第16話
改稿版
長引いてますが次が戦闘です。
――――決闘編・4――――
――翌々日、トワネスティー訓練所にて。
フォルカは座禅を組んで瞑想していた。…逸る心を抑えるために。
「ソウマ大丈夫なのかな…。どうも戦う直前には見えないんだけど」
「その辺りはあたしもよくわからないわ。でもすごく集中してるのだけはわかる」
そんなフォルカの様子を扉越しに覗き見て、セレンとエステルが話しこんでいる。
訓練しては瞑想し、1日のほとんどを訓練所で過ごす仲間のことが気になって仕方無い。
「食事もほとんど取らないんだよ? 僕たちだけじゃなくて、カノンも寄せ付けずに訓練所に一日中籠ってるのは心配だよ」
「軽い飢餓に追い込んで集中力を高めるとか言ってたけど、ソウマは普通じゃないからわかんないなぁ」
2人で顔を見合せてムーっと唸る。フォルカの考えていることが全くわからない。説明もほとんどしてくれない。
やることなすこと規格外で常識があてはまらないのだから困ったものだ。
「…剣の素振りを延々としてたかと思うといきなり座り込みだすし。
しかも、座ったのが休憩のためじゃないっていうのもよくわからない。魔術師じゃないのにそこまで考える必要があるの?」
「肉体派なら悩みを捨てるために普通は訓練にますます打ち込むんだけどね…。逆をしてるのは不思議」
首をかしげて考えても何も出てこない。フォルカのしていることは時間の無駄に思える。
武人でも考えることがないとは言わないが、魔術師の如く深く考え込んでいるのは異常にしか見えない。
「う~…、エステルはたまに稽古に呼び出されてるからまだいいけど、僕は何もできないなんて歯がゆい…」
「こればかりは仕方ないわよ。あたしとあなたじゃ専門分野が違う。
あなたは魔術でソウマを助け、あたしはそれ以外で力になる。その差が出てるだけよ」
セレンは、何も手助けできない状況に苛立ちを覚えているようだった。
フォローするエステルに対し、山積している疑問の一部をぶつける。
「でもさ、武器も自分が持ってるのは使わずに、隊舎にある片刃のバスタードソードを使うっていうもの変だよ」
「…おかしいと思って注意はしたわ。だけど全然聞いてくれないの」
「使い慣れない得物じゃ問題があると思うんだけどな」
「う~ん…、旅の時に手合わせした時と比べて、寧ろ強くなってるのよね。これも普通とは逆」
困惑したエステルの返答に対し、思わず絶句するセレン。
普通は使い慣れない武器を使えば総体的に弱くなるはずだ。それが当てはまらないとはどういうことか。
「……ソウマは、あの種類の剣を使うのは初めてだって言ってた。
血盟の力を差し引いて考えても尋常じゃない。ソウマってどんな人生を歩んできたんだ?」
「あたしの方が知りたいわよ…。複数の師匠がいたとしか考えられないほど方々の戦い方が澄んでることは確かだけどね。
その割に中間距離の戦い方が下手っていうのがおかしいわ。師匠がいたならその戦い方は絶対教えるはずなのに」
2人して腕を組んで考え込む。考えれば考えるほど答えが出ない迷宮へ陥る。
「む~…。あの森にはソウマ1人っきりしかいなかった。自分が血盟の一族だって知らなかったし、この世界の常識も言葉も知らなかった。
それだけ孤独だったのに、親以外の誰かに技を教わるなんてことが有り得るのかな?
