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第2話


「私がそのお城を初めて見た時、ここは神の国か何かなのかと、そう思いました」


 それはかつて、ルイードがとある街の酒場で聞いた話であった。一人チビチビとアルコールの弱い酒を飲んでいる最中にも、二人組の冒険者らしき人達の会話がルイードの耳には入ってきたのである。


 彼等の会話は、とある大陸の、とある国の話であった。何でも二人組の内の一人が数年前に訪れた場所のようで、そこは緑豊かな草原を見下ろすような、高い丘の地にはある国なのだと言う。


 国の名をセントクルス、その名を聞いた瞬間ルイードの体がビクンと反応した。ルイードは酒を飲むペースを緩め、静かには二人組の会話に耳を立てた。


 二人組が酒場を後にする頃、酒場には一人ニヤケ顔を浮かべる怪しい女が誕生していたーーールイードである。ルイードは二人組の会話にすっかり魅了されていて、頭の中はまだ見たこともないセントクルスという国の事でいっぱいだった。


 噂には聞いたことはあったが、実際にその地へ行ったものの話とでは現実味がまるで違う。噂に聞いた範疇では「美しい国で、それはそれは威厳のある城が聳え立っている」という曖昧なものでしかなかったが、その酒場に於いてルイードの聞いていた噂は実態を帯びた本当のものとなっていた。


 ここより少し遠方の、幾つもの国境を越えた先に、自然豊かな大地は広がる、そこでは争いもなく、人々の笑顔が平和を象徴しているような、そんな土地。そしてそんな夢ような土地には、これまたお伽話に出てくるような、立派な国があり、国の名をセントクルス王国、神の国より降りてきたかの如し神聖さを誇り、その象徴として、天を突く白銀のお城が聳え立つーーー


 ルイードはまだ見ぬ幻想郷の景色に心奪われ、次の朝にも、アルコールの残った頭をふらふらとは持ち上げ旅に出た。行き先はもちろんのことセントクルス王国、ルイードが憧れる場所へとである。


 その時ばかりは自身がトレジャーハンターという身分も忘れて、足はズイズイと目的地へ向け一心不乱に進んで行った。


 とは言っても、決して楽な道のりでなかった。幾つの国境を越えるということ、それは並大抵のことではない。道中危険な場所ばかりで、途中野生のモンスターに襲われることも珍しくはなかった。


 命が幾つあっても足りないーールイードは生死を左右する危険な場面に於いて、その事を何度も実感した。それでも足が止まらなかったのは、ルイードは本気だったからだ。


 そんな苦行の道のりを進むこと数ヶ月、集めた財宝は全て使い果たし、身体中に幾つもの傷を作り、遂にルイードはその大地へと足を踏み込んだ。


 大地を一歩一歩踏みしめ、「嘘じゃなかったんだ…」と、一人心を躍らせて、無限に広がる緑陽の大地を肌身で感じていた。


 まさに天国、こんな世界にも救いはあるんだーーーと、そう思ったルイード。


 そう、#あの時__・__#は確かに、そう思っていたのだ。


「なのに…どうしてこうなった?」


 ルイードは被服室にて、着慣れないメイド服に身を包む。細かい装飾の施された立派な姿見の鏡を前に、鏡に映る自分を見て仰天していた。


「あら…見違えたじゃない!」


 と、ルイードの傍らではしゃぐその人ーーーセントクルス城にてメイド長とやらを務める[ラッカル]は声を弾ませて言った。


 今現在、ルイードは汚れた衣服からメイド服へと着替え、獣臭の強かった身体を綺麗さっぱりとは洗い落とされ、ついには生まれて初めての化粧までを施され、まるで別人のようである。


「馬子にも衣装とは言うけれど、貴女はそれ以上ですことよルイード!こんなに綺麗になるなんて予想外だわ!」


「あ、有難う御座います」


 褒められて悪い気はしないーーールイードはそう思いはしたが、やはりどこか恥ずかしく、今まで男のようには過ごしてきただけに鏡に映る自分が他人か何かに見えて仕方がなかった。


 



 これまでの経緯について、ルイードはルチェットの背後にぴったりと引っ付いてはセントクルス城の立派な城門を潜り抜けた。


 そうしてルイードの眼前に広がるセントクルス城とは話に聞いていた通りの美しさで、ここが幻想郷と言われても何ら疑問を抱かない程にルイードは感動しきっていた。


 城門を抜けた先に広がっていた彩色豊かな庭園は圧巻の一言に尽き、緩やかな風に靡く花々がルイードを出迎える。そのまま広大な庭園を突っ切って歩いて、いよいよセントクルス城が至近距離にまで迫っていた。夢にまだセントクルス城を前にして、ルイードは自身がかなり興奮していることに気づいた。


