?! だからターバンとかは勘弁し「うるさい黙れ!」…って、おいぃ?!」
案の定、アリチェ案内嬢は余程頭にきているようで。言い方に全く容赦がない。
ガシッと首をロックして無理やりターバンを引き剥がされる。
女性に対して暴力を振るうわけにもいかないので…甘んじて受けるしかない。
ターバンを剥がされた以上、サングラスだけつけていても意味がないので取られるに任せる。
もう、なるようになれという気分で受け入れた。ケセラ・セラ、いやドナドナ的な気分か…。
「……へぇ~、変装解いたら随分マシになるじゃない?」
サングラスとターバンを強奪して、ヒラリと飛び降りたアリチェ案内嬢がこちらをまじまじと観察してそう評す。
確かに自分でもそう思うけれども、ジロジロと遠慮なく観察されると居心地が悪いもので。
「ははは。しょんなことない、と思うよ?」
…自然に否定するつもりが動揺して思いきり噛んだ。全然説得力がない。
アリチェ案内嬢も全く信じないのも当然だった。
「…自分でもめちゃくちゃ嫌そうじゃない。変なの」
「いや、あれはあれでいい感じかと」
「皆違うって言うに決まってるじゃない。ねぇねぇ、なんで何時もあんな格好してるの?」
「流行の先取りしてるのさ…」
…うわぁ、すごく説得力無い。こんなルックスが流行なんて微妙すぎる。
「それこそ明らかに違うでしょ。本音言いなさいよ!」
「むぅ……」
このレディ、半端なく食い下がるよ?!
これ以上問答を続けたらボロを出しかねない。
「さぁさぁ! 色々語っちゃおうよ!」
黙り込むこちらに興味津々の態で更に追い打ちかけてくれます。…なんて残酷な。迷う時間もないのかっ。
「じ、実は――」
「実は?!」
そんなに食いついかないで頂きたい。なんか、また此方へ飛びついて来そうな感じだった。
でも、全く気にしないで欲しかったです…。
色々な感情を断腸の思いでねじ伏せて、本音とは真逆のことを言う。
「こいつは、俺の趣味なんだ!!」
「…………、ふ~ん、そうなの」
アリチェ案内嬢の間が全てを物語っている。理解不能なモノを見る目になっていた。
こう言わざるを得ない、此方の心情を誰か察してくれと心底思う。
「まぁ、そういうなら別に構わない。変装も解けたからあたしも仕事ができるし」
精神的にダメージを受ける自爆をして凹む此方に構うことなく、仕事の続行を宣言する。
「…了解、決闘場への案内お願いしますよ」
スッと背筋を伸ばして気分を入れ替え、靴を脱ぐ。1対1ならば裸足の方が戦術の幅が広がる。
後を付いて歩きながら、自分の武装や心身を最終チェックする。
――バスタードソード、ファイティングナイフ、スローピアス、切り札のベレッタ、防具、全て異状なし。
…体調良好。…集中力問題なし。戦闘準備完了。奇襲を受けようとも全力で戦える状態だ。
「――へぇ~、流石ですね。いざ戦うとなったら雰囲気が一気に鋭く変わる」
先導しながらアリチェ案内嬢が感心したように話しかけてくる。
それに苦笑しつつも返す。
「まぁね。それなりに修羅場を潜ったし、鍛錬も欠かしていないから」
「ゲイルに決闘を挑むだけのことはあるってことかぁ」
「そういうことかな」
そんな会話をしているうちに決闘場についていた。
決闘場に入り、轟く様な大歓声に思わず圧倒される。
…闘技場は恐ろしいほどの量の観客で溢れていた。席はすべて埋まり、立って見ている人さえいる。
そこは、ゲイルを応援する歓声で溢れかえっていた。
とんでもないアウェーだ。サッカーに代表される、アウェーの戦いがいかに厳しいかわかった気がする。
これでは確かに、並みの戦意では易々と戦う意志を挫かれてしまう。
ゲイルは既に到着していて此方を待っていた。
大した緊張もないようでリラックスしているように見えた。王者の貫録とでもいえばいいだろうか。
「――あたしはここまで。ここでソウマさんが帰ってくるのを待ちます。帰ってきたらこの色付きメガネは返しますから」
アリチェ案内嬢が話しかけてくる。さきほどの軽い態度は霧散し、真摯な姿勢だった。
「ああ、ありがとう。アリチェさん」
「あなたのご武運を祈ります。…どうか、生還してくださいね」
勝利ではなく、生還、か。…ゲイルの過去の戦績を考えると仕方ないことなのかもしれない。
だが、負けるつもりは毛頭ない。最高の結果を出してみせる。そのための決闘だ。
「もちろんさ。じゃあ行ってくるよ」
そう言い残し、歓声で溢れかえる決闘場の中央へ向かう。アウェーに対する恐れはない。
最後の言葉は観客全員に向けた物。そう、これからこの場に居る者全ての度肝を抜いてやるのだから!
