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五十八本目 龍人の唄

久しぶりの主人公視点(*・▽・)


 暗い闇に満ちた地下。

 唐突に、金光が差した。

 その源となったのは巨大な生物の瞳。

 光源も無い筈の地下で、その瞳は比喩抜きに微かな輝きを放っていた。


 明らかな怒りを宿し、まるで遥か頭上にいる誰かを睨みつける様に、目を向けた。

 そして大切な家族を守るため、傷の消えた体で岩盤を割り砕いた。

 何千何万と繰り返した呆れにも似た呟きが、怒りを含んだ嘆きが、闇を震えさせる。



 『また愚かな馬鹿がやって来たか』、と。




 ◇◇◇


 万の兵が争う戦場の中央。

 槍を持った者と、刀を持った者が相対していた。



 ――やっぱりモンスターも良いけど、対人戦も楽しいなぁ


 視線の先、槍を構える男を見据え、そんなことを考えた。

 相手の方が力が強い。

 相手の方が足が速い。

 相手の方が守りも堅い。

 【無謀な英雄】が発動した際の感覚からも、それは明らか。

 そしてモンスターと違い、極まった技術を用いて槍を振るう。


 槍をまともに受ければ、どうしても圧される。



「あはっ」


 おっと。

 笑みが漏れた自分の口腔を戒める。

 狂人を見る目になった――いやさっきからずっとそうだった――周囲の目に溜息を吐く。

 槍を構えた相手、確か【戦王】なんて呼ばれてる相手も、若干頬を引き攣らせているのが見えた。


「……戦ってる私の身にもなってくれませんかね?さっきから兵達が怯えて士気が下がりっぱなしなんですよ」

「心外だなぁ。戦いに高揚するくらい別に良いと思うんだけど」


 本当に心外だよ。

 僕はただ、戦いを楽しんでるだけなのに。

 呆れたような目を向けられ、肩を竦めた。


「それは否定しませんが。貴方の場合完全に狂ってるとしか思えませんからね」

「失礼な……」

「集中を乱されてやりづらいんですよ、こっちは。()()()()から、などと安易に考えているわけでもないようですし」


 やりづらいのはこっちも同じだ。

 相手の外見は、かなり若い。

 見た目だけで判断するなら20代後半くらいだろうか。

 ただ、どことなく中身が見合わない。

 雪の様に真っ白な頭髪も相まって、独特の雰囲気を醸し出していた。

 老練、歴戦、老獪、幾つかの言葉が当てはまるその空気感は、間違いなく数十年以上の時を重ねた人間のもの。

 本当に、やりづらい。

 外見に合わない知識や叡智を垣間見せる姿も。

 さっきから僕の事を散々言ってるくせに、自分も楽しんでいることも。


 本当に、やりづらい。

 ――だけど。


「最高に楽しいんだよね……」

「……否定はしませんよ」


 この場の二人にしか届かない距離で、声を交わした。

 そしてどちらともなく、大地を踏みしめ、駆け出した。


「――ッ!」

「――はぁッ!」


 黒妖を地と水平に振りかぶる。

 突き出された槍は、触れてはいけない。

 あれに触れたら、()()()()()()


 槍を首を捻って躱しながら、相手の胴体へ赤と黒の斬閃を叩き込む。

 槍が手首の動きと共に回転し、瞬時に刀を防ぐ防御(まもり)と化す。

 この動き……攻防自在な戦闘術が厄介だ。

 それを切り崩すためには。


「《衝》」

「――、ぐっ!?」


 槍に刀身が触れる直前、イメージを必要とする【龍堕衝】を発動。

 即座に手首を返して柄を僅かに引く。

 黒妖は紅い軌跡を残し、槍の脇をすり抜けるようにして翡翠の鎧へと迫る。


 ――が、しかし。

 鎧には直撃したものの、その翡翠は切り裂けない。

 僅かに表面に傷がついた程度。

 硬質な金属音を打ち鳴らした刀は、すぐに舞い戻った槍によって再び弾かれた。


「はぁー、やっぱりその鎧も普通じゃないのか」

「……ええ。〔翡翠結晶(ジェイドクリスタル)〕と呼ばれる鉱石から作り出した、〔翡翠鉄鋼〕製です。この槍ほどじゃないですが、歴とした秘宝(トレジャー)級武装ですよ」

