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第1話


1



「貴様には王国に於ける不法入国罪の容疑がかけられている。ここまではいいか?」


 淡々とした口調で話す王国憲兵の言葉に耳を傾けながら、一人の少女は戸惑いに頭を悩ませた。

 

 ーーーどうしてこうなった?


「つまり、貴様は王国の提示した正式な手続きを踏まないままに入国し、その事について言及した憲兵に対して、あろうことか口答えし、逃亡を計ったとーーーこれで貴様の不法入国罪は確固たるものとなったと、そういうことだ」


 まくしたてるように王国憲兵はそう言って、嘲る笑みを浮かべる。また長い瑠璃色の長髪を耳へかけると、侮蔑した瞳を少女へと向けて、


「分かっているのか、今は貴様のお話をしているのだぞーールイード=クロックス?」


 冷たい眼差しの中には続けた。

 

 そんな王国憲兵に対して、やはり意味が分からないと言った様子では首を傾げるーーー年齢は18歳、色あせた紺色の擦り切れた皮服を見に纏い、顎にかかるほど黒いボブカットの少女ーールイード=クロックスは王国憲兵の話を全然理解などしていなかった。


 故にルイードは開口一番、


「いや待って下さい!これは何かの間違いです!私は別に不法入国をやりたかったわけじゃないし、ただ純粋に、その…何だっけ?正式な手続きとやらを知らなかっただけなんです!」


 悪びれた様子もないままには言ったルイードに対し、罪人の言い訳など聞くに耐えないとは王国憲兵の眼差しは語っている。


 ただそう言ったルイードに嘘偽りはなく、本当に何も知らなかったのは事実だった。


 国ごとに入国手続きというものがある事は国を持たない流れ者の常識であり、そんな国を持たない流れ者の端くれであるルイードもまた入国手続き自体は知らないわけではなかった。そこまではいい、問題はその後だ。


 なんと、国へと続く石橋を渡り、いざ門を潜り抜けようとした矢先にも呼び止められたのである。呼び止められただけならまだいい、不法入国の罪人扱いされたのである。


 これを理不尽と言わずして何と言うか?


 その事を訴えかけた顛末が今のこの状況でーールイードは王国憲兵に口答えし、尚且つ逆らった不法入国者として処罰されている真っ最中である。


「処罰は後日にでも伝える。今は己の行いを深く反省し、ただただ神に懺悔することだなーーー私からは以上だ」


 そう言い残して、王国憲兵はルイードのいる牢屋を後にした。コツコツと足音を鳴らして遠ざかっていく。


 一人牢屋に取り残されたルイードは今後の展開を想像するも、虚しくなり、そのままふて腐れたようには地面に寝転がった。


「あーあ、ついてないな…全く…」


 ルイードがそう言って窓の空を眺めた時、空には丁度西日がかかる頃、お昼時。


 ぐう、とルイードのお腹が寂しく牢屋の中に木霊した。


「お腹空いた…」


 



 

 ルイードは世界を股にかけて旅をするトレジャーハンター、冒険者に分類される一人の旅人であった。

 

 純粋な冒険者との違いは、トレジャーハンターはただ宝石や財宝を見つけることに専売特化しているという点である。つまり冒険者とはギルドに依頼されたクエストなどで魔物などを倒して生計を立てるに対し、ルイードの就いたトレジャーハンターという職とはただダンジョンなどに篭ってはお宝探しに明け暮れるという、かなり稀有な職である。


 ルイードがトレジャーハンターになったのは今は亡き父親もまたトレジャーハンターという事が影響しており、また生まれてこの方トレジャーハンターとして活動する父親の生き方しか知らなかったのも幸いした。


 つまりだ、ルイードがトレジャーハンターになったのは単に生きる為に仕方なくであって、その生き方に誇りなどはない。


 母親は早くに亡くなったと父親に聞かされていて、唯一の身寄りであった父親も数年前に流行病で死んだ。


 こうして成るべくしてトレジャーハンターとなったルイードとは行き場を失い、その後は旅をして、お宝探し順ずるだけの毎日であった。そんな旅路が三年間続き、唐突には終わりを告げたーーーそう、とある王国に立ち寄ったまでに…