――手まねきする中年の審判嬢に従い、中央でゲイルと向かい合う。
…見れば見るほど若いころの父と瓜二つだった。しかし、戦うと決意した今、それと戦うことに迷いはない。
血盟の力が発動する傾向もない。これならば予定通り戦えそうだ。
と、ここでゲイルが自分へ話しかけてくる。
「――ほう、例の変装はやめたのか。取れば幾分マシな格好になるのだな」
アンタもアリチェ案内嬢と同じことを言うのかっ。あの恰好は確かに浮いているがそこまで言うこともあるまいに。。
ならば同じ返事をするしかない。もう一回言ったのだから、今さら言い繕ったところで仕方がない。
「……アレは俺の趣味だ。あの恰好が大好きなんだよ…」
「馬鹿な奴だな、貴様は」
サービスして大好きとまで言ってやりましたよコンチクショウ!
だけど、お前の感想は正しい。正し過ぎる。自分でも馬鹿だと思うけど言わざるを得ないことを分かってほしい。
「放っておいてくれっ…」
思わず苦虫を噛み潰すような表情になって返す。
そんな此方を差し置いて、審判嬢が歩み寄って最終確認をしてくる。
「ゲイル・シューマッハ、 フォルカ・ソウマ・メンハード。
あなた方はナタリア・エルヤルを懸け、これより決闘を行います。
掟によりこの場へナタリア・エルヤルは観戦のみとなりますが、正式な決闘承諾証を受け取っております。
これに間違いはございませんね?」
「問題ないよ」
「ああ」
…ゲイルが此方を食い入るように注視してくる。
こちらが何を考えているのか読まれてはならない。先手に全て掛かっているのだから。
それを注意しながらも、ゲイルに意識を全て集中させる。
「決闘種目は1対1の戦闘。他者が介入しない限り何でもありの規定となります。
制限時間はなし。どちらかが死ぬか、降参するまで決闘は続行されます。
なお、これに背いた場合はタレス行政府より厳罰が処されることになります。ご注意ください」
「はいよ」
「承知した」
「共に相違なく、覚悟あるものと見做しました。この決闘を私、グリセルダ・デュノアの責任において認めます。
…それでは、両者離れて」
――示された位置まで静かに離れ、スラッと抜刀する。正眼を取って戦闘態勢を整え、ゲイルの様子をうかがう。
(やはり、此方の様子を事細かに探っている…。最初は様子見でくるか。
…予定通り最初の一手は先手を取らせてもらおう。一気に踏み込んで間合いを詰める…!)
重心を身体の中心におき、動きを読ませない。初手は此方も様子見から入るだろうと誤解させる。
東洋武術は、前置きなしに最大戦速で踏み込むことができることをゲイルは知らない。
静から動への流れが東洋武術の極意の一つ。この世界に体系的な体術がない以上、彼は初めて見ることになるだろう。
それを突いて流れをこちらに引き寄せる。…この情報差こそ最初の橋頭保なのだ。
――決闘を前にし、あれほど騒いでいた観客も固唾をのんで見守る。
覇気に満ちる決闘場は痛いほど張り詰めていく…ッ!
「――――始めぇッッ!!!」
――審判嬢が上げた手鋭く振り下ろすと同時に、静から動へ。自分の最大戦速をもって突撃する…!
直後、剣と剣が噛みあう炸裂音が迸る!
絡みあう剣越しにゲイルと激しく睨み合う。相手の歯ぎしりする音が聞こえそうだ。
踏み込みの結果は完璧。ゲイルは受けることしかできていない。態勢も崩れかけ、反撃する余裕はない。
…しかし、凄まじい力で押し返してくる。技が未熟で全力を出せない今の自分では押し負ける。
とはいえ、その表情は内心の焦りを隠し通せていない。
(ゲイルは動揺しているな。心の間隙をつけば更に優位に展開できるか。…ならばッ!)
