五十五本目 【剣王】と【戦王】
「全軍、進め」
「進めぇぇぇえええええええええ!!」
『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
決壊は、唐突だった。
まだ昼にも届かない日中、進路を見据えていた戦王が指令を下したのだ。
短く叫びですらない声は、不思議と戦場によく響いた。
周囲に後押しの号令が伝播し、雄叫びが木霊する。
馬を駆る者、翼無き竜を駆る者、己が足で駆ける者。
方法は様々であれど、皇国軍は進軍を開始した。
対する王国は、焦燥があった。
ただでさえ戦力で劣っている状況で、皇国軍が踏み込んできたのだ。
その事実は焦りと恐怖を生んだ。
「てめぇらぁ!!ビビってんじゃねぇ!!」
剣王の怒号が轟いた。
この状況、恐れることは最早仕方がない。
だが。
「こっちは時間さえありゃあ戦力はまだ増える!!ビビる必要がどこにあるってんだ!?」
そうだ、その通りじゃないか、と。
王国の寄せ集めた兵士、そして転移門を使って呼び寄せた精鋭達は奮起した。
王国側の兵がこの戦場に、皇国軍から常人の目で見えない程度に距離を取って展開したのが約一時間前。
それから合流する冒険者達や、転移門を使いやってくる兵士達。
徐々に人数は増えている。
「分かったら覚悟決めやがれ!!さっさと行くぞてめぇらああああああああ!!」
『うおおおおおおおおおおおおおお!!』
その様子を、アランは静かに見守っていた。
今も馬と同等の速度で走りながら、その顔に疲労の色は一切ない。
(このままぶつかれば……十中八九、勝つのは皇国)
だが、と。
アランは思考の中で続けた。
(時間に余裕はない……何より目の前の軍を倒せば終わり、というわけでもない。……山や森を通れるならもっと話は楽だったんでしょうが……)
モンスターに襲われる可能性がある以上、大規模に山間を通るわけにもいかない。
元よりこんな開けた場所を戦場に選んだのも、モンスターを恐れての事だ。
これだけの人数であれば大抵のモンスターは近寄らないが、山中のような狭い範囲ならば話は別だ。
(相手もそれは同じ……横からの奇襲や待ち伏せは懸念してなくてもいいでしょう)
戦術を確認しつつ、相手の行動を予測する。
(王国の『飛竜部隊』も……問題ないですね。流石にここまで来るには時間がかかりますし。転移門もくぐれませんからね)
それならば、空からの奇襲を心配する必要も、まずないだろう。
(となればやはり正面衝突による時間稼ぎ……利用できる地形もない以上、懸念することは追加でやってくる兵と……【剣王】のみ。彼に関しては、倒せなかったとしてもわたくしが足止めすることは可能。その間に敵兵を殲滅することも……ダラド将軍と王女様なら問題なく出来るでしょうね。兵の数でも勝る以上、不確定要素は……)
やはり冒険者しかないか、とアランは思考を締めくくった。
「セレン、事前に伝えたように『冒険者』達には気をつけてください」
「はい?将軍はどうするんですか?」
「斬り込んできます」
「えっ!?ちょっと待って――」
副将の静止を聞かず、アランは皇国軍から飛び出した。
愛槍の『霊槍ミスティルティン』をインベントリから取り出す。
アランの髪と同じ純白の柄には蔓とヤドリギの装飾が施されている。
石突には紅緋の金属が埋め込まれ、刃は白銀の内側に紅が迸っている。
アランの身長を超すその長槍は、いわゆる十字槍と呼ばれる物だった。
「――はっ!!」
敵兵に向けて霊槍を振るう。
一振りで風が巻き起こり、十を超える兵が吹き飛ぶ――
――が、その槍はそこで止められた。
「……久しぶりだなオイ」
「また会いましたね」
【剣王】と【戦王】は、そこで再会を果たした。