第13話
改稿版
――――決闘編・1――――
「おお~、町の中ってこんなになってるんだ! すごい迫力だ」
『きゅわぅ~~』
頭の上のカノンと一緒に驚く。
城塞に守られた町の中は外からはほとんど見えなかったが、中に入ると壮観だった。
様々な出店が軒を並べ、たくさんの工房が鉄を鍛える音を響かせている。
多くの人が通りを歩き回り、膨大な生活エネルギーを感じさせる。
都市の中心部にはケルン大聖堂を彷彿とさせるような巨大な石造りの宮殿が強烈な存在感を放っていた。
「大きい街でしょ? ここはヴァルネスト王国の要所だからね。この町なしに王国は存立しえないと言ってもいいくらいなんだ」
「そうそう。 この町は鉄の都として知られてるわ。
地下に大きな金属の鉱脈があって、強い地脈も通ってるから武器や防具への魔術付加も大規模にできる。
理想的な大きな工房ね。それに惹かれて色んなギルドや商人が集まる活気のある町なの」
「なるほど。色んな鉄鋼製品を融通する代わりに農作物を輸入する工業都市ってことか」
「そそ、察しがいいわね。 ここじゃ本格的な農業は行われてないわ」
――フォルカ達一行は無事にタレスの町へ侵入することに成功していた。
憲兵たちは賄賂で緩くなっており、セレンとエステルの顔を見るだけで門を開いた。
軽く質問はされたがほとんど無いも同然であり問題なかった。積んでいた荷物など興味半分で覗かれたのみ。
布などで銃火器類は念のため隠しておいたが拍子抜けもいいところだった。
査察もそこそこにして、
憲兵はここぞとばかりに二輪の華へ声をかけていた様だが素気無くあしらわれていた。
そんな、憲兵にとっては精神的なダメージがあったものの、
タレス侵入を果たした3人は、順調にギルド・トワネスティーの隊舎へ向かっていた。
「なあ、隊舎へついた後ギルドの詰め所に行って入団登録の手続きをするって聞いたけどさ、
俺はどうすればいい?」
馬車を2人の指示通り誘導しながら問う。
どことなく上の空であるが、地球では見られない周囲の光景に目を奪われているのは仕方ないことだろう。
実は男女比率が3:7くらいなのに感動したりしている。
「うん。とりあえず荷物を整理してから詰め所のカール叔父さんのところへ行く。
これまでトワネスティーが言うことなら無理を通してくれた。古くから付き合いのある所なんだ」
「まぁ、ギルド同士が揉めないように調整するところだから大したことじゃないわ。
でも、一応登録しておかないと、タレス行政府から文句を言われるから登録せざるをえないの」
世の中避けては通れない道があるものだ。住民票登録みたいなものらしいが、早めに済ませた方が得策だろう。
「それで普通に暮らせるなら安いもんさ。サクッと済ませよう」
「それがいいね。今日はソウマの入団祝いにアダモフで乾杯しよう」
「おおぉ~!! 新団長太っ腹! 今夜はいいお酒が飲めそうね~」
エステルの機嫌は鰻登り。どうやら良い店へ行くらしい。
「それは興味あるな。アダモフっていうのは酒場?」
「うん。この辺じゃ割と雰囲気のいい所だよ。 トワネスティーの皆の御用達だったし。
…それよりエステル、君はボトル3本までだからね? それ以上は絶対に飲ませない」
「そんな?! そ、それじゃ寂しいなぁ…。 もうちょっとだけ飲んじゃダメ?」
ボトル3本で全然足りないとかどれだけ飲む気なのか。
飲兵衛だとは話に聞いてはいたけど、予想を遥かに上回ってるのは間違いなさそうだった。
唖然とする此方を余所に、セレンはさらにダメ出しをする。
眉間に皺が寄ってるのが恐ろしい。
「ぜ・っ・た・い 駄目!! 一昨日の乱闘騒ぎを忘れたとは言わせないよ?
