第15話
改稿版
――――決闘編・3――――
色々と話し合ったその翌日、
俺達は一緒にトワネスティーの仲間の遺族へ遺品を返しに回っていた。
これには、新たに迎えた自分を紹介するという意味もあったようだ。
この時ばかりは喪に服していると表さねばならないため、変態変装は一時的に解除しておいた。
カノンについては問答無用でお留守番させた。こればかりはぶち壊されるといけない。
トワネスティーでの生き残りはセレンとエステルだけだという話は既に町中に知れ渡っていたが、
それでも本当の意味での遺品に対面するとなると話は全く別だ。
最後まで身につけていた形見とは、遺品の中でも特別品だ。
血にまみれ、或いは砕けたソレは激しい闘いと苦しみを連想させざるを得ないものだから。
遺品を手渡し、顛末を冷静に説明するセレンは大したものだった。
流されそうになりながらも感情を制御できていた。内心は苦しさと悲しみで溢れていただろうに。
最後まで身につけていた首飾りや調度品を渡された遺族の反応は様々だった。
泣き崩れる者、蔑む者、恨む者、感謝する者、怒る者、苦しむ者など。
どんな態度であろうと皆哀しんでいたが、それに交わる感情は千差万別だった。
これが、人が生きて歴史を積み重ねていくということなのかもしれない。
とはいえ、天涯孤独の身の上だった団員は、セレンを含めて8人も居たのには驚いた。
半数近くは何らかの形で家族を失っているということだ。
…この世界の生存競争の厳しさを伺わせる数字だった。
彼等の遺品については、タレス行政府が回収するらしい。
権力者共の私腹を肥やすことに直結しているらしく、セレンやエステルは怒りに身を震わせていた。
しかし、権力がない身の上ではどうにもならない。
法整備が整わない国や貧しい国では横流しが横行するのはどこも同じのようだ。
タレス以外の出身だった団員もいたが、それについては保留するしかない。
家族に手紙は出したそうだが、返事が来るかどうかもわからない。
お金も時間もかかるため、わざわざ赴くのも無理な話だった。
――遺品を何とか返し終わり帰路へ赴いた時、事件が起きた。
「なぁ、セレン。あそこで揉めてる人ってゲイルの奥さんじゃないのか?」
往来の隅で隠れるように揉めている男女がいた。
2人とも天使っぽい羽を生やしていて、悪魔によく見られる尻尾まで生やしている。
地球人からすると目立つことこの上ない姿だ。
それでも普通なら見ぬふりをするが、
片割れがアダモフで見知った女性だったため、思わず立ち止まってしまった。
よく見ると凄い勢い形相で2人は口論している。修羅場という表現がまさに的確。
「――ああ、本当だね。あれはナタリアだ」
「口論してる相手は双子のリカルドね。ナタリアは最近ゲイルの奥さんになった人よ」
精神疲労でぐったりとしつつも、2人が説明してくれる。
早く帰りたがっているようだが、父親に似ているゲイルの伴侶となると、どうしても気になる。
「へぇ~、じゃあ熱々なのかな」
「どうかな…。彼女の場合は複雑かもね」
新婚なのに、何か問題でもあったのだろうか。想像もつかない。
「どういうことだ?」
「彼女の前のご主人は、盗賊討伐の仕事で死んだらしい。詳しい事情は知らないけどね」
「それに、旦那はゲイルの部下だったらしいのよ」
なかなかどうしてサプライズな関係だった。よく一緒に居られるものだと思う。
どうでもいいって感じで投げ遣りに2人とも言ってるが、地球レベルでは普通では有り得ない話だ。
「そ、そいつは中々深い関係だ…」
「元々ゲイルに惚れてるって噂もあったし、いい機会だから乗り換えたって話もあるわ」
「…わ~お、なかなかきつい展開だ」
そう簡単に乗り換えられる感覚がすごいな。
亡くなった夫さんが見てたら、悔しさで歯噛みしてるんじゃなかろうか。
「そうでもない。弱いとか頼りないと思ったら乗り換える人は多いよ」
「ホントに弱肉強食だなぁ」
前に説明された問答無用のサバンナルール。本当に弱かったらあっさり見捨てられるモノなのか。
それを事も無げに言い放つ2人にも若干恐怖というか、認識の違いを感じる。
「その通り。弱かったら全て失うのがこの世界の理。男はその中でも最たる者よ」
「表面的に見たら男の方が強いけど、実質世の中を支配してるのは女だからね」
「まあ、確かに。君等に逆らい続けて生きていける気はしない」
ええ、自分も完璧に尻に引かれてますから。馬鹿、変態、鈍感という言葉は聞き飽きた気がする。
自分でも悲しくなってきたから強引に話題を変え、
「――それはそうと、あの2人ってそんなに仲が悪い双子なのか?」
「う~ん、仲良しで有名な兄妹だったんだけど」
「親族を流行病で亡くして、ずっと2人で協力して生活してきたから絆は深いはず」
どうやら、関係的にも展開的にも折り紙つきで仲が良さそうだ。
しかし、あの雰囲気は只事じゃない。人殺しでもしそうなほど怖いものがある。
「そうなんだ。…でも、2人ともすごい形相で口論してるぞ」
「うん、只事じゃないみたいね」
「何か変なことがあったんだろうね。でも、あの2人なら心配しなくても大丈夫さ。少し経ったら仲直りしてるはず」
