三十九本目 蛇帝の大翼
(魔法・・・)
驚愕に目を見開きながら、心中で呟いた。
どこか侮っていたのかもしれない。
ナイアードが魔法を使っていた。
なのにニーズヘッグは魔法を使わない、なんて楽観的すぎた。
今更後悔しても意味がない。
思考を邪魔するように人の頭ほどもある球体が飛来した。
光り輝くそれは、一つ一つが凄まじい魔力の塊。
視認することも難しいほどの速度。
射線を予測して避けるしかない。
一発、また一発と真っ白な光の弾丸が迫る。
そのどれもが地面を抉り、爆ぜる。
光弾そのものを避けても着弾点から岩石が撒き散らされる。
しゃがみ、跳躍し、切り捨てる。
(ははっ・・・滅茶苦茶だな)
今の僕はきっと満面の笑みをしているに違いない。
楽しい。ギリギリの状況が。限界まで集中しないと死ぬ、そんな現状が。
一秒に数発。
十秒ほどで全ての光弾が撃ち出された。
「ふぅ・・・終わりかい?」
一息おいて、軽い挑発を口にする。
数十の光弾を全て躱し切った。
しかし、それは第一陣に過ぎず。
『グロアアアッ!!』
(魔法陣・・・!?)
蛇帝の声。
それと同時に、ニーズヘッグの周囲に青い魔法陣が展開される。
その数、数百。
宙に浮かんだ魔法陣が光り輝き、消える。
後には先ほどと同じ光弾が、数倍以上の数残されていた。
(さっきのもああやって発動してたのか・・・)
頬が引き攣る。
それもしょうがないと思う。
あの数は流石に厳しい。
「けど・・・やりようが無いわけじゃない」
鞘に収めた黒妖を構える。
抜刀の構え。
「――フッ!!」
短く息を吐き、一閃。
魔力を伴って振られた刀は、空を切る。
刀の軌跡から、白い光が生まれる。
それは斬撃の形を為し。
空を切り裂き、飛翔する。
《空斬り》と似た、しかし全く性能の違うスキル。
【撃龍閃】。
元の斬撃の強さで威力も速度も変わる。
飛ぶ斬撃が宙に浮かぶ光弾を捉える。
斬られた光弾が爆ぜる。
しかし、それは全体から見ればたったの数個。
光弾が飛ぶ。
迫るそれを【撃龍閃】で打ち消す。
一度で数個を切り裂く。
右袈裟斬り、逆胴斬り、斬り方なんて何でもいい。
跳躍、転がり、避けて、斬る。
ひたすらに。
一心に。
全ての攻撃を。
当たらないように。
躱し斬る。
弾け飛ぶ石礫を無視して光弾だけを対処する。
多少の傷は回復魔法で癒す。
「はぁ・・・多いなぁ」
全ての光弾を対処し終えた時、蛇帝の表情に苛立ちと焦りが見えた。
どうやら全て当たらないのは予想外だったらしい。
まぁそれも当然か・・・あの量だからね。
『オアアアアアアアア!!!』
威嚇の咆哮。
次にニーズヘッグがとった行動は、埋まっている自身の体を掘り起こすこと。
水に入った犬がブルブルと身体を震わせて水を飛ばすように。
蛇帝の身動き一つで地面が割れ。
膨大な量の土砂が跳ね、爆ぜるように大地が弾けた。
現れたのは数百メートルはある途轍もなく巨大な体躯。
その姿は生物とは思えないほどに壮大で、どこまでも神々しかった。
正しく神話の怪物。
大凡生物としてはあり得ないはずの巨大さ。
首や顔から想像は出来た。
けれど実際に見れば嫌でも理解してしまう。
相手がどれほどの存在であるか。
雄大で、偉大。
思わずゾクゾクと心が震えるのを感じた。
楽しい。面白い。喜ばしい。
どんな言葉でも表せないような、そんな高揚感。
―――ああ、素晴らしい。本当に、ただただ――――
「――最高だよ、ニーズヘッグ」
『グオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!!』
再びの咆哮。
世界そのものを震撼させるような、脳に響き、鼓膜を破る咆哮。
耳の痛みに平常な思考が戻る。
回復魔法で耳を治しながら、冷静に相手を観察する。
すると本来蛇にはないものが目についた。
蛇帝の長大な身体、その中程から生えるそれはドラゴンにあるはずのもの。
畳まれてはいるけれど、それは間違いなく翼だ。
(あの大きさが・・・飛ぶの・・・?いやでも、あの筋力で魔法を使ったならもしかして・・・)
僕が考えを実証するように、ニーズヘッグが巨大な翼を開いた。
天を覆う巨大な翼。
深い海のような蒼い鱗。
濃淡がくっきりと分かれた模様のある飛膜。
(やっぱとんでもなく大きいな・・・あれ)
分析する暇もなく、蛇帝の翼が動いた。
軽く羽ばたいた程度だろう。
けれどその真下に巻き起こるのは暴風、竜巻。土砂が風で巻き上げられ、荒れ狂う。
腕で目をかばいながらもニーズヘッグから視線を外さない。
一挙一動も見逃さないよう凝視していると、翼がさらに大きく動いた。
上下する翼が、膨大な質量を持ち上げる。
次第にニーズヘッグの身体が地面から離れ、ついには完全に空中に浮いた。
(やっぱり・・・魔法も併用してるな。あの巨体を浮かべるって・・・どれだけの魔力なんだか)
最強種は伊達じゃない。
相手の手の内はまだほとんど晒されていないだろう。
あまり下手には動けない・・・
ニーズヘッグの身体が天空に浮き上がり、上空へと飛んだ。
辺り一帯が陰り、日が隠される。
「いよいよ本番、ってとこかな?」
呟き、構える。
どんな攻撃が来るかと待ち構えた。
次に起きた事に、唖然とした。
突如ニーズヘッグの左右に紅い魔法陣が浮かんだ。
直径百メートル近い、巨大な魔法陣が。