農村を追放された農民 〜実は農具を装備すれば最強冒険者〜
「悪いが——ヘルムート。今すぐこの農村から出ていってくれ」
「はっ?」
村長の家に呼び出されたかと思ったら、唐突にとんでもないことを言われた。
ヘルムート……俺の名だ。
だが、一瞬自分のことを言われていると分からなかった。
「どうして……?」
「分からぬのか? お主……農作物もろくに取れずに、年貢を全然払ってないではないか」
——ここはどこにでもある、極々平凡な農村だ。
そして極々平凡な俺は、極々平凡にこの農村で暮らしてきた。
村長はテーブルの上で手を組んでおり、難しそうな顔をしている。
家には村長だけではなかった。十数人が取り囲んでおり、みんなが厳しい視線を俺に向けていた。
「年貢は——確かに払っていない。それは申し訳ないとは思う」
俺は農民としてのスキルは低いだろう。
だが、農業についての熱意や知識は人並みにあるはずだ。
それなのに——どうしてだか、満足に農作物を収穫することが出来ないのだ。
「うむ……お主は農具の扱いに関しては凄い。村一番といっても過言ではないだろう。初めて持つ農具だとしても、100%その力を発揮することが出来る」
「ああ。それは俺の自慢だからな」
「じゃが、いくら農具を使えたとしても、収穫出来ない農民は農民にあらず。村に貢献出来ない農民は必要ないのじゃ」
「……それがこの村の総意か?」
答えは返ってこないが、みんなの反応を見るに、どうやら覆すことは難しいらしい。
しかし俺はまだまだ農民として頑張っていきたい。
それに生まれてこのかた農業しかしてこなかった農民が、農村から追放されても、路頭に迷うこと間違いないなのだ。
「年貢は納めていない。だが……その分、村の雑用をやってきたではないか。時には肥だめに手を突っ込んだこともある。さらに給料も満足に貰えていない。そのおかげで、この歳になっても俺はまだボロ小屋暮らしだよ」
「そんなのは当たり前じゃろうが。ここまで村に置いてやったワシに感謝して欲しいほどじゃ」
……ダメだ。
どうやら、俺の追放は確定らしい。
これ以上粘っても無駄だと悟った俺は、
「分かった……この村から出て行く。だが、後悔するなよ?」
と泣きそうになるのを堪えながら、声を絞り出した。
「はあ後悔だと? そんなのするわけないだろうが!」
「ゲラゲラ」
みんなから罵声を浴びせられる。
これ以上ここにいても、気分が悪くなるだけなので、さっさと村長の家から出て行くことにしよう。
「農業……好きだったんだけどな……」
農具は全て農村から借りていたものだ。
持って行くことは不可能だろう。
他に持って行けるものもない。この身一つで村から追放されて……先が思いやられる。
村長の家を目に焼き付けていると、農具の『くわ』が壁に立てかけているのを見かけた。
俺はそのくわを持って、にぎにぎとしてみる。
うん、しっくりくる。
「……なんだかよくよく考えたら、むかむかしてきた」
そもそもどうして善人な農民である俺が追放されなければならないのだ。
俺はくわを振り上げて——村長の家に向かって、振り下ろした。
すると——ズゴォォオオオンと大きな音を立て。
大地が割け、立派な村長の家が木っ端微塵となったのだ。
「い、一体なにごとだっ?」
「どうしてワシの家が粉々になっておる?」
「ヘルムートだ……ヘルムートのヤツがやったに違いない!」
家を壊され、パニックに陥っている者共の阿鼻叫喚。
「ざまあみやがれ」
俺はぼそっと呟き、くわを地面に置いた。
農具に罪はない。
持って行きたかったが、ちゃんとした持ち主である農具を誘拐するわけにはいかないだろう。
「へ、ヘルムートだ! やっぱあいつがやったんだ!」
「引っ捕らえろ!」
「待て! ヘルムートのヤツ、農業の腕はからっきしなのに、農具を持ったら最強だったじゃないか」
「前、高枝切りでドラゴンを地面に落としてたぞっ?」
「そ、村長! 大丈夫ですか! 血がドバドバ流れていますがっ!」
そう。
農具さえ使えばドラゴンも軽く一ひねりすることが出来るが、じゃがいも一個もろくに収穫出来なければ意味がない。
神様がいるとしたら——「もっと別の才能をくれよ」と恨み節の一つも言いたくなるものだ。
「早く逃げよう」
追いかけてくる気配はないが、捕まったらそれはそれで面倒臭い。
俺は農村に別れを告げ、近くの街まで走るのであった。
◆ ◆
近くの街まで辿り着いたはいいが、これから俺はなにをすればいいんだろう?