 この場所に来れたのは罪人という汚名を着せられたからーーーその事を認めたわけではないし、先程ルチェットから告げられた#とある条件__・__#とやらの内容について未だ半信半疑であるルイードではあったが、その瞬間だけはただ純粋に歓喜していたのだった。


「ここから貴様の足で行け」


 ルチェットはそう言って、ルイードの背を叩いた。そう言われた途端にも不安になるルイード。意地悪な人だと思っていたが、ルチェットには妙な親しみを覚えていたからである。なんやかんや言って、ルイードはルチェットと離れるのが不安で不安で仕方がなかったのである。


 そんなルイードの気持ちを自ずと察してか、ルチェットは「安心しろ」とはセントクルス城の入り口付近を指差した。


「私に代わり、今度は彼女が色々と世話をしてくれることだろう」


 ルイードはルチェットの指さす方に目線を合わせ、見ると、そこにはニッコリとした満点の笑みを浮かべた淑女が物腰低そうには佇んでいた。


「彼女はラッカル、このセントクルス城に仕えるメイド長だ。貴様に色々と世話を焼いてくれるだろう、失礼のないように励めよ」


 ルチェットは踵を翻しその場を後にしようとして、ルイードはルチェットの手を引いて止めた。


「色々と有難う御座いました、私、貴女の事色々と誤解していました」


「は?誤解?」


 ルチェットは怪訝そうな顔を作って尋ね返した。どういう意味だとはその顔が語っていた。


「本当は優しい方なんですよね?私、貴女がずっと意地悪な方だと誤解していたので…その、ごめんなさい」


 深々と頭を下げて謝罪するルイードに、ルチェットはふんっと鼻息を漏らして応えた。


「勘違いするな、これは任務だった。ただ、それだけだ」


 そう言い残して、ルイードの元から去っていった。




2




「それにしても不運でしたね」


 長い廊下を歩く最中、ラッカルは並んで歩くルイードを向いて言った。どうやらラッカルはルイードがセントクルス城にやってきた経緯について知っているらしく、その同情心に嘘偽りはないようだった。


「いえ、私の配慮が甘かったのが悪かったのです…」


 ただそんな気遣いを見せつけるラッカルに対し、ルイードは当たり障りないようには返事した。それは未だこのラッカルという人物に心を許していいのか分からなかったであり、ルイードとは少しばかり疑心暗鬼に陥っていたのである。


 ラッカルはセントクルス城の人間である以上、不必要な発言は自身の今後に良からぬ影響を及ぼしてしまうかもしれないーーー頭の中では未だに死刑という最悪の展開が走りよぎっていて、ルイードは余計な失態、失言を犯さないよう全力で取り組むつもりでいた。


 と、緊張した面持ちでは歩くルイードを見て、ラッカルはクスクスと薄い笑い声をこぼした。


「あまり煮詰まらないように、せっかくの美人さんが台無しですことよ?」


「そ、それは私の事を言ってますか?」


「ええ、ルイード、貴女は貴女が思っている以上に素晴らしい容姿なのよ?自覚はなくて?」


「は、はぁ…」


 ルイードは曖昧な返事を返して、改めて自身の姿に目配せさた。普段の汚らしい服とは打って変わって、今は皺一つない絹のメイド服を身に纏っている。その事がどうも受け入れ難いルイード。


「私にこのような装束は似合わないかと…それに、私はラッカル様が言われる程の美貌は持ち合わせておりません」


 そう否定した。というのも、ルイードはこれまでの人生に於いてお洒落というものにてんで無縁だった。それは時に男と間違われる程で、身なりに気をかけるような気持ちもサラサラなかった。


 だからこそ、ルイードはラッカルの言葉に戸惑い隠せずにいる。ずっとガサツな性格で生きてきたルイードにとって、今この瞬間は夢の延長線上にいるような気分であった。


 ただ、ラッカルはそう思ってもいないらしく、


「そんなことないわ。ルイード、貴女はもっと自分に自信を持ちなさい。そんなんじゃ王子に鼻で笑われてしまいますわよ?」


 と、これまた上品そうには笑ってみせた。


 その瞬間、ルイードは一気に現実へと引き戻される。


 そうだ、私はこれからセントクルス王国の第一王子ハリス=セントクルス様の専属メイドとなるんだったーーー


 どうして私が、とラッカルに尋ねようとして、先に口を開いたのはラッカル、


「まぁ、貴女ならきっと大丈夫よ。うん、そんな気がするわ」


 ルイードの頭を撫でて、優しい口振りでは言った。


 そう言われた以上、最早何も言えずに、ルイードは訊ね聞くことを断念した。


 今更何を聞いたって仕方ないじゃないかーーー


 ルイードは黙り、ラッカルと共に廊下を進んでいった。





「着いたわ」


 ラッカルは言って、ルイードを流し見た。その瞳はやはり優しげで、吸い込まれてしまいそうに澄んだ瞳である。そんな瞳で見られても困る、ルイードはそう思って、目線を逸らした。