2



 ルイードが牢屋から出れたのは、捕まってから実に一週間後の事だった。一週間後の昼下がり、例の王国憲兵がルイードの元にやって来てはルイードに目配せした。


「外に出ろ。判決が決まった」


 冷徹な口振りで王国憲兵は言うと、乱暴にはルイードを牢屋から引き摺り出した。


 ルイードは最早自分の足で歩く気力もなければ体力もなくーーーというのも、ルイードはここ一週間満足な栄養を摂っていなかった。


 毎日一回、夕刻時に運ばれてくる粗末なパンと味の薄い冷めたスープと一杯の臭い水がここ一週間ルイードに与えられた食料であり、元々大食らいだったルイードにとって地獄のような毎日だった。


「おい!何をしている!?さっさと出ろ!」

 

 王国憲兵は激しい剣幕で言うが、全く耳に入らないルイード。


「ごめん…力が…入らないの…」


 最後の力を振り絞ってそう言ったルイードに、王国憲兵の痛烈なビンタが飛ぶ。


「何を腑抜けた事を言っている!?立てよ、愚か者!」


「ま、待って…何度も言うけど…私は無実でーー」


「煩い!無駄口叩く元気があるのなら自分で歩け!」


 そのまま王国憲兵の辛辣な罵声、罵倒を散々に浴びせられて、ルイードは渋々といった様子で牢屋を出た。牢屋を出てすぐにも、このまま逃亡してやろうかと模索するルイードであったが、現在の焦燥しきった自分に果たしてそんなことが可能なのかを自問自答の末、ルイードは諦めた。


 ルイードが見た一週間ぶりに仰ぎ見た空は、雄大な景色となって晴天の輝きを放っていた。空高く煌めく太陽から見て、それが朝日である事を悟る。


 王国憲兵に連れられること数十分、王国の街道より少し離れた薄暗い路地裏の、どことなく陰湿な雰囲気の漂うレンガ詰めの建物の前で足は止まった。


「ここだ、入れ」


「ここは?」


 そう尋ねたルイードに対し、王国憲兵は何を応えるわけでもなく、ただ顎で建物を指しただけであった。


 これ以上は何も語ってはくれないだろうとルイードは理解する。多分だが、王国憲兵に対し秘匿義務が課せられているだろうとは推測ーー罪人に対して余計な情報の横流しは控えよとの命令が下されているのだろう。


 ルイードは一回短く頷くと、一人建物の中へと入っていった。





 建物の中は薄暗く、窓一つない湿気の強い場所であった。頼りない白熱電球だけが頼りの、陰湿な雰囲気だけが立ち込めたようなそんな場所に、数人の男達が整列し並ぶ。彼等が王国憲兵であることは言わずもがな、キチッと着こなされた王国の制服達が威圧的なオーラを放つ。


 ルイードは王国憲兵達のじっとりとした眼差しを一身に浴びて、部屋の中央のテーブルに一人、タバコをふかす初老の男性に視線を向けた。


 見るからに偉そうな、一見でその初老の男性がこの屋内に於いて一番偉い人物である事を理解するルイード。


 そして重苦しい雰囲気を遮断するように、初老の男性は豪快な笑い声をあげた。


「おいおい、そんな緊張するな。まぁ、座れ」


 厳つい見た目とは裏腹に、愉快な声色で初老の男性はルイードに言った。ルイードはどうしようか一瞬迷って、ここは素直に従っておこうとはおずおずと椅子へと腰掛けた。初老の男性と対面する。


「ほう、不法入国者というもんだからどんなゲテモノが現れるのかと思っていたが、中々のベッピンではないか!」


 初老の男性はそう言って、またもや豪快な笑い声を出した。何がそんなに楽しいのか理解に苦しむルイードではあったが、ルイードに今出来ることは苦笑いを浮かべる事ぐらいである。


 それからルイードに対する尋問は始まった。

 どこの生まれで、どういう経歴を持っているのか、なぜこの国を訪れたのか、などなど、ルイードは包み隠すこともなく自身の全てを洗いざらい白状したーーーといっても、ルイードに話隠すような身の上事情などは一切ない。


「つまり、お前はトレジャーハンターで、この国に立ち寄ったのはたまたまであると…そういうことか?」


「その通りです」


 ルイードは強い語気を放って返事をした。自身の無実を確信付ける為である。


 成る程な、とは初老の男性は一言吐いて、難しそうな顔色をルイードを向けた。ルイードは初老の男性のまじまじとした目線を浴びて、目を背けたくなる。それはまるで、罪人の嘘を暴く曇りのない視線のようで、ルイードは特にやましいことなどなかったが、本能的にその視線を避けたがっていた。