「やっぱり農業がしたい……」
農村のヤツ等は気にくわなかったが、やはり俺は農業を愛している。
農業が好きだ。
土を耕すことしか取り柄がない、といっても過言ではないだろう。
……とはいっても、俺は農地にする土地もなければ、農具すら全く持っていない。
ならば資金集めをして、農地と農具を買うことから始めなければならない。
「だったら……俺が出来そうな仕事で、たくさんお金が手に入りそうなのは……」
ぶつぶつ呟きながら、とある建物の前に立ち止まる。
冒険者ギルドだ。
「冒険者しかないよな」
その身一つさえあれば、稼ぐことの出来る仕事だと聞く。
俺は決心し、ドキドキしながらギルドの門扉を潜った。
「どのようなご用でしょうか?」
受付まで行くと、女が優しくそう尋ねた。
「冒険者になりたい」
「では冒険者ライセンスをお作りしますね……失礼ですが、なにか取り柄はないでしょうか?」
「取り柄?」
「ええ。剣を扱うのが得意とか、一通りの低級魔法を使うことが出来る……とかとかです」
「いや……俺は生まれてこの方農民だった。しいて言うなら、少しばかり農具を扱うことが得意なくらいだ」
「そ、そうなんですか……まあそういう方もたまにいらっしゃいますしね」
おや?
受付嬢が少し引いていたのは、気のせいだろうか。
それから書類を書いたりして、
「はい。出来ました。こちらが冒険者ライセンスになります」
「これで俺もいっぱしの『冒険者』ということだな」
コクリ、と笑顔のまま受付嬢が頷く。
「早速なんだが、俺には金が必要だ。なにか仕事はないか……」
「そうですね……あなたにこなせそうなのは……」
そう言いながら、受付嬢が紙束を渡してくる。
そこには『スライム討伐』や『魔石集め』といった仕事の内容が書かれていた。
無論、農業しか取り柄のない俺では、スライム討伐なんて危険すぎるだろう。
なにかないものか……そう思いながら、紙をペラペラめくっていると、
「おっ……これいいじゃないか。『農業のお手伝い』……か」
「はい。街の外れに家庭菜園を営んでいる方がいるんです」
「なんと」
「そこに行って、お手伝いをするんですよ」
俺でも出来そうな仕事があるとは。
報酬はそこまで多くなかったが、俺でも出来そうなのはこれくらいしかなかった。
「じゃあこれを頼む」
「はい。受注ですね。場所は——」
その後、受付嬢から場所を聞き、ギルドを後にした。
冒険者として最初の仕事だ。きっちりこなさなければ。
◆ ◆
仕事現場に行くと、そこは広い土地を持った豪邸であった。
「あんたが冒険者かい?」
「ああ。なったばかりだが、よろしく頼む」
「ふうん……まあいいや。とりあえず、そのくわを持って土を耕すことから始めてくれるかな?」
「任せろ」
広い土地……とはいっても、所詮家庭菜園レベルだ。
あの農村に比べたら、猫の額程の土地である。
俺はくわを持って、早速土を耕すことから始めようと——
「キャァァアアアアアアア!」
くわを振り上げた瞬間、甲高い悲鳴が聞こえた。
「な、なんだ……?」
「……ふんっ」
ザクッ。
悲鳴は気になるが、俺には土を耕すという大事な仕事がある。
土を耕すだけ……といってもバカにしてはいけない。
力加減を謝って、すぐ地面に大きな穴が空いてしまうのだ。
そのせいで農村では「お前が土を耕すと、メチャクチャになる!」と言われて、ろくに土を耕させてもらえなかった。
「あ、あんた! さっきのが気にならないのかい?」
「全然」
あっ。
「うわぁぁあああああ!」
依頼主のジジイが吹っ飛ぶ。
「喋りかけるからだ。気が散るだろう」
やれやれ。
