第14話
改稿版
――――決闘編・2――――
時は遡り、アダモフでの邂逅後のこと、
「…ねぇ、ソウマ。いったいどうしたんだ? さっきから様子がおかし過ぎる」
「あたしも酔いが吹っ飛んだわ。いきなり酒が入ったグラスを握りつぶすなんて…。
それに痛がるならまだしも、考えに耽るなんて尋常じゃない」
『きゅるる?』
隊舎へと連れ戻されたフォルカは、治療されながらセレンの部屋で尋問を受けていた。
一応アダモフで応急処置はされたが、手に破片が食い込んでしまったため、きちんとした処置が必要だった。
カノンの方は、相方が戻った時に文字通り飛んできたが、様子のおかしさに心配している。
「…ああ、色々事情があってな」
「どういう事情よ?! さんぐらすまで外してゲイルの顔を観察してたみたいだけど、あいつに何かあるわけ?」
「確かに君の行動は読めないけど、決して馬鹿じゃない。考えなしにあんなことをするわけがない。
どういう事情があるのか話してくれないかな?」
2人とも心配してくれている。座っている椅子から身を乗り出さんばかりだ。
ある程度の事情は説明しなければなるまい。下手を打ってしまったのだから仕方ないだろう。
治療の方も一通り終わったようだし、秘密主義も度を過ぎると怪しいだけだ。
「…わかった。何があったか話そう」
姿勢を正して切り出す。
2人は黙ってこちらの言葉を聞いている。ふざける様子は微塵もない。
首を擦りつけて心配するカノンを撫でて落ち着かせつつ、軽く目を閉じてから決意を固め、言葉を紡ぐ。
「出生のことは詳しく話していなかったよな。
俺の父の名前はスコット・メンハード、母の名は沙里奈・F・メンハードという。
…俺はその一子で、父からフォルカという名を、母から蒼麻という名を貰った」
「――それで?」
エステルが続きを促す。ほぅっと一息ついて、言葉を続ける。
これから話すことは心の傷を抉り返すに等しい。尚且つ、詳しく話すことはまだできない。
「2人とも知っているように、俺は世界樹の森に住んでいた。木の股から生まれたわけじゃないから両親もいるさ。
だが、俺の両親は数か月前、大事故にあって…、死んだ。遺体が見つからないほどの大惨事だった。墓も形だけしか作れなかった。
本当に仲が良くて、俺を心から愛し、色々なことを教えてくれた。俺にとっては理想の両親だった」
「ぼ、僕たちと会う少し前にそんなことが…」
「別にトワネスティーの皆が来たから事故が起きたわけじゃないさ。
嫌な言い方だけど、運命だった。…そういうしかない」
俺がこの異世界に来たことも運命、と心の中だけで続ける。
「…もしかして、旅に出る日の朝、ソウマが飛び出した時ってそのことが関係してたの?」
エステルは勘がいい、本当に。確かにそうだ。決心がついていなかった。
「その通りだ。墓というわけじゃないが、あの時向かった場所には両親の思い出があった。誰にも触れられたくない大切な思い出が。
そのことを振り切るために確認しに行って、カノンを拾ったわけさ」
『クルルル……』
「そういうことだったのか…。確かにそれは話したくないことだね…」
なんかカノンは嬉しそうだ。出会った時のことを思い出しているのかもしれない。
セレンはこちらに同情してるようだが、本題はここからだ。
一言一言区切るように言葉を続ける。
「確かに悪夢のような出来事だった。だけど、それは乗り越えたつもりだ。
いや、乗り越えたつもりだった、というべきかな。――ゲイル・シューマッハに会うまでは」
「どういうこと?」
いきなり話が飛び、2人の目が訝しげに側められる。
「あいつは、ゲイルは、俺の親父と瓜二つなんだ。他人とは思えないほど恐ろしく似ている。
それに激しく驚いてしまった。我を忘れるほどに」
「え? 確かにゲイルは余所者だけど、純血種族なんてことはありえないし――」