「触らぬ神に祟りなしって言うじゃない? 関わらない方がいいわ」
こいつはクールな対応だ。多分、しんみりした空気で疲れきって誰かを気にする余裕なんてないんだろう。
自分とは違い、遺族と様々な関係があったであろう2人の疲労度は推して知るしかない。
――が、ここでリカルドとか言う男がナタリアを強引に路地裏に引き込んでいく。
ナタリアは必死に抵抗しているがお構いなしだ。
どうにも様子がおかしい気がしてならない。
「…やっぱり気になる。ちょっと後をつけてみる」
「…僕は止めておくよ。流石にそういうことは気が引ける」
「あたしも出歯亀は嫌だなぁ。ここでソウマが戻ってくるのを待ってるわ」
2人とも関わるのは乗り気じゃないようだ。確かに、犬も食わない夫婦喧嘩の雰囲気を醸し出していた。
自分も、ゲイル絡みでなかったら関わらずに放置していただろう。
「…はいよ。一人で行ってきます」
『行ってらっしゃ~い』
近場のベンチに座ってしまった2人に軽く手を振ってストーキングを開始する。
世界樹の森で鍛えた忍び足のテクニックは伊達じゃないのだ。
――だが、路地裏で忍ぶように行われる会話を聞いた途端、余裕など吹き飛んだ。
興味半分で聞ける内容ではなかった。余すことなく聞こうと全力で耳を傾ける。
「―――リア、それはいけない…! 考え直すんだ」
「どうして止めるの…?! リカルドもあの人とはあんなに仲が良かったじゃない」
2人の男女が囁く様な叫び声で必死に会話をしている。
ここからでは様子は伺いしれない。
「それとこれとは話が全く別だ。ナタリアがすることは間違ってる」
「絶対嫌。私はもう決めたの。これ以上我慢できない…ッ!」
リカルドの方はナタリアを説得しようとしているようだ。
何が彼等をここまで必死にさせているのか。様子がおかし過ぎる。
「なぜだ?! そんなことをしても義兄さんが生き返るわけじゃないんだ!」
「もう嫌。今まであいつに抱かれるのも必死に耐えてきた。殺したいのを我慢して奉仕してやった。
だけどもう限界。これ以上待てない!」
…これは、まさか。ナタリアがゲイルを殺そうとしている?!
いったいどういうことか。その理由を探るべく、気配を殺して意識を出来る限り耳に集中させる。
「違う! まだやり直せるはずだ。まだお前は罪を犯していない」
「…ダメ。リカルドのお願いでもこれだけは聞けない」
「ナタリア!!」
「もう時間がないの。ゲイルはそろそろ私を見限る。そんな予感がするの。
だから…、今日にでも実行するわ」
…なんということか。この状態はとんでもなく拙い。
ナタリアは完全に興奮しきっている。最早一刻の猶予もないほどの状況だ。
「ダメだ! どちらに転んでもお前は死ぬ…! 第一そんな隙を、あのゲイルさんが見せると思ってるのか?!」
「…確かに、あいつに隙はないわ。女を抱いてる時でさえ警戒心を緩めない」
「そうだろうな。それに、例えゲイルさんを殺すことができたとしても、彼に心酔してる仲間や他の伴侶達に殺される」
「――…」
彼女もリカルドの必死の説得にようやく耳を傾け出したようだった。
このまま冷静になって諦めてくれればよいのだが…。
父に似たゲイルが殺されるのも、逆に伴侶を殺すのも断じて認められない。
これは自分の存在意義に関わる問題だ。これを認めることは大切な思いの否定に繋がってしまう。
頭の中で違うとわかっていてもそう思ってしまう。ゲイルと父が似過ぎているため、無視できない。
どうしても父が母を殺すことと結び付けてしまう。想像しただけでおぞましくて吐き気がする。
加えて、また身内ともいえる人を見殺しにしてもいいのか。そんなことは決して出来ない。
最早他人事ではいられない。
路地裏に身を潜め、聞き耳を立てながら決意した。
「ナタリアもよく知ってるはずだろう? 曲りなりにも一緒に暮らしてるんだ。
ゲイルさんは敵対する者には誰だろうと一切容赦しない。女子供関係なく殺す。それが彼の、ヤルカンドの流儀だ。
お前がゲイルさんの寝込みを襲えば、成功しようとしまいと絶対に殺されるぞ…?!」
「そんなことはわかってる! それでもあの人の仇を討ちたいの。
あの人を殺したくせにのうのうと生きているあいつが憎い! あいつは死んで当然なの…!」
「それでお前も死ぬと言うのか?!」
「ええ、絶対にあいつは殺して見せる! この命を引き換えにしてでも!!」
…拙い。拙過ぎる。彼女はもう止まれない。言葉で彼女を止めることはできない。
半身とも言える双子の言葉が届かない以上、此方が今出て行ってもどうする事も出来ない。
出て行けば暴走する可能性の方が高い。傍聴するしかない自分のなんと歯がゆいことか。
「っ?! 待つんだ、ナタリア!」
何か揉み合うような物音がしたかと思うと、誰かが駆けだす音が聞こえる。
様子を直接伺ってみると、ナタリアは既に遠くへ駆け去り、リカルドが地に這い蹲って嗚咽を漏らしていた…。
「……なんでだ。なぜ、わかってくれないんだ。お前を死なせなたくないだけなのに。ナタリアァ…ッ!」
その悲嘆に暮れる姿を見ながら、自分がどうするべきか、何ができるか必死に考える。