君は何軒出入り禁止っていわれたら気がすむんだ? いい加減直してくれないと困るよ!」
「は~い、わかりました…。今夜だけは自粛する……」
「ずーっと自粛してもらわないと困るんだけどな」
「そんなのひどい!」
「ははは…」
苦笑するしかないと言うべきかなんと言うか。
セレンはやはり苦労人のようで。ギルドの良心も大変だ。
一昨日は騒ぎの後始末でとんでもなく苦労したんだろう。
酔っぱらいは手に負えないからなぁ。これからエステルと一緒に飲むときは注意しよう。
「――はい、着いたよ。ここがトワネスティーの隊舎。僕の家で、これからはソウマの家にもなる」
喧々騒々と進んでいれば到着も早いわけで。時間が経つのは早かった。
件の隊舎はちょっと町の郊外にある場所で、宿舎の他にも大きな倉庫や訓練場がある。
物々しい雰囲気を漂わせてるのは荒事ギルドだから当然のことだろう。
「いやはや二人には頭が当分上がらないな。
気持ちの良い住処に食事付き。おまけに美人付き。至れり尽せりだ」
「まぁ、間違いなんて起きようものなら生きていけなくなるわよ? 一応警告しとくわ」
冗談で言ったのだが、サラッと聞き捨てならないことをエステル。
「いや、冗談だったんだけどな」
「冗談でも変な噂が流れたら、カールの親父に社会的に抹殺されかないわよ?」
「・・・カールってこれ行く予定のギルド詰所のお偉いさん?」
「そうそう。セレンのことを娘以上に愛してるとか云々っていうのは有名な話」
「大丈夫だよ。 一応ソウマのことは信じれるし。
幻影魔術やアミュレットのことを考えたら一緒に暮らすのが一番だよ。幸い他には誰も住んでないから」
どうやら厳しい相手との対面を余儀なくされるらしい。
まかり間違っても誤解されれば、また野人生活に逆戻りである。
愛されてる側のセレンは楽観的だが、紳士的な対応がされることを祈るしかない。
「そこら辺はなるようにしかならないか。
・・・そろそろ中に入って武器の整備してもいいかな?」
捕らぬ狸の皮算用をしても仕方がない。
タレスに着いてから大っぴらに整備する暇など無かったので、チェックしておきたかったのだ。
「あ、ごめん、すぐに準備する。とりあえずサロンに荷物を広げてもらって構わないから。
エステルは馬車を交通所に返してきてくれるかな。代金は前払いだから心配ない」
「お任せ~。あたしが戻って来るまでには済ませてね」
手を振るエステルに頷きを返し、荷物を抱えてカノンと一緒にセレンの後を追う。
ガチャッと門の鍵を開け、サロンへと案内される。
「…へぇ~、なかなかきれいな場所なんだな」
隊舎のサロンは想像以上に清潔だった。物騒なものは置かれておらず、調度品が光を放っていた。
品の良いアンティークや壁画が飾られ、訪れた者を和ませる。
「ここは仕事の依頼主を通す場所でもあるからね。それになりに気を使ってるんだ」
「なるほどね。第一印象が悪いと交渉にならないってわけか」
「そういうこと」
そういう場所で作業していいものなのか…。
やはり気が引けるので確認してみる。
「あのさ、こういう所に武器とか広げちゃっていいの? 他の場所の方がいいんじゃ」
「いや、ここが一番外から見られにくい安全な場所だから。最初くらい念には念を入れた方がいいよ」
「言われてみれば確かに。じゃあ遠慮なく荷物整理させてもらうよ」
「そうして。僕は部屋で手続きとかの書類準備してくる」
新たなギルドマスターは全く気にした様子がない。ならば気にしなくてもいいだろう。
応接間で武器を広げるなんて非常識だが、武器を全部確認するなら安全な場所でする方がいい。
どんな局面でも対応できるよう厳選して持ってきた逸品達であるが、手入れを欠かしては痛い目にあう。
――12,7㍉ アンチマテリアルライフル(ボルトアクション式、装弾数×5)
予備マガジン×1・専用光学スコープ×1・通常弾×10・徹甲弾×12・成型炸薬弾×8
エステルを救った時に使用したライフル。最大火力を誇る。…特に異状なし。
――7,62㍉ スナイパーライフル(セミオート式、装弾数20)
