第12話
改稿版
――――侵入編――――
ある日の朝のこと、
タレスの町を見渡せる人気のない丘にて、怪しい1人と1匹がポツンと佇んでいた。
「………暇だ。ものすごく暇だ。…どうしようね、カノン?」
「――Zzzz…」
「――ダメだ、完全に寝てる。
…でもさ、思うんだ。音信不通で何日も放置って酷過ぎないか?
孤独死したらどうしてくれるんだあの2人」
この男、断じて孤独死するタイプではない。
第一、今まで1人っきりでも生きていたことは完全に棚に上げている。
「この状況って本当に何なんだ。
放置されるわ弱み握られるわなし崩し的にギルドに入ることになるわ―――」
ついつい愚痴が口からこぼれだしてしまう。。
とはいえ、愚痴なんて誰も聞いていないが。そもそも周りに誰もいない。そりゃもう荒野が延々と広がるだけ。
「……Hey, girls,
"すぐに"戻ってくるって言って、ど・れ・だ・け掛かってるんだぁ~~!!」
わおーんと悲痛な叫びが荒野に木霊する。どことなく哀愁を誘う光景だった。
フォルカは置いてけぼりにされてしまっていた。
なぜ、親交を深めたをしていた仲間がいないのか。
彼がタレスの町を目前にして御預け、もとい放置されているのか。
その答えは3日前に遡る。
――3日前、同所にて、
「―――それじゃ、今のままだと町には入れないってことか?」
夕日に沈むタレスの町を見遣りながら作戦会議をする3人組がいた。
「うん。残念だけど許可証がないとタレスには入れないんだ」
「だから、あたし達が先に町へ帰ってお金を作ってくる。世界樹の森の品々は貴重だから、かなり高値で売れるわ」
彼女たちの話によると、町の警備は厳重ということだった。
許可なしにいきなり入ることなど流浪の身には不可能に近く、入ったところで見つかれば厳罰に処される。
…だが、どこの世界にも裏口は存在するものだ。
「その金で関門の憲兵を誤魔化し、許可証や身分証は偽造するってことか…」
つまりは買収。きちんとしたシステムが徹底されていないからこそ使える裏技。単純だけど効果的だ。
「その通り。だけど、それ以外にも君の格好と武器は目立ちすぎる。町風の服や武器を隠せる小道具が必要になる」
「一旦町の中に入ってしまえばこっちの物よ。心配しなくても大丈夫。
その当たりのコネはたくさんあるし、お金もあるからどうにでもなるはずね」
「やっぱり世の中、金次第ってことか」
現状で、彼女たち以上に頼れる人はいない。憲兵への賄賂は多すぎても少なすぎてもNG。
金額が多すぎれば勘繰られるだろうし、少なすぎれば上へと報告されて初っ端から失敗することになる。
その当たりの機微がわからない以上、今できることは何もない。
「仕方がないよ。金は天下の回りものって言うからね」
「そのお陰で一獲千金の夢も持てるんだから、そう卑下しなくてもいいんじゃない?」
「それもそうだ。…それじゃ俺は打ち合わせ通りここで2人が迎えに来るのを待てばいいのかな」
「ええ、"すぐ"戻ってくるわよ」
「僕の仕事の速さを舐めないでよね」
「頼もしいな。手早くお願いするよ。待つのはあまり得意じゃないんだ」
手を振りながらタレスの町へ向う仲間を見送る。
早く戻って来れるなら明日の夕刻、遅くとも明後日の朝には戻ってくるだろうと思っていた。
――そして、今に戻る。
「しかし、どうするか…。いい加減戻ってくれないと、そろそろ水とか補給しないといけないんだが」
ぐだぐだと管を巻いていても仕方がない。
あの2人が此処で待てという以上、ひたすら待つより他にない。
彼女たちが自分を騙している可能性は限りなく低い。あの2人の性格的に仲間へ不義理を働くとは思えない。
騙すにしても、今の段階で騙しても旨味が少ないのだからまず有り得ない。
だが、待ちたくとも生物学的に追い詰められてしまっては動かざるをえない。
今まで人目に付かないよう注意して過ごしてきたが、
今日いっぱいで何も動きがないならば、誰かに見つかることを覚悟でタレスへ続く川へ水分補給に向かわなければならない。