また力加減を誤ってしまった。
地面に大きな穴が空き、その衝撃で依頼主が宙を浮き、地面に叩きつけられてしまったのだ。
スコップでも借りて、まずは穴を埋めることから始めないと……。
「だ、誰か!」
依頼主は気絶しているので、一人でスコップを探していると。
女が一人走ってきて、俺の胸に飛び込んだ。
「むっ……」
「た、助けてください! わたくしは——」
「どけ。俺は土を耕さなければならない」
女には悪いが、肩を持って体から離す。
「わ、わたくしが助けを求めているのに、つ、土を耕すって?」
「仕事だから仕方がないだろう。早くしなければ、依頼主に怒られてしまう」
あまり時間をかけてしまえば、無能扱いとされ、クエスト失敗とみなされてしまうかもしれない。
おっ、あったあった。
スコップだ。
少しばかり回り道をしてしまったが、早く穴を埋めなければ……。
「GYAAAAAA!」
地を奮わすような声が聞こえた。
俺はその声の方を振り向くと——家一軒分くらいはあるサイズの猪がこちらに向かって走ってきていたのだ。
「あれは? もしかして、あれに追われていたのか?」
「ええ! 視察のためにこの街を訪れようとしたら……行者は全てあのキャバラムにやられてしまいました」
「キュバラム?」
「災厄級のモンスターですわ! キュバラムが通った後には生命が全て死滅する……とも言われています」
女が説明している間にも、ぐんぐん猪は近付いていく。
人々は逃げ惑い、猪は建物を潰しながら直進する。
「生命全て……? それは農作物も……か?」
「え、ええ! キュバラムが通過したとある農村では、農作物が全滅し、さらに二度と農作物が育たない土地に変わってしまった……という話もあります!」
なんと。
その災厄級だとか、名前はキュバラムだとか……そういうのはどうでもいいが、農地を荒らされるのは避けなければならない。
「ちょっと下がってな」
「え……?」
俺はスコップを片手に、迎え来る猪の前に立つ。
「GYAAAAAA!」
「警告する。この農地に一歩でも足を踏み入れてみろ。さもなくば——」
「GYAAAAAA!」
猪は俺の警告を意に介さず、そのまま直進を続けてきた。
「やれやれ……」
ならば仕方がない。
今は亡き両親から教えてもらった。
——農地を荒らす者は、極悪しかいないと。
「ふんっ!」
地面にざっくとスコップを入れる。
「危ないっ!」
女の声が聞こえた。
なにを心配しているか分からないが、無用だ。
スコップを入れた部分に猪が足を踏み入れた瞬間。
——そのまま猪ごと、地面をくり抜いてやったのだ。
「GYAAAAAA!?!?!?」
猪が宙を飛ぶ。
そしてそのまま、近くの地面にズドォォオオオンと音を立てて、落下してしまったのであった。
「ふんっ……容易いことだ」
パンパンと手を払う。
猪に近付いてちょんちょんと指で突いてみると、どうやら一発で口から泡を吹いて死んでしまったらしい。
農民の俺にやられるとは。
この猪——間違いなく、弱い。
「よし……じゃあ俺は土を耕す続きをやろうとするか」
それにしても——先ほど、地面をくり抜くついでに猪を吹っ飛ばしてしまったせいで、さらに農地が荒れてしまってるではないか。
これを元通りの状況に戻すのは一苦労だ。
だが、俺は落ち込んでいない。
やりがいがある、というものだ。
あの農村ではろくに土も耕せなかったからな。
「あ、あのっ!」
「なんだ、女」
地面にスコップを入れるため腰を曲げると、女が目の前に立った。
「わたくしはクラーラと申します。この名前を聞けば、あなたもお分かりになるでしょう?」