「Hun! Are you scared? Come on baby!!」
出来る限りの嘲笑を表情に浮かべ、思いきり馬鹿にして挑発してやる。
興奮のあまり英語になってしまったが、意味は十分通じたようだった。
「っ、貴様ぁ…ッ!!」
ゲイルの心が一瞬憤怒にまみれて理性を失うのがわかる。
…これを貰う!
エステルに教わった情報によるとゲイルの間合いは此方より狭い。突破力では負けないということ。
ゲイルを力づくで弾き飛ばし、態勢を立て直す間にその位置まで後退する。
「――フッ」
…思わず笑みが漏れる。会心の初手になった。ゲイルが悔しげに顔を歪めている。
度肝を抜かれて観客が静まり返っている。…だが、ショータイムはまだまだこれからだ。
ここまでは全てこちらのシナリオ通り運ぶことができた。
一連の遣り取りで、剣技で負けることはないという確信も得た。
ゲイルの剣は確かに上手いが、こちらの動きも呼吸も見切れていない。
彼の剣は野生の剣。全力で敵を威嚇し、怯んだ敵を仕留める技。
同格以下の相手には圧倒的な強さを誇るが、自分より強い相手には通じにくい。
…これならばゲイルの魔術、暗器を封殺することができる。接近戦の間合いで戦える。
もし暗器なり魔術なりを使おうとしたなら、一気に攻め立ててそこで決着をつけてやろう。
しかし――、
(…やはり暗器や魔術は使わないか。賢明な判断だ)
ジリジリとゲイルは此方との間合いを外そうと試みている。
一旦間合いを外して仕切りなおそうというのだろう。
しかし、そんなことは絶対させない。魔術を使われれば殺し合いになってしまう。
何より、接近戦以外では自分の見切りは完全に作用しない。
だから――、
――ゲイルを見切る。イメージするのは静謐なる眼と水鏡の心。
動き、呼吸、心理、その全てを自分へ流す。回天の天秤をこちらに傾ける。
動く先を読み…、逃げ道を封じる。
こちらに壁を背負わせようとするゲイルの動きに合わせ、構えを崩さず足指の動きだけで回り込んでいく。
ゲイルはフォルカの術中に嵌っていた。
簡単に表現するならば見切りという言葉が正しい。だが、直感的な見切りではない。
集中点を同時多面的にもつことにより、相手の動きを手の内へ納めることを繰り返しているのだ。
一つ一つはただの戦闘論理に過ぎない。ただ、それを幾重にも積み重ねる。
鍛練に鍛練を積み重ね、視野を広げようとした時に開花した彼の才覚。
この才が開花して以来、人との接近戦において負けたことはない。
心である心理を読めば、戦いの流れを引き寄せられる。
技である呼吸を読めば、相手の攻防を見切ることができる。
体である動きを読めば、常に優位な立ち位置で戦える。
どんな者であろうと、この3つ全てを騙し切る動きは為せない。
誰でもどれか1つを制す事は出来る。必死に努力すれば2つ同時に為すこともできよう。
しかし、3つを完全に為すのは天賦の才の領域。決して真似できるものではない。
この手の内から逃れる方法は2つのみ。
同格の技量で相対するか、此方を遥かに上回る身体能力で圧倒するかだ。
初めて相対する者には働きにくいという見切りの弱点も血盟の力により克服された。
ロジックによる見切りに、直観に近い見切りも加わったのだ。
先の修行は、己の技を磨くのと同時に、世界との一体感を高めるための物でもあった。
今為している見切りは予知の域まで達している。最早、ゲイルに逃げ道はない…!
(あとは隙を見せなければ、ゲイルを追い込むことができる。
追い詰められると理解した時、選べる最善の道は一つしかない。そこからが本番だ)
ゲイルがジリジリと動き、それをフォルカが追う。見えない攻防の応酬が2人を行き来する。
見る者が見れば、ゲイルが追い詰められつつあるとわかる光景だった。
フォルカの切っ先は常にゲイルの正中線に向けられ、隙を見せれば切ると激しく威嚇している。
対してゲイルは防御を固め攻撃させる余地を与えないが、立ち位置が壁を背負う形で不利になっていった。
不利な状況を理解し、ゲイルの表情は歪んでいく。
――…そして、状況打破すべく、遂にゲイルが動きを見せる。
フォルカに向け、超接近戦を挑むべく防御を固めて突進した。
フォルカの雷撃のような剣戟にも怯まず、突き蹴りを放つ!