――ゲイルが妻に殺されない方法。
――妻をゲイルに殺させない方法。
それは、ナタリアとゲイルを夫婦の関係から引き離すしかない。
しかし、どうやって納得させる。真正面からせめても彼女は納得しないだろう。
ゲイルにナタリアが命を狙っていると言ったところで、ナタリアが否定すればどうにもならない。
彼女は捨て身だ。目的と果たすまでは石に齧りついてでも離れないだろう。
ナタリアがゲイルの傍から離れない限り根本的な解決にはならないのだ。
しかも、早々に引き離さなければどちらかが死ぬ。そんなことは絶対認められない。
だが、どうすれば引き離すことができるのか。
ナタリアが納得して、自分から離れるような展開でなければならない。
最悪、俺がナタリアを殺すという手もあるが、そんな手を打てるはずもない。
下手をすると、トワネスティーとヤルカンドの抗争を招きかねない。
今のトワネスティーの状態でタレス最高とまで言われているギルドと張り合えようはずもない。
セレンやエステルにまで類が及ぶ手段など論外だ。自分の責任のみで解決できる手段が大前提。
手を打つならば、合法的で、ナタリアが逆らえない手段を取らなければらならないだろう。
いっそ、誰かゲイルからナタリアを寝取りでもすれば話が早いのだが――
そんな馬鹿げた考えが頭を過ぎる。
しかし、これこそ天啓だった。。
地球では絶対にあり得ない方法。しかし、この異世界では合法。これを使えば活路はある。
成功すれば、最短時間で合法的かつ、確実にナタリアとゲイルを引き離すことができるのではないか。
エステルから聞かされた、この世界の婚姻の仕組みについて、一夫多妻制の決まりについての言葉が頭を過ぎる。
『――第一に、主は家族を責任もって養わないといけない。
第二に、主は決闘で伴侶を得る権利があるけど、逆に伴侶を奪われても、場合によっては決闘で殺されても文句を言えない。
決闘内容決める権利も相手にあるんだけどね。もちろん両方の同意は必須だけど。
第三に、自分の伴侶が勝手に手元から離れていくのを止める権利がない』
つまり、決闘により正々堂々とゲイルを打ち負かし、ナタリアを奪うことで2人を引き離す。
勝てばトワネスティー復活の宣伝もできる一石二鳥の作戦だ。
だが、それには彼女の同意が必要。説得しなければならない。
説得にまで持って行くには、彼女の意思を挫き、他の誰かに復讐を依頼するような形が必要。
彼女の目的はゲイルの死であるはず。自分の手で殺すことに固執していないなら交渉の余地はある。
ナタリアがこの話を呑めば、決闘まで時間稼ぎができる。
その間に自ら手を下すのを諦めさせるよう説得する時間も作れる。
現状でこれ以上の状況打破の手はない。最早迷う時間はない。
だから――、
「――リカルドさん」
「ッ?! 誰だ、お前は?!」
いきなり話しかけられて驚いているようだ。
確かに、見ず知らずの他人に名前を呼ばれれば驚く。ましてやあのような会話をした後では。
しかし、このリカルドという男の協力が彼女の説得には必要不可欠。
まずはナタリアを交渉の席に引きずり出す。それが可能なのはこの男だけだ。
何としても味方につけなければならない。
「驚かせてすいません。俺はギルド・トワネスティーのフォルカ・蒼麻・メンハードと言います。
先ほどはナタリアさんと興味深い会話をしていましたね」
「まさか…ッ! さっきの話を聞いていたのか?!」
「ええ、余すことなく聞かせてもらいました。…実は、そのことについて相談があります」
リカルドの顔が一気に青ざめていく。
半身ことを考えれば、続く言葉は普通は脅迫だと思うだろう。
「……脅迫するつもりか?」
「まさか。あなたにとってはいい話だと思いますよ」
「なに?」
リカルドの顔が安堵と共に訝しげに顰められる。
こちらの予定通りだった。まずは恐怖を連想させる言葉で恐慌へ追い込む。
その間隙を突き、此方が敵でないと認識させ、一気に味方へ引きずり込む。
利があることを教え、猜疑心を与える暇など一切与えない。
「あなたに頼みたいことがあるんです――」
こちらを見上げる形となっているリカルドの目が驚愕で徐々に見開かれていく。
効果的で、何より自殺行為とも言える提案を、ただ座って聞いていた。
・
・
・
「――ただいま、エステル、セレン。ちょっと遅くなった」
2人の仲間が座ってまつベンチへ駆け戻る。2人とも暇そうに待っていた。
リカルドの説得は上手く運んだ。こちらに協力することを承諾し、
決闘の手続きを行い、ナタリアを今晩隊舎に連れてくることを約束してくれた。
あとは自分の力量に全て掛かっていると言っても過言ではない。
そんな此方の思いを知ってか知らずか、
セレンがうんざりとした様子で返し、エステルはからかいを混ぜて返してくる。
「遅すぎるよ…。一体何をしてたんだ?」
「出歯亀も度が過ぎると嫌われるわよ~?」
言われてみればこれ以上の出歯亀なんて存在しないだろう。
男へ妻を寄こせと、いきなり見知らぬ男が迫るのだから。事情が話せない以上とんでもないことだ。
