五十二本目 世界の意思
そこは湖の街マルトロスの西側に位置する荒野。
草が生えない岩の大地。
見渡す限りに存在するのは、万の騎兵。
リヴィア王国が在る大陸には、三つの国が存在する。
一つ目、リヴィア王国。
奴隷制度は存在せず、他種族に対する差別意識も薄い。
掲げる国旗は『二本の剣』とその中央に位置する『太陽』。
二つ目、機械王国ルーンペスト。
その特殊な環境から、魔力を用いた機械の作成に唯一成功した国。
掲げる国旗は『竜』と『機械』を組み合わせたもの。
三つ目、ディノバルト皇国。
三国の中では最も巨大な国。
特徴を上げるとするならば……最も『軍』が強い事だろう。
掲げる国旗は『剣を持った人』と『馬』。
『騎兵』を意味するそれは、皇国の長所を如実に表している。
そしてこの場に存在する、騎兵たちが掲げるのは……『人』と『馬』の赤旗。
〈ヨルム〉において、赤旗とは即ち開戦の報せである。
五万にも届く騎兵の先頭には、翡翠の鎧を纏った壮年の騎士が立っていた。
そう、彼は馬に乗ってなどいない。
理由は……馬よりも彼が走るほうが、早いからである。
見れば周囲にも、何人か馬に乗らない者達がいた。
その様は異様ではあるが、決して不思議なことではない。
馬より速い、というのは〈ヨルム〉においては往々にしてあることだ。
そんな中の一人が、彼の元へ走り寄ってきた。
「アラン将軍殿!」
「レイリー将軍……伝令でもなく直接貴方が来るとは、何用ですか?」
アラン将軍と呼ばれた――翡翠の鎧を纏った――男は、一見すれば二十代後半にも見える。
しかしその実、彼が生きた年月は既に百年を超えている。
それは『レベルアップ』という事象が原因であった。
ステータスを強化する『レベルアップ』は、寿命すらも増やす。
生きた年月を示すかのように、彼の頭髪は白い。
銀髪でもない、雪のように純粋な白。
しかしその目は髪とは違い、金色に輝いていた。
「此度の戦……起こす意図が、私には理解出来ません……」
「そうですか。納得できない、の間違いではないのですね?」
「――ッ!」
図星である。
唇を噛み締めるのは、レイリー=ディノバルト。この戦場にいる三人の将軍の内の一人。
彼女は、強い正義感と実力を持った女騎士ならば誰でも憧れる様な人物であった。
齢三十にして将軍職に就いた、本物の天才。
しかし決して驕ることは無く、人柄も尊敬に値する。
故にこそ、唐突に仕掛けられた今回の戦は納得がいかなかった。
「……そうです。なぜこんな唐突に……王国とルーンペストが手を組むようなことがあっては不味いと、アラン殿も仰っていたではないですか」
「……そういえば、貴方は知らされていないんでしたね」
「知らされていない……何のことでしょうか」
首を傾げるレイリーの様子を見たアランは、瞳を細めた。
本人に威圧の意思は無いが、それだけで獅子の如く迫力がある。
その眼光に照らされたレイリーは息を詰まらせた。
然もありなん、同じ将軍であろうと、目の前の男と彼女では、圧倒的な格差が存在するのだから。
【戦王】アラン・グレイヴァル。
その名は皇国において、伝説にも数えられている。
「『冒険者』のことですよ」
困惑と驚愕。
彼女にとって『冒険者』とは、王国に出現した謎の人間達。
しかし謎は多くとも、戦争の理由になるとは思えなかった。
アランに怪訝な目を向けていると、彼は溜息を吐いた。
「……情報共有を進めておくべきでしたね……『冒険者』は、異界から現れた存在です」
「――」
二度目の驚愕。
謎が多いとは思っていたが、異界から現れたなど。
それを言ったのが彼でなければ、彼女も与太話だと思ったかもしれない。
しかし、目の前の男は、そういった冗談の類は好まない。
ただの噂で戦を起こすようなこともしないだろう。
「それだけでも警戒するには十分ですが……とんでもなく厄介な『特性』が、彼らにはある」
「特性……ですか?」
「『死んでも生き返る』、だそうです」
「――は?」
三度目の驚愕。
『死んでも生き返る』。
有り得ない。
そんなことが、在っていいはずがない。
「王国側も情報を隠してはいたようですが……『冒険者』達は隠す気も無かったようでした」
「そんな馬鹿な……」
「そう思うのも仕方がないとは思います。ですが、間違いなく事実です。私自身が確認してきましたから」
呆然とするレイリーの言葉も、あっさりと切り捨てられる。
将軍が敵国に潜伏するなど、普通ならばあり得ないが……彼ならば十分にあり得る。
しかし本当にそんな『特性』が本当にあるのならば。
確かにそれは、戦争を仕掛けるに足る。
通常、Lvを上げられる人間は限られている。
当然だ。『レベルアップ』は手段であって、目的ではない。
手段の為に死んでしまえば、元も子もない。
そしてその目的とは……強大なモンスター、または他国に勝つこと。
しかし……『冒険者』達は、死を恐れる必要もないというのか。
そんな者達が何千何万といれば、王国の戦力は計り知れない。
『レベルアップ』も容易に出来、更には不死。
数年後、数十年後のことを想像し、レイリーは身震いした。
「幸いなことに今はまだ王国に従属しているわけでもないようですが……おや?」
「……?どうしました?」
「いえ……」
アランは、王国方面の彼方を見つめ、呟いた。
「空気が……いえ、空間が……?」
◇◇◇
リヴィア王国・エイフォルト
「――ッ!」
それを、とある門番も感じ取っていた。
「なんだ……?何が起きて、いや何が起きる……?」
「どうしたんですか隊長?」
「いや……」
その瞬間。
唐突に。
――バリイィィィィン!!
何かが割れるような音が響いた。
それも、王国全土に。
『――』
衛兵も、商人も、冒険者も。
皆一様に、その音を聞いた。
◇◇◇
日本国内・高層ビル
多種多様なディスプレイ、操作盤が立ち並ぶ一室。
「班長!〈ヨルム〉内で広範囲にシステムによる物質消去が発生!!」
「何……?すぐに調べろ!!――あっ、天草副局長!」
「んー?どしたんやー?」
「ちょっと来てください!」
そこで唐突に。
コンピューターを操作していた一人の女性が息を呑んだ。
「これは……」
「おいっ、どうした!?」
「消去されたのは……《空間の壁》です!」
「何ッ!?」
「……何やて?」
白衣を来た女性は、何かを睨みつけるように瞳を差し向けた。
細い線で描かれた球体が映ったディスプレイへと。
「あんの馬鹿AI……やりよった」
しかし言葉とは裏腹に、その口元は愉快気に歪んでいた。