 ただここで目を背けては本当に犯罪者として疑われてしまうーーーその事を直感的に悟ったルイードは真っ直ぐ初老の男性を見つめ返した。


 そんな状態が続くこと数秒、今すぐにでも逃げ出したいと怖気付くルイードの気持ちを察するように、スッと初老の男性の視線がルイードから外れた。


 ルイードは心の中でホッと息を吐くのも束の間、


「嘘はついていないようだな…それ故に、残念だ」


 と、意味深なセリフを口にした初老の男性。やはり意味が分からないとはルイード、すかさず初老の男性に訊ね聞いた。


「何が…残念なのですか?」


「いやね、君がこの場所に来た瞬間にも、全てが手遅れだったという事がだよ。ワシの権限では最早どうすることも出来ないわけだ、はははは」


 重たい口振りからいきなら軽く薄い笑い声を出す初老の男性を見て、ルイードは再度尋ねた。


「手遅れ?」


「そう、手遅れだーーー君の判決が今しがた下された。ワシはただその判決を君に伝えるだけにここに呼ばれたに過ぎない」


 そう言って、初老の男性は腕を組み、強い眼光をルイードへと向けた。そして、


「死刑だ」


 一言、ただそれだけを告げて、タバコをふかし続けるだけであった。






 死刑、その言葉を聞いたルイードの感想とは特になかった。ただ呆然とした面持ちでは、初老の男性に言われた「死刑」という言葉の意味を考え続けるだけ。つまり、理解が追いついていなかったと言える。


 私が、死刑?


 その言葉が喉まで出かけて、先に初老の男性の声を聞いた。


「どういう理由で君が死刑になるのかはワシにも分からない。ただこれは国王直々の命令であって、この国に住まう人間では誰もそのことに逆らう事はできない。ただの不法入国者が死刑になる事は前代未聞であるし、ワシもこの王国の騎士団に入隊して未だ嘗てない特例の事だ。しかもあの心優しき国王が直々に死刑判決などと…時にルイードよ、君は国王との面識は?」


 ルイードはすっかり正気の失せた顔で、首をゆっくり横へと振った。


 つい一週間程に立ち寄ったばかりの、それも初めて来たばかりの国の国王と面識があるわけない。ましてやルイードは一介のトレジャーハンターに過ぎず、普通に生きていたとしても一国の王と謁見する機会など考えられない。


 それがどうだ、死刑。しかも国王直々の命令で。


 次元のはるかに超えた驚きがルイードを襲っていた。口をパクパクと魚のような開けて閉じてを繰り返し、死んだ魚のような目を明後日の方向へと向ける。


「そうか、ないか…いや、当然だろうな。正直に言おう、ワシも今回の事はよく分からん。ただワシは君に死刑の判決を伝える任と、とある条件を君に伝えよと言われて来ただけなのだからな…」


 初老の男性は同情の瞳をルイードにぶつけ、ルイードは初老の男性の言ったとある条件とやらにすかさず反応し、詰め寄った。


「と、とある条件とは!?それは、もしかしてそのとある条件とやら受ければ、私は死刑を免れると、つまりはそう意味と捉えてよろしいのですね!?」


 凄い剣幕を見せるルイードに対し、初老の男性は「まぁまぁ落ち着け」とは宥めた。ルイードはハッと我に帰ると、謝罪句を述べ身を正した。


「取り乱して申し訳ありません。ですが、そのとある条件とやらが気になります。お伺いしてもよろしいですか?」


 紅一点、ルイードは必死に高ぶる自制を抑えつつ、初老の男性の言葉を静かに待った。


 


3




 次の日、ルイードは牢屋の中よりは幾分マシなボロ宿のベッドの上で起床した。起床してすぐにもルイードは瞬きを繰り返し、その場所が昨日、牢屋の代わりとして王国憲兵に連れて来られた郊外の寂れた宿の一室である事を再確認していた。


