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五十七本目 【戦王】と青年


 "金麗将軍"。

 それは皇女にして将軍というレイリー=ディノバルトの在り様を評した異名である。

 とある超希少鉱石を用いて作られた金の鎧と剣。

 強き軍人でありながら麗人であり、生き様は荘厳にして美麗。

 正義感も強く、実力を誇ることはあれど笠に着ることはない。

 瞳は紅く気高い輝きを放つ。

 髪は艶やかな赤みを宿し、毛先は金色へと変化している。

 その髪色は皇国において最も才能に溢れた者の証とされ、名実ともに皇国民女性の憧れの的。

 【戦王】に実力で劣れど、皇国六将軍の中で最も人気のある将軍。


「はぁっ、はぁっ……げほっ」


 それが、皇国兵の彼女に対する評価であり、事実であった。

 故に。

 突如現れた黒い全身鎧の『モンスター』に彼女が敗北する姿など、誰も思い描いていなかった。

 当の黒色全身鎧とその主を除いて。


「……まだやりますか?」


 性別の分からない声が、重く響いた。

 冷たい力強さを宿すその声は、感情を宿していなかった。

 皇国兵も王国兵も関係なく、皆一様に言葉を失っていた。


(ふざけるな、よ……ッ!)


 金色の鎧を纏った麗人は、胸の内で悪態をついた。

 『モンスター』であるが故の化け物じみた膂力と、本来『モンスター』が持つことのない"技術"。

 否。それは技術というよりもむしろ、技術を持った相手に対する"慣れ"のように彼女には思えた。

 少なくともそれにより、彼女が敗北したことは事実。

 大した怪我も負っていない。体力もまだある。

 だが前者に関しては相手が()()()()したことであり、後者に至っては敵に『体力』という概念があるのかも不明。

 それほどに、目の前の『モンスター』に疲労が見えなかった。見出せなかった。


「我が主から、『極力殺すな』と言われておりますので。貴方が進軍を止めさえすれば、これ以上の戦闘行為は控えましょう」


 その言葉は、今のレイリーにとって屈辱を煽るものであり、同時に極上の甘露にも思えた。

 目の前の『モンスター』に殺意が無いことと、時折垣間見せる『主』への信頼や忠誠心もまた彼女の戦意を失せさせる一因となった。

 『戦士』としての彼女は殺されるまで戦いを止めたくない。

 しかし『将軍』としての彼女は、これ以上この場での戦闘を続けることが無意味だと理解していた。


「……承った。……軍を、止めろ」


 瞼を閉じ、屈辱を噛み締める。

 王国兵が歓声を上げ、皇国兵が不納得の声を上げる。

 しかしそれでも彼らは、将軍でもあり王女でもあるレイリーの命を聞かないわけにはいかなかった。

 そんな最中。


「だが、私が軍を止めようと、アラン将軍殿が認めねば最終的には戦は続く。貴様の『主』が負ければ、間違いなくそうなるぞ」


 未だ失意から抜け出せない彼女は、(ささ)やかな意趣返しとばかりに敗因の『モンスター』へと言葉を投げかける。

 【剣王】が動けばダラド将軍は負ける。

 それは確かだ。

 だが、それは目標の一つが潰えるだけで、アラン将軍さえいればここにいる王国軍を潰すことは可能である。

 そして何の戦果も得られていない以上、彼ならばそれをするだろう、というのが彼女の現状評価であった。

 加えて彼女の予想では、目の前の『モンスター』の『主』は冒険者と呼ばれる存在だ。

 多少特殊な能力を持っていようと【戦王】が敗北するほどではない。

 まだ現れてから半年も経っていないのだから。

 故に。

 紡がれた言葉に、麗人は目を丸くした。


「ありえませんね」


 黒鎧の『モンスター』は、そう断じた。

 絶対の信頼を持って。

 その言葉は過信でもなく、まるで事実を述べるようで。

 レイリーは、「何故」と返した。


「実力で言えば……恐らくあなたの言う『アラン将軍殿』が上でしょう。我が主がそう仰っていましたから」


 驚愕するレイリーに、闇を纏う全身鎧は「ですが」と言葉を続けた。


「最後に勝つのは、間違いなく我が主です」


 自身が敗北した人物(モンスター)がそこまで言う人物(マスター)に。

 赤髪の麗人は、興味を抱いた。



 ◇◇◇


 "金麗将軍"と黒鎧の勝負が終わりを告げた時。

 黒鎧の『主』は、歓喜の声を上げた。


「あははははははは!」


 戦場に響く異常な笑い声。

 【戦王】はうんざりとした様子で刀を受け止めた。


「……これだから戦闘狂い(バトルジャンキー)はやりにくい」


 しかし内心で、彼もまた高揚していた。

 人並外れた力を持つ彼は、己とまともに打ち合える存在など滅多に出会えない。

 それも己の()()()()の『レベル』の相手ともなれば。

 彼のレベルは現在236。【剣王】はこれを()()()だろうが、世界中探しても、レベル200を超える人間は片手で足りる。


 そして同時に。

 理解出来ない眼前の存在に、困惑していた。

 膂力では、間違いなくアランに軍配が上がる。

 それもかなり大きな差を以て。

 だが――


(彼の『進化系統』は……"何"でしょうか)