「…まぁ、有意義と言えば有意義な時間だった」
「なにソレ?」
はっきりしない言い方に疑問を覚えたのか、エステルが不思議そうに問いかけてくる。
「行って後悔してるけど、結果的に一番後悔しない道を選べそうだってことさ」
「…なにを言っているのかよくわからないな」
セレンもよくわかっていないようだ。まぁ、わかろうはずもない。
厄介事に巻き込まれて後悔しているが、見過ごしていればもっと後悔していただろう。
「俺の問題ってことだよ。――あ、多分今夜は客が来るからよろしく」
「えぇ? なんでそんなことがわかるの?」
「まさか、何かに首を突っ込んだんじゃないだろうね?」
2人とも突拍子もない話に困惑している。
世界樹の深部に籠っていた自分に知り合いが居ようはずもない。
だが、詳しい事情は話せない。
「まあまあ、来てからのお楽しみということで」
…そう、今から話すことはできない。
彼女達は絶対反対する。この時点で失敗することは許されないのだから。
―――そして夜、
「ソウマ、これは一体どういうことだ?」
「なんでリカルドとナタリアがウチに来るわけ?」
リカルドは見事ナタリアの説得に成功していた。第一関門はクリアされたわけだ。
これ以降の説得は全てこちらに掛かっている。
だが、サロンへ通したナタリアとリカルドを見て、2人は混乱してしまっている。
確かに、荒事専門の傭兵ギルドに夜分訪れる個人客なんて普通いないだろう。
「ごめん、2人とも。まずは話をまとめさせてほしい。いいかな?」
「…わかったわよ」
「無茶しようとしたら止めるからね?」
とはいえ釘は刺される。今まで色々無茶をしてきたから仕方ないと言えば仕方がない。
しかし、今回ばかりは我を通させてもらう。
「ありがとう。――さてと、そろそろ本題に移ろうか。いいかな、リカルドさん?」
「ああ、お願いする。フォルカ」
打ち合わせ通り。リカルドは全てこちらに一任している。予定通り動いてくれるということだ。
これで1対1の説得に臨むことができる。
「了解。まずは自己紹介から。
俺はギルド・トワネスティー所属のフォルカ・蒼麻・メンハードといいます。以後、お見知り置きを」
「…一体私に何の用事でしょうか?」
ナタリアの方は刺々しい。
必死の覚悟でゲイルを討とうとしたところを邪魔されたのだ。無理もない。
だが、ここで怯むようでは話にならない。牽制の意味を込め、まず要旨から述べる。
「大したことじゃありません。あなたにゲイル・シューマッハを殺すのを諦めてもらいたいだけです」
「…ッ?! なんでそのことを知ってるの?! リカルド以外知ってる人なんて――」
案の定激しく驚いていた。
胸に秘めた秘密、しかも特大級をいきなり言い当てられて驚かない人などいない。
だが、これで会話を有利に進めることができる。彼女は自分の手の内だ。
「いえ、先ほどの路地裏での会話を立ち聞きしまして。これはどうにかして止めないといけないと思ったんですよ」
「――趣味が悪いのね」
渋面になって言葉を返すナタリア。
思わず苦笑してしまう。確かに盗聴は悪趣味に違いない。
「それを言われると辛いものが…。
まぁ、それは置いておくとしましょう。どうでしょうか、ゲイルと別れてもらえませんか?」
「あなたも聞いていたならわかるでしょう? 夫を殺したあいつは許さない。絶対に殺すわ」
「…絶対に譲れないと?」
「ええ、命懸けの女を止められるとは思わないことね」
毅然としてこちらの言葉を跳ね返す。
やはり彼女の決意は固かった。ギリギリまで追いつめなくて譲歩を引き出せるか否か。
「――ならば、今からゲイルにあなたの計画を暴露しに行かざるをえません」
「ッ! そんなことをしたらあいつを殺せなくなるじゃない!!」
ナタリアが激しく動揺する。
しかし、それは此方にとって僥倖。計画の可否を判断できているならば、まだ彼女は冷静だ。その意味で説得できる可能性はある。
下手を打たなければ、色良い結果を出すことができるだろう。
こちらの内心を極力表情に出さないよう注意しながら言葉を続ける。
「それが此方の目的の一つですから」
「…その計画が本当だってあいつが信じるとでも思ってるの?」
「恐らく信じないでしょうね。だけど、リカルドも一緒に行くとなれば話は別です」
「なっ?! リカルド、私を裏切るつもり?! 絶対に裏切らないって約束し合ったじゃない?!」
悲鳴じみた声をあげてリカルドを詰問する。
絶対に裏切らないと誓いあった半身が裏切ろうとしてるのだ。その心情はいかなるものか。
それに対し、リカルドは重々しく答える。自分の在り方を曲げる返事をする。
「…ああ、お前を守るためなら何だってすることに決めた。裏切りでも何でもする。たった一人の家族なんだから」
「なんで――」
言葉を続けようとするナタリアを手を挙げて遮る。
本題からそれてしまうと本筋に戻れなくなる。
「まぁ、そういう訳です。ナタリアさんが別れてくれれば万事解決しますが、どうでしょう?」
「――嫌。絶対嫌。あいつを殺すまでは別れられない。
ゲイルに計画がばれたとしても、必ず隙を見つけて殺してやる…ッ!」