予備マガジン×1・SWS・光学スコープ×1・赤外線スコープ×1・完全被甲弾×30・通常弾×25・純銀弾×15
世界樹の森で最も世話になったライフル。狩のお供。…若干砂を噛んでいるため整備が必要。
――ショットガン(ポンプアクション式、装弾数7)
ライフルドスラッグ実包×14・散弾実包(軍用12番)×23・フレシェット実包×8
狩りでは何だかんで一番役に立ってくれた。お陰で今も生きている。…特に異状なし。
――ハンドガン(ベレッタ9㍉、装弾数15)
予備マガジン×2・通常弾×45・フランジブル弾×35・ピストンプリンシプル弾×15
試射してみた程度。森ではあまり使う機会がなかった。…全く問題なし。
――ハンドガン(デザートイーグルマグナム、装弾数8)
予備マガジン×2・レーザーサイト×1・通常弾×30・フランジブル弾×25
未使用品。おいそれと打てない。試射が必要だが何処かにゾンビでも欲しいところである。…ガス圧に問題あるため要整備。
――その他、ファイティングナイフ×1・バタフライナイフ×1…大きな刃毀れや問題なし。
………必要なチェック完了。今すぐ応急措置が必要な装備は無し。弾丸の状態も良好。――いつでも戦闘可能。
「――ねぇ、どうやってそれだけの量を持ってきたんだ?」
「うわっ?! いつの間に戻って…
色々持ってこれたのは工夫の賜物!ついでに種族補正! はははっ!」『きゅるるっ』
「…種族補正とか、そういうレベルじゃない気がするんだけど」
いつの間にかサロンに戻って来てジト目で尋ねるセレンに、カノンと一緒に強がりを言う。
両手一杯にして銃火器を運ぶのはかなりの重労働だった。カノンは所詮ペットみたいなもので役に立たないし。
人外な量を運んだとはいえ、そんな胡乱な目で見ないでいただきたい。
まぁ、歩く武器庫と化していたので、もし襲われていたら身動きがとれなくてアウトだったかもしれない。
最初は手榴弾やスタングレネードも持ってこようと思っていた。物理的に不可能だったので断念したけが、それでも多い。
外敵察知の勘やらルート指示やら体力アップやら大活躍してくれた血盟の力さまさまです。
「よし、これで大丈夫…。
セレン、荷物チェック終わったから登録へ行こう」
「了解。それじゃエステルが待ちくたびれてるだろうから早く行こう。
…カノンは悪いけどお留守番だね。今日は酒場に行くから連れていけないんだ」
『きゅきゅっ?! クルゥ~~!!』
なんか凄い勢いで文句言ってる。羽や手足をバタバタさせて嫌がってる。
意識通じてなくてもこれだけ全身で文句言われたらわかるだろうな。
「悪いけど今回は我慢してくれ。あと、ここに置いてある武器には絶対触らないこと。とても危険なんだ。…わかったね?
もちろんセレンも触ってくれるなよ。ダメ絶対。ノータッチ」
カノンに厳命し、セレンにも釘をさす。
カノンはシュンと項垂れて部屋に戻ったが、セレンの方はギクッとしている。…君には思い当たる節がある筈。
「え? な、なんのことかな」
「世界樹の洞で、武器に触ろうとしてドミノ倒ししたのを忘れたとは言わせない」
「あ、あはは…」
「あの時、もしC4とかに誘爆してたらエステルは死んでたんだぞ?」
実際には安全装置があるし、よっぽどのことがない限り爆発なんてしないのだが、もしものことがあれば大惨事。
「し、しーふぉーって?」
「う~ん、刺激を与えると爆発する危険物って言ったらいいかなぁ。下手したらあの超巨大な世界樹が倒れたかも」
「うそ?! そんな大規模なことができるなんて聞いたことがないよ?!」
「ホントホント。それだけ危険なのにセレンは無茶するんだから」
・
・
・
そんな感じのやりとりをしつつ外へ出ると、エステルが暇そうに待っていた。
「――あ、やっと出てきた。さっさと手続きしてアダモフに行こ~」
どうやら彼女の頭の中はすでに酒一色のようだ。
ギルドの詰め所へ歩きながら問いかける。
「…もしかして、エステルって仕事以外だとすごくだらしないタイプ?」