「――チィッ!」
…その一撃を流し、思わず顔が歪む。余裕綽綽とはいかない。
予想通り、状況打破の最善手である剣の使えない範囲での接近戦を挑んできた。
しかし、ゲイルの蹴りは一撃必殺の威力だった。想像以上に重く鋭い。
直撃されれば間違いなく昏倒し、止めを刺される。
決闘はシナリオ通りの流れで進んでいるが、精神をジリジリと焼かれていくのを感じる。
ゲイルが持つ強い殺気に長時間当てられるせいか、消耗が激しい。
だが、それを心の中で強がることで相殺する。
(なかなか鋭い。流石だ。…だが、勝つのは俺だ。せいぜいうまく踊ってもらう。全能のゲイル!)
弾き飛ばしてやっても、ゲイルは屈する様子がない。ますます闘志を燃やしている。
シナリオ通りの決闘を演出するため、此方が接近戦を苦手とするようなリアクションを態として見せたが、
表情が歪んでしまったのはそれだけではない。
想像以上にゲイルの接近戦能力が高く、驚かされたことも大きい。
体系的な教えを受けていないのにも拘らず、よくここまで強くなれたものだ。
戦いの全てにおいてこれだけの実力ならば全能と呼ばれるわけだ。まさしく天才の名に相応しい。
本当に惜しい人材だ。これほどの腕前ならば、己の流派を開くこともできように。
よって、中距離以上の距離を空けられたら、こちらも切り札のベレッタを使わざるをえないかもしれない。
そうなれば殺し合いになる。だから、ギリギリのラインで演技を続けなければならない。
…この戦いは絶対に負けられない。負けた後に起こる惨状を考えれば、敗北は許されない。
そして、最後の柔術を確実に決めるには、ゲイルに勝てると確信させなければならない。
確信を与える過程において、こちらのミスは絶対に許されない。
更なる気迫をもって飛び込んでくるゲイルを、焦る心を必死に抑えながら迎え討っていった――。
・
・
・
・
――その後、戦局は膠着していた。
同じ遣り取りを何合も繰り返し、心を削り合う。
ゲイルが剣撃を武器や防具で受け流しながら拳打を放つ。
それをフォルカが流して突き放し、雷の如く鋭い切り返しを放つ。ゲイルはこれを際どく避け続ける。
ヒット&アウェイ。そんな応酬をひたすら繰り返す。どちらも決定打を放てない。まさに実力伯仲した決闘。
いつしか観客は声援を送るのも忘れ、彼等の圧倒的な気迫に飲み込まれていた。
しかし、その拮抗した戦局も徐々にゲイルへと傾いていく。
一見すると負傷こそゲイルの方が多いものの、確実にフォルカは追い詰められていくように見えた。
だが、追い詰められているように見えたフォルカは全く動揺していなかった。
これこそが彼の望んだ局面だったからだ。
(…予定通り、だな)
ゲイルは今頃勝利を掴むための手を導き出しているだろう。
こちらのシナリオに乗っているとは知らずに。
…確かに今の自分の剣閃は緩くなっている。
だが、これは意図的ではあっても決して手加減したものではない。勿論、疲労から来るものでもない。
今の攻撃は、自分が血盟の力を得る前の、地球に居た頃の剣閃を振っている。
身体がその力加減を覚えている。それを繰り出しているに過ぎない。
つまり、ブーストを掛けられた力ではなく、自分本来の力のみで相対しているだけ。
必然的に、その寥力は低下する。しかし、技の鋭さはほとんど変わらない。これ以上ない偽装だ。
血盟の力と自分の肉体が違うということを意識すれば案外簡単にできるフェイク。
だが、此方の限界が近づいたと思うであろうゲイルが見過ごすはずもない。
ところが自分は種族特性により、肉体疲労とは無縁の存在。
身体が疲れれば自動的に力は満たされ、傷を負ってもすぐ直ってしまう。
ゲイルはそのことを知らない以上、この誘いを千載一遇の好機と見なす。
肉体戦で上回っていると誤解しているゲイルは、攻防の要である此方の剣を弾き飛ばしにかかる。
この罠にゲイルが仕掛けてくるのを待つ。
その時こそ、この決闘に終幕を告げよう。
――…そして、その時はやって来た。
――もう何度目になるかわからないほど繰り返した応酬を再び演じる。
ゲイルがフォルカの剣戟を受け流しつつも、懐へ飛び込んでいく。
…しかし、今回は今までと趣が違った。
ゲイルがフォルカの剣を弾き飛ばさんと押しまくる。
ガッチリと剣と剣を噛み合わせ、互いに凄まじい力で剣を軋み合わせる。
『ッ……ぐぅッ…、ヌオォォォ―――!!!』
2人の気迫の叫びが闘技場に響く。
――果たして、フォルカの剣は天高く舞った。
とはいえ、ゲイルの方も決して無事では済まない。
手に持つ魔剣は、今までの負荷とも相まって根元から砕けてしまっていた。
武器を失った無防備なフォルカへゲイルが無情に攻撃を放つ!