想定通り、彼女は止まろうとしない。別れてそれで終わりとはいかない。
例え殺すと言われても、止まれないのだろう。それほどまでにゲイルを憎んでいる。
ここで本当に止まってくれたらなら、話は丸くおさまったのだが…仕方ない。
此方とて本気で覚悟を決めているのだ。
「ナタリア…ッ! もういい加減に――」
ここでリカルド見かねて介入してくる。
しかし、ここで手を入れられるとシナリオが狂う。
故に、手を出すなと殺気さえ込めて牽制する。こちらも命懸けなのだ。
「――リカルドさん、俺に”全て”任せてくれると言いましたよね? 約束は守ってもらいたい」
「…あ、ああ、そうだった。君に任せる…」
話のわかる片割れで助かる。
ここまでいけば、復讐心を煽ってこちらの案を呑ませるだけ。
これ以上の策があるのかもしれないが、今の俺では思いつけない。
「ありがとう。
――ナタリアさん、あなたはゲイルに復讐したいんですよね?」
その言葉に反応し、こちらへしっかりと目を合わせてくる。
彼女の瞳には恨みや憎しみが渦巻き、それ以上に哀しみにあふれていた。
「ええ、そうよ! 夫を殺したあいつに復讐したいの!」
「なるほど…。ですが、あなたの手でゲイルに復讐できると思ってるのですか?」
「やってみせるわ! 私があいつを殺「本当にできると思ってますか?」………それは…」
彼女が冷静さを保っている点を利用して、一時的に冷や水を浴びせる。
それを期に、さらに怒りを煽ってやる。
「…あなたもちゃんとわかってるじゃないですか。あなたではゲイルを殺せない。無様に無駄死するだけです」
「でも! それでも!」
全く諦める様子はない。何としてでも復讐を成そうと決意している。
復讐という名の業火へ、現実という薪をくべてやる。
「精神論では敵わない相手なんですよ。あなたでは”絶対に”無理だ。
百戦錬磨の相手をそう簡単に殺せるなら、世の中こんなに混乱していない」
「じゃあ一体どうしろっていうの?!」
「だから絶対無理なんです。諦めてください」
「いや! 諦められるわけがない!!」
激しく頭を振ってこちらの言葉を拒否する。もう理性は残っていないだろう。
そろそろ頃合いか。彼女の言葉をこちらの目的通り誘導する。
「別にあなたでなくとも構わないのでは? ゲイルさえ倒せるなら方法は何だっていい」
「そうよ! あいつに復讐できるなら何だっていいわ!」
怒りと復讐のボルテージが上がっている。いつしか、その瞳からは涙が止めどなく流れ出している。
笑えば人を魅了しそうな顔は憎悪に歪みきっている。
「どうしても煮え湯をのませてやりたいんですよね?」
「いつも思ってる! ……もう誰でもいいからあいつを消してよぉッ!」
「復讐したいのに手が届かない。もどかしくて堪らないんでしょう?」
「誰かに頼めるなら頼んでるわよ!! でも誰もそんなこと――」
遂に言った。2度も繰り返して言った。準備は整った。
彼女の意識がそのことに向いている今が唯一最大の好機…!
「――わかりました。なら、俺が代わりにゲイルを倒しましょう」
――瞬間、フォルカとリカルドの周りの空気以外、凍結した。
「えっ?! …あなたは一体?!」
「ソウマ?! いきなり何を言うんだ?!」
「ゲイルを倒すですって?! そんな危険なことさせられるわけないじゃない?!」
一瞬の間を置き、凍った空気は溶けて爆ぜた。三者三様に驚きの声を上げ、詰問する。
今までやりとりを傍観していたセレンとエステルが遂に見かねて介入してくる。
予め話しておいたリカルドでさえ、いざ目にすると驚愕は隠せないようだ。
…しかし、今は譲れない。絶対に譲れない。自分の存在意義に関わると言って過言ではない。
アミュレットを2人だけに見えるよう掲げ、邪魔をするなら自分の秘密を暴露すると脅しをかける。
信頼してくれている仲間だからこそできる脅し。だけど絶対にやってはならない脅し。
それを見て一気に青褪める2人に心底申し訳なく思いつつも、言葉を紡ぐ。
「ごめん。悪いが、こればっかりは譲れない。
セレン。エステル。君たちが本当に俺を信用し、恩を感じているなら見逃してくれ。これだけは俺も譲れないんだ」
『でも……ッ!!』
悲鳴じみた声をあげて2人が食い下がる。
思わず決意が揺らぐが、それでも意志は曲げない。
「頼む…。これ以上の我が儘は言わないから。後で叱りは甘んじて受ける」
『……っ』
遂に2人とも黙り込んでしまった。本当はこんな形で説得などしたくなかった。…心が痛む。
だが、全く時間がない以上、手段に拘ってはいられなかった。後で償いをしなくてはなるまい。
…そんなトワネスティーの面々を余所に、ナタリアが静かに問いかけてくる。
「……あなたがゲイルを倒せるとでも?」
「絶対という確約はできません。ですが、勝算はあります」
「その勝算って?」
間髪入れずに問い返してきた。
…どうやら激しく食いついてきたようだ。
細心の注意を払って納得してもらえるよう話を展開する。
「今は言えません。もしゲイルにばれたら勝算ではなく敗因になりますから」
「そんなの信じられるわけがないでしょう? ゲイルは今やタレスの最強候補なのよ?