「よくわかったね。働いてない時はいっつも飲んでるよ」
「え~?! そこまで酷くないわよ」
「やっぱりな。通りで酒に拘ると思った」
「だから、日頃一日中飲んでるわけじゃ――」
「弟のショウにいつも"飲み過ぎだ"って叱られてた癖に」
「あれはショウがお堅いだけよ!……もういないけど」
「う…、ごめん。エステル」
「ううん、いいの。家族を失って辛いのはあなたも同じでしょ?」
「それはそうだけど…」
…どうやら触れてはいけない話題に触れてしまったようだった。
なんとなく重い空気が場を支配する。どことなく重くなった足を引きずって詰め所へ向かって歩く…。
――しかし、重い。重すぎて息苦しい。
「――ああもうっ、重っ苦しい!」
こんな空気は苦手だ。なんとか場を明るくしよう。驚いて此方を見遣るエステルへ怒涛のように話しかける。
「エステル! 愛しのショウってどんな子だった?!」
「え? い、いきなり? だからお堅い真面目な子で「マスターセレンの愛人だったと」…はぁっ?!」
「いい、いきなりなんてこと言い出すんだ、ソウマ?!」
「いや~、なんか真面目な子同士お似合いかなと思って」
「だから何で愛人なんだ?! 普通は恋人って言わないか?!」
「え? 真面目そうな可愛い顔して、実は情熱的だったりするんじゃないの? セレンって」
「…う~ん、言われてみれば確かにお似合いだったかも。惜しいことしたわね」
「全然、惜しくない!! 僕は変態じゃない!!」
「またまた~。夜は激しく朝まで秘密の・・・」
「あ、言われてみたらショウって結婚もしてないのに、よく夜には消えてたわね」
「なるほど、2人で熱くて火傷しそうな夜を過ごしていたと」
「……2人ともいい加減にしてくれないかなぁ! 僕はまだ処女なんだよ?!」
『――…っ』
――調子に乗ってからかい過ぎたか…。セレン、完全に涙目。
っていうか往来でぶっちゃけやがりました。皆びっくりしてこっちを見てる。
セレンがそんなことをしない人だっていうのはちゃんとわかってたんだけど…。
実にヒドい会話だ。いい年した男が女に言う台詞じゃない。
だけど、これでいい。明るく前を見据え、余裕をもって人生を楽しむ方がいいに決まっている。
…こんな下世話なぶち壊ししかできない自分が悔しいけれど。
ぶん剝れるセレンを宥めていたら詰め所の前にいつの間にか着いていた。
「セレン、さっきは悪かった。からかい過ぎた。…それより詰め所についたよ。登録手続きに行こう?」
「……ふんっ」
「あたしも謝るからさ、そろそろ機嫌直してくれないかなぁ」
「――わかった。今日中にやることはしておかないとね」
深く深呼吸してセレンはやっと妥協してくれた。どうやらギリギリの所で機嫌を直してくれたようだった。
「――この借りは、いつか必ず返してやるから…!」
しかし、復讐されるのも決定。ハイリスク・ハイリターンな結果に泣ける。
なんとか機嫌を直したセレンに詰め所へ案内される。
タレスのほぼ中央にある詰め所は、多くのギルドを総轄するだけあり大規模だった。
エステルは、"中の親父がむさ苦しくてイヤ"とか言って着いて来なかった。
その中へ入り、傭兵ギルド部へ書類受理願を提出しに行く。
部署は人でごった返していた。受領やら換金やら入団手続きやらで酷く忙しそうだ。
…行ったのはいいが、
「――おお、クリスちゃん! また来てくれたのか! 叔父ちゃん嬉しいよ!!」
「うわっぷ、カ、カール叔父さん…、みんな見てるよ」
「そんな些細なことは放っておけ! ここでは儂がルールじゃ」
受付をヒョイと飛び越してセレンにガバチョと抱きつくむさいカイゼル髭のオッサン。依頼者の此方は完全にスルー。
忙しそうなのに、見事に仕事を丸投げしている。それでいいのか。
ていうかデカい。人外にデカい。見た目は完全に人間なのに。身長2メートル半はあるんじゃなかろうか。
そんなオッサンに包まれたら小柄なセレンなんて埋もれてしまう。輝くスキンヘッド屈んだせいでさらに眩しい。