ソウマの話だと、お父さんは体術はダメだったからお母さんに教わったってことになるけど…」
「どうなんだろ…。強力な力を生まれもつ純血種族があんな戦い方を選ぶようにも思えないわ」
「確かに。それに、愛用してる武器を使って勝ちにいかない理由も今一釈然としない」
「そうよね…。それに、ソウマが愛用している武器はとても全て持ち運べる量じゃなかった。他にもまだまだ隠してるみたいだったし。
血盟の種族の秘宝だっていう話を信じるとしても、数人でどこか他から運んできたとは考えにくいわ」
瞑想に浸るフォルカをジッと観察しつつ、わからないことだらけの対話を続ける。
「でも、あれだけ細やかな細工が施された強力な武器なんて見たことも聞いたこともない。普通じゃ作れない。
仮に作れたとしても大規模な工廠が必要なはずだよ。だけど、あそこにそんなものはなかった」
「激しい衝撃を与えると危険って言ってたことも考えると…、ワイバーンとかで空輸した可能性も低いわね。
それに血盟の種族が世界樹の森の深部に引き籠った理由もよくわからない。種族的には外へ活路を見出すはずなのに」
まさに思考の迷宮。ある展開を思いつけば現実的な展開が否定する。
彼女達は本当の答えには近づいてはいるのだが、
常識外の答えが真実であるため、フォルカが話さない限り真実に辿り着くことはできない。
「ソウマが森で着てた服も見たことがない素材だったよね。紙より遥かに頑丈で薄い、光を反射する紙もあった。」
「ああ、確かびにーるとか言ってたわね。なんかツルツルしてたけど」
武器や武術のことから考えるの止め、視点を切り替えるセレン。
その憶測にエステルが疑問を投げ、更に思考を深めていく。
「血盟の種族は叡智にも長けた種族だったと歴史の本にはあるけど、そんな物があるっていう記述はなかった」
「それじゃ、誰かが秘密にしているとかじゃないの?」
「…どうやって昔から秘匿してきたのか疑問だし目的もわからない。
血盟の民は僕たち混血に巻き込まれる形で失われた種族だから、彼らの秘密の多くは僕たちの間に伝わってるはず。
それに、今でさえ不可能な高度な技術を実現していたとは考えにくいよ」
「う~ん、それじゃ魔術で作り上げたとか」
「そんな高度な魔術は純血種族でも難しいと思う。魔術で組成変化はできても細かな形状調整して量産するのは難しいんだ…」
ここで会話が止まり、目を合わせて溜息を吐く。結果はいつも通りだった。
"何もわからない"だ。
「やっぱりソウマから話を聞き出すしかないわね。全然わからない」
「その辺りの話題は恐ろしく口が固いから…。この前やっと少しだけ僕達に家族の話をしてくれただけだし」
2人して吹っ切れない態でぼやく。肝心要のフォルカが応えてくれないのではどうしようもない。
「そうよね。具体的に想像させることは全然話してくれなかった」
「話したくないっていうよりも話せないって感じだったけど、あんな中途半端だとなぁ」
「あんまり踏みっちゃいけないっていうのはわかるけど、もっとたくさん話して欲しいな…」
何となくどこか諦念してしまっているセレンに対し、エステルが悲しげに小さく呟く。
・・・仲間のことを知りたいと思うのは自然なこと。
ソウマが自分達を受け入れてくれていることはわかるのに、過去のことは一切話してくれない。
その手の話題になると逃げるか強引に切り替えられてしまう。
彼は間違いなく自分たちのことを大切にし、信頼してくれている。
だけど過去については何も話さない。いや、話せないのではないだろうか。
"時が来れば必ず話す"と言ったということは、何か重大な事件が過去にあったということではないのか。
今、自分たちに話せば類が及ぶと考えているのかもしれない。
でも、彼には大きな借りが出来ている。
死ぬしかなかった世界樹の迷宮の中で命を救い、セレンの心を救い、朽ちるしかなかったはずの弟や仲間を弔えた。
血盟の純血種族。仲間の為に力を振るうという言い伝えにそぐわない在り方。
自分も彼に見習いたい。だから、どんな過去を背負っていようと最後まで一緒に居る。
"心から喜びや楽しみを共に感じ、悲しみや怒りを分かち合う"
世界樹の森で口の端にのせた、彼の理想のパートナーでありたいと思う。
結果的に、何も知らなかった彼には自分たちの風習を押しつけてしまった。今でも申し訳なく思う気持ちがある。
