六十四本目 リアルチーターの災難
「――【剣王】、貴方に話があります」
「……それは、こいつらが聞いていい話か?」
アランの言葉に、カイルは僕やショート達を指差してそう言った。
「……構いません。どの道公開されることになるでしょう」
顎に手を添えて僅かな思考の後、アランが答える。
こういう仕草を見ていると、やっぱり外見年齢と中身が見合ってないように思える。
進化で種族が変われば、それに伴って寿命も変わるんだろうか。
「まず今回の戦についてなのですが――」
「待て。先に幾つか聞いておきたい」
「何でしょうか?」
見たことのない真剣な表情で、アランの言葉をカイルが遮った。
「今回、お前らが攻めてきた目的は……『世界樹の根』と王国の戦力低下、でいいのか?」
「ふむ……まず主目的は『世界樹の根』です。そして次に【剣王】を含めた精鋭の殺害……そして次の足掛かりとするための拠点が築ければ、と言った所でしょうか。まぁ次については、もう絶たれたようなものです」
「どういうことだ?」
アランの言葉にカイルが訝し気な表情で問う。
次、というのは『次に王国に攻めいる時』、ということかな。
ふと周囲を見回していると、ショートが神妙な顔で頻りに頷いているのが見えた。
僕には分かる、あれは話についてこれてない時の顔だ。
「それが本題に関わる話なのですが、ね。まず今回の戦は皇国の完全敗北、ということになります。ニーズヘッグが復活し、【剣王】の殺害どころか足止めすら出来ず、更には将軍を一人失いました。撤退もやむなし、ですが……」
「……皇王か」
「察しが早くて助かります。まず間違いなく、今代の皇王はそれを良しとしません。五万で無理なら十万の兵で、三人の将軍で無理なら四人で……と、戦力を増やして無茶な戦を仕掛ける事でしょう」
「はぁ、まためんどくせぇやつが皇王になったな……」
「そうなることはわたくしとしても避けたいのですよ。ですがわたくしは責任を取らされて将軍職を降ろされる可能性が高い。たとえ今のままでも皇王を止める力はありません。止めようとすれば謀反、ということになります」
「……じゃあ、どうする?」
「此度の戦、賠償は外交の席で要求してください。ですが……今ここで、賠償の一部を支払ってしまおう、と思いまして」
「賠償をこの場で、だぁ? お前の金を出すってか?」
カイルは疑り深い目を向ける。
面倒な話になって来たな……政治的な話はあまり好きじゃない。
「いいえ? 金銭ではありません。差し出すのは――――私自身です」
「ぶっ!?」
「なっ……まさか男色系だとでも――」
「黙れ馬鹿」
「おふんっ!?」
噴き出すカイル、真剣な表情で宣うショート、ひっぱたく雷蔵。
すぐに落ち着きを取り戻したカイルが続きを促す。
「おいおい……どういうことだ?」
「おっと、語弊がありましたね。差し出すと言っても、王国に帰属するわけではありませんよ? ましてや性的なことでもありません」
「ですよね! いやぁすいませんねホントお願いだから続きをお話しください!!」
チラ、とショートの方を見ながら真顔でそんなことを言う。
見られた方は焦った様子。
……というか、アランってあんなことも言うんだなぁ。
真顔で言ったせいかギルド紅鎧の面々が肩を震わせて笑いを堪えている。
「帰属するわけでもなく、自分を差し出す……まさか『敵対不可』の誓約でもする気か?」
「そのまさかですよ、【剣王】」
ここで聞きなれない言葉が出てきた。
『敵対不可の誓約』。個人が一国を凌駕しうる世界でただの約束に意味があるんだろうか……?
それとも何らかの魔法?