「クリスちゃん、今日は何の用事かね? 君のギルドなら出来る限り融通するぞ!」
公の仕事する人が大っぴらにそんなこと言っていいのか。・・・いいんだろうなぁ。
周りの人は苦笑するだけで止めようとしない。どうやらこの人は止められないらしい。
「うんっ。この前ギルドマスターへの登録をお願いしたけど、今日は新入団員の登録に来たんです」
「な、なんと、トワネスティーが新入りを迎えるのかね?!」
その言を境に傭兵ギルド部全体が静まりかえった。あれだけ騒がしく動いていたというのに。
何故か皆この動向に注目している。
「そう。ここにいる彼を、ソウマを、トワネスティーへ新たに迎え入れます」
「トワネスティーの勢力は激減してしまった。世界樹の森へ埋もれてしまった人々に名を連ねた。
…それでもギルドの門戸を広くしたわけではないのじゃろ?」
「もちろん。創始者であり前団長だったバニッシュの志通り、最高だと判断できる仲間しか受け入れません」
「…この妙ちくりんな若造がそれに値すると?」
「ええ、ソウマは最高の仲間です」
「――妙ちくりんとか言わんで下さい」
「お主は黙っとれ小童が」
「ひどいなオッサン?!」
あまりな対応に思わず我慢できなくて突っ込んだら即却下。
そんなにセレンがいいのかとことん問い詰めたくなったが、全て是と即答される結果が目に見えていたので止めた。
それほどカール叔父さんとやらの溺愛っぷりは凄まじい。
若干凹むこちらを余所に、2人は真剣なやりとりを続けていた。
傭兵部全体も耳を澄ましているかのように静まり返っている。
「クリスちゃん、冗談で済ませるなら今のうちじゃぞ? 一旦登録してしまえば大きな責任が出るのだ」
「そんなことはわかってます。連帯責任の覚悟はあります」
「ふ~む…。もしかして、あいつに誑かされとるんじゃないのか?」
「それは絶対ありません! ソウマならバニッシュさんも喜んで迎え入れてくれたでしょう」
「お前がそこまで言うか…。余程惚れ込んだようじゃな」
「今のトワネスティーには彼の力が必要です。絶対に」
「裏切らないと信じられるのか?」
「ええ、信頼しています」
――じっと眼と眼で語り合う。大人と子供以上の身長差があるが、真剣に見つめあう。
「――ならばもう止めまい。クリスちゃんの見る目を信じよう」
「…ありがとうっ! カール叔父さん!」
――同時に傭兵ギルド部全体が一斉に騒ぎ出す。
『おおおぉ―――っ!!!』
皆興奮して話をしている。ザワザワと騒ぎ、落ち着く気配がない。
トワネスティーが新入りを迎えるのはそんなに珍しいことなのだろうか。
「皆の衆静まれぃ! 騒いどらんで仕事をせんか!」
そこでカール叔父さんとやらが喝を入れる。
すると、ピタッと騒ぎが静まった。皆仕事に戻り、関係者は用事に戻り出す。しかし、ヒソヒソと話す声は止まらない。
このオッサン、仕事への姿勢はともかく威厳はあるようだ。
「カール叔父さん、それじゃ僕は向こうで書類記入してくるよ」
「ああ、行っておいで」
先ほどの怒気は何処へやら、にこやかにセレンを送ったかと思うと、グルッと此方へ向き直る。
今度はこちらへ話しかけてくる。
「――小僧、名を聞いておこうか」
「フォルカ・蒼麻・メンハードといいます、カール叔父さん」
――そこで、いきなりドガッと岩のような拳骨を頭に落とされる。なんでだ!? 礼儀正しくしたつもりなんだが。
「痛っ?! いきなり何するんですか?!」
「ふんっ、儂を叔父ちゃんと呼んでいいのは甥と姪とクリスちゃんだけじゃ。貴様に言われると虫唾が走るわっ」
「ちゃん付けなんてしてませんが」
すげぇ親馬鹿。じゃなくて叔父馬鹿。血は繋がってないだろうに。しかも自分を"ちゃん"付けと来た。
「それより変態小僧」
「なんでしょうか、カール部長。あと変態って言わんで下さい」
周りの人がこのオッサンを部長と呼んでいるようなので真似してみた。今度は問題ないようだ。
しかし、いきなり人を変態呼ばわりとは失礼な人だ。ちゃんと名前で呼んでほしい。
こちらの不平をスルーしてくれるのは既にデフォなのか?