いくらトワネスティーの人だからと言って勝てるとは思えない。ましてや暗殺が通じる相手でもないわ」
どうやって勝つつもりなのか問いかけてくる。だが、それについては詳しく話せない。
代わりに、こちらを信用しても大丈夫だと納得させる提案を行う。
「その辺りは、なるべくあなたにリスクが少ない方法を取ります」
「…どうするつもり?」
訝しげに問いかけてくるナタリアに予め用意しておいた返事を返す。
「1対1の決闘ですよ。あなたを懸けてゲイルと闘争の決闘をします。
何が起ころうと公的に処理される死合をゲイルとするということです。
そして、これに勝つことこそ、此方の一番の目的というわけです」
「――…っ」
…ナタリアは目を見開いてこちらを見ている。これは確かに驚愕するだろう。
だが、これで今までの尋問がこちらへ殺しを依頼させるための誘導尋問だったと誤認した。
対価を欲求する、信頼できる商談だと誤解してくれた。
これで、こちらの本心は決闘が終わるまで判明することはない。
あとは一気にたたみかけるのみ。
「俺が負ければ、ゲイルに惚れ直したとか言って傍にいることを許してもらえばいいでしょう。
そういうことは頻繁にあると聞きましたから。
…ですが、俺が勝てば、ゲイルと別れてもらいます。
死合に勝つ以上、同時にあなたの復讐も成立しますから問題はありません」
「――何が狙いなの? 勝ったら何を欲求するつもり?」
当然の質問だ。対価なしにそんなウマい話が転がっているわけがない。
そこを納得させるような真実と嘘が織り交った説明を展開する。
「勿論あなたには俺とトワネスティーに生涯全てを捧げてもらいます。公私に渡ってね。
それ以外に、こちらがあのゲイルに勝つことができれば、地に落ちたトワネスティーの名誉を挽回できるんです。
これが俺の一番の目的です。ゲイルに勝てれば、またタレスの町で安定した生計を立てていくことができる…。
例え負けたとしても、被害に会うのは新参者の俺だけです。このギルドはどん底ですから負けても今さら大した影響はありません。
…とまぁ、こんな感じの利害関係です。この手段が一番こちらとしても取り分が大きい。
どうですか? あなたの成功報酬はきついですが、俺が負けてもあなたに実害は少ないでしょう?」
「…話したことに嘘はないのね?」
ナタリアがこちらに嘘はないかと探るように問いかけてくる。
…どうやら勝ったようだ。賭けに。
こう話すということは既に依頼すること決意したに等しい。
だが、気を緩めることなく商談を続ける。
「勿論です。商談に嘘は厳禁です。契約に嘘があれば反故にしてもらって結構です。
リカルドさんに事前に話して決闘の書類を持って来てもらっています」
「類が及ぶのは、私だけに止めてくれる? リカルドには手を出さないのよね?」
こちらへ縋るように確認してくる。
仲の良い双子という話は本当のようだった。復讐に我を忘れているが、大切なことを忘れたわけではない。
できれば復讐など忘れて欲しいが、今は無理だ。
最低限、俺がゲイルに勝って強制的に引き離さなければ必ず死へ走るだろう。
「ええ、勝てれば莫大な宣伝効果を得られますから、それだけでも十分理由になります。
あとは、ナタリアさんが決闘証にサインしてくれれば契約成立です。その他に必要な手続きは決闘後に手配します。
サインさえして頂ければ、俺はゲイルと公的に戦う理由を得ます。彼が逃げない限りね」
「…あいつは逃げないわ。戦いに飢えているから」
なんとも心強い話だ。最高に気位の高い男だけのことはある。
逃げずに堂々と立ち向かってくれるなら、此方も決闘にだけ集中できる。
「なら話は早い。どうせ捨てるつもりの命なら、まず一番確率が高そうな方に賭けてみませんか?」
「……わかった。あなたの提案を呑むわ。…あなたに夫の復讐を依頼する」
「ありがとうございます。ご依頼には全力でお応えしましょう、ナタリアさん」
そこで立ち上がって一礼する。本音は別にあるが、彼女はこの世界の初仕事の依頼人となった。
どう転んでも失敗に終わってしまう仕事が初仕事とは因果なものだ。いきなり搦め手を使うことになるとは予想にもしなかった。
依頼の失敗が此方の思惑の成功であり、依頼の成功が此方の思惑の失敗となってしまうのだから。
…だが、これで橋頭保を固めることはできた。これからは攻めることを考えなくてはならない。
殺し合いを望む殺さず相手を殺さないまま勝たねばならない。どうやって"全能のゲイル"を突き崩すか。
本当にとんでもない話だ。だが、これを可能とする力と意志を持つ者は自分しかいない。
――震える手で決闘証にサインするナタリアを見ながら、そう思った。
・
・
・
・
――だが…、世の中そうそう都合通りはいかないものである。
裏切りともいえる行為をされてエステルとセレンが黙っていようはずもない。
「…さぁ、ソウマ。お仕置きの時間だ」
「…無事に朝日を拝めるとは思わないことね」
ナタリアの説得が完了し、
双子の兄妹を門まで送った後、サロンに戻ると怖すぎるお言葉をいただきました。
人目もあったから、今まで怒りを必死に耐えていたようです。
一目で怒り狂ってるのが丸わかり。信用踏みにじったので自業自得ではあるがすごい怨嗟を感じる…。やっぱりやりすぎたか?!
