第11話
夕焼けに染まり始めた空を見上げながらに、ルイードとルチェットは城下町を歩く。そんな頃合い、
「そろそろ城へ戻ろう、日が暮れる」
ルチェットは言って、次の瞬間にも残念そうな顔色を浮かべるルイードを見た。余程楽しかったのだろうか、ルイードは未だ遊び足りないとは憂鬱な目線で、夕焼けを流し見て、ため息を零した。
「もう終わりなんですね…」
お城に帰りたくないじゃないけど、もう少し時間があれば良かったのになーーールイードは沈みゆく太陽を眺め、そんなことを思っていた。また今日は本当に来て良かったと、1日を振り返りそうも思っていた。
「何だルイード、名残惜しそうじゃないか?」
どうやらルイードの胸に抱いていた感情はルチェットに伝わってしまったようである。ルチェットはルイードに尋ね、ニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべていた。
「分かりますか?」
「ああ。もちろん。そう顔に書いてあるからな?」
茶化すように言って、ルチェットはルイードの肩を抱いた。
「そんな顔するな。また来ればいい、そん時はまた付き合ってやるから」
ルイードは頰を緩め、静かに頷いた。
今この瞬間、ルチェットの温かさだけルイードの行き場のないモヤモヤとした感情を忘れてさせてくれていたのだ。
「ルチェットさん、絶対ですよ?」
「もちろん。私は約束を破ったことはないからな、安心していいぞ?」
ルチェットはニヤリと笑った。つられてルイードも笑う。すっかり人通りの少なくなった街道に、二人の笑い声だけが木霊していた。
「ま、そうは言ってもだ、その約束はお前の今後次第ということも忘れるなよ?」
「どういう意味ですか?」
「つまりだ、王子の従者として王子に笑顔を思い出させてあげる事、そういうこと」
「ああ、成る程」
ルイードは呟いて、ん?、とは首を傾げた。
「王子に笑顔を思い出さる、とは?」
「あれ、言ってなかったか?お前に下された命令は王子の従者となって、王子に以前のようなには笑ってもらうと、そういう手前筈だったはずだが?」
「聞いてませんよ」
ルイードは思い返してみれど、やはりそのような事を言われた覚えなど全くといってなかった。
「そうか、なら明日からはそのような心構えで王子と接して上げてほしい。あいつは仮面を取りたがらないし人を側に置くということを嫌うからな、お前だけが頼りなんだ」
それはルイードの切実なる思いであった。
笑わなくなった王子を笑わせてほしいーーそんなことずっと諦めてきたが、可能性が見えてきた。その可能性が今まさに目の前にいる素朴そうな少女ルイードであって、私ではない。私には無理だったのだ。
ルチェットは途端に寂しそうな顔色を浮かべて、強くルイードの肩を抱きしめた。
「可能性は見えた。ルイード、このセントクルス王国に於いてお前だけ頼りなんだ。他の誰にも頼めない。お前にしか、できない」
そう言ったルチェットの言葉が一体どれ程の真剣みを帯びているのかいまいち理解できないルイード。ただ何故かルチェットが次の瞬間にも泣き出してしまいそうなほどに儚げに見えてしまっていて、ルイードもまたルチェットに負けないくらい強い力で抱きしめ返していた。
「私に何が出来るかは分かりませんし、期待に応えられるかは分かりませんが…精一杯、頑張りたいと思います」
「有難う。無茶なお願いだとは思うが、それでも…」
「ふふ、ルチェットさんも王子の事大好きなんですね?」
「……は、はぁ!?どうしてそうなる!?」
「いやいや、私にはそういう風に見えただけなんで、間違っていたらごめんなさい」
「ふ、ふん!間違いだ!断固として否定する!」
顔を紅潮させてルチェットは宣言して、ルイードはそんなルチェットを見てより一層には笑った。そんな時、ふと、ルイードはずっと気になっていたことを思い出していた。
「ところでですけど、ルチェットさんと王子はどういうご関係なんですか?」
「へ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような、途端にそんな顔を浮かべたルチェット。予想外な質問に理解が追いついていない様子だった。
「そ、それはどういう意味だ?」
「いや、ルチェットってただの王国憲兵さんってわけじゃないんですよね?どちらかと言えば王子と近しい人物と言うか、そんな風に私には見えるのですが、気のせいでしたか?」
気のせいじゃない、まさにその通りだーールチェットはまさかルイードに自身の身の上について言及されるとは思っていなかった。それだけに、強い衝撃がルチェットの全身を電流のようには駆け巡る。
『まさか、バレていないよな?』
ルチェットはこめかみから一筋の冷や汗が流れる。
そして、続けてルイードの口が開かれるのも見て、ルチェットは息を飲んだ。
「………もしかして、王子の恋人さんだったりとか…違いますか?」
「………は?」
「あ、いやこれもまた私の憶測に過ぎないので、違ったら本当にごめんなさい。ただなんか、王子に対する並々ならぬ思いを感じたので、そのぅ…」