「思い切ったことを……皇王に許可を取らなくていいのか?」
「許可なんて出る筈がないでしょう? 今この場でするからこそ意味があるんですよ」
「滅茶苦茶だな……」
「あの……質問でいい、ですか?」
カイルが額を抑える。
そんな時おずおずと手を挙げたのはリリーだった。
横目に見てアランとカイルは頷く。
「『敵対不可の誓約』って何ですか?」
「言葉通り、【誓約魔法】によって敵対出来ないようにするんです」
「【誓約魔法】……?」
訝し気に首を傾げると、アランは呆れた様子で溜息を吐いた。
「……王国は魔法の知識を秘匿しすぎなのでは?」
「しょうがねぇだろ……何の権力も無い一剣士に言わないでくれ」
「何の権力も無い、ですか。確かに今の貴方はそうかもしれませんが……いえ、これ以上は言わないでおきましょう」
「そうしてくれ」
言っている意味が分からない。それは他の面々も同じだったようだ。
周囲から見られていることに気付いたアランは、咳払いをして話を続ける。
「【誓約魔法】……書面、あるいは述べた言葉に絶対的な強制力・拘束力を持たせる魔法です」
アランが告げた内容は大方僕の予想通りだった。
けれどまだ疑問が残る。
「それってさ、本当に絶対なの?」
「疑問に思うのは分かりますが……【誓約魔法】は絶対です。『超越者』両者の本心からの同意が必要になるのであまり使い勝手は良くないですが」
両者の本心からの同意、というのはかなり難しい。
少しでも否定的な心があれば結べない。それは確かに使いづらいな。
そんなことを考えていると、カイルが口を開いた。
「【誓約魔法】以外にも絶対的な強制力を持たせる魔法はあるぞ?」
「――?」
「【召喚魔法】と【死霊魔法】が比較的有名だな。魔法の本質は別だが、忠誠心を高めるのも効力の一部だ」
ただし、と。
「これは有名な話だから知ってるかもしんねぇが……召喚士と死霊術士の死因は、その半分以上が配下のモンスターの裏切りだ」
神妙な顔で、カイルは続けた。
その言葉に、思わず目が点になる。
それはショート達も同じ。それでは絶対的な強制力なんて無いじゃないか、と。その思考を察したようにカイルが口を開く。
「必ず忠誠心は高まるさ。絶対にな。だが、あくまで忠誠心を高めるだけ……どれだけ高まるかは固定じゃねぇ。元が酷すぎたら――どれだけ足そうと負になるほど酷けりゃ、当然の様に裏切る。創ったモンスターならまだしも、召喚したやつはそれが如実に現れるってわけだ」
カイルの言い方だと、《死霊創造》と《死霊召喚》には作れる配下の自由度以上に差異があるってことか。まぁ確かに、アークとアンナを比較すると、そこには明確な差がある。
それも種族やステータスとは無関係に。
戦闘技術、精神、性格……薄々思ってはいたけど。
要するに。
「……知識の差、か」
「ん? どうした」
「いや、何でもないよ。続けて」
この考察は後に回そう。
「モンスターだって自我を持ってる。まぁ例外はあるんだが…‥自我を持ってるってことは、当然主人が無能だったり、あまりにも気に食わない相手なら……まぁ、分かるだろ?」
……なるほど。
まぁ考えてみれば当然の話。
人格や性格、感情があるのに主人に対して負の感情は抱かない、なんて都合のいい魔法の筈が無かった。
何故かアークは忠誠心が限界突破してるような気もするけど……モンスターだからって一概には言えないし。
「ちなみに、『テイム』したわけじゃねぇモンスターを配下にする場合、必ず主人が近距離戦闘能力を持ってないとダメだ。何でだかわかるか?」
……ああ……その言葉で、何となく分かった。
僕の配下の忠誠心が妙に高い理由が。
「……自分より弱い相手を、というか貧弱な相手を主人と認めないから?」
「おお、その通りだ。いくら魔法が使えたところで懐に入れば雑魚な主人をモンスターは認めねぇ。まぁ全部じゃねぇが、大抵はそうだ」
何というか、つまり、つまりだ……モンスターの大半は……
「脳筋……?」
「……まぁ、主従関係に関してはほぼ間違いなく」
そんな会話をしていた時、唐突に。
「―――せぃぃやあぁぁぁぁッ!!」
「主様あああああああああああああああああああああああッ!!」
そんな叫び声が響いた。
そして振り返った僕の視線の先にあるのは――振り下ろさている剣。
何というか……厄日だ。