ある意味、善意を仇で返すに等しい行為をしてしまった。でも、どうしても一緒に居て欲しかった。
そういうこちらの思いを理解してくれたのか、ソウマは自分を受け入れると宣言し、忠実に守っている。
そんなソウマだからこそセレンも託せると思った。大切な人のためならどこまでも歩める人だから。
懐の広い、色んな人を支え守ることができると思ったから。それに――、
「…でも、ただ眺めるしかないっていうのも辛いな」
座禅を組むフォルカを見遣り、唇を噛んで悔しげに言うセレン。
過去云々を考えるより、身近な未来を考えることにしたようだった。
セレンもソウマに救われた一人。彼の支えがなければ仲間の後を追って死を選んでいたかもしれない少女。
理解度でいえば自分よりもソウマのことを深く理解している。今、彼に一番必要とされている子だ。
「そうね。ほとんど寝ないであれだけ密の高い訓練されると此方も何かしないといけない気にされるわよね」
「うん。でも、今協力できることは何もないみたいだ。…おとなしく雑務をこなしておくよ」
「わかった。あたしはもう一度ゲイルの情報収集に行って来る。今じゃあ決闘はタレス中で噂になってるから大変だけどね」
力無く日々の仕事をこなすと言うセレンに、もう一度情集に行くと伝え、ソウマにも唇だけで行ってきますと伝える。
彼が求めてこない以上、鍛錬に付き合っても邪魔になってしまうだろう。かといって、セレンを手伝って時間を無駄にもしたくない。
今、婚約者に最大限協力できることはそれしか残されていなかった…。
――そんな、心配する2人の仲間を余所にフォルカは深く静かに集中していた。2人を気にかける余裕はなかった。
自分の限界を引き出さなければ死合に勝てぬと知っていた故に。何よりも自分に克たねばならないと知っていた故に。
ゲイルは決闘すると確約した。
期日は5日後の昼。
その瞳には隠せない闘争の覇気が踊っていた。闘志に火がついたのは一目瞭然だった。
それほどまでに戦いに飢えていた男を生かしたまま倒す。
だが、自分もそれに触発される形で戦いを望んでしまっている。
戦うことは本意ではないが、武を嗜む者の因果か、いざ戦うとなると血が昂ぶってしまう。
ゲイルが父に似すぎていること、今まで培ってきた信念、彼を守りたいという思い。死への恐怖。
そういうものを抜きにすれば、相手を殺してでも勝つという獣じみた意志は否定できない。
心の奥底では、本能の赴くまま敵を蹂躙してやりたいという感情が渦巻いている。
ともすれば、その心は理性の制約を振り切って暴走しようとする。
…その心を必死に鎮め、人としての理性をもって制する。
己が決闘で振るう太刀は、野生の殺人剣ではなく活人剣。人を活かすための剣。
高ぶる心身を完全に制することができなければ、真剣を用いる実戦で活人剣など振るえようはずもない。
道場剣術ではなく、実戦で活人剣を振うことは困難極まる。
相手の限界を超える攻撃はできず、機動力を奪う脛切りや三段突きなどの連携技も使えないのだ。
冷静な心を保たなければ、目的を忘れて致命的な攻撃を勢いの命ずるまま繰り出すだろう。
加えて、今の自分は非常に不安定になってしまっている。
心技体のバランスが崩れてしまったから。
この世界に転移してから、血盟という名の大きな世界の力を得た。
これにより、体の力は大きく増した。心の方も環境に揉まれることで多少は成長した。
しかし…、技の方が全く着いていない。元から達人クラスならば良かったのだがそこまで磨かれていない。
成長した心と体に引きずられる形で成長してはいるが、全く足りていない。
未熟さを具体的にいうならば、連続攻撃で体の全力を出すと残心が崩れ出す。
身体の回転の早さに技がついていかないのだ。
残心が崩れるということは重心が崩れることと同義。重心の崩れは隙を生む。
そこを突かれて乱戦に持ち込まれたら、手加減や活人剣どころの話ではなくなる。
同時に、武器の種類も地球で慣れ親しんだ物とは異なることも大きい。
好みだった日本刀と似た武器を選んではいるが、やはり別物に過ぎない。
馴染ませることはできても、体に浸み込ませる域には達しないはず。
…残された5日間の間でどこまで技を伸ばすことができるかはわからない。
