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第7話

 

 王子の世話役についてもう少しで二週間が経とうとした頃合い、面会という形ではセントクルス城へ訪れたその人物を見て、ルイードの頰は自然と緩んでいた。


「上手くやっているようで何よりだ」


 開講一番、そう言っては薄い笑みを浮かべるその人物とはルイードのよく知る人物である。

 

「お久しぶりです、ルチェットさん!」


 王国憲兵であるルチェットに妙な親しみを覚えていたルイードとは、素直にルチェットが会いに来てくれた事を喜んでいた。


 声を弾ませるルイードを微笑み見て、「相変わらずだな」とは朗らかかなそうには呟いた。


 セントクルス城に突然やってきたルチェットとはいつも王国憲兵の制服を身に纏っておらず、レースを基調とした城シャツに、黒いロングスカートにベージュ色の皮ブーツ、客観的に見てラフな姿格好をしていた。


「非番なんだ」


 ルイードの疑問に満ちた視線に気づいてか、ルチェットはそう言った。


 次にルチェットは目線をルイードの全身を下から上へ流すように見て、


「中々似合ってるじゃないか?」


 と、茶化しては言った。


 そう言ったルチェットの目に、以前のボロボロな衣服を着たルイードはいない。今ルチェットの目に映るルイードとは皺一つないメイド服に袖を通した、麗しき乙女のそれである。


「しかも化粧なんかして色気付きやがって」


「こ、これは違うんです!」


 慌てて否定するルイードを見て、ルチェットは一層可笑しそうに笑った。


「ははは、冗談だよ。わかっている、どうせラッカルにあれこれ言われているのだろう?あれは身なりに五月蝿いからなぁ」


「は、はぁ…」


 ルイードはホッと息を吐いて頰を膨らませた。分かっているならわざわざ言わないでほしい…そんな意味合いを込めてである。






「ところでルイード、これから一緒に街へ出ないか?」


「へっ?」


 ルイードの声が裏返っていた。ルチェットの突然の提案に意表を突かれていたのである。


「私が街に、ですか?」


「そうだ、ここに来て満足に休みも取っていないのだろう?」


「そういえば…そうかもしれません」


 ここ最近は休日なんて言葉も忘れて働き詰めだったルイード。ルチェットに言われてようやく、ルイードは休日なる概念に気づかされていたのだった。


「街ですか、いいですね」


 ルイードの脳内に活気に満ちたセントクルス王国の街並みは連想される。ただ連想はできるが、実際のところどのような街並みをしているのかあまりよく分かってはいなかった。


 というのはルイードとはこのセントクルス王国に来て直ぐに牢屋に入れられており、街中に入ったことはなかった。噂で聞いた限りではかなり活気に満ちていて、他の国ではまず拝めない珍しい品物を置いた商店やら、見ただけでよだれを誘う郷土料理が並んでいるとかいないとか。


「行ってみたいなぁ」

 

 ルイードは自然と呟いて、ただその直ぐ後にも、セントクルス城を流し見ては、頭をブンブンと振って現実へと戻る。


「でも、そんなの無理でしょう。私には仕事が山程ありますし、今日も王子の世話役としての勤めが、」


「いい、気にするな。私から言っとく。今日だけはルイードを借りると」


「ルチェットさんが、ですか?」


「そうだ。何だ、嫌なのか?」


「いえ、嫌とかそういうことじゃなくて…そんな事本当に、可能なのでしょうか?」


 ルイードがそう疑問に思うのも無理はなかった。何せ此度の件に於いて、仮にもルイードは罪人という扱いでは王子の世話役を任されている。飽くまでも罪人、その真意を知っているルイードではなかったが、そのことを知っているこのセントクルス城でも僅かな人達だけであるラッカルは語っていたのだ。


 であるならばだ、セントクルス王国の、それもセントクルス城の主である国王直々の命令を放棄して休みを頂くということ事態、あり得ないような気がしていたルイード。しかもだ、一介の王国憲兵であるルチェットにそのような権限があるのかと疑わしくもある。