はずであった。
誰もが、追撃によるゲイルの勝利を予測した。
だが、続く彼の行動は不可解なものであった。
後方に大きく間合いを取ると同時に、スローイングダガー投擲による牽制を行ったのだ。
壁際まで飛び退くと同時に砕けた魔剣を手放し、予備の魔剣を鞘から抜いていた。
対するフォルカの動きも俊敏であった。
弾かれた剣が落ちてくるや、手中に収め構えを取り直した。
そして、ゲイルから発せられた言葉は意外なものだった。
「――惜しかったな。その策、悪くなかった」
決闘中であるにも関わらず投げかけられた言葉が意味するもの。
それはゲイルがフォルカの罠を見破ったことに他ならない。
一方、先の流れで勝利を確信したフォルカにとっては信じがたい言葉。
完全な罠であるはずだった。見破られたのは存外のことでしかない。
「・・・一体何のことだ?
どうして千載一遇のチャンスを逃す。次に流れが来た時、俺はお前を仕留めるぞ?」
苦し紛れの問いだった。歪みそうになる表情を抑え、問いかける。
戦略が崩れ、恐れいた事態が起きたのを直感した。
直前になって罠に気づかれた以上、後には引けない。
こちらも戦いを考え直さなければならない以上、ゲイルの繰り言の意味を図るしかない。
「いや、仕留めるのはこちらだ。だが、どうやら予感は当たっていたようだな。
貴様の力量、接近戦でこそ最大に発揮されるものとわかった。
剣を弾かれてから再度掴むまでの動きは一瞬だったな。つまり体勢を崩したからではなく、必殺の罠を張っていたからこそ可能な動きだ」
「・・・・・・ッ」
「どうやら図星か。ならば今度はこちらが攻めさせてもらう。――アースニードル!」
その叫びが聞こえた瞬間にフォルカは大きく間合いを取った。
直後フォルカのいた地を中心として一斉に大地が茨の如き形状で隆起する。
「このままやられると思うなよ、ゲイル!」
このままでは拙い。中距離から遠距離戦ではゲイルの独壇場になってしまう。
アースニードルの直撃を避け、体勢を立て直した瞬間にスローピアスを両手に持ち投擲する。
狙いも何もない。単なる牽制で隙を作るのが狙いだった。・・・だが、
「アースグラヴィティ――」
ゲイルはそれを読んでいた。背負ったの壁の一部を浮遊させ、それを壁とした魔術。
ゲイルはフォルカに魔術が使えないことを察知し、中距離攻撃を防ぐ為に壁を利用したのだ。
直撃する軌道のスローピアスは全て浮かぶ壁の欠片に阻まれる。
それ目の端に捉え、ゲイルは魔剣を掲げ更に声高に詠唱を行う。
「アイススピア」
今度は天より氷の刃がフォルカへ向けて降り注ぐ。
フォルカも辛うじて避けるが、その身体は大きく崩れていた。
次の攻撃は逃れることなどできない。玄人が成す、確実に仕留める為の魔術構成だった。
「これで終わるか? ――インファナルレイジ・ファイア!」
魔剣が輝くと同時にゲイルの周囲に直径1メートルはあろうかという4つもの炎球が生まれ、連続してフォルカを狙い撃つ。
スローピアス投擲によりフォルカの態勢は崩れていた。加えて無理な体勢からのアイスニードルの回避。
怒涛の4連続の炎球を避けられるとは思えなかった。
スタッフに比べ魔力組成が劣る魔剣での的確な4連続魔術。ゲイルの技量の高さを伺わせるものだった。
今や、フォルカは残された手段は底をつきかけていた。
一気に追い詰められていく。魔術関連の戦闘では圧倒的に経験が足りず、ゲイルの唱えた4連続魔術の前にどう動くべきか。
玉砕覚悟で間合いを詰めるしかないのか。フォルカは急速に忍び寄る敗北を感じていた。
(この距離では負ける。何とかしなければ・・・!)
