四十六本目 ニーズヘッグの真相
「よう、繁盛してるか」
「カイルか。繁盛してるか、じゃねェよ。見たら分かんだろ」
「がははは。それもそうだな」
人の少ない、というかいない店内に入ったカイルは、店主らしきスキンヘッドの男に声をかけた。
……一見すれば、酒瓶片手に飲んだくれている様にしか見えないが。
「――ん?てめぇが若いのを連れてるたぁ、珍しいこともありやがる。弟子か何かか?」
「違ぇよ」
おどけて笑う店主に、複雑そうな表情でカイルはそう返した。
カイルの力、加えて過去を知っている者であれば、リューセイを連れて歩いている光景を見ればそう思うのもおかしくない。
何せ、リューセイは未だ二十歳にも満たない年齢なのだから。
「……何だ?訳アリか?」
「ある意味、そんなとこだ。リューセイ、お前も黙ってねぇで名乗れよ」
「あはは、ごめんごめん」
店内を物珍しそうに眺めていたリューセイは、バツが悪そうに答えた。
「なんだ?そんなに酒場が珍しいか?」
「珍しいね。えーっと、とりあえず自己紹介からかな?名前はリューセイ。あ、あと冒険者だよ」
「……何?」
店主の男が訝し気な目でリューセイを見るのも、無理は無かった。
『冒険者』は〈ヨルム〉の住人にとって、あまり良い印象が無い。
彼は酒場の主人という立場上、あまり偏見を持たないようにしているのでその程度だったが、人物によっては忌避している者もいるだろう。
何より、カイルという人物が、冒険者を連れてこの酒場に訪れることが不思議に思えた。
「つっても、コイツはかなり珍しいタイプだぞ。変人と言ってもいい」
「酷いなぁ……あ、そういえばこの世界でお酒に関する法律ってあるの?」
「いや……特にねぇな。お前らの世界にはあんのか?」
「うん。僕の年じゃまだ飲めないかな」
「そうかい。じゃ、しっかり飲んでけや。おれぁスージー。よろしくな!!」
少々強面ではあるが、スージーは気性の良い人物であった。
先ほどまで見せていた猜疑心溢れる表情は既に消え失せ、リューセイに笑顔を向けていた。
四十代半ば、という外見がやや若く思えるほどに。
「こちらこそよろしくね。スージー」
「おうよ」
「そんじゃ何でもいいから食えるもんを頼む」
「バカ野郎、客に食えねぇもんは出さねぇよ」
そう言ってスージーはカウンターの奥に下がった。
「さて……それで、話したいことってのは?」
「ああ、うん。結構色々あるんだけど……」
「……そうかよ」
「まずは、ニーズヘッグのことからで」
「ほう?」
カイルが獰猛な笑みを見せた。
ニーズヘッグの事は、カイルも知っていた。
「マルトロスの先に進んだところに、出現してたのも知ってるかな?」
「おう。一時期騒がれてたが。関わんねぇって事になってたよな」
「えっ、そうなの?」
その情報はリューセイにとって初耳だった。
しかし、ニーズヘッグ自身は自分からマルトロスに来ようとしている訳ではないようだったので、それもありえるかと納得した。
「そりゃそうだろ。軍を差し向けたところでどうにも―――待て……お前、今何て言った?」
「…?『えっ、そうなの』?」
「そっちじゃねぇよ」
「『出現してたのも知ってるかな』?」
「それだよそれ!!」
カイルが目を見開いてリューセイに詰め寄る。
「『してた』って、どういうこった!?まさかぶっ倒したのか!?」
「あー、残念ながら、そこまでは出来てないよ。撃退だけ」
「はあぁぁぁ!?撃退って……はぁ」
大きな溜息を吐いた。
「お前……自分がやったことがどういうことか、分かってねぇみたいだな」
「……ダメだった?」
「いやダメじゃねぇけど」
「なら良いや」
「軽ッ!?お前マジで何も知らねぇな……仕方ねぇっちゃ仕方ねぇが」
「それでね、僕が聞きたいことなんだけど―――」
リューセイが聞きたいこと……それは、「アレが本当にニーズヘッグだったのか」ということだった。
理由は、〈ヨルム〉の世界の中で呼び名ほどに強いとは思えないから。
誰が聞いても「ふざけんな」と叫びたくなる理由だった。
実際、カイルは叫んだ。
「お前が撃退したヤツだが……ニーズヘッグには違いねぇ。だが、より正確に言うなら、ニーズヘッグの一部だ」
これには、リューセイも驚いた。
「いや……もっと言えば、分身だな。ニーズヘッグってのは、蛇の王―――百頭竜なんだよ」
落ち着きを取り戻したカイルは、ニーズヘッグに……いや、『最強種』について話し出した。