 『進化系統』。

 実は目の前の青年も知らないことだったりするのだが、レベル100の倍数時に訪れる人間の『進化』には、大きく分けて幾つかの系統が存在する。

 人間という種族は全種族の中でも"最弱"。

 しかし『進化』の多様性だけは、人間という種族の強みだった。


 魔法特化の『魔人系統』。

 エルフの様な種族はこれに該当する。


 身体能力特化の『獣人系統』。

 獣人にも様々な種類はあれど、魔法を使わない戦士は大抵これになる。


 そして魔法も使うが身体的にも優れる『超人系統』。


 最後の一種族以外は大抵見た目が変化し、その外見で判断できる。

 この三系統に属さない『希少種族(レアレイス)』もあるが、そもそも『進化』を経験する者自体が少ないため、歴史上にも容易に数えられる程度しか出現していない。


 そして眼前の戦闘狂い(バトルジャンキー)は……明らかな『希少種族(レアレイス)』であった。

 そもそも現れてから半年も経っていない『冒険者』が『進化』している時点で驚愕ではあるが、最早その事実に間違いはない。

 アラン自身が調査をしたことで、多くの『冒険者』が戦闘経験が薄いことも分かっている。

 『冒険者』達の元の世界に『レベル』という概念が無いことも。

 それにしては『レベル』に関する知識が多すぎる気もするが、今は関係ない。


 人間の『進化経験者』同士の戦いでは『進化系統』が重要であることを、アランは長い人生の中で理解していた。

 『種族スキル』と呼ばれるスキルが存在するためである。

 そして眼前の人物は、近接戦闘に長け、時折魔法を放ち、()()()()()()()()()

 正直に言ってしまえば、「そんな馬鹿な」と言いたくなった。

 近接戦闘だけ取っても間違いなく達人である。

 レベルが離れたアランと打ち合えているのだから、それだけでも"馬鹿げている"。


 だというのに近接戦闘中に無詠唱または魔法名のみで魔法を放ち、その魔法も自由度が高すぎる。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、多彩すぎた。


(化け物すぎませんかね?)


 あらためてその行動を整理し、苦笑してしまう。


 そして何より目を引くのは、黒色の捻じ曲がった角、そして同色の鱗と長い尾。

 鱗は艶やかな光沢があり、肌の一部を覆っている。

 その様から伝承の中のとある種族が思い出された。


(『竜人』、ですかね)


 金属音が連なる高速戦闘の中、そんな単語を思い浮かべた。

 そんな真似が出来る時点でアランも十分すぎるほどに化け物なのだが、特に本人が意識することはない。


 『竜人』。

 魔力、身体能力共に秀で、個人の戦闘能力ならば『モンスター』を除いた全種族中最強の種族。

 寿命も長く、エルフ同様老衰することもない。

 しかしその分繁殖力は全種族の中で最も低く、個体数が少なかった。

 戦闘向きの個体であれば人間の英雄に迫る戦闘力を恐れ、為政者によって葬られた種族だ。

 絶滅したのは今から千年以上前。アランが思い出せたのも奇跡に近いほどの、完全な『伝説上の種族』。


(『進化』して『竜人』になったという話は聞いたことがありませんが……『冒険者』だからでしょうか?だとすれば危険度は予想以上に高いですね)


 当の『冒険者』達が聞けば揃って否定するような予想を立てながら、戦闘を続けた。

 しかし様子見もここまでだろう、とアランは思った。

 相手の底を知れた、とは思わないが、これ以上時間をかけることはできない。


「本気でやらせてもらいますよ?」


 静かに、しかし猛々しく【戦王】は笑った。

 レベル相当の全力を出すために。

 そしてそれは敵の青年も同じ。

 整った相貌に不気味とも思える笑みを浮かべた青年は、言葉を紡いだ。


「《全能力向上(オールエンハンス)》」


 鮮やかな水色の髪をした青年の体から、金の光粒が流れた。

 アランの知識は、その魔法が【付与魔法】と呼ばれる物だと導き出していた。

 そして同時に、『全能力向上(オールエンハンス)』などという魔法名が【付与魔法】に()()()()()ことも。

 それは自創魔法(セルフマジック)と呼ばれるもの。

 この場合は複数の魔法効果のイメージを一つの単語に集約し、固定化したのだろう。

 実質的な複数同時発動(マルチプルトリガー)