「それに、ゲイルは若すぎるわ。あなたの両親ほどの年齢じゃない。
第一、あなたは純血種族、ゲイルは混血種族なのよ? 血縁関係なんて絶対に有り得ない」
フォルカの言葉を受けて驚きつつも、セレンもエステルもあり得ないと否定する。
(やはりそうか。2人の話を聞いて確信が深まった。
ゲイル・シューマッハとスコット・メンハードは別人だ。信じられないほど似ているが。
地球と異世界にこんな接点があったとは驚きだ…。)
アダモフでの確信に嘘はないと改めて認識し、言葉を続ける。
「ああ、そうだよな。セレンとエステルの言う通りだと思う。死者は蘇らない。ゲイルとスコット父さんは別人だ。
スコット父さんは頭脳派で争い事は苦手だったし、あんなお堅い鉄面皮でもない。
だけどさ…、そうそう上手く心って納得してくれないモノなんだよなぁ」
「それは、確かに。あたしも弟と同じ顔の人を見たら絶対動揺する」
「驚くのが普通さ。よく話題にはなるけど、実際に起こると大変なことだと思う」
「全くもってその通り。若いころの親父と瓜二つの顔を見てしまうと、動揺を抑えきれなかった。
勢いでグラスを握りつぶしたりしたけど、あれでも何とか抑えてたんだよ?」
「――そっかぁ。そんな事情があったんなら多めに見てあげないとダメかな」
「ソウマって自分の過去のことになると、全く話そうとしないから。
でも、よくわかった。ゲイルと父親を重ね合わせちゃったってことだね」
2人とも納得してくれたようだ。
踏み込んだ過去を話せないのは申し訳ないが、地球のことは限界まで隠しておいた方がいい。
地球とこの世界のリンクが公になれば、双方にどんな被害をもたらすか想像もつかない。
少なくとも俺がこの世界来たということは、地球とこの世界が通じるチャンネルがあるということ。
2つの世界に争いの切欠をもたらす可能性は出来る限り摘む必要がある。話しても大丈夫だという確信が得られるまでは、隠し通すしかない。
「2人に心配かけたことは謝るよ。迷惑かけた。
でも、これ以上詳しく過去のことは話せない。いずれ時が来たら話すから今はソッとしておいてくれないか?」
頭を下げて頼む。だが、2人とも全く納得していない。
「――えぇ? ここまで話しておいて、それはないんじゃない?」
「初めて自分から昔のことを色々話してくれたのに、これだけじゃ欲求不満なんだけど…」
エステル→セレンという感じ続けざまに文句を連ねてくる。
だけど、話せないものは話せないのであるからして。
「ダメダメ、根掘り葉掘り聞こうと絶対話さない! 第一、秘密って小出しにした方が楽しくないか?」
「全然楽しくない。お預けされてるみたいで嫌」
「横暴だ、全部話せ。団長命令」
2人とも不平タラタラだった。掴みかかられそうな予感がして怖い。
あと、エステルさん。お預けって表現はやっぱり犬系の血が混ざってるから? …あんまり関係ないか。
むぅ、仕方ないと腹を決め、ここは一つサービスすることにした。流石に全部は無理であるが。
「ん~。それじゃ一つだけ、大サービスしましょ」
『なになに?!』
「うおっ?! そ、そんなに身を乗り出さなくても…」
『いいから話す!』
「それじゃ、お言葉に甘えて。実は、小さいころはピュアで箱入り娘顔負けの育ちです」
――2人の視線が興味に満ちたものから蔑みに反転する。
「それはウソね。昔から色々踏み外してたくせに」
「昔から変だったに決まってるじゃないか。見え透いた嘘は止めて欲しいな」
「――…」
ひ、ひどい反応だった。即効否定された。
割と本当のことだったのに。子供のころは缶詰状態で英才教育されてたんだよ?! お陰で世間知らずに育ちましたが。
2人とも全く信じた様子がない。しかも全て断定と来た。
とはいえ、多少秘密を話せたというのは心地よかった。
人に言えない秘密を背負い続けるというのは想像以上にストレスがかかるものだのだ。