ゲイルに間合いを取られた時、勝負の回天の流れはゲイルに一気に傾いたことを悟った。
そして間髪入れずに展開されていく魔術。血盟の力を持って発動を制することができない以上、避けるしかなかった。
そして、読まれていると分かっているにも関わらず、スローピアスによる牽制。
慣れない投擲の為、一部は的外れな方向へ飛んでいったが、直撃するピアスは浮遊する岩に阻まれた。
目を疑うような光景ではあるが、これが魔術。
(俺が魔術を使えないの察知したな。だから物理攻撃を防ぐ大地を詠唱時間を稼ぐ壁としたわけか)
的確な対応としか表現できない魔術。同時にゲイルが壁を背負った理由も否応無しに理解させられた。
此方の物理攻撃を封じるには最善手であり、確実に敵を追い込む一連の流れ。
そして、体制を崩した此方へ更なる牽制のアイスニードル。
直撃を避けるのに精一杯だった。肩、足、額を氷の刃がかすめ血が滲む。
そして、続く本命である4つの炎球。無論手加減などなく、直撃すれば死ぬであろう攻撃。
流星のように刻一刻と体勢を崩し動けない此方へ迫ってくる。
(炎球が直撃すれば自分は死ぬ。早く回避を――ッ)
当然ながら、理性が焼き切れそうなほどの警鐘を鳴らす。
当たれば火傷どころでは済まないのは一目瞭然だった。
なのに。
本能は驚く程冷静だった。
血盟の力の根源とも言える本能。
それは、こんな攻撃など恐るに足りないとでも言っているようで、まるで危機感を覚えていない。
通常と逆転の関係。どうしようもなく違和感を感じる感覚。
理性と本能、その立ち位置が逆転していた。
そして、フォルカは本能の力を信じた。自分に与えられた血盟の力を思い出した。
(そうだ。血盟の力は空間に作用するだけじゃない。触れたものだけを破壊することだって!)
力の秘匿など形振り構える状況ではなかった。
剣を大地へ突き刺し、迫る炎球へ破壊の意思を込め拳を放ち、蹴りを放つ。
右正拳、左正拳、左蹴り上げ、右回し蹴り。
そして続く4連続の爆音。
最初の炎球を迎撃したとき、拳は潰れるものと覚悟した。
しかし、自分の体には何も影響はなかった。迎撃した際に発生した爆発さえ自分の周囲に薄膜が張っているかのように守られた。
・・・それを理解した時、迎撃への恐れは消えた。同時に反撃の糸口も見えた。
続く3つの炎球も全て迎撃する。
炎球の爆発により生じた土煙の中、
突き刺していたバスターソードを抜き、両の素足を通じて感じる大地へ破壊の意思を込める。
「――大地よ、爆ぜろ!!」
震脚にて大地へ存在の禁を告げる。その構築を否定した。
――果たして、効果は劇的だった。
決闘場の大地が罅割れ、観客席の間を仕切る壁さえ崩落していく。
同時に視界を塞ぐほどに立ち込める土煙。狙えない以上、魔術も投擲も封じられるほど視界を覆う。
予期せぬ事態に観客はざわめくが、気にかける余裕などあるはずもない。
フォルカにはこれが唯一残された勝機だったから。
土煙の中、自分の最も頼りとするベレッタを抜き放ちゲイルに向けて疾走し――照準する。
禁じ手を使う覚悟を決めた。誰にも見られない今しか血盟の力を使うことはできない。
視界が塞がれた状態で照準など出来ようはずもない。
しかし、自分には当てられるという確信があった。
エステルを救うために行った狙撃が成功した理由。体内で曲がった弾道。血盟の力。
それが意味するものは。
"世界は己の意思を是とする"
血盟の力を持って狙い撃つなら照準するのではない。どれだけ当てたイメージが出来るかに掛かっているはず。
そして、狙うはゲイルの両膝。機動力を確実に奪う攻撃。
実際に見えていないにも関わらず、その光景が目に浮かぶほど念じる。
ゲイルが膝をつく光景が脳裏に浮かんだ。
失敗する可能性など感じさえしなかった。迷わず引き金を2度引く。
「―――グゥッ!?」
弾丸は狙い余さずゲイルの膝を打ち抜いた。ゲイルの苦痛に耐える声が教えてくれた。
血盟の力も結果に間違いないと伝えてくる。
(――勝った!)