水がなければ人は生きられない。それに、脱水症状で身動きとれなくなるなんて格好悪すぎる。
「今日中に動きがなければ補給を実行。でも、それは最終手段。
――まずは限界まで待機だ」
肩の上で寝ているカノンをヒョイと押しのけ、丘の上から顔をのぞかせる。
この子は真っ白な上に鱗がキラキラと光を反射するため非常に目立つ。頭に乗せたまま覗くなんて危険だ。
押しのけられた拍子に目を覚まして文句を言ってくるが無視無視。
また肩の上に乗ろうとするカノンを抑えつつ、タレスの町に変化がないか注視する。
すると――、
――なんというか、覗くと真っ黒な得体の知れない物体が見えた。
「な、なんだアレ? すんごい速度でこっちへ来るぞ?」
砂煙に塗れてよくわからなかったが、よく見ると馬車のようでもあり。
正確には真っ黒なトカゲもどきに引かれて猛スピードでこちらへ突撃してくる。
トカゲの荒い鼻息がこちらまで届きそうだ。
更に目をジッと凝らすと、なんと待ち焦がれていた2人組が乗っていた。
しかし、
「え…、もしかしてアレに乗れって? こんな荒地であんなに飛ばす馬車に…?」
とんでもない速度で突貫してくる馬車に嫌な汗が流れる。
車輪とか色々ガッコンガッコン跳ねまわっている。
「お、おいおい、馬車が限界突破してないか? 空中分解してもおかしくないぞ」
やっと来てくれたんだ、と最初は思ったがアレはおかしい。シャフトが折れて宙に投げ出されそうな悪寒がする。
悪いことなど何もしてないのに逃げ出したくなってくる。
かと言って逃げ出したところで平地で馬車から逃げ切れるはずもなく。
どうしようか考えている内に馬車がズザーっとドリフトして目の前で止まった。シャフトの悲鳴が聞こえそうだった。
搭乗員がすぐさま声をかけてくる。
「お・待・た・せ~。 ちょっと予定より長くなったけど大丈夫よね!」
「エ、エステル、飛ばしすぎだって…、うぷっ」
「これくらい飛ばした内には入らないと思うけど。身体鍛えなおしたほうがいいんじゃない、セレン?」
「大きなお世話だよ! 僕の身体が小さいのは血統のせいだ。あと、君にはもう二度と御者はさせない」
「ええ~? 早くて的確な御しぶりだったでしょ?」
なんか聞き捨てならないこというエステルとクラクラと車酔いしているセレン。
こちらを放っておいてワイワイ騒いでいる。
恐怖心やら逃走本能やらが猜疑心に取って代わる。
「なぁ、エステル…。人を3日も放置しておいて音信不通。それで"ちょ~っと"遅くなったで済むと?」
全然納得がいかない。何があったのか問いただす。
額に青筋が浮かんでるのはご愛敬ということにして欲しい。
「え、それは、その…、あはは~」
「"あはは~"じゃないだろう、エステル。君が酒場で酔って暴れなかったらこんなに遅れなかったんだ」
「しょうがないじゃない、あいつらがいちゃもんつけて来たんだから! 一番穏便な飲み比べで勝負してあげただけじゃない!」
「それで翌日ずっとウンウン寝込んでたくせに。まさかソウマのこと忘れてたのかい?!」
唖然とするこちらを捨て置いて、喧喧そうそうと2人が口論を始める。
なんだか怒る気が失せてしまう。…すっきりしないが。
…とりあえず話を要約してみると、
アイテムを換金した2人は許可証偽造や馬車などの手配をした後、近況の情報収集も兼ねて酒場へ行った。
そこでエステルが挑発に乗って飲み比べ勝負と相成り、見事打ち負かした。
男側もそれで引き下がればよかったものを、エステルとセレンにセクハラを働き、ぶちキレたエステルが乱闘開始。
結果、客全員を巻き込んでの大騒ぎ。店はエステルに出入り禁止宣言したとか。
ちなみに、彼女が出入り禁止と言われた店はこれで4軒目らしい。
巻き添えにされたセレンはその後始末で丸1日潰され、当事者のエステルは2日酔いで完全にダウン。
(ええぇぇ~、そりゃあないですよお二方。…それよりエステル、出入り禁止って暴れて何やらかしたんだ?)
