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六十五本目 集団結界具


「――せぃぃやぁぁああああああああッ!!」

「主様あああああああああああああああああああッ!」


 そんな声を他所に、僕の思考が加速する。

 目前に迫る、豪速の剣。

 咄嗟に回避しようとした足を、その剣を持つ人物を見て止める。

 状況から見ても目の前の人物が僕を本気で殺すとは思えない。

 事実気迫はあっても殺気なんて少しも無い。

 ただし、途中で止めてくれる気もなさそうだけど。


 なので半歩下がり、間合いを調整。

 ごく僅かな余裕を作り、『竜人』の能力を十全に使って防ぐ。


 スキル【外骨格形成】、【竜鱗形成】、発動――【人化】、解除。

 右腕の表面に闇色の骨格が形成され、ガントレットの様に腕を覆っていく。

 形成が完了した場所から表面に妖しい光沢を放つ黒鱗が生え、鎧として完成する。

 以前から構想自体はあったものの、そもそも使う必要が無かった武装。

 この場においては非常に有用なので迷うこともなく使う。


 スキル【人化】は『竜人』になったことで生えた角や尾、鱗を隠し、人間の姿になるスキル。

 ただしスキルの発動中MPを除くステータスの半減というリスクがあるため、正直使いづらい。

 なので現状では解除。じゃないとこの攻撃は防げない。


 防御の為掲げた腕を傾ける。


「ッ――!」


 黒鱗と剣の間に火花が散る。剣を右へと押し込むことで、甲高い音と共に筋を曲げられた剣が地面に向かう。

 僕が選択したのは真正面から受け止めることではなく、受け流し。

 そして事前にローブの内側にある刀の柄を掴んでいた左手で、逆手のまま黒妖を抜き放ち、斬りかかってきた相手の首に添える。

 地面に衝突した剣が土煙を撒き散らす。

 ノーダメージで攻撃を無効化し、相手の首をいつでも落とせる状態に持ち込んだ。

 これで満足だろう、と意思を込めてその人物を見る。


「……すまなかった」


 開口一番、既に剣を手放しているその人物は、そう言った。

 申し訳なさそうに。ただし、後悔など一切ないむしろ清々しさすら籠めて。


「貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ! 私に負けた身でありながら主の御身に斬りかかるなどッ! 万死に値するうううううううううッ!!」