「もし、クリスちゃんを泣かせるようなことをしたら…、わかっておろうな?」
「――は??」
「もしも泣かせたら、貴様を地獄の果てまで追いつめて純血種族共への生贄として差し出してくれる。
もちろん生贄にする前に生まれたことを死ぬほど後悔させてやるがな」
ものすんごい脅迫だ。鼻息が感じられるほど顔を近づけて脅してくる。目が本気だ。
な、なんか、親馬鹿特有の凶気を感じる…。ウチの両親もその類だったからよくわかる。
「あの――、カール部長。実はセレンのお父さんとかでは?」
「何を言う。儂とクリスちゃんの間に血のつながりはない。だが、とても大切な娘なのじゃ。目に入れても痛くないほどな」
「そうなんですか…。セレンとの間に何か特別な関係でも?」
「…貴様には関係ないことだ」
…どうやらオッサンとセレンの間には深い絆があるようだ。
今すぐそれを聞き出すのは無粋というものだ。追々わかっていくものなのだろう。
「それよりさっさと手続きするんじゃ。こっちも忙しい。――アニー、必要な書類を出してくれ!」
おお、アニーちゃん可愛い。猫耳で白金のメッシュとかいいね~。目も綺麗な銀色。お近づきになりたい。
――でも、こんな遣り取りの後じゃなぁ。さっきからこっち見て笑い堪えながらプルプルしてるし。…諦めます、はい。
「はい、カール部長。………こちらがギルド入団の必要書類になります」
「ふむ、問題ないようだな。――おい小僧、こことここにサインしろ」
ちょっとマテ。説明なしにサインさせるとか何処の悪徳商人ですか。
「は? 書類の説明とかしてくれるんじゃ――」
「いいからさっさとサインせんか馬鹿もんっ! 儂がクリスちゃんの不利益になることをするわけがないじゃろうが阿呆!!」
「一体どういう理屈だぁっ?!」
なんだコレ?! 泣けてくる。こっちは当然の事を求めてるだけなのに。
しかもセリフに妙に説得力あるのが腹が立つ!
「…ソウマ、カール叔父さんは信頼しても大丈夫だよ。その書類も正規のものだし」
――いつの間にか戻って来ていたセレンが助け舟を出してくれる。
「セレン、ホントにこの人は大丈夫なのか?」
「なんて失礼な小僧じゃ! クリスちゃん、入団を取り消したらどうじゃ?!」
「ちょっとマテー!! さっきから話に筋が通ってないよ?!」
いきなりキレんなオッサン、話が進まない! それに呼ぶなら名前を呼んで欲しい。
「2人とも落ち着いて! 大人げないよ。カール叔父さん。ソウマのことは認めるって言ったよね」
「う、うむ。じゃが、こやつを認めるのではなく、クリスちゃんを信じるという――」
「同じことだよ。ソウマ、君も叔父さんの火に油を注ぐようなことばかり言って話が進んでないじゃないか」
「そ、そんな。説明してって言っただけ――」
「ただでさえ怪しいんだから身の程をわきまえてくれないと困るよ。ささ、サインしちゃって」
「……了解です。マスターセレン」
酷い締めくくりをされて強引にサインさせられました。――締まらないなぁ、ホントに。
色々とハプニングがあったものの、
何とか無事にエステルの許へ戻ることができた。彼女は来なくて正解だった。あのオッサンはやばい。
セレンに害為すモノを徹底的に排除するという気概に満ち溢れている。
あのことは忘れよう。うん。その方が心身のためになる。
結構長い間エステルを待たせてしまったので、早速アダモフへと向かう。
道中、明らかに憔悴した俺を慰めてくれていた。もうよっぽどのことがない限り、あの詰め所には近寄るまいと思う。
まぁ、美人の猫娘、アニーちゃんだけが心残りだが。
――今は、アダモフのカウンター席で一息ついているところ。
確かにアダモフは素晴らしいバーだった。おいしいお酒と上品なサービスを提供してくれる。