なんか言ってやりたい。だけど口論が過熱し過ぎて口をはさめない。
エステルは直情的だとは思っていたが、まさかこれ程とは予想だにしてなかった。酔い癖悪いなぁ。
ナンパされたことにしても、2人とも見た目は見目麗しいから男が目をつける気持ちもわからないでもない。
2人がナンパされたというのも仕方ないのだろう。
…しかし、この2人の中身と実力を知らなかったんだろうなと思う。
声をかけた男の冥福を祈るしかない。
まぁそんなことは、どうやってこの騒ぎを鎮めるか。最早2人ともこちらは眼中にない感じだ。
仲がいいのは結構だけど、そろそろこちらの方も――、
「……って、カノン、お前は何してるんだ?」
先ほどから肩の上の竜の様子がおかしい。
なぜかいきり立っている。体中に力を漲らせ、何かやらかそうとしている。
一体何を――、
――同時に耳を貫く嫌な振動。例のトラウマを思い出す。世界樹の森を切り刻んだ圧倒的な暴力を。
「ッぅ、…まさか、アレをする気か?!」
次の瞬間、竜の力が2人に襲いかかった。
爆発的な暴風。普通の風ではありえない距離を吹き飛ばす。きゃーっという2人の悲鳴が遠ざかっていく。
それを見て得意げに首を反らすカノン。気のせいかフフンとせせら笑ってるようにも見える。
「…いい突っ込みだ、カノン。成長したなぁ」
…さすが規格外。困ってるときは一応助けてくれる。些か暴力的だが。
その気になれば出来る子だ。
実のところ、親と同じくエアー・カッターをぶちかますのかと思って本気で焦った。
あの攻撃は本当に危険だ。下手をすれば某切り裂きジャックも真っ青な残虐プレイが簡単にできる。
どれだけ仲が悪かろうと気に食わなかろうと、敵か味方かの区別はできているらしい。手加減してくれたようで何より。
それはさておき、遠くで伸びている2人を助けるべく走る。
見たところ怪我はしていないが、目を回しているようだった。
…無理もない。普通は生身で空を飛ぶなんて体験はしたことなんてないだろう。
とりあえず、唸る2人を助け起こし、馬車の傍に寝かせて回復を待つ。
同時に馬車の中身が目に入り、中世っぽい民族衣装など色々あるのがわかって人心地ついた。
「――うぅ、一体何が起きて…」
セレンとエステルが痛む頭を摩りながら体を起こす。
「大丈夫か? さっきの風はカノンの仕業だ。」
「そうなんだ…。確かにワイバーンは魔術が使える種だけど、こんな小さな幼生なのに使えるなんて凄いわ。
そういえば、カノンって世界樹の森で拾ったんだっけ?」
「あぁ、いきなり森で飛びついてきて懐かれたんだ。親も近くにいなかったから連れ帰った子さ」
エステルの言葉に当たり障りないように返す。
…苦しい言い訳だ。神秘に塗れた世界樹の深部を盾にして言い逃れる。
罪悪感を覚えるが、真相なんて話せるものではない。この問題に関しては常人の力が及ぶところではない。
2人ともこちらの言をそのまま信じてくれてるようで、特に言及はしてこない。
「そう言えばそうだったわね。でも、カノンは凄い大物だと思う。混血族の中でも、あんな大規模な魔術を使える人はなかなかいないし。
成長したら、値がつけられないほど貴重なワイバーンになるかも」
「へぇ~、お前って実はすごい奴だったんだな。知らなかったよ」
エステルに褒められて胸を張っているカノンの頭を撫でさする。
お返しとばかりに、きゅうきゅう鳴きながら長い首を擦りつけられる。
…傍目から見ると微笑ましくて平和なじゃれ合いだ。
――それを遮りセレンが口を開く。
「カノンのことはとりあえず置いておくとして。それよりソウマ、そろそろ変装の時間だ」
「…Sunglassはやっぱりしないとダメだよな?」
目立ちたくないのに目立つなど言語道断。思わず難しい顔になる。
そんなこちら気配を察してか、戯れていたカノンは空の散歩へ出かけて行く。
「まあまあ、背に腹は代えられないよ。保険は多いに越したことはないし。
まずは着替えてくれる? その間に天空の雫の作動準備をしておくよ」
「――はいはい、わかりましたよ…」