「ちょ、ちょっと待って…ッ! 今足腰立たなくされたら決闘に支障がッ!!」
「ギルドの苦難に乗じて堂々と女遊びしようなんていい度胸じゃない」
「今さらそんな泣き事が通じると思ってるのか? 覚悟してもらう」
2人とも目が完全に笑っていなかった。怒りのオーラが立ち上ってるような錯覚さえ覚える。
過去最大級の怒りを呼んでしまった悪寒。体中から久々に滝のようなイヤな汗が流れ出す。なんど流しても慣れない汗だ。
「ソウマ、そこに正座しろ。団長命令」
「は、はい…」
セレンの絶対零度の言葉におずおずと従う。
2人の顔色を伺いながら正坐しようとすると――、
「キビキビ動け、馬鹿!」
「Sir, yes, sir!!」
エステルに烈火のようなお叱りを頂きました。思わず地球の軍隊語で返事をしてしまった。
慌てて急いで正坐する。ガツンと膝を椅子にぶつけたがそんなことは気にしていられない。
「ねぇ、ソウマ。あたしは目立つ行為はダメってあれほど念押ししたよね?」
「は、はい。勿論覚えてます」
エステルが烈気を纏わせながら、こちらにゆっくり歩いてくる。
「君は自分の種族を隠さなきゃならないことが骨身にしみてわかっているのかい?」
「そそ、それは、当然ですよね」
セレンも凍土のような冷気を漂わせて近づいてくる。
2人並んでこちらの目の前に立ち、項垂れるこちらを見下ろす。
『――すぅッ』
なぜか呼吸音までシンクロしていた。まさか同時攻撃で攻め立てるつもりなのか。
続くてくるであろう痛みに歯を食いしばって耐えようと試みる。が――、
「……なんか、殴る気が失せるわね」
「…うん。ソウマの考えもわかるだけに頭から否定できない」
なぜか、肩をすくめて話し合う女性陣。何だか諦念した雰囲気を醸し出している。
「あれだけの気迫を見せられたら止められそうもないし」
「そうだね。これ以上引き留めたら更に暴走しかねない」
なんだか、怖い空気が静まるのを感じる。
何もしていないのだけど。…もしかしてそれがいいのか?
「えぇ? あの、2人とも怒ってないのか…?」
『怒ってる!!』
やっぱりお怒りでしたか。そんなに上手くはいかないよね。
ご機嫌うかがいしたら、やっぱり不機嫌であった。
「ソウマ、色々と命拾いしたね。昨日君が過去のことを僕達に話してなかったら、何があっても責任はとれなかった」
「昨日のことがなかったら、簀巻きにして真剣の突き技の練習台くらいにはなってもらってたと思うわ」
「さ、さようですか…」
エステルさん、それはなんという殺し方ですか?! 笑顔で言う台詞じゃないですよ。
問答無用でぶっ殺す宣言じゃないか。今回は実に危なかったようだった。
「まぁ、ゲイルを見殺しにしたくなくて、あとゲイルに妻を殺させたくないっていうのもあるんでしょ?」
「ギルドが危機的状況なのを察して打開策も探していたから、同時に利用したって感じかな」
やれやれという感じで溜息を吐きながら2人がドンピシャな感想を述べる。
此方の心情はお見通しのようだった。
「…よく俺の考えてることがわかるね。そんなに顔に出てた?」
「今回はあまり顔には出てなかったわよ。ただずっと難しい顔してただけかな。
でも、ソウマがどんな考え方をしてるかわかるくらいには一緒にいたから」
「そうだね。ソウマはすごく身内を大切にする。見える形でも見えない形でも。
ゲイルのことは知らなくても、お父さんと同じ顔をしてるから助けたいって言い出すことくらい想像つくよ」
「大方、殺しを依頼された見せかけて、決闘では殺さずに終わって契約反故にするっていう展開を狙ってたんでしょ」
「うん。上手くいけばゲイルも助けられてギルドも助けられる、おいしい結果になる作戦だ」
「――…」
エステルが事も無げに言い放ち、セレンが静かに言葉を続ける。
思わず絶句してしまう。…両親以外でここまで自分のことを理解してくれた人は初めてかもしれない。
「――でもねぇ、どうやってゲイルを殺さずに勝つわけ?」
「いくら君が血盟の純血種族だからといって、殺さずに勝つのは厳しい相手だよ?」
そう。それが問題だ。本気で殺しにかかってくる相手を殺さずに勝つことは難しい。
殺しては意味がない。守るために戦うというのに本末転倒だ。
「知ってるよ。敵対する者は容赦なく殺す万能兵器らしいね」
「そうそう。その化け物を相手にする計画はあるの?」
難しい顔をしてエステルが対策を尋ねてくる。
実のところ、絶対的な対応策があるわけではない。ゲイルのことはほとんど知らない。
まずは情報収集から始めねばなるまい。幸い相手は有名人なので、対応策を見つけることはできるだろう。
「う~ん。現時点での対応策は、ゲイルよりも上手く戦えそうな所で戦い続けるってことだけかな」
「ゲイルに対して血盟の力を押さえたまま戦えるの?」
セレンが一番重要なことを不安げに尋ねてくる。
この問題がクリアされなければ決闘に出ることなど論外といってもいい。
「…多分ゲイルに限っては抑えられる。
戦いの興奮と潜在的な好意が入り混じって”祝福”と”禁”は打ち消し合うと思う。アミュレットの制御もあるし。
あとは冷静さを保って感情を制御すれば大丈夫」
「そこが解決されるなら…、大丈夫かな。ソウマなら剣技だけで勝てるだろうし」
「エ、エステル? 僕には無茶な戦法にしか思えないんだけど?」
エステルの方は勝算ありとみてくれたようだ。何度か直に手合わせしたことがあるのが大きいのだろう。