…しかし、隣の酔っ払いは何とかならないものか。危なっかしすぎる。
「ソウマぁ~、ほんっとうに災難だったわね~」
エステルがだらんと絡み付きつつ耳元で囁いて来る。顔を赤くして、完全に酔っ払いモードだ。
「お~い、ボトル2本目でそんなに酔って大丈夫なのか…?」
「いつものことだよ。すぐ酔う癖に異常に酒に強い。それでいつも騒ぎを起こすんだ」
セレンが難しい顔しながら説明を入れてくれる。
確かに酒乱タイプとしては最悪だ。
「ふふふ…、エステルさんも相変わらずですね。ですけど、随分可愛くなられました」
バーテンをしてくれているアリサさん、年齢不詳。なんか凄く綺麗な人だ。月並みだけどそういう言い方しかできない。
耳はエルフっぽいのに、尻尾は狐。それが音楽に合わせてふわふわと動くのが幻想的…。
雰囲気を重視するバーらしく、仕草や表情に穏やかな気品がある。
「えへへ~、なんでだろ~」
「もしかして、どなたかに懸想を?」
「ええぇ~~、そんなのないない」
「あら、2人が男の方を連れて来られたので、てっきり良い人かと思いました」
「良い人っていうかぁ~~、重要な人?って感じ~」
「――おいおい、その辺りは秘密にしてくれるんじゃなかったのか?」
「酔っぱらいに口止めは無意味だよ」
「…確かに。君が正しいよ、セレン」
「それとさー、祝福の力がすごいの。情熱的ですごくいいのぉ」
秘密にしてくれると言ったことを早速連続で暴露してくれた。
流石に自分が血盟の種族だということは話さないだろうが、あの様子だと心配だ。
だけど今さら否定できるわけがない。セレンも頭を抱えている。…苦労性である。
「確かに、ソウマさんにはどことなく気品が感じられますわ。情熱も加わるとなればなかなか捨て置けませんわね」
「そんなに褒められても何も出ませんよ」
「そう、ご謙遜なさらなくとも。
わたくしが若くしてソウマさんと同じくらいの気品を持っている方は、あの方しか知りませんわ」
「――え~? 絶対あいつより格好いいわよぉ」
「エステルの場合は身内びいきが入ってるとしても…。
うん、確かにソウマほどの気品っていうか気位の高い奴はアイツしかいないね」
「へぇ~、それって誰なんだ?」
「ゲイル・シューマッハっていう男。タレスじゃ若手最強と言われてる程の猛者さ」
「魔術も剣術も戦闘指揮も何でもこなす、いけすかない男よぉ~」
なんかえらく速そうな名前だった。車持たせたらすごいテクニックを披露してくれそうだ。
名前からして格好いい。イケメン+気品+強い=モテモテ という図式が頭に浮かんでしまった。
「…そこまで凄い男なら一度会ってみたいな。どんな人なんだ?」
「ふふ、探すまでもありませんわ。今日は偶然アダモフに来られていますから」
「え、本当に?」
「ええ、そちらの奥の席で奥様方と一緒に居られますわ。軽く様子を伺って見られてはいかがですか?」
「ありがとう、アリサさん。ちょっと見てみるよ」
「いえいえ、お気になさらず――」
気の利くバーテンに礼を言い、
興味本位でタレス最強と言われる男の顔を見るべく、指し示された席を注視する。
・
・
・
――我が目を疑う。絶対に、有り得ない人を見た。
薄暗闇のせいかと、セレンやエステルが止めるのも聞かずサングラスを外し、必死の思いで注視する。
……間違いなかった。
あの顔、あの装いは、――間違いなく
「――…ッ!」
絞り出すような悲鳴が漏れる。身体が、心が、何も感じられなくなっていく。
父という言葉が口から飛び出そうになる。
数人の妻に囲まれて酒を嗜んでいる男は、
ゲイル・シューマッハと呼ばれた男は、
間違いなく、地球の太平洋上で爆死したはずの父だった。スコット・メンハードその人だった。
(ば、馬鹿な…。どうしてあの人がここに居るんだ?! あり得ない!)