 ……その後ろを凄まじい勢いで駆けてくるのは、黒鎧を纏った忠誠心限界突破騎士ことアーク。

 そしてそのままの勢いで、大剣を振り下ろそうとしている。


「アーク、待って待って」

「ッ!? 了解致しました!」

「はぁ……で? 君は、何で斬りかかってきたの?」


 毛先が金色の赤髪という奇妙な髪色の人物。

 いかにも正義感の強い騎士、という印象を与えるその雰囲気。

 なのに不意打ち気味に斬りかかってくるのはどうなのかと思わないでもない。

 ただ、理由は大体予想できるので気持ちは分かる。

 要するに――


「この身を負かした御仁の主という方の力を、この目で見たかったのです」


 まぁ、だろうね。

 アークの言葉からも分かってたけど、予想通りアークは勝ったようだ。

 二人から疲労が見えないことから圧勝だったことが分かる。

 戦争の停止に一役買ってくれたアークにはこの言葉を言うべきだろう。


「アーク、お疲れ様。ありがとう」

「ッッ―――ありがたき幸せ」


 実際に疲れてはいないとしても、頑張ってくれたことは確か。月並みな言葉でも言わないよりはいいだろう。

 当のアークはどこかの時代劇かとツッコミたくなるような言葉を述べる。

 それも酷く感激した様子で。


「おいおいおいっ、リューセイ……そいつは」


 その光景を見て今まで動かなかったカイルが驚いた様子で声をあげる。

 周囲を見回してみればアランも驚いたように此方を見ている。

 逡巡するように、間をおいて。カイルが続ける。


暗黒騎士(ダークナイト)か……? いや、更に上……?」


 おお、【剣王】(カイル)クラスになるとある程度分かるのか。

 見た目だけなら黒い全身鎧だからバレないかと思ったんだけど。

 まぁ完全には分からないようだ。今のアークは、既に『暗黒騎士(ダークナイト)』ではない。

 僕の進化に伴って、同じく上位の存在になってる。ただ、進化してからあまり時間が無かったから実は僕もよく知らない。


「まぁ、そんなとこ」


 なのでそう返す。

 それと同時に、《従魔送帰》でアークを帰す。

 現れた黒色の魔法陣は、すぐに溶けるように消えた。


「お前……」


 カイルが唖然とした様子で、それでいて僕を心配するように此方を見る。

 その気持ちは分かる。つい先ほどまでその危険度について語っていた【死霊魔法】で生み出せるモンスター。暗黒騎士(ダークナイト)のことを知っているなら、そのこともおそらく知っている。

 テイムしたと考えるよりも【死霊魔法】を使ったと考える方が自然。

 なので、僕は首を振る。

 アランを倒した以上、様々な国から目を付けられることは必至。それは当然、王国も含まれる。

 必ずしも王国が味方とは限らない以上――というかカイルから聞いた話で王国上層部にはあまり良いイメージがない――あまり手の内は見せたくない。


 僕はそこで意識を切り替える。目の前の彼女――おそらく皇国の将軍――には、茶番に付き合ってもらわないといけない。

 殺意を意図的に滲ませて、彼女に問いかける。


「さて……それじゃ、君に質問だ」

「……何なりと」


 気丈に此方を見つめ返す。顔が僅かに強張ってはいるものの、彼女はダラドとかいうやつとは違うようだ。敵意の類は見えない。


「名前を知らないのは不便だよね……僕はリューセイ。君は?」

「……皇国の将軍が一人、レイリー=ディノバルトです」


 彼女――レイリーは、逡巡の後にそう答える。肩書は予想通り。ただ、一瞬アランの方を見てたことを考えれば、何か隠してるのかな? いや……そういえば皇国の正式名称は『ディノバルト皇国』だったな。


「隠し事は、やめてほしいんだけどなぁ」

「――彼女は皇王の娘、第二皇女なのですよ。彼女が死ねば、間違いなく()()()()()になります」


 答えたのはレイリーではなく、アランだった。内容は、予想通りのもの。皇族であり将軍である、か。中々素性だ。

 そして暗に殺さないでほしい、と告げる言葉。


「じゃあ聞きたいんだけど。君は、僕に斬りかかることの意味を理解してるのかな?」

「……はい」

「へぇ……それなら当然、殺されても文句は言えないよね?」

「ッ……!」


 薄い笑みを――その言葉が本気であると思わせるような、酷薄な笑みを浮かべてそう告げる。

 背後にいるショート達が息を呑んだ。


「……はい、覚悟は出来ております」

「――嘘を吐くなよ」

「――!」


 故意に語気を強めて、断言する。

 覚悟など、出来ている筈がない。彼女は僕の力が見たかったと、そう言った。

 しかしそんなことに命を賭けるだろうか。実際に見た力はごく一部。本気を出して戦った相手(アラン)が彼女の味方としているのだから戦力の確認は済んでいるも同然。完全に、とは言わないけど。

 でも彼女がしたことが()()()()()()()()実質無意味であったことは確か。投げやりになっている様子も無ければ、死にたがりでもないだろう。

 覚悟なんて、出来てるわけがない。

 そしてそれを、隠せていない彼女の驚愕が証明している。


「君は、アランが殺されていないことを確認して、僕が君を殺すことは無いだろうと判断した。だからこそ欲望のまま――というのは違うけど、躊躇せず斬りかかった。どうかな?」

「……何故、そんな」

「そんな風に思うのか、って? 君の表情や雰囲気からの推測だよ。正しいかどうかはこれを聞いた君の顔を見れば分かるから、『そんなことはない』、なんてつまらないことを言うのはやめてくれよ?」