そして、フォルカは必勝の確信を得た。
身体と心が狂喜する。ゲイルを手中に収めたと。
土煙を突破し、膝を屈したゲイルの前へ躍り出る。
待ち望んだ瞬間が到来していた。ゲイルへ踏み込み、容赦なく魔剣をバスターソードでもって破壊した。
同時にバスターソードも役目を終え、砕け散る。
ゲイルは苦し紛れに、渾身の正拳突きを自分に見舞おうとしている。
しかし、態勢は崩れており技から逃げる力も残されていない。
ここしかないと確信する。合気系柔術発動のまたとない機会…!
――ゲイルが突き込んでくる拳がスローモーに見える。
集中の余り、世界がモノクロ化しているようにも見える。
突きこまれる右正拳に手刀を添えつつ、ゲイルの外側へ素早く運足歩法で回り込む。
――同時に素早く、迷うことなく裏系列の合気系柔術を叩き込む!
『合気系柔術 小手返し・裏式』
…この技は通常の小手返しとは全く異なる。
本来の合気道の小手返しは手首を返して投げることで武器を奪い、相手を背中から地に叩きつける技。まず怪我はしない。
しかし、この技は柔術の裏投げを混ぜることで頭から地に叩きつけるため、受け身を取れない。
投げ終えた後も、うつ伏せになった相手へ脇固めに入ることができる。まさに一撃必殺の技である。
事実、ゲイルは何一つ抵抗できなかった。無様に投げ飛ばされ、関節を決められている。
その首筋に、腰から引き抜いたファイティングナイフを油断なく突きつける。
(・・・やはり達人のようにはいかないか。達人レベルならこの流れだと手首と肘の関節を外せていたんだが)
チェックメイトだった。ゲイルの動きは完全に脇固めで封じ込んでいる。完全に詰んだ。
しかし、…手首の関節しか外せなかったのは正直に言って不本意だった。
肩は脇固めのために置いておくとしても、肘の関節も外しておきたかった。
この技が本来の威力を発揮したならば、肩肘手首の関節全てを破壊できるのだ。
だが、それにはとんでもない技の切れ味が必要とされる。自分はその領域にまでは達していないということの証左だった。
その滲む悔しさを堪え、問いかける。
「ゲイル・シューマッハ…、降参してくれるよな?」
静かにゲイルへと話しかける。
だが、その答えは――否だった。
――ゲイルの様子がおかしいことに気づく。
狂気にも似た怒りがゲイルの身体中に満ち溢れ、その感情のまま戦おうとしているのが感じられる。
(馬鹿なッ?! 身体中に力が漲っている…。この状態で動けば右腕は二度と動かなくなるんだぞ?!
これ以上戦ってもゲイルに勝ち目はない。なのに何故戦うんだ?!)
負けても戦いを諦めないゲイルに恐怖さえ覚える。自らが死ぬまで止まらないということなのか?!
自分は死合というものを見くびっていたのかもしれない。このままでは殺し合いになる。
だから、どうしようもなかった。
意識を刈り取るべくナイフの柄で後頭部を痛打した。
頭から血を流し昏倒するゲイル。頭が力を失い、だらんと垂れさがる。
(終わった。これでようやく)
無意識にゲイルの拘束を解いて立ち上がる。自分が何をしてるのかよくわからない。酷く疲れた。
しかし、確実にわかっていること。それは――、
――ゲイルが、全能とまで評されたゲイルが、敗北を喫したこと。
…本懐を遂げた瞬間だった。労苦が報われ、ゲイルを守ることができたのだ。
胸中を何とも言えない達成感で満たされていく…。
土煙が晴れ、立ち上がるフォルカ、昏倒するゲイルを見届けた審判嬢が駆けより、フォルカの手を天にかかげて宣言する!
「勝者――!! フォルカ・ソウマ・メンハードォ――!!」
――次の瞬間、静まり返っていた闘技場内に爆発的な歓声が轟いた。
前代未聞の番狂わせ。死合で人死がでなかったこと。トリックのような出来事の連続。
その全てが観客を興奮させていた。フォルカの目論見通り、度肝を抜かれたのだ。
≪――フォルカッ! フォルカッ! フォルカッ! フォルカッ!――≫
いつしか観客が自分の名を呼んでいた。雷のように響いている。
それに片手を上げて応えつつ、折れた剣を鞘へ戻す。
観客席を飛び降り、地に塗れたゲイルへ駆け寄る一人の女性がその過程で目に入る。
「ゲイル、しっかりして! あなたはこんなものじゃないでしょう?!
