039話 電車で密着
目の前には腕を組んでこっちを見ている薫。
ここには俺と薫の二人しかいない。
さっきの出来事の事実を知っているのは俺だけだ。
もし、ここで本当の事を言ったら薫は取り乱すだろうか?
恐らく取り乱すだろう。
よし、見なかった事にしよう。
うん、それがいい。
ここで引き返すのも大変だし、帰ってきたらちゃんと話せばわかるよね?
「ああ、見てしまったが、それが何か?」
薫の表情が、変わっていく。
頬が赤くなり、耳まで赤くなる。
そして、そのまま何も言うことなく再び歩き始めた。
何だったんだ? 何か言えばいいのに。
それとも、俺は何か感さわる事でも言ってしまったのか?
「言いたいことがあるなら言えよ」
「な、何もないわよ! あんたが先に歩かないからでしょ!」
い、言いがかりだ。薫がどんどん先に歩いて行ったじゃないか……。
「わ、悪かったな。じゃぁ、俺と並んで歩けばいいじゃないか」
「あ、あんたが並んで歩きたいならそれでいいわよ。わ、私は頼んでないからね!」
俺は薫の隣まで早歩きし、並んで歩く。
俺より少し背の低い薫。風が吹くたびび俺に髪が当たってくる。
そしてスカートがふわふわする。
薫はノー下着を認識しているのか? いないのか?
物凄く気になる。が、聞けない……。
「少し離れなさいよ」
「何でだよ。別に隣でもいいだろ?」
「さっきから私の髪が当たってるのよ」
そんな事を気にするのか?
「髪か? 俺は気にしないけど、薫は気にするのか?」
「嫌じゃないの?」
「別に」
「だったらいいわよ」
薫はそのまま下を向いて歩いている。
少し元気がないのかな? 俺はそっと薫の手を取り、繋いでみる。
「何しているの?」
「ん? 手を繋いでいる」
「ここでは別にしなくていいわよ」
「なんで?」
「繋ぐ必要あるかしら?」
「俺が繋ぎたいと思った。それが理由じゃだめか?」
「勝手にしなさい」
ホームに着き、電車を待つ。
会話もなく、電車を二人で待つ。さっきから隣の女性がこっちを見ている。
いったい彼女は何を考えているのだろうか? ずっとこっちを見ている。
電車を待つこと数分、さっきよりホームに人が増えた。
というより、俺達の後ろに並んでいる人が増えている。
他の出入り口はがらーんとしている。
おーい、他が空いているんだ。ここに並ぶなよ。
アナウンスが流れる。そろそろ電車が来るかな?
「電車に乗るの初めてよね?」
「いや、何度も乗っているが」
「えっと、言い方が悪かったわね。こっちじゃ初めてよね?」
「そうだな、ここじゃ初めてだな」
「じゃぁ、初めに言っておくわね」
「何を?」
薫は真剣な眼差しで俺を見ている。
何か重要な事なのだろうか?
「電車に乗ったら絶対に私から離れない事。そして、私の後ろに立って。絶対よ」
「ああ、わかった」
ホームに電車が入ってくる。思ったより混んでいるな。
扉が開き、俺と薫は車内に入る。
さっき薫に言われた通り、俺は薫の後ろにぴったりとくっつく。
壁を背にしており、ちょっと窮屈だ。
さっきまで俺の後ろに並んでいた女性たちも電車に入ってくる。
な、何だこの人の量は。他の車両からもこの車両に移動してくる人がいる。
あっちに女性。こっち女性。そっちも女性。女性ばかり。
男は俺一人か? か、肩身が狭いな……。
「なぁ、普段もこんなに混んでいるのか?」
「いいえ、あんたのせいよ」
おっふ。俺のせいですか?
「車両を移動しようか?」
「意味ないわね、移動先が混んで終わりよ」
薫と話をしていると、ドンドン人が集まってくる。
き、きつい……。押しつぶされそうだ。
俺の目の前の薫は他の女性陣に押されまくっている。
その結果、俺の目の前の薫はさらに俺に密着している。
あ、薫のお尻部分に俺のマグナムが密着する。
ま、まずい。それ以上押さないで……。
「か、薫大丈夫か?」
「ちょっときついわね」
あ、誰だ! 俺のお腹触ったの!
周りの女性たちを見渡すと、全員俺を見ている。
こ、怖い。思ってた状況とちょっと違うな。
狼の群れに入った子羊状態だ。
あ、今度はふともも触られた!
「か、薫。さっきから誰かに触られている気がするんだが……」
「やっぱりこうなったわね」
揺れる電車。俺の周りだけ人口密度が異常だ。
あ、暑苦しい。ふと、薫の首に目をやると、うっすらと汗をかいている。
こんな状況だ、当たり前か……。
「ん……、お、押さないで……」
薫も女性たちに押されているようだ。ちょっと苦しそうだな。
よし、俺は男だ助けてやろう!
「薫、ちょっといいか」
俺は無理やり薫と位置を交換する。
薫は壁と俺にはさまれ、お互いに向き合った状態になってしまった。
しかも、お互いに足を交差させ、俺の太ももが薫の股の間に入っている。
ぬぉぉぉ、押される! この人数に押されると、さすがに俺も耐えられない。
どんどん薫と密着してしまう。助けるはずだったのに、逆に窮屈にさせてしまったかも。
「ちょ、そんなところに足入れないでよ……。んっ……、だめ……」
薫の息遣いが荒くなり、顔が赤くなってくる。
わざとじゃないよ! って、誰だ! 俺のケツ触ってくるの!
あふ……、ふ、ふともも触らないで!
ちょ! まて、おまいら! おちつけ!
なんだかあっちからも、こっちからも触られている。
やめてー、たーすーけーてー。
「んっ……、そ、その足、な、んとか、んっ……、し、なさい、よ……」
必死に声を殺して俺に訴えかけてくる薫。
俺も何とかしたいが、正直動け無くなってしまった。
ちょっとまずいね。 さわられっ放題だ。
俺はともかく、薫を何とかしてやらなければ……。
「薫……、大丈夫か?」
「わ、私は、ん……、だい、じょうぶ……よ」
明らかに大丈夫じゃない。
ここはマッスルパワー! 両手で壁に手を付き、全力で薫から離れようとする。
ぬぉぉぉぉ!
なんとか上半身は数センチだけ離れたが、交差した足は何ともならない。
薫は俺の足を両足でがっちりとはさんでしまっている。
か、薫さん! 離して!
んっ、誰だ! 俺の耳に息をかけてきたのは!
感じるじゃないか! もっとしてくれ!
って、違う! どうせやるなら、もっとしっかりとしてくれ!
いやいや、違うだろ、俺。何を考えている。
電車に揺られること数分、俺と薫は密着したままだ。
ち、力尽きそう……。たった二駅なのに、ものすごい時間が経過している気がする。
「ん……、そ、そろそろ、駅よ。何とかして、出るわよ」
「ああ、その時は一緒にいこう」
「当たり前でしょ? 一緒にいくわよ」
ああ、一緒にいこう。二人で……。
電車がホームに入る。この状況もこの駅で終わりだ。
助かった! のか?





