ユズリハ、鳳雛を拾う
ガランッカランカラン……ン
bar『FireWheel』にて鳴るべきもない騒がしいドアチャイムの音に、カウンターにてグラスを磨いていた店主は愁眉をしかめた。
当然、来客などではない。まだbarは開店準備中なのである。
――ユズリハさん……
溜息を飲みこみ、弟子の名を呼ぶ。
が、
「きゃ―――っ!! マスター、マスター、見てください!」
弟子は師匠の怒りに気付くことなく、興奮状態で何かを手の中に抱きカウンターへ駆け寄る。
「見てください、マスター。かぁわいい~。灰色で毛がもっこもこのネズミですよ。うわぁ、尻尾ふわっふわぁ、毛並みつやんつやぁん」
相変わらず中々直らない弟子の舌足らずな口調に、玉藻は幽かな頭痛を覚えた。そして、眉間の皺を一層深くし、可愛い可愛いと半狂乱にこねくり回されている哀れな生物に視線を向ける。
――おや、珍しい。
グラスを磨く手が止まる。
――それは鳳凰の雛ですね。
「えっ!? ホウオウ?? 何処です何処です」
――そこにです。
「え~、何処ですかマスター!? もったいつけずに教えて下さい」
ぎゅっと握り締められ、掌の中の灰色の獣は『ヒィキッ』と悲壮な鳴声をあげた。
――ですから、先程からあなたが手の中でこねくり回しているそれがそうですよ。
「え――――――!!?」
衝撃の事実に握る手に力が更に籠もり、哀れ鳳雛は悲痛な鳴声をあげた。かと思うと、『ヂッ』と短い奇声を発し鋭い前歯をユズリハの指に突き立てる。
「イッ、イタァ!」
そのあまりの痛さに、ユズリハは手の中の物を思わず放り投げた。
放り投げられた鳳雛は、ネズミ然とした姿からは想像もできない身軽さでカウンターに着地すると、小さな四脚で全力疾走し、玉藻の腕から肩、頭へと駆け上がる。
「いたぁ……」
ぷっくり浮いた血の玉を見つめ、師匠の頭上へ恨みがましい視線を向ける。が、その灰色の獣は後ろ脚で立ち上がり白い腹毛を見せ、得意げに髭をひくつかせている。
――まったく……。
玉藻は絆創膏を差し出す。
それを受けとったユズリハは、傷口に貼り礼を言うべく顔をあげる。
――ところでユズリハさん。
「は、はい」
にっこり綺麗に、微笑む師匠。
――入口の清掃はどうしました。