――数刻後、
2人の執拗な追求をのらりくらりとかわし、何とかサロンに広げた銃火器を片づけることができた。
結構疲れたっす。片づけしてる最中ずっと追及の手は止まなかった。
最後には、カノンを寝かしつけると言い訳して逃げてきた。
まぁ、カノンの方は寝る場所に拘りはないようなので、門番代わりに武器庫の前で寝させてみた。
寝なさいと言ったらすぐにグースカ寝てしまったが…、呑気な奴だよ。大物になりそうだ。
これには尋問から逃げて来たのもあるが、実のところ、セレンから逃げて来たという所が大きい。
町を案内されているとき、セレンに共同生活について話してみたら、
どういうわけか同じ部屋で寝起きを共にする気だったようで焦っている。
本人は団員をよく泊めていたから慣れているらしいが、それとこれとはわけが違う。
いくら念には念を入れると言っても、そこまでする必要はなかろうに。
空き部屋とかは旧団員の私物倉庫になっていて、事務室かセレンの部屋で寝起きするしかない。
遺品である私物は、いずれ家族や親族が引き取りにくるそうだから手出しできないし…。
少なくともプライバシーのある環境が欲しいところ。
既成事実を疑われて例のカール叔父様とやらが踏み込んできたら折角の異世界ライフが詰みかねない。
・・・しかし、男女の立場が逆転しているような気がしてならないのは何故だろうかと思う。
すぐ近くにあった窓口に肘をついてムーッと考え込む。
「…う~ん、どうやってセレンを説得するか…」
「――セレンを説得するって、どういうこと?」
「お? エステル、久しぶり」
いきなりエステルが話しかけてきた。どうやら呼びにきたらしい。
近づいてきたことは知っていたので驚きはしないけど…、また訳のわからないことを言ってしまった。
とはいえ、相談したいことがあったので丁度良い。
「久しぶりって…、離れてから少しも経ってないわよ?」
「そりゃそうだ。――ところでさ、エステル。相談があるんだ」
「ん? 何かあったの?」
こちらの隣に回りつつ尋ね返してくる。
なんだかんだ言って、こういうことではエステルが一番頼りになる。
「うん、セレンのこと。…彼女、自分が女だって意識できてないような気がして」
「そう? ソウマに出会ってからは普通に女の子してるわよ?」
「いや、でもさぁ。念のためといっても、いきなり同じ部屋は拙いんじゃないか?世間の風評的に」
フォルカの疑問に対し、エステルは違う意見を持っていたようだった。
腕を組みながら考えを述べ始める。
「う~ん、認識の違いってヤツじゃないかな」
「認識の違い?」
「そう。ソウマは若い男女が一緒に暮らすのは倫理的に良くないと思ってる。
だけど、セレンは家族なら同じ部屋で住むのは当然だと思ってる。…それだけの差よ」
「ふ~む…。セレンにとってはギルドの仲間は家族だから、その辺りに引け目はないわけか」
「それもあるけど…、やっぱり寂しいんじゃないのかな」
「1人で居たくないってこと?」
「多分ね。20人以上もいた仲間がいきなり2人だけになって、ソウマが増えたと言ってもまだ3人。
その反動で親しい人にはなるべく傍にいて欲しいんだと思う」
なるほど…。そういう背景もあったわけか。
言われてみればそうかもしれない。大所帯がいきなり過疎になれば淋しくないわけがない。
「難しい問題だな。エステルが住んでる部屋と俺が入れ替わるとかどうかな?」
「それは危険すぎる。セレンの補助なしにあなたを隠し通すことは不可能だから一緒にいた方がいいわ」
「いっそ3人でエステルの部屋で暮らすとか」
軽く無茶なことを言ってみる。出来るならそれが一番いい方法な気もする。
とはいえ、無茶なことだろう。エステルの表情も難しくなっている。
「そこまであたしの部屋は広くないわよ…。
世界樹の洞でも一緒に暮らしてたんだから、今さら気にしなくてもいいんじゃない?