歯切れの悪い口振り言って、ルイードはバツの悪そうな顔を作っていた。そんなルイードの言葉を受けて、ルチェットは盛大に笑い出していた。
「あははははは!まさかお前にそんな事を疑われるなんてな…くくく」
「や、やはり違いましたか!?いやはや、申し訳ないです…」
「くくく…ではルイード、仮に私が王子と将来を誓い合った間柄だと言ったら、お前はどうする?」
「え!?やっぱりそうだったんですか!?」
「馬鹿、仮にだと言っただろう?」
ルチェットはルイードの頭をコツンと軽く小突いた。
「す、すいません。では、そうですねぇ…仮にルチェットさんが王子の許嫁だとして、すごく、お似合いだと思います」
ルイードはそう言って、すっかり暗がりを帯びた空を見上げた。また遠い目を作って、深い吐息を吐いて、
「二人は、側から見てもうっとりするぐらいの美男美女で、その、ため息しかでませんよ?あ、このため息というやつはですね、別に羨ましいとかそんなじゃなくて…いや、羨ましいしいのかな…うーん、すみません、やっぱりよく分かんないです」
そう言って、でも、とは続けて、
「そうだったら、素敵だなって…そう思うんです」
ルイードは素直な感情をそのままに、包み隠すことなく口にした。それは本当にそう思ったが故であり、自分にはない威厳のある気品を持ち合わせた二人が肩を並べて寄り添う姿を想像したからであった。
ルイードの脳内で、ルチェットと王子が手を取り合って微笑んで、その傍らにラッカルがいて、国中の皆んなから祝福されていて、その光景を遠い場所から眺める自分がいて、それが本来あるべき形なのではないかと考える。
本来であれば一介の冒険者如きである自分が王子の側にいていいはずがないーーーそう思うと、突如として憂鬱な思いに駆られるルイードであった。
「こんなもの、王子に渡していいのかな…」
ルイードは手に持った紙袋を眺めて呟いた。紙袋の中には宝石商で購入した宝石が入っていて、王子へのお土産のつもりでいた。
ただよくよく考えてみれば、私如きが王子に贈り物などと愚行極まりないのでないか?何せ相手は王子で、宝石なんか持て余す程に持っているわけでーーー
そんな不安心が一気にルイードを襲っていた、刹那、
「もっと自分に自信を持てルイード。お前はお前が思っている以上に良い女だ。もしも私が男なら、お前に惚れていただろうよ」
「は、はい!?」
「ふふふ、冗談だ」
「…もう、ルチェットさんはやっぱり意地悪です」
「ははは、許せ。ただ良い女といったのは冗談ではないぞ?そんなお前だからこそ、王子も塞ぎっていた心を許したんじゃないのかな…」
ルチェットの優しげな眼差しが、ルイードの手元へと注がれていた。
「そのお土産も、きっと喜ぶと思うぞ」
「どう、でしょうかね…」
「大丈夫、神に誓ったっていい」
「…そこまで言うなら、ルチェットさんを信じてみます」
「…ふふ、それでいい」
空には幾ばくかの星々が、薄く暗い空の中でキラキラと輝き始めていた。もうすぐ、夜がやってくる。
「さぁ、帰ろう。皆んな心配している」
「はい」
ルイードははっきりとした口調で答えて、その顔にいつもの明るく元気な笑顔を覗かせていた。
『それでこそルイードだ』
ルチェットは心の中でそう思って、ルイードの掌を握りしめる。街道を歩く二人の後ろ姿を見て、まるで仲睦まじい姉妹ようだと、街の誰かは思ったことことだろう。
城へと着いて直ぐ、城の入り口にて、ルイードの目に見知った仮面は映っていた。仁王立ちになって佇むその姿を見てルイードの口元には自然と笑みが溢れ落ちていた。
「ほら、お前の大好きな王子様がお待ちかねだぞ?」
そんなルイードを見てニヤニヤと悪戯な笑みを浮かべるルチェット。
すかさずルイードはルチェットに対し反論しようとして、それをやめた。
まぁいいや、うん、ルチェットさんはこれでいいーーー今日一日をルチェットと共に過ごして、最早ルチェットがどのような人が分かったが気がするルイードである。ルチェットとは私を揶揄っては笑う、そういう人なんだ。もしも私にもお姉ちゃんがいたら、こんな人だったのかな…
ルイードはルチェットへと向き直ると、深々とは頭を下げた。
「今日一日、付き合ってくれてありがとうございましたルチェットさん。すっごく楽しかったです!」
「ああ、こちらこそ…じゃあ、行くな?」
「ええ、また!」
「……ふふ、お幸せに」
ルチェットの背が消えて行く間、ルイードはそのままずっとその背を眺め続けていた。名残惜しいとは、その心内のままに。
そしてそんなルイードの元へ歩み寄ってきた王子とは、強引にはルイードの手を引いて城へと連れ歩いていく。
あわあわと足をよろめかせるルイード。
「お、王子!?」
「やっぱり、今度から外出は禁止だ!」
「そ、そんなぁ!?」
「ふん、しかもよりにもよって…」
そう言いかけて、王子はルイードに聞こえないほどの小さな声で、
「あの馬鹿姉貴め…」
小さく小さく、そう呟いた。