「……本当に馬鹿げてますねぇ」


 それならば、と。

 数多の戦場を潜り抜けた戦の王は、妥協することをやめた。


「ミスティルティン、『生命力還元(ライフリダクション)』」


 小さく、しかし力強く呟いた。

 変化は劇的だった。

 アランの腕へ、愛槍(ミスティルティン)から赤い霧が流れ込む。

 打ち合う度脈動していた霊槍は、赤く染まったヤドリギの装飾を白へと戻した。


「あー、やっぱりそういう能力か」


 子供の様に笑う青年――リューセイ――は、心底楽しそうに声を投げかけた。


「敵と打ち合うことで僅かに生命力を吸収、そしてそれを自分のステータスに変換する……ってとこかな」

「ええ。それだけじゃありませんけどね」


 してやったり、と言わんばかりに戦王は笑った。

 それでもリューセイも笑みは消えない。

 むしろそれすらも楽しみであるかのように、笑みを深めた。


「そうかぁ……それは残念」

「えぇ……是非暴いてみてください、ねっ!!」


 アランの神速の踏み込みは、両者の距離を一瞬でゼロに変えた。

 しかし青年はそれを予期していたかのように黒刀を振るった。

 刀が槍を打ち据える。

 例え膂力で槍が勝ろうと、横から打たれればその軌道は曲がる。


 だが神速の槍は止まらない。

 打たれる勢いのままにアランは手首を返し、槍を回転させる。

 頭部へと迫るそれを、青年はしゃがんで回避した。

 即座に足撃を放つ。


 ――が、槍の柄がそれを受け止める。

 甲高い金属を響かせ、両者は距離をとった。


 そして間を置かずどちらともなく駆け出し、打ち合った。

 両者ともに神速の連撃を繰り出し、相手の武器を打ち払い、防いだ。

 突きに優れる槍は、青年の体を捉えられない。

 斬撃に優れる刀は、霊槍によって防がれる。


 どちらも傷を負うことなく戦いは紡がれる。

 変化は、唐突だった。


「《衝》」

「ッ――!!」


 リューセイが口を動かした瞬間だった。

 アランの体を『衝撃』が撫でる。

 予備動作なしに放たれた衝撃を、戦王はその類稀なる頭脳により何らかのスキルであると理解した。

 ――が。


 唐突な衝撃によって崩れた体勢は戻せない。


「はああああああああッ!」

「――なっ、ぐぅっ!?」


 振るわれたのが刀ではなく、拳撃だったことも拍車をかけた。

 咄嗟に槍で防ぐが、下から上へと放たれた拳だったこともあり、体が浮いた。

 力に逆らえずアランの体が大きく吹き飛ぶ。

 傷自体は負っていないが、将が圧されることは兵の戦意に大きく影響する。

 皇国兵が騒めき、王国兵が歓声を上げればいいのか戸惑う中、戦王は青年を鋭く見据えた。


「いたいな……外しちゃったか」


 ぷらぷらと左手を揺らす青年は、そう宣った。

 見れば固い槍を殴った手は指が何本か千切れかけている。

 〈ヨルム〉では血が滴ることはないが、そのままでは生命(HP)が継続して減る。

 痛みも尋常ではない筈だ。

 だが青年は、顔を顰めるのみ。

 痛みに慣れているのか、それとも痛みを感じないスキルでもあるのか。


「《治癒(ヒール)》」


 アランが目を細め、見開いた。

 リューセイの手は薄桃色の光に包まれており、見る見るうちに手が治っていく。

 回復魔法。

 アランは今度こそ顔を顰めた。

 この魔法の前では、大抵の傷は決定打にならない。


(そんな風に敵前で使うような物では、無い筈なんですが……)


 思わず溜息を吐きたくなる。

 まぁ愛槍のおかげで似たようなことは出来ますが、と内心で呟きながら。

 歴戦の【戦王】と若い青年は、戦闘を再開した。



 ◇◇◇



 同時刻。


 皇国兵と王国兵がぶつかる、戦の最中。

 一人の男性が、敵を()()()()()進んでいた。

 誰も彼に気付くことはない。


「――ふむ。ようやくか」


 敵兵と戦うことなく通った男性は、傲慢さを滲ませる呟きを落とした。

 外見は三十代半ば、決して整ったとは言えない相貌だが、体は鍛えられ引き締まっている。

 取り残された皇国兵は、戸惑いながらも戦いを続けていた。

 彼は皇国軍の将軍の一人であり、本来ならば兵を放置して進むような立場ではない。


 だが。

 彼は自身の思惑のために、アランの命令すらも無視して進んだのだ。

 それは【戦王】すらも予期していなかった異常事態。

 しかし故意に自軍の状況を無視した男性は、遥か遠くに在る巨大樹を見据えて凄惨な笑みを浮かべた。



「ふん……あれさえ手に入れば、この俺の評価も変わるだろう。【戦王】などというジジイに後れを取ることも無い……ふはっ、ふはははっ」



 驕りの溢れる彼の目には。

 凄烈な嫉妬と憎悪の炎が揺らいでいた。

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