身体が理性の言葉を受け付けない。思わず手にしたハーブ酒が入ったグラスを握り砕く。
掌を焼く鋭い痛みに辛うじて冷静さを取り戻させられる。
セレンやエステル、アリサさんが慌てて誰何して来るが、そんなものは聞こえない。
(いいや、違う!! そんなはずはない!! 父は、スコット父さんは俺が葬った。
太平洋で爆散して遺体が見つからなかったといって、この世界に来ている理由にはならない!)
そう、精一杯の別れを告げたはずだ。墓前で誓いを立てた。それに嘘は一分もない。
(あの男は、ゲイルは、父じゃない。
俺の父であるには若すぎる。人が若返ることなんて有り得ない。大体父は体術なんて全く出来なかった)
さらに、ゲイルと呼ばれる男を注視し、観察する。
(あいつは…、やはり父さんとは違う。
父はあんな鉄面皮ではないし、もっと温かな雰囲気を持つ人だった。…しかし、それでも似過ぎている)
――途方もない出会いだった。
こんな出会いが待ち受けていたことなど誰が予想しようか。
心を襲う 迷い、恐れ、不安、希望、期待、疑惑。
ひたすらその全てに耐えるしかなかった。
こちらの様子が激変したことを察知したセレンとエステルに手を引かれて店を出るまで、完全に自失していた。
――――その出会いから、3日後のこと。
フォルカは一人ギルド・ヤルカンドの隊舎へ訪れていた。タレス最高の組織力を誇る傭兵ギルドへ。
門番をしている団員へ、ゲイルに会いたいと伝える。
「――何だと? お前、事前に連絡を取っているのか?」
「いいや、何もない。…だが、ゲイル・シューマッハにとっては重要な話だ。絶対に」
「ゲイル殿を呼び捨てとは…。やはり新参者か。少数精鋭で鳴らしたトワネスティーの人材不足も深刻極まるようだな」
「そんなことはどうでもいい。 取り継いでくれるのか、くれないのか、どちらなんだ?」
「…まぁいい。今ゲイル殿は仕事がなくて隊舎にいる。そこまで言うなら取り継いでやるよ。――運が良かったな」
「ああ、感謝するよ」
トワネスティーよりも遥かに大きな門戸を潜る。
ゲイル・シューマッハの居室へと案内される。
「――失礼します、セサルです。…ゲイル殿、来客です。何でも緊急の用事とか」
「緊急の用事か。ならば仕方ないだろう。――入ってくれ」
セサルという男が顎で行けと指示する。
軽くとノックをしてからゲイルがいる部屋へ入る。
――彼の部屋は様々な武器、書物であふれかえっていたが、きちんと整理され、清潔に保たれていた。
「単刀直入に聞こうか、有名なメガネ君。俺に重要な用事とは何だ?」
…どうしても緊張してしまう。若いころの父と同じ顔を目の前にすると。
だが、ここで引くことは許されない。エゴに過ぎないが、絶対譲れない。
書類に目を通したままこちらを見ようともしないゲイルへ宣戦布告する。
「気が早いことだ。ならばこちらも遠慮なく行こう――」
一息吸って気を落ち着ける。これから、タレスで最強クラスの男に喧嘩を売るのだから――!!
「ゲイル・シューマッハ、俺はあなたに決闘を申し込む。あなたの妻が一人、ナタリア・エルヤルを賭けて。
既に彼女の了解は得ている。決闘種目は戦闘。1対1なら何でもありのルールで行う」
言い終えると同時に決闘手続の書類を投げ渡す。
彼が書類にサインすれば決闘は公式に受理される。後戻りできなくなる。
「――ほう?」
…初めてゲイルがこちらへ興味を示す。珍しいモノを見るような眼でこちらを見やる。
それに負けじと、気迫を込めてサングラス越しに睨み返す。
「もちろん受けて頂けるでしょうね? "全能のゲイル"殿?」
――両者の間で激しい火花が散った。