 普通に考えたらあり得ない事態、そう、#普通__・__#に考えたとするならばーー






「左様ですか。ええ、でしたら構いませんことよ。王様には私から伝えておきますので、今日だけはどうぞごゆっくりして来なさいな」


 驚いた。ルイードは驚いて、ラッカルの今言った言葉の一字一句の思い返していた。そうして何度思い返しても、ラッカルの言葉を未だ鵜呑みにできずにいるルイードであった。


 半ば諦め気味で進言した休暇申請を、ラッカルは快く受け入れてくれた。


「ラッカル、悪いな」


 ルイードの傍に立つルチェットは言って、ラッカルはルチェットを見ては優しく微笑んだ。


「よろしいのです。そもそも、ルイードにこれまで休日を与えなかったコチラに落ち度はあります。ごめんなさいねぇ、ルイード」


 ラッカルの瞳がルイードへと移る。以前としてキョトンしたルイードの目に、ラッカルの微笑みが映る。そんなラッカルの微笑みが嘘ではないと語っていて、ルイードの口角は上がった。


「有難う御座いますラッカル様!」


「ええ、ええ、いいのですよルイード。貴女も最早このセントクルス城の一員です。あまり遠慮せずに、今日は思う存分楽しんでらっしゃい」


「はい!」


 ルイードは意気揚々と答えて、嬉しさのあまりだらけきった表情を浮かべていた。ルイードの頭の中はまだ見ぬセントクルス王国の街並みで一杯だった。


 そんなルイードを覗き見て、ルチェットとラッカルが一層可笑しそうに笑う。


「ただルイード、王子には貴女の口から直接言っておきなさいな?貴女が突然いなくなったら、王子も慌てふためくでしょうし」


 ラッカルはルイードの背を押して言って、ルイードは頷くと、軽やかなステップを刻んでは王子の部屋へと向かっていった。






「どうやらあいつで正解だったようだな」


 ルイードの姿が見えなくなって、不意にルチェットは呟いた。そんな呟きに対して、「ええ」とはラッカル、


「初めはどうなることかと思いましたが、あんな王子を見てしまっては最早言うことはありません」


 そう言って、涙目を浮かべていた。

 それはラッカルの本意で、ラッカルとは心の底からルイードに感謝しているようである。


「はは、何も泣く事はないだろうラッカル?」


 ルチェットはラッカルの背を摩ると、ポケットからハンカチを取り出しては手渡した。ラッカルは小さく会釈して、ハンカチを受け取る。


「そんなに上手くいっているのか?」


「ええ、それはもう…ルチェット様にも今の王子の姿を見せてあげたいものです。ルイードルイードと、以前の無邪気な王子のようには呼ぶのです。まるで本当の兄妹のようで…」


「そうか、兄妹か…」


 途端に、ルチェットの表情に影がさした。そうして目線を上へ、過去を思い返すようなは瞳を明後日へと向けていた。


「…まだ、駄目なのでしょうか、ルチェット様?」


 そんなルチェットを見て、ラッカルは呟きかけた。ラッカルの脳裏にもまた、過去の情景が思い返す。それは2年前の、懐かしき思い出の光景。今では見れなくなった、懐かしき記憶である。


 ラッカルの記憶の中で、二人の仲慎ましい兄妹が、ニコニコと笑顔を浮かべているのだった。


「…すまないな、ラッカル。どうもあいつの顔が、今も直視できないみたいなんだ。それはあいつも同じであろう」


 ルチェットは乾いた笑い声を出して、踵を翻した。それがルチェットの答えであるとラッカルは悟り、ただ何も言わず、遠ざかっていくルチェットの背を無言で見送った。


「私はいつ迄待っていますよ、ルチェット様…」


 そう呟く頃、ラッカルの視界には既にルチェットはいなかった。



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