五十六本目 勝敗を決める者
剣と槍が、轟音を打ち鳴らす。
幾度となく繰り返されたやり取りは、周囲の兵を敵も味方も関係なく、怯ませていた。
剣が振るわれる度に地が斬り裂かれ、槍が振るわれるたびに土煙が巻き起こる。
現実離れした超人の戦いは、他者の介入を許さない。
「――畜生がっ!!」
幾度とも知れない打ち合いの末、剣王は跳び、距離を取る。
大きく息を吐き悪態をつく彼の目は、同じく距離を取った戦王を射貫いていた。
「本来の装備なら、貴方はこの程度ではなかったでしょうに。わたくしとしては、どうにも気乗りしません」
肩を竦めるその様は、本気で嘆いているように見えた。
舌打ちするカイルを一瞥し、アランは駆け出した。
カイルは今もなお、特徴も無い衛兵の恰好のまま。
剣こそ名工の品であることは見て取れるが、しかしそれは過去に彼が使っていた剣に遠く及ばない。
「――ハッ!」
「ッ……!」
再び、白槍と鋼剣がぶつかる。
直線で繰り出される神速の突きを、カイルは類まれなる"技"で受け止める。
力を受け流し、上方へ弾く。
が、これもまた、幾度となく繰り返されたやり取りであった。
アランは弾かれた勢いのままに長槍を回転させ、胴体へ迫った鋼剣を受け止める。
「……いい加減、決着を着けたいところですね」
「はっ!そりゃこっちのセリフだ」
鼻で笑おうと、滴る汗は誤魔化せない。
疲労が溜まり始めているのは間違いなかった。
技量は互角、あるいはカイルが上回っている。
だが、如何せん武器に差がありすぎた。
カイルが使っている鋼剣は業物ではあれど、国宝に数えられる眼前の槍と比べれば、幾分か見劣りしてしまう。
そして何より……
「……厄介だな。その槍……」
「何を言うかと思えば。一度も生身に当てることが出来ず、悪態をつきたいのはこちらの方です」
「ふはっ、よく言うぜ……」
先ほどから、剣と槍を交えるたびに、アランが持つ長槍は脈動していた。
比喩抜きで。
ヤドリギの槍に施されたヤドリギの装飾が、赤く脈動しているのだ。
その外見は不気味だが……その効果を知っているカイルとしては、"不気味"ではすまない。
剣を、槍を、振り下ろし、突き出し、金属音を打ち鳴らしたその時。
「「ッ――」」
突如上空から聞こえた巨大な何かが羽ばたく音に、両者が全く同時に空を仰いだ。
が、しかし。
上空にある何かを視界が捉える直前、まるでその視線を抑えつけるが如く豪風が荒れ狂う。
固唾を飲んで見守っていた兵士達は、皇国も王国も関係なく吹き飛ばされた。
カイルとアランを中心として巻き起こった暴風は、ややあって鳴りを潜める。
「くそっ、何が――」
顔を顰めるカイルは、声を途切れさせた。
(《竜巻》……いや更に上位……自創魔法か……?)
目を細めるアランは、長い月日を積み重ねたその叡智を以て先ほどの現象を分析していた。
そんな最中。
スタッ、という何かが着地したような音に、争っていた両者は目を向けた。
丁度上空にいる飛竜の真下――アランとカイルの間に降り立った水色髪の男は、笑みを浮かべて口を開いた。
「カイル。悪いけど、譲ってもらっていいかな?」
何を、とは聞かなかった。
戦場に似合わない楽し気な声に、カイルは目を見開いた。
そして安堵を織り交ぜた笑みを浮かべる。
その表情を見た戦王が訝し気に目を細め、対する剣王は言葉を返す。
「負けんなよ、リューセイ」
「了解。向こうの方に強いのがいるから、そっちは頼んでいい?」
「……ちっ、分かったよ」
水色髪の男――リューセイが指さした方向を見て、アランも舌打ちしたい気分だった。
戦場の全体を見ることが出来れば、そこにいるのがもう一人の将軍――ダラドがいる場所だと分かっただろう。
だがそれと同時に、不思議に思った。
(ダラド将軍に剣王を差し向けると言うなら……レイリー将軍は問題ないと?)
実力で言えば、アランが突出し、ダラドとレイリーは同格。
だというのに、目の前の男の言い方は、まるでダラドさえ対処出来れば良いかの様な――
◇◇◇
リューセイが戦場に降り立つより前。
(作戦通りアラン将軍殿は剣王を足止めしている……ならば自分も相応の働きをせねば!!)