「はぁ、最悪」


 もしもこれが夢であったらどんなに良かったことだろうか…ルイードはそんな暗雲たる思いを頂きつつも、そそくさと身支度を整え宿を後にした。


 宿を出て、宿の入り口前では例の王国憲兵が眠たそうな顔で出迎える。牢屋に入れられてからというもの、その王国憲兵と顔を合わせない日はなかった。


「よく逃げなかったな?」


 そんな王国憲兵は嫌味たっぷりな口振りで鼻息を鳴らすと、ついて来いとは言わんばかり歩き出した。ルイードは何事を発することなく、ただ順々には王国憲兵の背後に続いた。


 今でこそ大した苛立ちも起きないルイードであったが、牢屋に入れられた初期の頃は王国憲兵の粗暴な態度に嫌気がさしていた。


 一度怒鳴り散らしてやろうか、とは何度も思い立ちはしたがついにはその機会も訪れることはなく、今日という日を迎える。


その理由についてはこの王国憲兵がルイード同じ女性という点と、またルイードと同い年ぐらいに見えるという点である。


 ルイードはこれまでに巡ってきた国々に於いて、女性の憲兵など見たことも聞いたこともなかった。つまりだ、それ程に女性の憲兵とは珍しい存在ということである。考えられる理由としては、彼女の素性に何らかの深い事情があるのだろうか。


仮にそうだとして、それがどんな素性であるのか気になるところではあったが、余計な詮索は彼女の気分を害してしまうだろうとルイードは押し黙った。

況してや今のルイードとは死刑判決の下された咎人であるーーー折角の生きるチャンスを棒に振ってしまうかもしれないという不安心がルイードの余計な行いを制していた。


 彼女の名前はチラッと聞いたことがある。確か同僚の王国憲兵から[ルチェット]と呼ばれていた。ただ彼女の名を知ったところでルイードが彼女の名を呼ぶことは今後ないのだろう。ルイードとルチェットの関係ーーーそれは罪人と憲兵に過ぎないのだから。


「ところで憲兵さん、私はこれから何処へ連れて行かれるのでしょうか?」


 特に答えに期待するわけでもなくルイードはルチェットに尋ねた。もちろん、「余計な口を叩くな」と眉山を寄せて怒りを露わにするルチェットが想像できなかったわけではない。


 言うなれば、ルイードは半ば開き直っていた。もうここまでくればどうなったって構うものか、何を言われたって構いやしないーーー


 その途端にもルチェットはダウナーな瞳を覗かせる。やっぱりか、とはルイードはどんな悪態をつかれるのか身構えていると、


「…はぁ、まぁいいだろう。どの道だ、貴様は真実を伝えようが伝えまいが結果は変わらん。ルイードよ、貴様に死刑判決が下されたのは昨日聞いたな?」


 と、予想に反しての反応を見せたルチェットに面をくらうルイード。ただその一瞬後にも、我に返ってはルチェットの質問に答えていた。


「はい、その通りです。ただ、とある条件とやらの結果次第では判決を不問に出来るかもしれないとも言われています」


 結局、ルイードは昨日の尋問の場にて王国憲兵の団長とされる初老の男性から詳しい話を聞けず仕舞いにいた。


『ワシの口からは言えん』


 と、渋い顔を作って話を濁されたままとなっていた。自身の生死に関わる重要な内容なだけに、ルイードは昨晩遅くまで寝れずにいたのだ。


「そうだ。今の貴様は言わば天秤にかけられている状態。今から行く場所ではそのとある条件とやらが待っている」


「成る程…」


「厳しいだろうが、全ては貴様の結果次第である。心して励めよ」


「わかりました」


 ルイードは頷きながら答え、その傍ら取り分け怖い印象しか受けなかったルチェットが素直に答えてくれていることに驚いていた。


「何だその顔は…私には何か言いたげのように映るが?」

 

 ルイードのそんな驚いた様子が伝わってしまったらしい、ルチェットの疑念に満ちた声がルイードの耳にはっきりとした語気を帯びて聞こえてきていた。


「い、いえ、そんなつもりは…」


「言え。貴様、何を考えている?」


「い、いやぁ~あははは…」


「……」


 じっとりとしたルチェットの視線がルイードの心臓を鷲掴む。この視線に捕まってしまえばお終いだーールイードはここ一週間ルチェットと接する中で自ずと理解していた。


 ついにルイードは観念して、


「すみません。まさか貴女から激励の言葉を聞けるとは思っていなかったもので…」


 正直に答えたルイードに対して、ルチェットは鼻で笑って、


「激励?馬鹿言うな。私が罪人である貴様如きに激励するわけもなかろう。これはその…哀れみというやつだ。いくら罪人といっても、これから先のことを考えると貴様が不憫に思ってしまってな…」


