047話 修羅場
ダメだ、いくら思い返しても楓の記憶がない。
もともと俺が通っていた小学校、中学校、高校を振り返っても思い当たる節が無い。
恐らくこの世界で過去に純一と交流があったのだろう。
しかし、今の状態では話が全く見えない。さて、どうしたものか……。
「あー、完結にまとめると。今俺が負けたから俺達は付き合うと?」
楓は顔も耳も赤くしながらコクコクとうなずく。
さっきまで戦闘狂と思うくらい傘をぶん回していたのに、なにこの二重人格は?
「か、かおるさーーん!」
少し離れたところで雑誌を見ている薫。
俺は楓の手を取り薫の方に歩いて行く。
「えっと、薫。この子は楓って言うらしいんだが、知ってるか?」
ダメもとで薫にこの子の事を聞いてみる。
「えっと、少し話がややこしくなりそうなんだけど……。知っているか、知らないかの二択であれば知っているわね」
え? 知ってるのか! さすが薫さん! 頼りになるぅ!
「で? 結局どうなったの? やっぱり負けたの? 負けんたんでしょ?」
薫から黒のオーラが見えるかと思うくらい俺を睨みつけている。
お、俺が何をしたんだ? それにそのオーラ出すのやめてくんない?
「そ、そうだな。さっきの流れからだと、俺が負けたっぽいな。でだ。どうやら俺はこの子と清い交際をするらしいんだ」
そもそも俺はそんなに強くない! あんなもん振り回されたら腰だってひけるわ!
しかも女の子にされたら動揺するだろ!
薫の表情が変わる。さっきまで黒のオーラが噴出していたのに、急に真面目な顔つきになる。
「はぁ……。あんた名前は?」
「わ、私は『牧原 楓』。純一先輩の後輩です! あ、でも今日から先輩の彼女ですかね?」
――メキメキメキッ
薫の右手に握られたスチールの空き缶がこれでもかとい位つぶされている。
おぉぅ、握力凄いな。
そして、つぶされた缶が俺の腹をめがけ、高速で飛んでくる。
避ける間もなく、俺の鳩尾に綺麗に入る。
おぉぉ、この近距離で……。俺は思わず片膝をついてしまう。
「せ、先輩! 大丈夫ですか! ちょっと、なんでいきなり投げつけるんですか! ひどいじゃないですか!」
い、いや楓だっていきなり襲ってきたじゃないか!
俺はぐぅと発言もできないまま、まだ痛みに苦しんでいる。
「楓ちゃん。ちょっと話があるの。少しだけこの後時間貰ってもいいかしら?」
薫の顔は若干ひきつっているが冷静に話をするようだ。
作り笑顔が痛々しいぜ! 俺は本気で鳩尾が痛いがな!
「時間ですか? いいですよ」
薫と話をしていると楓は俺の腕を取り、腕を絡ませてくる。
腕にはフニッとした感触が若干伝わってくる。
な、なかなかいいものをお持ちですね!
「えっと、楓ちゃん。純一が困っているわよ? 少し離れたら?」
「断ります。先輩、この方はどういったご関係ですか? 付き人ですか?」
――プチン
あ、何かが切れた音が聞こえた気がする。ちょっとだけ嫌な予感がするぜ!
「純一! 何座っているの! 早く行くわよ!」
「って、俺が苦しんでいるのもお前が投げつけた缶が……」
俺が話している途中に薫が俺の腕を取り、引っ張り上げる。
「ほら、これでいいでしょ。行くわよ。あと、楓ちゃんは純一から少し離れなさい」
楓は渋々絡めていた腕をほどき、俺の手を握る。左手に楓、右手に薫。両手に華とはこのことか。
俺が二人に引きずられながら、ドンドン道を進んでいく。えっとお二人さん、俺まだ若干呼吸困難なんですが……。
そして、行く予定だったデパートを横目に、さらに進んでいく。
行きついたのはさっきまでいた喫茶店。
そしてこの時間でも店内はカコーンとしている。
「マスター、いつもの三人分で。奥の席使うわね」
それだけを言うと薫は奥の席へ一人で進んで行ってしまった。
俺の目の前には薫と楓が隣り合って座っている
互いに視線を合わせ、中央で火花が見えそうな感じだ。
これって、属に言う修羅場ってやつですか?
俺は内心ドキドキしながらコーヒーを飲む。
さて、場は整った。どう切り出すか……。
「純一。私の知っている事は、純一がこの子と何度か対戦して、全勝している事。でも、この子と交わした約束の事は知らないわ。私も詳しくは聞いていないのよ。で、楓ちゃんと純一はどうなの?」
そう話す薫に黒のオーラは宿っていない。どちらかというとあきらめ顔のような感じだ。
楓は少しモジモジしながら、俺の目を見て話し始める。
「楓は先輩にお近づきになりたい一心で、何度も対戦を申し込みました。でも全敗でした……。そ、それに私みたいに先輩に対戦しかり、交際を申し込む女の子はたくさんいましたよ」
ほぅ。俺は俺の知らないところでモテまくり―のだったのか。
でも、母さんの話だと婚約者とか恋人はいないはず。
「で、純一。これからどうするの? 本気でこの子と付き合うの?」
そう話す薫の瞳には若干涙が見える。お前ってそんなキャラだったのか?
いつもの強気なあの薫はどこに行ったんだ!
「で、でも先輩は私以外全員断っていたと思いますよ。相手にしてくれたのは私くらいだし……」
おかしい。この世界の俺が、なぜこの子だけかまっていた?
恐らく他にもいただろう。何か、この子にこだわった何か条件があるはずだ。
「楓には申し訳ないが、俺はちょっと事情があって過去の記憶が無いんだ。申し訳ないが、約束はなかったこと……」
そこまで話すと楓の目から大粒の涙が零れ落ち、テーブルに涙の痕が付き始める。
「せ、先輩……。それは本当ですか? 先輩との、楓とのあんな事やこんな事の思い出も思い出せないのですか?」
そう話した途端、再び薫から黒のオーラが出始める。
か、楓さん! その思い出ってどんなことなのかしら!





