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第6話


 白い絹のような滑らかそうな肌に、銀色の宝石みたいな瞳、そして女性のような小顔と艶やかな唇を閉じた一人の少年ーーーハリス=セントクルス王子はルイードを見つめ、首を傾げた。


「どうした?俺の顔に何かついておるのか?」


 王子はそう尋ねて、ルイードは次の瞬間にもハッと我に返った。そうして火照った顔をブンブンと激しく左右に振っては、気を持ち直した。


 いけない、まさか見惚れてしまうとはーーールイードは高鳴る心臓を手で押さえつけるように、高ぶる気持ちを鎮めるよう努力した。


「さ、ささ、王子!昼食を!冷めてしまいます!」


「冷める?サンドイッチは最初から冷めている、そういう食べ物であるぞ?」


「あ、すみません…」


 空回りするルイードに王子は失笑を浮かべて、


「何を動転しており。さてはお前、ラブテスカスの花に心を奪われておるな?」


 まぁ分からなくもないが、と王子は続けて、ルイードの手を掴んだ。


「では昼食を頂くとしよう!」


「は、はいーー」


 ルイードは声を裏返して応えて、精一杯の正常心を持つよう努める。


 近くのベンチに座り、ルイードと王子はサンドイッチを手にとった。先に口をつけたのは王子の方で、ルイードはただモジモジとサンドイッチを美味しそうには頬張る王子を見つめていた。


「うむ、中々だ」


 王子は満足そうには呟いて、次のサンドイッチへと手を伸ばした。いつもの王子とは違い、食欲は旺盛なようである。


「こういう飯は久しぶりだ…悪くないな」


「そう、ですか」


 依然として曖昧な返事をするルイードを疑問に思ったのか、王子はルイードの顔を覗き込んだ。


「先程から様子が変だぞ?」


「へ?」


「心ここに在らずといった様子、気分でも優れぬのか?」


「いえ、そうじゃなくて…」


「?」


「王子の素顔を始めて見たものでして…その、少しだけ戸惑っています」


 ルイードは今の気持ちを素直に白状した。白状して、王子の顔を直視できない自分にひどく苛立ちを覚えていた。


 一体全体私はどうしてしまったというのだ!?


 王子に見つめられるとどうも調子が狂うーーー鼓動が早くなり、全身が妙に熱い。ルイードは未だ味わったことのない不思議な感情に支配されていたのだった。


「そ、そうか…そうだったな」


 王子はバツの悪そうな顔を作っては頭を掻いた。


「どうも、仮面に慣れてしまって…その、この仮面をつけていると、安心するんだ」


 そう言いながら、仮面を手にとってはマジマジと見つめ、


「これは今の俺そのもの、この仮面を被っている時だけ俺は自分を偽ることができる。この仮面を被っている時だけ、俺は王子として振舞わなくて済む…そんな気がするのだ」


 それは王子の告白。自身の王子としての在り方に疑問を抱いているという、正直な気持ちであった。


 ルイードは王子のそんな唐突な告白に驚いて、王子の何とも表現し難い横顔を覗いた。その時見た横顔は今にも泣き出してしまいそうには儚く映り、尚の事をルイードの胸をきつく締め付けていた。また、こう思っていた。


 抱きしめてあげたいーー


 ただ実際に抱きしめるわけもなく、言わばこれは一瞬の気の迷いであるとは邪念を振り払い、ルイードは王子の横顔に向かって口を開いた。


「その、私は王子の世話役について間も無く、王子の事も深く理解しているわけではございませんが…王子である事が辛いなら、別に仮面に取る必要はないと思いますよ?」


 ルイードもまた素直な気持ちを王子にぶつけた。特に考えたわけでもなく、それはルイードの本心である。辛いのなら無理する必要はないのではないか、例えそれがとある国の王子様であっても関係ないのでは、という、何とも投げやりな発言。無責任な発言である。


 聞く人が聞けば、「知った風な口を聞くな」と怒りを浮かべてしまいそうなルイードの発言にも、王子は意外な反応を見せていた。


 キョトンとしていて、目を大きく見開いて、ただルイードの発言に意表を突かれたとはいいたげな、そんな顔色を浮かべる。


「…そんな事を言われたのは初めてだ…つまり、お前は、俺に王子である必要はないと、そう言いたいのだな?」


「え?」


「違うのか?」


「い、いや…そこまで言ったつもりはないのですが、ただ…」


「?」


「仮面をつけていようがいまいが、私にとっては王子は王子なので…特に問題はないかと、そういう意味です。だから別に王子が仮面を取りたくないというならそのままでいいと、私は思います。多分、お城の皆様もそう思っていると思いますけど」


 と、ルイードはそう言って、くるりと背後の、遠く物陰と目配せした。王子もそれに続いて、二人の視線先に物陰からはみ出したセントクルス城の者達の慌てふためく表情が映る。


「あ、あいつらいつの間に!?さ、さてはお前…初めからあいつらとグルだったのだな!?」


「黙っていてすいません…ですが、彼らの気持ちも知っておいてほしいと、そう思ったので…王子、皆はあなた様の事が大好きなのです。その事はちゃんと理解しておいてほしかったのです」


「……はぁ、全く…」


 申し訳なさそうには謝罪するルイードを呆れた瞳を見せて、王子は再び仮面をつけ直した。仮面を装着した王子を眼前に、ルイードは少しだけ残念に思っていた。


 仮面をつけてもいいのではとは言ってしまったけれど、やはりつけてない方が素敵なのになぁーーー


「やはり、こっちの方が落ち着く。今しばらくはまだ、このままでいこうと思う」


 王子は呟いた。そしてベンチから立ち上がっては、一人ツカツカとは庭園を後にしようとした。そんな時。


 唐突に振り向いては、ルイードを見て、


「此度の事、いたく感情するぞ#ルイード__・__#。皆にも同様には伝えておいてくれ」


 そう言い残して、庭園から去っていくのだった。


 ルイードは小さくなっていく王子の背をずっと眺めていて、しばらくはそのまま動けないままとなっていた。


 というのも、ルイードの心臓は次の瞬間にも破裂してしまうのではないかと、そう思ってしまう程に強く鼓舞していた。過去最高潮の心音を感じて、ルイードは自然と呟いていた。


「王子が…初めて…私の名を呼んでくれた…」


 夢でも見ているのではないか、そんな気分。ルイードは自身の頰を抓っては、ジンとした痛みを感じる。そうしてこれが夢でないと確認して、パタンとはベンチから転げ落ちていた。


「はは…ははは…」


 ルイードは気持ちの悪い笑い声をこぼして、ただ雄大な空を見上げていた。今日も空は快晴、いつもと変わらない空がそこにある。変わったとすれば、それはルイードの気持ちである。


 ルイードの気持ちに、変化が訪れていたのだった。



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