こんな男に負けるなんて有り得ないって言ってたじゃない?!」
ゲイルに縋りつくように、泣きながら言葉を重ねる。
…彼女には見覚えがあった。アダモフでゲイルと一緒にいた女性だ。
名前は知らないが、彼の妻の一人ということか。ゲイルも実に愛されているものだ。
ならば、今の自分に掛ける言葉は何もない。敗者にどのような言葉をかけろというのか。
ただ黙って立ち去るしかない。――が、
「――ねぇ、ちょっと待ちなさいよ」
唐突に、涙に濡れた声に呼び止められる。
「…何でしょうか。奥さん」
「あなた、イカサマしたんじゃないの?! そうじゃなければゲイルが負けるはずないわ!」
此方を激しく睨みつけながら激しく糾弾してくる。
なるほど。怒りのはけ口を求めたということか。
だが、こちらに後ろ暗いことは一切ない。寧ろ感謝されてもいいほどだ。
「俺は掟に反することは何もしていない。正々堂々とゲイルと真正面から戦い、勝ち残った」
「そんなはずない! 絶対何かしてる!」
「この決闘は何でもありだった。仮に何かしたとしても問題はないはず」
「決闘前に何かしたんでしょう?!」
ゲイルの妻はどんどん興奮している。これでは手がつけられない暴れ馬だ。
「…馬鹿な。ゲイルにそんな隙はないことはあなたが一番よく知ってるでしょうに」
「それでも目を掻い潜って何かしたはずよ!」
彼女は此方の言葉に耳を全く貸さない。ああ言えばこう言う。これではどうしようもない。
まるで怒り狂うナタリアのようだ。ゲイルの妻は性格が似るとでも言うのだろうか。
「なら、ゲイルが目を覚ました後、詳細を聞けばいい。
それでも不服があるなら後日トワネスティーの隊舎にご足労願いたい。そこで改めて話し合おう」
「――なっ?! ちょっと! 待ちなさいよ! 待って!」
なおも激しく此方を呼びとめる声を無視し、アリチェ案内嬢の許へ戻る。
勝利の余韻を掻き乱されたのは気持ちの良いものではなかったが、妻であることを考えれば仕方なかろう。
それは置いておき、彼女に預けた大切な?変装道具を返してもらいにいく。
「――やぁ、アリチェさん。約束通りちゃんと生還したよ。一応五体満足だ」
「……ゲ、ゲイル様に本当に勝っちゃったんだ?」
信じられないモノを見る目で此方を見るアリチェ案内嬢。そんなにすごいことをした実感は正直ない。
それにしても、ゲイル様とは凄い呼び方だ。
まぁ、決闘では無双だったらしいから無理もないんだろうけども。
「失礼な…。ちゃんと勝ったよ。見ただろう? 完勝、完勝!」
「え、えぇ。そうなんだけど、未だに信じらんない…」
その評価に思わず苦笑してしまう。そこまで番狂わせだったのだろうか。
「それについては追々考えてくれ。…ともかく例のものを返してくれないかな?」
「え? あ、はい! そうでした、お返しします!」
差し出した手に変装道具一式をのせてくれる。
再びこれをするのも嫌だが、これも運命と言い聞かせて変装姿に戻る。
そんな此方をボーっとした様子で見ているアリチェ案内嬢に礼をいう。
「…これで良し。色々お世話になったね、ありがとう」
「いえいえ! これも仕事ですから!」
「ふふっ、仕事か。…なら何かあったらトワネスティーに来るといい。
アリチェさんなら格安にしてあげるよ」
「え、えぇ?!」
顔を真っ赤にして驚くアリチェ案内嬢に肩を竦めて答える。
「ま、荒事専門のウチに頼むことがない方が幸せなんだけどね。困った時は知り合いの好で助けるよ」
「は、はい。ありがとう、ございます」
「どういたしまして。それじゃまたね」
なぜかどもる彼女に手を振ってさよならを言い、控え室へと帰る。
そこで座り、必ず来る客を待つ。
此処から先が一番辛いこと。
契約を破られたナタリアが黙っているはずもないのだから…。
無駄に長いけどいい表現にはなってないです。
どうかご寛恕ください。