とはいえ、セレンはよくわかっていないようだ。確かに、この世界の常識で考えれば無茶苦茶な作戦だ。
だが、実のところ、これ以上条件に見合った戦法はない。
地球とは違い、この異世界には流派や拳法のような体系的な体術は存在しないらしい。
基本を教われば、自分の適性に従って自力で伸ばしていくもので、千差万別だと聞いた。
つまり、戦い方は全て我流。そんなもの、突き崩すことは容易だ。
連なる歴史を持たぬ者が、遥か昔から先人達の研鑽によって積み重ねられた武に敵おうはずがない。
…とはいえ、魔術さえ封じることができればの話だが。
「いえ、案外いけるかもよ。ソウマの戦い方は普通と全く違う。そのことをゲイルは知らない。
だけどゲイルの戦い方は皆知ってる。決闘にどんな武器を使うかも特定できる」
「そっか…。得物を特定できるなら一気に楽になるな。それに合わせて殺さないよう勝つだけだ」
「ええ? ちょ、ちょっと。置いてけぼりは勘弁してくれないかな」
何やら納得して対処法を考えようとする2人にセレンがワタワタと食い下がる。
それにエステルが答える。2人がかりで説明しても場が混乱するのでそのまま任せる。
「ああ、ごめんごめん。セレンってこう見えてソウマがすごく強いのは知ってるわよね?」
「それは勿論。身のこなし方を見るだけでもわかる」
「そう。その強さなんだけど、1対1での接近戦で最大限発揮される強さだと思う」
「え? そうなの?」
滔々と流れる説明に、セレンが不思議そうに首を傾げる。
「うん。あたしは旅の最中に何度もソウマと手合わせしたからさ。なんとなくわかるんだ。
重くて速くて隙がない技の切れ味はすごいわ。近接戦闘ならゲイルでも全く歯が立たないでしょうね」
「その割には何度かエステルは勝ってたけど…」
「それはソウマが中距離戦闘が苦手だからよ。あらかじめ、うんと間合いを外してバシバシ攻めたら案外落ちる」
「…いや、そこだけは言い訳させて。炎の伸びる剣なんて卑怯だと思うんです。
遠い所から火傷しそうな飛び道具で牽制されて、止めに15メートルくらいの炎剣で薙がれたら負けますよ」
あれは反則だったと声高に言いたい。飛び道具の牽制を潜りぬけていざ間合いに踏み込んだら炎の剣がゴワッと伸びてきた。
慌てて避けたらグングン追尾しやがった。どういうチートかと突っ込みたかった。
結局、身体の構造的に避けられない所まで追い込まれてギブアップせざるをえませんでした。
まぁ…、この世界の戦闘が飛び道具必須だなんて知らなくて使えなかったことが大きいんですが。
「だって、あたしは中距離戦闘専門だもん。あれが普通よ。
炎剣の長さとか、ソウマの祝福のお陰でかなり強化されてたのも大きいけど。お陰で最近身体が軽くて絶好調」
エステルがエッヘンと胸を張る。
追い詰められたのは自業自得によるものだったということがよく分かった。
「ああ、なるほど。それで勝てたってことなのか。ソウマは全く魔術が使えないから対処法も知らなかったと」
「そそ。普通なら間違いなく負けてた。
ソウマの場合、近接戦闘は問題ないから、常にその領域で戦えるようにしないとね。中距離だと負けるかも」
どうやら、自分の力で自分の首を絞めていたようですよ。
銃器が無制限で使えるなら誰にも負けないんだろうと思うけどさ。
ないものねだりをしても仕方がない。銃器を使えば相手を殺してしまう。
スタングレネードを持って来なかった自分の迂闊さに腹が立つ。無茶してでも持ってくるべきだった。
激しく動き回る人を相手にして、急所を外して当てる神業など誰ができようか。そんなの無謀だ。
全力を発揮できない状況に苛立ちを覚えつつも説明を補足する。
「だから、中距離魔術や暗器を封じるためにも近接戦闘に持ち込まざるを得ないんだ。
そのためには多少の無茶はしなくちゃならないと思う」
それにセレンが感想を、エステルが対応策をこめかみに指を当てつつ話す。
「アミュレットの力が働いて、ソウマ自身も力を例外的に制御できるとはいえ、目立たない接近戦のみで戦うのが最善、か」
「そういうこと。…最初の立ち回りで全て決めるべきね。しくじったらどうなるか予想できない」
今から中距離戦術を本格的に身につけるには不可能だ。基本的に、決闘は受理されてから一週間以内に行われると聞いた。
エステルと練習を重ねてるとはいえ、一朝一夕で身につけた技に頼りすぎれば看破されて、逆に自分を追い込む結果になりかねない。
だからこそ、危険を承知で自分の間合いにゲイルを引きこまなければならないのだ。
「――基本的な対策はそれで行こう。とりあえず、俺は明日一人でゲイルの所へ喧嘩を売りに行く」
「それがいいわ。…なら、遅くても一週間以内に明確な対ゲイル用の戦法を練らないとダメね」
「確かに動くなら早い方がいい。こちらの情報が漏れるとどんどん不利になる。
今回ばかりは、僕が付き添っていくと逆効果だから隊舎で待ってるよ」
もう2人とも反対する気はないようだった。
自分が勝つために全力で協力してくれると言ってくれている。
ならば…、全力で打てる手を全て打つ。
「ああ、本当に迷惑をかける。今度、盛大にお礼をするよ」
「ふふ、期待せずに待ってるわ」
「盛大なお礼ね…。適当に済ませたら破門するよ?」
ちょっとした軽口に冗談交じりで返してくれる。
本当にいい仲間に出会えた。
彼女達の厚意に報いるためにも、決闘は本懐を遂げなければならない。
死合を望む相手を、生かしたまま負けたと認めさせなければらない。
だが、必ず成功させて見せる。
そう、決意を固めた。