第16話
2日目、朝早くにも起床したルイードはスヤスヤと心地よさそうに眠る王子を見てほっこりとする反面、昨晩、急にはツンケンな態度を取り始めた王子に対して一抹の疑問を抱いていた。
「私、何か余計な事言ったのかな?」
王子の気に触れないよう言動には細心の注意を払っていたつもりのルイードではあったが、それもどうやら完璧ではなかったらしい。ルイードはよくは分からなかったが、今後はより一層に気をつけようと心に誓う。
「さて、王子が起きる前に朝食の支度をしなきゃ」
ルイードは屋敷を出て直ぐにはある浅掘りの、よく冷えた穴蔵から食材を取り出すとそそくさと調理を開始した。
昨日のスープは余り物の食材を入れればいいとして、それでは味気のないと考えたルイード、今朝は城より持ち出してきたパンを使おうと決めていた。
調理法は至ってシンプルだ、パンの丁度真ん中辺りの断面に切れ目を作って、そこに食材を挟みこむだけーーーそう、サンドイッチというやつだ。
王子はこのサンドイッチという食べ物をよく好んで食べいている。ルイードもまた何度も口にしては、その単調であり絶妙な味加減に舌鼓みを打っていたのだった。
ただ問題が一つある。それはパンの切れ目に何を挟むかだ。いくら調理法がシンプルだと言っても、中身がなければ話にもならない。
スープに使用する食材を流し見て、ルイードは「違うな」と顔をしかめた。
スープはスープ、サンドイッチはサンドイッチ、中身が一緒であればそれをわざわざサンドイッチにする必要なんてない。
さて、そうであるならばだ、サンドイッチに何を挟むかーーーここでルイードの脳裏に、とある果物の存在が走り過った。
それは昨日、王子と共に屋敷に向けて歩いている最中にも見つけた、強い甘みとほのかな酸味が絶妙とは言われる手乗りボール大の赤い果物であった。その果物はルイードも何度も口にした事があり、王子に出しても何も問題はないだろう一押しの食材である。
では、それでは何故そんな絶好の食材を昨日のうちに採取しなかったかについてだが、その理由についてはその果実が見上げるほどに背の高い木の先端に実っていたからであった。
つまり、木によじ登り、素手にて直接採取する必要があった。
ルイードにとって木登りはそこまで難しいものではない。それこそ旅を最中では日常的には高い木によじ登り、方角を確認したり木の実を採取したりしたものだ。であるのにも関わらずそうしなかったのは、それはルイードの恥じらいからである。
王子がいる手前、自身がヒョイヒョイと木をよじ登る様を見られたくはなかったのだった。それにせっかくの衣装も汚れてしまう、そんな思いがルイードを邪魔して、断念せざるを得なかった。
「でも、今なら大丈夫だよね?」
ルイードは呟いて、屋敷へと視線を移した。王子が起きてくる気配はない。
次に鍋を見て、加熱はもう少しばかり時間がかかる事を確認する。今直ぐにでも果物の採取に向かったとして、丁度煮詰まったタイミングでは戻ってこれるだろう。
ルイードは独りでに頷いて、果物の採取へ向かうことにした。善は急げだ、ルイードは軽やかな足取りでは果物が生えていた木の元へと駆け走っていく。
「見つけた」
ルイードの目的は直ぐにも見つかった。やはり昨日同様には高い木の上には果物は実っている。
ルイードはスカートをたくし上げ裾を結び縛るとと、身軽い小動物のごとき俊敏さでは木へとよじ登っていった。
そうして瞬く間に登っていって、赤い果物を眼前に捉える。採取。間近で見るとかなり大きな果物で、それはかつてルイードが口にしたものよりも倍以上の大きさであった。
見るからに美味しそうで何よりだ、これなら王子も満足してくれるだろうーーーそのままルイードな果物を3つ程もぎ取りスカートのポッケへ押し込むと、木を降りようとして、
ふと、目線が空の方角へと向いていた。
早朝の冷たい空気をほぐすように、太陽が大地を照らす。太陽の輝きを反射させ、山に群青する木々の葉がキラリとは光煌めく。その木々の向こうの大地で、セントクルス王国の街並みは広がり、かの城は天高く聳え立つ。
まさに絶景ーーールイードはしばしその絶景に目を奪われ、動きを制止させていた。
また心の何処かで昨日の王子の姿を思い浮かべていた。それは王子が山の上から覗ける世界を見て口を開けては感動している姿であり、もしも王子がこの場に居合わせていたのなら、昨日以上に感動するのだろうな…とは、そう思うルイードであった。
「見せてあげたかったな」
後にでも連れて来ようか考えて、ルイードは木下へと目線を移した。そして乾いた笑い声を零して、10メートル程先の地面を見る。
「無理だよね」
もしも登ったとして、転落したのなら大問題になる。それがルイードならまだしも王子となれば話は別だ、王子の体にもしもの事があれば城のみんなが心配をするだろう。
ルイードは諦めて、見納めにとはもう一度その絶景にしばし見惚れると、木を降りようとしたーーー
その時だった。
「え?」
グラリと体が揺らいだ。突然にだった。ルイードは理解の追いつかない頭のまま目だけを動かして、その理由を悟る。
ルイードの跨っていた太い木の枝が折れてしまったのだ。
「ーーーくそっ!!」
ルイードは突然の非常事態に身震いするも、これまでに培った冒険者としての危機回避能力を瞬時には発揮させる。宙へと投げ出された状態のまま辺りを見回して、咄嗟の判断では違う木の枝を掴んだ。
ミキッ、
木が軋む。ルイードの掴んだ木の幹もまた見た目ほど強靭ではないらしく、不安定にはグラグラと軋み折れかかっていた。
折れるの時間の問題だ。ルイードは次の瞬間にも飛び移れそうな場所を探した。
「……まいったね、これは」
ない。ルイードの体重を支えれそうな場所など木の上にはどこにもなく、見えるのは強そうで脆そうな木の枝に過ぎなかった。しかも下に向かえば向かう程に木の枝は頼りなく生えていて、今掴んでいる木の枝よりも脆そうにはルイードの目に映る。
八方塞がりだ、ルイードのこめかみを一筋の冷や汗が伝っていた。またその時、ルイードのポッケから赤い果物が一つ、緩々とは地面へと落ちていく。
そのまま果物は地面へとダイブしていってーーーグシャリと、大地に鮮血のような果汁を飛散させていた。
このままいけばルイードもまた、その果物のようには破壊してしまうことだろうーールイードは最悪の展開を予期して、その顔からは血の気が引けていた。
絶対絶命のその時は、直ぐそこまで迫っていたのだった…
◆
一方、その頃。
「ルイード、居らぬのか?」
ルイードより少し遅れて起床した王子が外へ出てきていた。
王子の視界内にルイードはいない。ただグツグツと煮立っているスープの香ばしい香りが漂っているだけで、どこにもルイードの気配はなかった。
「何か、あったのか?」
王子は不安そうに呟いた。分からない。
「ルイード!!どこだ!?どこにいる!?」
叫べど、やはりどこからもルイードの気配は見当たらなかった。
王子の心がザワザワと騒めき立つ。嫌予感が身震いとなって王子の全身を刺激していた。