セレンは結構容赦なかった。少しは躊躇するこちらの心境を組んでくれてもいいものを…。
とはいえ、今さら駄々をこねても仕方がない。純血種族と周囲に気づかれるわけにはいかないのは本当だ。
不平を洩らす心をなんとか宥めつつ手早く着替えた。その足でアミュレットへ複雑な呪文を囁いているセレンの元へ戻る。
「السماءجهاز للتشويش الجملالكلمات السرية …。あ、ソウマ。着替えるの早かったね」
「そうか? これでも結構苦戦したよ。初めてこんな服着たけど…、変な所はないかな?」
「大丈夫大丈夫。前から思ってたけど、ソウマってどことなく品があるわね。
仕草とか荒々しくないし、背筋も伸びてる。礼儀もそれなりに弁えてるし。…突然変なことするのが玉に瑕だけど」
…エステル。きっと君は少しずつ正解に近付いている。地球で身に染み着いた習慣は誤魔化せない。
でも、最後のはものすごく余計だった。否定しきれないのが悲しいが。
「いやいや、俺は上品じゃないと思うよ。普通普通」
「う~ん、そんなこと言ったら町の男は殆ど粗野になっちゃうんだけど。
でもまぁ、君がそう言うなら深くは聞かないよ」
「そうしてもらえると助かる」
「どういたしまして。アミュレットの準備は終わってるからここに座って。今から直接幻影魔法を掛ける」
促されるまま、彼女のすぐ前へ座る。
すると、セレンがいきなりキュッと抱きついてきた。
ついでと言わんばかりに小さな額をコツンとこちらと合わせる。
「お、おいおいセレン、こんなに近づかないと魔法を掛けられないのか?
エステル、なんとかしてくれよ」
年甲斐もなく動揺した。いや、まだ若いけれども。
いきなりこんなことされると驚きを隠せない。
エステルの方を振り向き助け舟を頼もうとすると一喝された。
「静かにっ! 今、セレンは集中してるから。
これは体に直接織り込む魔術だから接触していた方がいいの。変な感じがするかもしれないけど我慢して」
そう言われると黙るしかない。
実際身体の中には何か力が流れ込んでくるのが感じられる。
前もって教わった通りに、その力を否定せず、肯定するよう意識を傾ける――。
「――はい、幻影魔法完了。鏡で確認してみて?」
魔法が終わったのか、セレンはスッと身を離した。
どことなくさっきの感触が気恥ずかしく思えた。
そんな内心を隠すため、言われるままに懐から鏡を取り出し、顔を確認した。
「おおぉ、これは素晴らしい」
鏡の中には金髪碧眼の男がいた。髪や瞳の色はセレンとまったく同じ色だ。
これだけで印象はかなり変ったように思える。
…しかし だ。これにサングラスが合体するのだ。
目立たないように頑張っているのに、その保険が一番目立つとはどうすればいいのやら。
「――変装がこれだけならなぁ。余計な装飾品が加わると思うと、…鬱だ」
「そんな泣きそうな声で嘆かなくても…」
「ああぁぁ…、世界全てが俺をいじめている」
「いや、血盟の種族である君にそんなこと言われると違和感が」
「世界という空間じゃなくて、人という空間が迫害するんだっ! …はあぁ~~」
「だから、ソウマが静かに暮らしていくには必要なことで――」
色々とぐだぐだした展開があったが、フォルカを2人が一喝して解決した。
変装も完了し、町への侵入準備が整ったわけだが、
サングラスをかけると2人に大笑いされて、空の散歩から戻ったカノンに一瞬本気で威嚇されたのは心のアルバムへ封印した。
…結構気にしてるのに、容赦なかった。
今はガタガタと馬車をタレスの町へ向かわせている。初めてトカゲなんて走らせたが、案外何とかなるものだ。
当初はエステルが御者をやろうとしたが、2人と1匹がかりで何とか押しとどめた。
中でも、カノンの効果が抜群だった。今もぎゃあぎゃあと荷台で喧嘩している。
う~ん、カノンにはエステル・キラーの称号を上げてもいいかもしれない。この時ばかりは仲が悪くて助かった。
ただ、2人とも熱くなりすぎると問答無用で戦闘開始するので注意が必要だ。
