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第13話


 王子の足取りに対し、ルイードの足取りは重たかった。それは体力面でというわけではなく、ルイードの抱いた不安心がそうさせていたのである。


 今現在、ルイードと王子が歩いているのはとある山道で、セントクルス城の裏口を抜けた先にはある山を登っていた。何でもこの山はセントクルス城の私有山であり、有事の際にはこの山へ避難できるようにと用意されているらしい。


 標高は高くないものの、草木の茂った、鬱蒼とした山である。ルートは既に定まっていて、ルイードは地図を片手には歩いている最中。その先を歩く王子は息を弾ませて、意気揚々とは足を進めていた。


「何だルイード、もっとシャキシャキ歩けないのか?」


 振り返って王子はルイードに訊いた。ルイードは無理に笑っては「いえ」と答えて、王子の隣へ駆け寄っていった。


「ルイード、疲れたか?」


「そんなことありませんよ?」


「いい、無理はするな。顔が疲れたとは言っておるぞ?でもそうだな…よくよく考えたら、お前は女だ。腕も足も細いし、この山道は少々キツかろう。どれ、荷物を持ってやる、寄越せ」


 と、王子は強引にはルイードの背荷物を剥ぎ取った。


「これで少しは楽になっただろう?」


 優しい口振りで王子は尋ねる。そんな王子に対し、慌ててルイード、


「だ、大丈夫ですから王子!私は全然…」


「よいよい、無理は良くない。女を庇うのは男の役目である。そこに王子だとか従者だとかは関係ない!」


 そう言っては、ズイズイと前へと進んでいった。


 ほんと大丈夫かなーーそんなルイードの心配をよそに、王子の足は非常に軽快だった。普段からあまり王子のどこにそんな体力があるのか疑問に思って、そんなものあるはずないとは不安げに王子の足取りも見守っていたルイード。


 ルイードは今でこそ王子に仕える身ではあるが、元々は冒険者である。冒険者であるからには体力とはないと始まらないもので、ルイードとは見た目と裏腹にソコソコの体力を持ち合わせていた。この程度の山道であれば息も上がることもなく、難なくは登り切ってしまうことだろう。


 ただ王子は違う。見た感じ、王子はルイードよりかなり華奢である。その平然とした様子も今だけ、すぐにも息を切らしては足取りが重くなるに違いない。


 そんなルイードの予想とは、それから少し進んだ先でも的中した。


「はぁ、はぁ、はぁ…ルイード、ここらで少し休憩しようか」


 王子は道中の一枚の岩肌に腰を下ろしては、荒い息をあげていた。まだまだ道のりは長い、山の中腹にも満たない場所で、である。


 ほらね、ルイードは心の内では呟いた。


 ルイードは王子に声をかけようとして、迷いあぐねいた。というのもだ、心配して声をかけようもんなら王子の自尊心を傷つけてしまうような気がしたからである。


 結局、ルイードは迷った末に声をかけるのをやめた。ただ王子の隣へと腰かけると、水筒を取り出して、王子へ差し出す。


「どうぞ、王子」


「おお、気が効くな?どれ…」


 王子は水筒を受け取ると、乱暴には仮面を脱いだ。そうして豪快には水筒に口をつけて、ゴクゴクと喉を潤わせる。あまりの飲みっぷりに、ルイードの口元は自然と緩んでいた。


「ん、何がおかしい?」


「いえ、あまりに美味しそうに飲むものですので、ついつい微笑ましく思ってしまいました」


「…ふーん、変なやつ」


 王子は額に浮き出した汗を袖で拭うと、ふぅー、とは息を吐いて空を仰いだ。空には雲ひとつなく、数羽の鳥が優雅には滑空する。


「それしても、綺麗な場所だな、ここは」


「そうですね。王子は来たことなかったのですか?」


「ああ、話には聞いていたんだがな。小さいながらも自然豊かな美しい山であると…よく、誰かが言っていたっけ?」


 あれは誰だったかなぁ、と王子は呟いて、木々の切れ間から頭を覗かせるセントクルス城へて目線を移した。


「ほれ見ろ、城があんなに遠くに見える。ここまで城から離れたのは久しぶりだなぁ…」


 城へと指先した、王子は目を細める。

 緩やかな風が吹いて、王子の髪を揺らした。風に乱れる髪を手で押さえて、王子はルイードを流し見た。


「なぁ、お前はどのようにして、どこからやってきたのだ?」


「どうしてそのような事を聞くのですか?」


「いや、ただ純粋に気になったのだ。俺は外の世界を知らないからな、外ではどのような世界が広がっているのか…少し興味がある」


 そう言った王子の瞳は、キラキラと輝いているようである。まるでお伽話をせがむ子供のような瞳で、ルイードを見つめる。


 あ、やばいーーールイードはすぐ様王子から目線を逸らすと、胸がじんわり熱くなるのを感じていた。


 どうも王子に見つめるのは苦手だ、その瞳はルイードには眩し過ぎて、今まで見てきたどんなお宝よりも美しく、燦然とした輝きを放つ。


 ルイードは綺麗なものが大好きだ。だからこそ、王子の瞳にも惹かれるものがあった。できるならずっと、心いくまで眺めていたい。そうしてできる事なら、自分のものにしたい。ずっとずっと大切にして、辛い時にそれを眺めて、元気をもらうのだ。


 もちろんそんなの無理だとは理解している。何より王子は人間で、宝石じゃない。更に言えば、ルイードとは天と地よりも身分のかけ離れた気高い存在だ。今こうして共にいることさえ奇跡のようで、普通ならあり得ないことだろう。


 ただそう思ってしまうのだから仕方じゃないかーーールイードはゆっくりと王子へと向き直ると、今この瞬間だけは王子のことを独り占めできるという思いに胸を高鳴らせていた。


「そうですね、私は今までたくさん世界を旅をしてきましたからね、どこから話たら良いでしょうか?」


 ルイードが微笑み尋ねた、その時だった。


「ふむ、そうだな……じゃあ、全部だ。ルイード、お前の歩んできた道のりの全てを聞かせてくれ」


 王子の口元が緩んでいた。微かには口角を上げては、笑っていたのだった。


「…お、王子…今、笑い、ました?」


「え?」


 王子は不思議そうにはポカンと口を開けて、


「俺が笑ったら、何か変なのか?」


「い、いえそんなことありませんが、ただ…」


「?」


「……いや、なんでもないです!では、どこから話しましょうか!?」


「…うむ、ではお前の生い立ちからだ!」


 王子は声を弾ませ、笑みを浮かべては言った。そんな王子を恍惚そうには眺めるルイードとは、涙目を浮かべ、ただ嬉しそうには笑う。


『皆様、王子が笑ってくれました!』


 この日初めて、ルイードは王子の笑顔を見た。それはこの世のものとは思えぬ程に、それはそれは美しい笑顔であった。



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