「ッッ……!!」


 彼女は苦虫を嚙み潰したような顔で、此方を睨み付ける。

 そして口を開こうとし――再び閉じた。流石にここで文句を言うほど馬鹿ではなかったらしい。


「君は敵だと分かっている僕を過信した。一目見ただけの僕を。敵を殺さない優しい人間だとでも思った? いや、これは言い過ぎかな?」


 不穏の様子を見てショート達は狼狽えている。居心地の悪そうなその様子を見て、()()()()()()()()()()()()()()()()()()が申し訳なくなってくる。後で謝っておかないとな。


「……ッぐ……!」


 レイリーは屈辱を耐えるように唇を噛み締める。


「そこまでにしていただけませんか?」


 そこで口を挟んできたのはアラン。

 ()()()()()()()()()()()()

 「これでいいのか」と眼で問えば、首肯が返ってきた。それならこの辺りで止めておくか。


「彼女は皇国の大切な将軍ですから……あまり虐めないであげてください」

「いいよ。でも、不意を突いて攻撃してきた代償は払ってもらうよ?」


 出来るだけ悪人に見えるような笑みを浮かべて、告げる。

 視界の端でカイルの顔が引き攣ってるのが見えても、気にせず。


「そうだなぁ、さっき話してた契約の件、アランと同じ内容で彼女に誓約魔法とやらをかけるのはどうかな?」

「なるほど……それはいいかもしれません」


 そしてアランが、彼女に契約内容を説明する。

 最初は困惑していたレイリーが徐々に顔を青褪める様は、いっそ不憫に思える。まぁアランに嵌められたようなものとはいえ、僕に攻撃してきた彼女自身にも原因があるので同情は出来ないけど。まさか本当に斬りかかってくるとは僕も思ってなかったし。


「そ、そんな……これでは私は皇国の敵に……!」

「敵になるとは限りませんよ? 王国との同盟が目標ですから。我々はそのきっかけになるのですよ」


 なんだかアランが新興宗教の勧誘をしてるように見えてきた。

 大丈夫かなアレ。アランって淡々と無茶を言うタイプか。


「あ、アラン将軍殿……!」

「貴方も此度の戦争は反対していたでしょう? 皇王様を説得できるとは考えておりませんが、貴方の立場と人望は同盟に大きく貢献してくれることでしょう。我々は敗者なのですから、拒否など出来ませんよ? 国同士の争いならば話は別ですが、今回勝敗を決めたのは『冒険者』。我々は彼に負けたのですよ。にもかかわらず要求は敵対不可のみ。それすらも飲まないというのは、人として、武人としての品格を失うも同然!!」

「……ッ! 分かりました!! 不肖の身ですが王国との同盟に精一杯貢献させていただきますっ!!」


 かなり無理矢理な理屈を一気にまくしたてるアラン。

 狼狽えっぱなしだったレイリーは「武人としての品格を失うも同然」と言われた時に目が変わった。

 それこそが我が誇りと言わんばかりに態度が変化する。

 カイルも呆然としてその様子を見ている。

 というか敵対不可はアランが言い出したことだからね?


「――というわけで、レイリー将軍も『敵対不可の制約』を結ぶこと決定しました。これで王国との同盟まで大きく前進したと言えるでしょう」

「というわけで、じゃねぇよ……つーかお前、そんな活き活きしたやつだったか?」

「長らく目標や生きがいといったものが無かったもので……」


 レイリーが声の聞こえないところまで離れたことを確認したアランが、頭を掻きながら苦笑を浮かべる。

 アランは一体何歳なんだ……?