 という同情心を口にした。


「それはどういう意味でしょうか?」


「今に分かる」


 ルチェットはそれだけ言って、その後は黙々と歩くのみ。

 ルイードは何か言おうか二転三転考えて、やめた。ルチェットの背中が「これ以上は聞くな」と言っているような、そんな気がしたからである。






 それからルチェットに着いて歩くことしばし、ルイードは自身が今から何処へ連れていかれているのかを悟った。ルチェットとルイードの向かう先には綺麗に舗装された一本道が続いており、その先にある建物が何であるか分からない程ルイードも無知ではない。


「おっきい…」


 自然と、ルイードの口からはそんな一言が漏れ出していた。


 ルイードの視界いっぱいに広がるその建物は、この国に来た最初にも見ていた。というのも、その建物はこの国のどこにいても見えるほどに大きく、天を突くようには聳え立っていたお城であった。


 そのお城こそ、この国の象徴であり、この国を納める王様がいる場所にして、ルイードのような一介の冒険者風情が近寄ることを許されない神聖な場所でーーーそんなお城がだ、今まさにルイードの眼前にはデンッとして出で立ちでは待ち構えていた。


「あのぅ…どうしてここに?」


 ルイードは恐る恐るルチェットに尋ねて、


「どうしても何もない。貴様は今日からこの城[セントクルス城]で暮らすことになるんだ」


 ルチェットため息混じりに言った。


 ルイードは瞬きも忘れてルチェットとセントクルス城を交互に見た。これがルチェットの嘘か何かであろうとは思い、ルイードはルチェットが真実を明かすのを待った。


 待ったが、ルチェットはそれ以上を語ることはしなかった。ただルイードの驚きに満ち満ちた顔を呆れたようには見て、スッとルイードの肩に手を置いた。


「まぁ、そういうことだ」


「そ、そういうこととは!?」


「つまりだ、貴様はこれからこのセントクルス城に住み込みで、とあるお方の従者となってもらう。それが貴様に課せられた条件というやつになる。そしてその条件の結果次第で、貴様の生死が決まるという…って聞いているのか?」


 すっかり気が動転し切ったルイードを見て、ルチェットは心配するような口振りで言った。ルイードはその瞬間にも我に返って、現実を必死に呑み込もうとしてーーーやっぱり無理だった。


 無実と言っても、ルイードが現状罪人扱いされていることに間違いはない。そんな罪人であるルイードがだ、よもや一国の城に仕える人物の従者になると言って、そのような無茶苦茶な話を誰が信じようか?


 少なくともルイードは信じられずにいた。


 だからと言ってルチェットが嘘をついているようにも見えず、それがまたルイードを混乱させていた。


 意を決して、ルイードは口を開いた。


「その…とあるお方ってのは、どなたになるのでしょうか?」

 

 このセントクルス城という城は、この付近一帯ではまず知らない人間がいない程に、かなりの豪勢な城造りとして有名だった。また大陸全土に於いても、度の過ぎた田舎者でない限りではセントクルス城の名を知らない者はいないだろう。そういったことに疎い冒険者のルイードでさえ知っているぐらいだから、それ程には名の知れた城である。


 細部に至るまで丁寧には造られ、見る人に圧巻のため息を自然と吐かせる立派な城構え、空を割るようには天高く、この世のものとは思えないような神聖さを放ちセントクルス城は存在する。


 そんなセントクルス城に仕える人物となれば、それはそれは高貴な人物と見て間違いはないだろう。生まれからしてルイードとは比べものにならない程の高位な存在で、生まれたその瞬間から将来の有望性を約束された格式高い人物でなければまず城に仕えることは許されない。


またその中でも従者を従える程の人物とあらば、高位の中の高位、伯爵様や大臣様、はたまた王族家の血を引く王家の人間にのみ許された特権である。


 そんな特権を用いた人物が、また何で自分なんかをーーー


 ルイードの心中はその事で渦巻いていた。渦巻き過ぎて、次の瞬間にも体が破裂してしまうのではないかと思う程に、ルイードの全身は小刻みに震えていた。


 すっかり萎縮し切ったルイードに、ルチェットは心中察したのか、同情の眼差しを浮かべ、ゆっくりと、口を開いた。


「貴様が仕えるのはーーー」


 ルイードのゴクリと唾を飲んだ。そして、


「セントクルス王国第一王子[ハリス=セントクルス]様当人である」


 夢うつつのような、そんな微睡んだ感覚を覚えていた。


 嘘であれーーー雄大に広がる晴天を見上げたルイードの呟きをかき消すように、空どこかで知らない鳥が鳴き声を上げていた。


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