「……とれじゃー?」

「おや、ご存じないですか?どうやらまだこの世界の知識は少ないようですね」


 首を傾げる。

 秘宝級などという言葉は知らない。

 恐らく名前からして、武器の等級(ランク)みたいなものか。

 そして後に続いた言葉に、瞳を細める。

 どうやら僕たちのことはある程度知っているらしい。

 冒険者(プレイヤー)復活(リスポーン)を知っていたこともそうだ。


「……まぁそれはおいておきましょう。戦いには関係のない話です」

「そうだね」


 未だ痺れの残る手で刀を構える。

 先ほどから打ち合ってしまうと必ずこうなる。

 力負けしている現状、仕方ないか。


「――フッ!」

「――はアアアッ!!」


 神速の突きが迫る。

 触れてはいけない、という第六感の警鐘が鳴り止まない。

 それに従って触れないよう気を付けながら、対処する。

 受け流し。

 打ち払い。


 だけど。


「ッ――」


 今度の連撃は、先ほど以上の気迫が籠っていた。

 確か彼は、将軍の職に就いているはず。

 戦いを楽しんでいる暇はないのだろう。

 そして。


「――」


 顔に僅かに、槍の先端が触れた時だった。

 槍の軌跡に従って、一筋の紅線が頬に奔る。


 体を襲う脱力感。

 思考の一瞬の空白。

 触れた場所が頭の付近だったことも、恐らく原因の一つだろう。

 不自然に体から力が抜けていく。


「くぁッ!?」


 眉を顰めながら、全力で後退する。

 体のところどころが痛む。

 瞬間的に繰り出された連撃を、躱しきれなかった。


「……なるほど。そういう能力か」

「はい。打ち合うだけでなく、直接体に触れても生命力を吸い取ります。当然、打ち合いの比ではないほどに」


 視界の端でステータスを開いてみると、今まで見たことも無い状態異常『脱力』という表示があった。

 大蛇(ナーガ)から貰った称号が頭を過ったが、流石にこんなものは防げなかったらしい。


「そして吸収した生命力は様々なことに使えるんですよ。槍そのものの強化しかり、所有者の強化しかり、ね」


 純白の槍は、今までにないほど装飾を鮮やかな赤に染めていた。

 鮮血の様に見えるのは、あながち間違っていないだろう。


「――こんな風に、ね」

「――」


 瞬間。

 今まではかろうじて目で追えていた【戦王】の速度が、爆発的に加速した。

 視界から掻き消えるほどに。

 一瞬で目前まで迫った槍を、何とか首を逸らして躱す。

 背後へと跳び退る。


「……なるほど。恐ろしい能力だ」

「ええ、本当に。そしてこの武器は……『契約武器』です」

「――ッ」


 クルクルと長槍を回していた男は、腕を引いた。

 投擲(とうてき)の姿勢。


「つまり――」


 音を置き去りにして飛来した(ソレ)を、黒妖で弾く。

 弾かれた槍は、既に遠く離れた位置にいる兵士達の足元に落ちた。

 「ヒィッ!?」という怯えた声を聞きながら、僕の目線は既に相対する敵へ戻っている。


「――こんなことも出来る」


 投げられた筈の槍は、既に白髪の男の手元にあった。

 『契約武器』。確かにあんな風に異常な能力がある武器なら、それは決して不思議なことじゃない。

 そして『契約』を行う武器の性質の一つ、『必ず契約者の手元に在る』。


「……厄介だね」


 特に槍という武器に、そんな性質が備わっていることが。

 目で追えない速度。

 投げても手元に戻る槍。

 一撃でも受ければその槍は相手の生命力を吸い取る。

 このままなら敗北は確実。

 そんな状況だった。



 そして僕は――笑みを浮かべた。


「――」


 息を呑む気配が伝わる。

 それを気にせず、敵に向かって歩む。

 そして、歌を紡いだ。


「【嗚呼龍よ 我が願いを聞き給え】―――【人と竜の狭間で揺らぐ この半端者の願いを】」


 目前で男が、唇を噛み締めるのが見えた。

 目で追えない速度で走り寄る――が、予測と勘で対処する。


「オォッ!!」

「【御身の様に堅い鱗は無い 万物切り裂く爪も、無い】」


 突き出される槍を、瞬間的にで五、十、数十と繰り出される槍を、すれすれで躱す。

 心は歓喜した。

 あぁ、この感覚だ、と。

 戦いの中で時が引き延ばされ、全てを冷静に見ることが出来る、この感覚。

 どうやら僕は、初めて見る『戦争』に熱くなりすぎていたらしい。


「【故にどうか 嗚呼、どうか この無力な半端者の願いを、聞き届けてほしい】」


 歌が、紡がれる。

 不思議な気分だった。

 初めて発動する魔法。

 だというのに、情景が蘇る。

 【竜人魔法】という名のそれは、何故だか記憶に魔法が刷り込まれた様な、そんな気分にさせた。


 だから――分かる。

 この詠唱(うた)は、己の無力を嘆いた祈祷。


 心が澄み渡るような。

 高揚が、研ぎ澄まされるような。


 そんな、不思議な気分。


「【我は力を求める。研ぎ澄ました我が爪は、圧し折れた。磨き鍛えた我が鱗は、砕かれた】」

「あああアアアアアアッ!!」


 槍を刀で弾く。

 槍を刀身で受け流す。

 見えなかったはずの攻撃は、追えなかったはずの速度は、いつの間にか僕の目にハッキリと写っている。


「【鍛え上げた我が武勇は、圧し折れた!】【故に我は、力を求める!】【嗚呼龍よ!!】」


 黒鱗を、白光が覆う。

 頭部に在る角の先端まで、光が迸る。


「【我が願いに応えよ!!】、《龍人昇華》ッ!!」


 瞬間。

 戦場は、光に包まれた。


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