しかし、どれほど努力しようと、最大の力に対応できるほど技を鍛えることはできないだろう。
諸々の事情を考慮すれば、ゲイルとの決闘はギリギリのラインで戦うことになるということだ。
そして、本気で戦えば死はどちらかに訪れる。剣という武器を使うのだから尚更だ。
どちらかの牙が相手に突き刺さるまで止まれない。…実戦とはそういうものだ。
活人剣を振うとはいえ、真剣を使うのならば相手を殺してしまうリスクが高すぎる。
完全な状態で戦えない以上、剣技のみで決着をつけるのは困難極まりない。
ならば他の手段、剛柔どちらかの接近戦で決着をつけるのが最善だろう。
接近戦に持ち込む過程だけを剣技に任せる方が賢明だ。
しかし、拳打や蹴打を使った攻撃は問題が累積している。
真剣を使った実戦を行うのだ。ゲイルは防具をつけてくる可能性が高い。
当然こちらも、小手や足当てなど最低限の防備は携える。
防具をつけているならば、打撃は剥き出しの急所を狙うしかない。
急所に防具をつけた打撃が直撃すれば致命傷になりかねない。相手の動きは予測できてもコントロールできないのだから。
血盟の力で防具の完全破壊も可能ではあるが、その余波はゲイルを殺すかもしれない。
考えないではないが、奥の手とするしかない。
とはいえ、手加減した一撃をわざわざ喰らってくれる相手でもないだろう。
逆に隙を突かれる可能性も出てくるだろうし、それで屈伏させることができるとは思えない。
加えて、打撃のやり取りの最中にタックルでもされれば長時間接触する可能性が高くなる。
タックル系の攻撃は逃げずに受け流すことが基本だ。避けることは難しい。
特殊な条件下で血盟の力を抑えられるとはいえ、長時間の直接接触は危険極まりない。
…ならば、最後は柔術の合気を使って決着をつけなければならないはずだ。
投げ技や関節技ならば殺さずに勝てる。しかも一瞬で。
技を完成させてから手加減可能な柔術が、この局面で最も効果的だ。
合気系列の柔術を叩き込めたなら一撃で終わらせることができよう。
しかし、
受け身を取らせず、頭部に激しい衝撃を与える技。
相手の関節を破壊し、動きを封じ込む抑え技。
流石に、この両方を一度に満たす技は少ない。表技で挑めば返される可能性がある。
…確実に一撃で仕留めるには、裏の複合技を使うしかない、ということか。
武道では、活人系列の技を表と評す。世間一般、幅広く知られているのは此方だ。最近ではスポーツ化しているが。
対して、武術の殺人系列の技を裏と評す。情けを捨て急所を攻め立てる。問答無用で相手を破壊するための危険な技だ。
使いこなすことは難しいが、その戦闘ロジックには目を見張るものがある。
己の身体と技を鍛え抜き、心を強くすることこそ武道の本願。己に克つともいう。
故に、戦うことを目的とした裏系列の技は、武道においてはある意味邪道となる。
裏の技は、武道の前身である闘争の武術の姿を忘れないために教え授けられるものであり、使うためのものではない。
――ここで瞑っていた瞼を開き、剣技の鍛練に入る。基本的な型をこれまでと同じように幾重にも重ねる。
身体に浸み込ませた正眼の構えをしながらも考える。
ゲイルについての情報を集めた結果、彼は全ての決闘において魔剣を使ったということだった。
エステル経由で町の情報屋に集めてもらった情報は精細で参考になった。
一番得意としている得物が長剣だということ。ゲイル自身が非常にプライドの高い男だということ。
その他の情報や、闘いの決闘では剣を使うことを美徳とされていることから考えるに、
ゲイルはほぼ間違いなく決闘は剣を使うことが知れた。
同時に、恐ろしく強くて油断のならない相手だということも。
決闘において、こちらの一番の優位性は情報量の差にある。
ゲイルは此方のことを一切知りえない。仲間以外、誰にも戦う姿は見せたことがないのだから当然だ。
しかし、こちらは多くの情報を握ることができている。
この時点で大きなアドバンテージを得ることができた。
あとは、その情報を最大限有効に活かせるよう立ち回るのみ。
これらの情報を考えると、ゲイルは必ず様子見から始めるだろう。
全く見ず知らずの敵に突撃をかけるような猪突猛進型ではない。
それを利用し、初手で一気に間合いを詰める。その後、接近戦のみによる展開に持ち込み隙を見せない。
これが基本的な対応策になる。
