五十三本目 勝敗のカギ
BFO発売当初、〈ヨルム〉内である事件が起きた。
それは一部の冒険者が徒党を組み、街中でNPC――『ヨルムの人々』――に危害を加えるというもの。
派遣された一人の兵士により冒険者達は捕らえられた。
国民に死傷者こそ出なかったが、一歩間違えれば被害はこの程度では済まなかっただろう。
故に、王国側は事態を重く見た。
≪創造神≫が関わっていたからこそ不干渉を貫いていたものの、このままでは不味いと、その頃になってようやく気付いたのである。
そして、王国は冒険者に関するいくつかの法律を作った。
それは三つの要点に集約される。
一つ、『王国』に迷惑をかけないこと。
当然ここで言う王国とは国民も含まれる。
二つ、王国は冒険者を擁護しない。
プレイヤー達の中にはこの項で反感を抱く者もいた。
しかし、『事件』の内容を知る者達が諫めることで事無きを得た。
三つ、国民も冒険者に危害を加えることを禁止する。
法律の内容が単純であり、難しいことでもなかったため、今のところ真っ向から反対する者は現れていない。
この法律により、PKと呼ばれる者たちは逆に増えた。
王国民にさえ手を出さなければ王国は関与しない、というのがこの法律の実情であるためだ。
故に。
冒険者が王国の手助けをしなければならない、などという義務もない。
そのことに、非常に頭を悩ませている人物がいた。
場所はリヴィア王国の王都ローゼルス。
その中央に位置する、白亜の巨城。
巨大な王都の中で最も巨大な王城の、その最上階。
国王の私室、兼執務室である。
「あのような法律を決めたのは、些か早計だったかもしれんな……」
『今更言っても仕方がないでしょう』
「その通りですぞ。今になって変更するわけにもいきますまい」
荘厳な雰囲気にある人影は、二つ。
しかし響く声は三つある。
その内の一つは、部屋に唯一ある机の上に置かれた、薄緑に染まった水晶から発されていた。
その水晶は豪奢な台座に据えられており、よく見れば薄緑の靄のようなものを内包している。
「それは理解している。理解しているが……まさか皇国がこのような強行に出るとは」
「あまりにも唐突……卑怯などとは申しませんが、確かに無理矢理に過ぎる。ルーンペストへの対処はどうするつもりなのでしょうな」
『帝国には六人の将軍がいます。今回の軍の規模を見るに、恐らく将の数は三。半分を守護にあてれば、戦争の間くらいならば問題ない、ということでしょう』
「……そもそもルーンペストが漁夫の利を狙う可能性もある、か。流石に皇国もそうなれば引くしかないだろうが……王国としては不味いな」
「はい。何より、軍を出してきた場所がマルトロスとは……蛇帝がいなくなったと思えば……あの街はつくづく運がない」
「水龍神が動く可能性は……いや、ないか」
『ないでしょう。あれの契約はそういうものではないですから』
「むしろ〔世界樹の根〕が野ざらしになっている今、動くとすれば蛇帝の方では?」
「確かにな……戦争に乱入でもされれば、お互いに全滅もあり得る……しかし王国側が帝国軍に割ける戦力は多くない……すまないな、カイル。また迷惑をかける……」
『ただの衛兵でよければ喜んで。ですが、正直に言ってしまえば今回の戦争、勝ち目は薄いでしょう。軍だけならば何とか出来る自信はありますがね』
「……そうだな。まさか【戦王】が出てくるとは思わなんだ。それほど『冒険者』の存在を重く見たということだろう」
「そして戦の勝敗を決めるのも……」
『冒険者、でしょうね』
リヴィア王国の王である男は、水晶から聞こえる声に重く頷いた。
彼は、皇国の意図、開戦の理由を正しく理解していた。
そして、『冒険者』の戦力を無いものと思えば、今回の戦が敗色濃厚であることも。
「せめて【魔導王】を戦力として数えられれば……というのは、望みすぎだろうか……」
『あれはある意味蛇帝と変わらんでしょう。戦争に関わるとは思えませんね』
「でしょうなぁ……となると最早『冒険者』に委ねるしかないですな」
「しかし……実際、どれだけ戦力になる?不死であるとはいえ、出現してからたった二か月。皇国に対する戦力として使えるとは思えんが……」
『一人、アテはあります。そいつが来てくれれば、戦力自体は五分五分、あるいは上回ることもできるでしょう』
「ほう?お主にそこまで言わせるとは、相当だな」
『ええ。ただ問題は……』
「……参戦してもらえるとは限らない、か」
「ある程度ならば物で釣れるかもしれませんが……そもそも『冒険者』は常にこの世界に存在しているわけではありませんからな。結局は、運の要素が強い……」
『【戦王】相手でも一対一なら互角以上にやりあえる自信はありますがね。流石に将軍三人とは御免ですよ?』
「分かっている。当然こちらでも戦力は工面するが……ううむ、ままならんものだ……」
「全くです」