トカゲを城門に誘導しつつ、色々物思いにふける。
偽造した許可証と身分証明書はあるので、とりあえずギルド・トワネスティーへ入ることは決めている。
先日手続きをしてギルドマスターとなったセレンが認めてくれているので問題はない。
ギルドへの入団していれば情報も集めやすくなるであろうし、生計を立てるのにも必要だ。
荒事専門のギルドらしいのでスリリングな生活になる。刺激あってこその人生だ。それに異存はない。
だが…、
いずれ人殺しをしなければならない。
窮地に立たされたなら、決して命の選択を迷ってはならない。
迷いは死に直結する。この異世界に転移してから嫌というほどそんな危機を味わった。
必要ならば、自らの手を汚すことを躊躇うことはない。
算段が立ち、あるいは必要だと理解した時には、自分はどんなことでもするだろう人間だ。
そこで立ち止まることはない。感情が躊躇おうとも理性は確実に選択する。
しかし、必要のない時、大義名分がない時にも人を殺さなければならない時があるかもしれない。
例えば、無辜な女子供を虐殺するような。
その時に自分は躊躇うだろう。人から命令されて何も考えずに行動することは一番忌避していることだ。
追々恐ろしいほどの変化・改革を迎えるであろうこの世界で、それが自分の命取りになるという予感がある。
そんなことはわかっている。頭の中ではちゃんと理解している。
…しかし、大義名分が成り立たなくとも人を殺せるのか。
かつて、エステルを救う時に起こした過ちを思い出す。ある意味、機械と化して放ったあの鋭い感触を。
行動の根源こそ違えど、導かれた顛末は虐殺と何が違うと言うのか。
欠落した感情は、後に自分を恐ろしく苛んだのだ。
あの時は偶然上手くいった。結果的に血盟の力に全て助けられていた。
だが、次も上手くいく保証などない。
――覚悟を、決めなくてはならない。
人間としてではなく、時には地球で培われた感情を殺して生きていく覚悟を。
仲間が窮地に立たされたなら迷わず敵の命を奪う。それに必要な技術は持っている。
しかし、どんなに心に言い訳をしようと人殺しは人殺しという意識がある。
地球では美徳であり常識。ここでは場合によっては命取り。
それを承知で突き進む覚悟が必要だと思う。生きていくために。
とはいえ、今すぐ全て決められるほど悟っていない。時間も足りない。
追々、決意を固めていくしかないのだろうが…。
「ソウマ、さっきから怖い顔してるよ? どうしたの?」
思考を中断させられた。セレンが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
彼女の顔は優しく此方を案じてくれている。
だが、セレンもエステルも間違いなく人を手にかけたことがあるはず。
そんな、どうしようもない矛盾が頭をよぎる。
「ああ、ちょっとね。…考え事だ」
「う~ん。もしかして、人前に出るのが怖いとか?」
「確かに怖いね。この格好は目立つし。町中の人から笑われそうだ」
軽くおどけてはぐらかす。
人へ必要以上に心配をかけるのは趣味ではない。こんな問題に結論など出ないのだから深く考えても得はない。
「ふふっ、そうだね、怪しがるか笑うかのどちらかだと思うよ。
…っと。そろそろ城門だね。憲兵のチェックは緩くしておいたから問題ないはず。予定通り行って」
「流石の手際だ。それじゃタレスの町デビューといきますか、成るようになるさ!」
「…ソウマ、もしかして自棄になってないかい?」
「全然そんなことないような気もしなくもない」
説得力無いなぁ。この言い方。
セレンはジト目だ。絶対信じていない。
「まぁ、いいよ。僕が庇うから。名実共に変な人と同じ隊舎で暮らすんだから覚悟はしてる」
「相変わらず酷い言い草だ。でも、しばらくはヒモみたいに垂れ下がるしかないんだ。よろしく頼むよ」
「――気にしなくても大丈夫! 全部これから始まるんだから!」
カノンの頭を押さえこみながらエステルがはっきりと答える。
セレンも大きく頷いていた。