「――ハァァッ!!」
レイリーは、自らの持つ金色の剣を振るった。
一撃で進行方向にいた敵兵達が五人切り裂かれ、倒れ伏す。
【戦王】が将軍の中で突出しているのと同じく、王国の兵は【剣王】が頂点に立ち、その下は遠く離れている。
故にレイリーを止めることが出来る者もおらず、王国兵はその足止めすら出来なかった。
だが。
快進撃が止められたのは唐突だった。
「――」
レイリーの目は、徐々に大きくなる黒点を捉えていた。
その黒点は近づくにつれ歪な形を取り、遂には飛竜の姿を象った。
(まさか……王国の『飛竜部隊』か!?)
自らの中で浮かんだ思考を、すぐに打ち消した。
飛竜を擁するのはあくまで王都付近のみ。
そこからこの皇国と王国の国境付近まで飛ぶには、少なくとも一週間はかかる。
だとすれば。
(『冒険者』……?いや、だがこの付近に飛竜などいない筈……)
そこで思考は中断を余儀なくされる。
上空を過ぎ去った飛竜から、黒の全身鎧が飛び降りたからだ。
「……貴様、どちらだ?」
金属音を伴って着地した奇怪な人物に言葉を投げかける。
その問いは、王国軍か皇国軍かという意を込めたもの。
「どちらでもありませんよ」
しかし眼前の人物は、そう答えた。
第三勢力。
相手の答えからそんな言葉を連想したレイリーは、妙な人物の出現に足を止めた味方と共に睨みつけた。
だが黒色の全身鎧を纏った人物は、剣呑な様子にも怯まない。
あらためて見るとその黒鎧は奇妙だった。
光沢はなく、まるで闇をそのまま纏ったかのように黒い。
片手に持つレイリーの身長に近い長さの大剣も同じ。
レイリーは女性としては高身長であるが故に、その人物は余計に奇怪だった。
「強いて言えば、貴方の敵です。我が主より止めるよう言われておりますので」
"敵"という言葉を聞いた瞬間、剣を構え駆け出した。
目前にいるのが誰だろうと、切り捨ててしまえば終わり。
そしてレイリーには、それが出来る自信があった。
「では殺されようと、文句はないなぁっ!!」
躊躇なく剣を振り下ろす。
全身鎧ごとその身体を斬り裂くつもりで。
だが。
「なっ……!?」
その美麗な相貌が驚愕に染まった。
両手で振り下ろした剣は、片手で構えた大剣によって止められた。
しかし『将軍』とは決してその程度で動きを止めていいものではない。
驚愕しながらも即座に身を翻し、距離を取った。
「貴様……人間ではないのか?」
若くして様々な経験を積んだレイリーの頭脳は、そう導き出した。
目の前の――男か女かも声がくぐもって判断できない――人物から感じる、妙な雰囲気。
人間とは思えない空気感。
尋常ではない膂力も、その思考を後押ししていた。
それに対して。
「ええ。『モンスター』ですから」
黒鎧の人物は、飄々とそう宣った。
皇国軍だけでなく王国兵も絶句する中、レイリーはその存在を注視する。
モンスターが持つ名前は表示されない。
しかしそれで「モンスターではない」と判断するほど、短慮でもなかった。
知恵を持つモンスターの中には、本来ある筈の『名前』を隠す者もいるからだ。
「……そうか。ならば殺すことに躊躇せずに済む!!」
その叫びは、悲鳴にも似ていた。
気付いたのは幸いこの場には一名しかいなかったが、レイリーの心中ははっきりと荒れていた。
目の前の存在がモンスターだとして。
それならばその『主』は、一体どんな人物なのか。
多くのモンスターが『テイム』されるにはいくつかの条件が存在する。
卵から生まれるような例外を除き、『主』がそのモンスターより強くなければ従わない、というのは有名な話だ。
そして先ほど飛竜が飛び去った方向は、皇国軍の総大将、アランがいる場所。
(不味い……)
【剣王】を足止めする筈のアラン。
そこに向かう目の前のモンスターの『主』。
嫌な予感が拭えない。
アランが倒されずとも、その『主』と戦い手間取れば、その間【剣王】は自由に動けることになる。
三人の将軍の中で【剣王】を止めうるのは【戦王】のみ。
(不味い……!!)
切り結びながら、焦燥が拭えない。
(あの将軍殿が負けるとは思えない。思えないが……!!)
【剣王】がダラド将軍と戦えば。
間違いなく、軍配は前者に上がる。
そうなれば、この戦争の目的の一つ、『世界樹の根』は手に入らない。
あれを入手出来るのは、特殊な能力持ちの彼だけだから。
そして何より、この場にいる軍の制圧が遅れるほどに、状況は悪化する。
王国には援軍があり、こちらには無いのだから。
焦るレイリーの目には、戦争の勝敗が視えていた。