 目線を逸らした先ーーそこは真っ赤な彩色の、豪勢な造りをした立派な扉があった。そこは長い廊下をいくつも向けて、螺旋階段を登った先の、そのまた奥の奥、その途中にいた何人もの王国衛兵が厳重の監視体制を超えた先にはある場所にはある扉である。


 明らかにこの扉の奥には想像絶する何かがあるーールイードはその事を察して、こめかみから一筋の冷や汗かツゥーと流れ落ちていた。また緊張感が電力のように全身を走り、体を小刻みにブルブルと震わすルイード。


 そこまで来て、最早気付かないルイードではなかった。


「ラッカル様、まさかこの中には、」


「ええ、そのまさかです。ハリス王子が貴女をお待ちかねですよ」


 ラッカルは微笑みを浮かべて言って、さぁ、とはルイードを背を叩いて押し出した。どうやら行けということらしく、ルイードは焦るようにはラッカルの手を握った。


「え!?ラッカル様は着いて来てくれないのですか!?」


「当然です。ハリス王子の部屋に入れるのはそれを許された方のみだと昔から決まっております」


「い、いやじゃあ私も駄目なんじゃ…」


「ルイード、貴女は特別です。王様が直々に申されたのですからね…いいルイード、これは凄く光栄なことですのよ?」


 そんなこと知るかーーと言おうとして、ラッカルの手が扉のノブを回し、ルイードの背をタンッと叩いて押し出した。ルイードは体制を崩し、そのまま吸い込まれるようには扉の中へ。


「それじゃあルイード、また後でね」


 と優しげな微笑みを浮かべ、ラッカルは扉を閉めた。その後すぐにもガチャリと音を立てて扉は施錠され、最早逃げ場などないことを知ったルイード。


 ルイードは観念して、ゆっくり立ち上がると部屋の中を見回した。そして、その部屋に充満して陰湿な雰囲気に目を顰める。


 この部屋は本当にセントクルス城の中にはある一室であり、かの王子が住んでいるとされる部屋なのかーーそれを疑わしく思うぐらいに汚い部屋だった。


 当たり一帯には乱雑した服や物で溢れかえっており、床は足の踏み場もない程に散らかっている。しかもルイードの鼻には異臭が漂ってきており、どうやら換気が不十分な様子である。


 ルイードは最初、とりあえず閉じられたカーテンを開けようと踏み場を探りながら窓の方へと足を進めた。まだ空には太陽が昇っているというのに何故カーテンを締め切っているのか、そう思ったからである。

 

 そうしていざカーテンに手をかけた、その時だった。


「やめろ!!」


 静寂だった室内に突然若い男の声が響いた。一瞬ビクッと体を震わせて、ルイードは恐る恐る声の聞こえた方へと顔を向けた。


 ルイードの視界先にはデカデカとした上質そうなベッドが映る。そしてそのベッドの上にはシーツに包まった人間の影と思しき存在が一人、


 まさかーーと、ルイードはゆっくり口を開いた。


「王子様…ですか?」


「そうだ。それよりお前、勝手にカーテンを開けようとするな。日の光が入ってくるだろうが!」


 王子である事を認めた影は叫んで、怒り口調では続けて、


「また父上の差し向けた者か…あれ程人を中に入れると言っておいたのに!」


 と、やはり怒号に満ちた声を張った。


 ルイードは首を傾げ、どうしたもんかと悩んだ末、ゆっくりと王子のいるベッドへと歩みを進めた。そしてベッドの前まで進むと、暗がりではあったが王子の姿は見えてきた。


 ルイードは驚いた。


「お、王子様?一つ、お伺いしてもよろしいですか?」


「何だ!?」


「…その、お顔につけた仮面は、どういうことでしょうか?」


 そう尋ねたルイードの目に、銀色の仮面は映る。それは騎士が頭に装着する仮面のようで、鉄仮面と呼ばれるものであった。何故カーテン王子はその鉄仮面を被ってルイードと対面していた。


 王子はルイードがそう尋ねた途端にも、あわあわとは取り乱し始めていた。その事がより一層にルイードを困惑させた。


「五月蝿い!お前になんか教えてやるものか!!」


 叫んで、王子はシーツにすっぽりと包まり、それ以上うんともすんとも言わなかった。


 



 これがルイードと王子の始めての邂逅、出会いーーーこの時まだ、ルイードも王子もこれから先の事について何も知らなかった。まさかあんなことにあるとはーーーそれを知っているのか、この世界には誰一人としていなかったことだろう…


 こうしてルイードと王子の、世にも奇妙な共同生活は幕を開けた。


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