「ところで、途中から妙だなと思ってたんだが……お前ら、共謀してたな?」

「あー、やっぱりバレた?」

「な、何だとおおおおおおおおおおおオオオオオオオオっ!? リューセイてめえええええええ!!」


 僕が言葉を終えた瞬間、ショートが飛びかかってくる。

 とりあえず避けた。そしてショートは地面に顔から突っ込んだ。


「ごふっ」

「何するの?」

「俺のタックルを避けるとは流石だなリューセイ……だが貴様は許さんっ! 女騎士を嵌めるなどという羨まじゃなくて悪行をした貴様はなあああああああああああっ!!」

「ちょっと黙りなさい」

「ぷぎゃっ!?」


 叫んでいた下僕(ショート)は、女王(エスティア)によって後頭部を殴られ、強制的に口を閉じることに。南無。

 あれ舌噛んでない?


「このバカはおいといて……今までリューセイが、レイリーってやつを罵ってたのは演技ってことか?」

「そうだね」

「レイリー将軍は脳筋というわけではないのですが、交渉の類が苦手でして。丁度いい機会ですから学んでもらおうと思いましてね。勿論本命は彼女も王国に敵対出来ないようにすることですが。まぁ本当に斬りかかるかどうかは確信があったわけでもないのですが」

「敗者がどうのって言ってた割には、僕を存分に利用してるよね。アランは」


 アランが苦笑を浮かべる。

 まぁ別にいいんだけど……っと。そろそろ時間が無くなって来たな。


「僕そろそろ戻らないといけないから、アランにいくつか聞いておきたいんだけど」

「何でしょうか?」

「今回の戦争って、何であんな戦い方したの?」


 そう問いかけてみれば、返ってきたのは困惑の様子。

 アランは首を傾げるのみ。


「他にも良い戦い方はあったと思うんだけど。何も真正面から全面衝突する必要は無いと思うし」

「あー、それ気になってたー」


 リリーだけでなく、ショート達全員がどうやら疑問に思っていたらしい。

 真剣な様子で話に耳を傾けている。

 あ、ショートを除いて。


「……? ……ああ、そういうことですか」


 ようやく得心した、という様子のアラン。


「数十年前、皇国でとある魔道具が開発されました」


 そして唐突に、過去を懐かしむような様子で一見関係の無さそうな話を始める。


「それまでは大規模な戦争を行う際には魔法士を攻撃の主体として戦うのが主流だったのですが……この魔道具が開発されてからは、その戦法が役に立たなくなりました。何故だか分かりますか?」


 アランは話しながら、鎧に隠れていた手首を露わにする。

 そこには銀色の鉱石に嵌められた琥珀色の石のブレスレットが巻かれていた。


「うーん、それが魔法に対する防御力を上げるものだから?」

「残念ながら、違います。これは『集団結界具』と呼ばれるもので、能力は魔力を流すことで魔法を通さない結界を張るというものなのですが……元になる石に変わった特性がありまして」


 アランはそこで言葉を切り、カイルに視線を向ける。

 そしてすぐに戻し、話を続ける。


「この琥珀色の石は、『群衆石(クラウド・ストーン)』と呼ばれています。この石が持つ特性は、『狭い範囲に同種の石が多くあるほど硬度が上昇する』というものです」

「へぇ……」


 日本では、というよりも現実世界では聞いたこともない石。

 ファンタジー世界ならではのものかな。


「具体的な構造などは省きますが、この石を利用して作った『集団結界具』はこれを持たせた人間の密集度が高いほどに効力も高くなります。そのため自然と部隊を分ける戦法は使いづらくなるのですよ」

「んー……でもさ、それだとどっちも魔法で攻撃出来ないってことになるよね?」

「はい。ですが……それでも皇国にとっては利点が多かったんですよ」


 そう答えるアランは、どこか昔を懐かしむ様な雰囲気があった。


「王国には、二人の英雄がいます。この意味が分かりますか?」

「カイルと、もう一人?」

「はい。【魔法王】と呼ばれる、私や【剣王】と同格の方が」

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごい面白いからまた更新再開してほしい
[良い点] 戦闘シーンの迫力のある描写がとても好きです。 話も分かりやすく進んでいるので、とても読みやすくて嬉しいです。 [一言] 長い期間更新されていませんが、何かあったのでしょうか? ゆっくりでも…
[一言] 何があったか分からないけど、続き楽しみにしてます
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