「知らん。俺は田舎育ちなもんでな。あんたがどんな有名人だかは知らないが、喋りかけないでくれ。気が散る」
「わたくしは……エンブルク国の王女様なのですわよっ! ああ……あんまりこんなこと自分から言いたくなかったのに……」
「王女様……?」
そういや俺の農村……そしてこの街も、エンブルク国の領地だということを昔習った気がする。
さすがに俺だって礼儀くらいは知っているつもりだ。
とりあえず、土を耕すことは中断しよう。
「それで?」
「ええ。あなたは英雄です。わたくしを助け、そしてキュバラムを討伐してくれた英雄……このキュバラムを放っておけば、どれだけの被害があったか分かりませんわ」
それは女の言う通りだ。
たくさんの農地が荒らされ、そして農作物を収穫出来なくなってしまうだろう。
農作物が収穫出来ないことは、農民にとって死を意味する。
「そこで……あなたにわたくしから……いえ、エンブルク国から直々に報酬を与えましょう」
「報酬か……? だが、俺は土を掘ってただけだぞ?」
ついでに猪を吹っ飛ばしたが、これは副産物だ。
「ああ……自分の手柄をひけらかさない。なんて器の大きい人物なのでしょう!」
「俺の話、聞いてるか?」
「望みを言いなさい。国で可能なことならば、なんでも叶えてあげましょう!」
断ろうと思ったが、この王女はなかなか強引で、逃げられそうになかった。
参ったな……さっさと土を耕したいのに。
しかし望みを叶えてくれるなら、好都合だ。
「農地を……俺に農地を与えてくれないか?」
「えっ? すいません。今、なんと言いましたか?」
「農地だ。農地が欲しい……さて、俺は農業を継続する。もう話しかけないでくれ」
そう言って、スコップを両手で握り農業を再開する。
自分で穴を開けて、土で埋めることが農業なのかは不明だ……。
まあなにごとも準備が大切というものだ。
「——すいま——なんて言ったか——聞かせて——」
今度は力加減を謝らないようにとさっきよりも集中したせいだろう。
だんだんと女の声が遠くなり、やがて聞こえなくなった。
◆ ◆
「おお! クラーラよ! 無事であったか!」
エンブルクに戻ると、王でもある父が抱きついてきた。
「ええ。大丈夫ですわ」
「キュバラムに遭遇したと聞いたのだが……」
「とてもお強い冒険者の方に出会いまして、退治してもらいましたわ」
「な、なんとっ! あのキュバラムを討伐するとは! そんな冒険者がこの国にもいたというのか……」
「信じられないことですが」
今、思い出しても震えてしまう。
あの男が持っているのはただの『スコップ』に見えたのだが、さすがにそれでキュバラムは倒せないだろう。
名のある武器に違いなかった。
「それでお父様。その方に褒美を与えようと思うのですが」
「おお! それはもちろんだ。なんでも叶えよう……それで、その冒険者はなにを望んでいるのだ」
「ええ……ちょっと聞こえにくかったのですが、おそらく『領地が欲しい』と言ったのですわ」
「領地か……キュバラムを倒したのだ。それくらいは用意しよう」
「どうやら農業が趣味のようですし……あの農村ではいかがでしょうか?」
「ふむ。そうだな。あそこの村長を任せていた者は、どうやら家を壊され、大怪我を負ったと聞くし……丁度良いだろう。適任だ」
「さらに『伯爵』の位を与えまして——」
農村から追放され、冒険者となった男。
彼が農具を装備し暴れ回り、やがて大陸最強の冒険者となることを——。
この時、王女以外は誰も想像していなかっただろう。
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