大体、隊舎はどうするのよ」
むぅ、それについては考えが及んでなかった。確かに武器庫とか荒らされても困る。
「貴重品とか置いてあるから無人じゃ拙いってことか」
「それもあるわね~。今までセレンが管理人を兼任してくれたけど、
セレンまでいなくなったらギルドとしての機能を維持できなくなる」
「ええ? 日中、仕事に行く感じでいいんじゃないの?」
「仕事は昼間にだけ入ってくるわけじゃないの。ギルド規約に隊舎には誰か詰めてないとダメっていうのもあるし」
なかなか厳しい規約だ。
あきれた顔でこちらを見てくるが仕方ないでしょうに。こっちは右も左もわからない地球人なのだ。
傭兵ギルドはタレスの予備軍みたいな扱いらしいから仕方ないのか。
荒事な仕事だから夜でも対応できるような体制が必要なのだろう。
「う~ん、世界樹の森にはトワネスティー全員で来たんだよね?
管理人とかいるなら、その間はどうしてたのさ」
「世界樹の森に行った時は他のギルドに警備を頼んでおいたわ。2ヶ月間だけね。
それまでに戻らなかったら全滅したってことにしてもらうよう手続きもしておいたし。
そこまで厳しく制約されてるわけじゃないの」
指をピンと立てつつ詳しく説明してくれた。
ふむふむ、色々な事情があるわけだ。…あと、エステルの真意も察した。
「なるほどね~、よくわかった。
エステルはこちらの迷いを察知して俺を説得しに来たわけだ」
「あ、ばれちゃった?」
悪戯っぽく舌を出してエステルが笑う。
それに釣られてこちらも顔が緩む。
「ばればれです。ここまであからさまに一緒に暮せと言われたらわかるよ。
…こいつはセレンが黒幕だな?」
「あはは…」
「まったく…。別に一緒に暮らすのが嫌なわけじゃない。むしろ嬉しい。
だけど、同じ部屋っていうのが拙いんだ。そこさえ何としてくれたら大丈夫」
「う~ん、そしたら暫くは事務室で寝起きすることになるけどいいの?」
「全然平気だよ」
申し訳なさそうに聞いて来るエステルに問題ないと返すと、
なにが面白かったのか、軽く吹き出す。
「ぷっ、なんかセレンみたいな言い方するのね。まぁ、言葉の師匠がセレンだから仕方ないか」
「そういうこと。色々教えてもらったからね」
「…ふぅ、こちらの杞憂でよかったわ。実は一人暮らしする気じゃないかって思ってた」
…まぁ、一人暮らしも出来ないことはない。
世界樹の森のアイテムを換金したら相当の額になったらしいから十分可能だ。
だけど――、
「せっかく2人が色々気をまわしてくれてるのに無碍にはできないよ。
それに、安全策をとればこれが一番だ」
「そっか…、なら大丈夫ね。セレンに報告してくる。
――あ、一つ忘れてた。明日の予定は覚えてるわよね?」
セレンの部屋へ戻ろうとしていたエステルが振り返り、尋ねてくる。
明日やらねばならないこと。それは――、
「勿論覚えてるさ。死んだ仲間の家族へ遺品を届けに行くんだろう?」
「うん。色々あるかもしれないけど、覚悟はしておいて」
「ああ、わかってる」
手を振りながら去っていくエステルを静かに見送りながら独白する。
……そう。明日は一番つらい仕事の日だ。
自分の都合で遅くなってしまったが、大切な義務だ。
それを果たしにいく日となる…。