――正眼からヒュンッと上段袈裟切りを最短距離で放ち、残心を残す。
思考を一区切りする。
ゲイルが此方の想像を上回る奇を突く天才だったならば話は変わるが、その心配は少ないだろう。
彼は万能型であり、どれかに特化しているわけではないと聞いた。接近戦の才覚で上回られなければ互角以上を期待できる。
様々な情報やエステルやセレンの話を聞く限り、剣技や体術はエステルに毛が生えた程度らしい。
ならば、あとはどのようにシナリオを描き、それにゲイルを噛ませるかが問題だ。
それこそ決闘での自分の手腕にかかっている。
――正眼から横薙ぎへ。切った後に切り上げ、袈裟切りの連続攻撃に繋げる。
ともすれば残心が崩れかけるのを必死に抑える。
泥試合になる可能性、つまり予測不能になる可能性は当然ある。だが、置いておくしかない。
そもそもこちらが何でもありの闘争の決闘を挑んだのには理由がある。
ただ勝敗を決めたいのならば、条件付の決闘を選べばよかった。
死合に何としてでも勝ちたいなら、剣ではなく間合いで上回る槍を主武装にする方が正しい。
…しかし、それでは本当に勝ったことにはならない。ゲイルを屈服させられない。
相手が全力を出し切れる状況で叩き潰さなければ、本当に勝ったと認めさせられない。
そして、全力を出せる状況とは、同じ武装を用いた命懸けの実戦ということではないのか。
全ての武器が認められ、魔術も制限されない。もし試合中に死んだとしても合法。
だからこそ死合とも呼ばれる。
本気の戦いをしなければ、ゲイルは本当の意味で負けを認めない。
…だが、ここまでするのはゲイルに対する苛立ちも大きい。
彼を守るために交わしたナタリアとの契約もあるが、ゲイルのことを知れば知るほど苛立ちが大きくなっていく。
彼は修羅の道を歩み続けても無明が広がるだけだということがわかっていないのだ。
我武者羅に、他を省みず自分より強い相手を求める行為の限界と危険性を理解していない。
人を思うことを忘れた存在は他と共に奈落へと転落する。その力が強大であればあるほど危険だ。
他を省みない行為は個人や国家という大きさに関わらず、結果的に破滅をもたらす呼び水でしかないということを忘れてはならない。
一時の幸福は確かに得られるだろう。だが、それは恒常的に得られるものではなく、他を巻き込んで崩壊する行いだ。
自分は何も全ての人を愛せとは言っていない。ただ、人と己を重ねるだけでいい。
このことを理解できたのは両親の教育と、世界を反面教師にしたことが大きい。自分の原点はそこにあるともいえる。
欲望を否定するつもりはない。欲は生きていく上で不可欠なものであるから。
しかし、ゲイルの欲は自滅の道。だから止めるのだ。
――ここで気迫を込めて踏み込みつつ唐竹割の素振りを行う。…己の迷いを切り払うかのように。
踏み込みと同時にブワっと空気が舞う。
そう。ナタリアを見逃せばゲイルがその手で殺していただろう。
…俺は、自分の父親と同じ顔で平然と相手を、妻を踏みにじるゲイルが気に食わない。
一度本気で殴ってやらないと気が済まない。自分の危うさに気づけないのならば、誰かが正さなければならない。
心情的には子から親へ叱責する形になる。おかしな話だが、これも義務なのだろうか。
実際には血縁関係など存在しえない。だが、それを理由に見捨てるつもりもない。
両親が自分を常に導いてくれたように、彼が間違った道へ進むのならば正してみせよう。
ゲイルにとっての負けとは、今まででの在り方を否定されるということ。
負ければ原点に立ち返って考えることができるだろう。それでもわからなければ何度でも叩きのめす。
最強の相手を求める限り、自分が最強にはなれないということを教える。
そのためにも、ゲイルと同じ土俵で真正面から叩き潰さなければならない。
言い訳の余地を与えず、完全に負けたと認めさせなければならない…。
自分のエゴによる行為だが、これに迷いは一切ないのだから。
完全なる勝利を目指し、更なる鍛練を繰り返す。異世界の戦い方ではなく、最後まで自分の戦い方を貫いて勝つ。
同じ土俵でありながら、この世界の常識とは根本的に違う戦い方をするだろう。負けないために心と技を出来る限り磨き抜く。
迫る期日に逸る心と興奮を抑えながらも修業に明け暮れる。ひたすらそれを繰り返していった。