あかいくつ
あなた、死んでしまったのね。
この辺りに吹くありがた迷惑な潮風が、あたしに教えてくれたのよ。
お酒に呑まれたあなたが、周りの止める声も聞かないで船に乗って行って、今度は波に飲まれていってしまったって。それを聞いて、あたし、とてもあなたらしいって思ったわ。だってあなた、死ぬ時まで間が抜けているんだもの。おかしいわ。…でも、素敵。あたしね、あなたのそういうところが大好きだったのよ。
どうしようもなくって、気付いたら辿り着いてたこんな何もない田舎の港町を、一瞬でキラキラした輝いた場所に変えてくれたのはあなただった。いつもいつも酔っ払ってて、泣きそうな顔で笑うあなただった。あなたが話しているのを聞いているだけで幸せだった。これは臨時で入った金だから、なんて言って奥さんや子供を差し置いてあたしに赤い靴をくれた時なんて、嬉しさで死んでしまうと思ったわ。
あなたが死んでしまったから、この町はただの磯臭い淋しい町。あたし、あなたとなら破滅していいと、一緒に破滅したいと思ってた。あなたにも言ったわよね、そのこと。その時あなたは、確かな目であたしの方をしっかり見て、ありがとう、俺もおめぇと一緒にどうにでもなりてぇよと言った。それは、それまでに何度も言われ続けてきた愛してるよりずっとずっと甘い響きを持っていた。あんな清楚で高潔な奥さんには分からないロマンチズム。愛おしい。
あたし、あなたのお葬式に行ったわ。喪服を着て、赤い靴を履いて。周りの人がなんて言ったって気にならないわ。あたしが駄目な女だってことはあたしが一番分かってる。そんなあたしが、駄目なあなたに一番愛されていたことも。この靴はあなたの形見だものね、構わなかったのよ、履いていたって。あなたのお母様には怒られてしまったけれども。いくら間抜けな息子とはいえ私にとっては大事な息子です、その息子の死を茶化しに来たのなら帰りなさい、だって。笑っちゃったわ。あたし誰よりもあなたのこと想っているのに。だから言ってやったの。愛し合っていたから来たのよ、彼に貰った赤い靴を履いて、って。はたかれちゃった。出てけ、って怒鳴られちゃった。今頃きっと、頭の軽い女がいたものだってお怒りになってるかもしれない。
追い出されちゃったのだもの、仕方ないわね。あたしは赤い靴が導くままに歩いてきたわ。それで今、ここにいるの。どこだか分かる?
…崖の上よ。磯の匂いと波の色が脳裏に色濃く焼き付いちゃった。あなたはそんな海の底にいるのよね。あなたがもうここにいないのに、こんな町であたし、とても生きていかれない。だから最後の我が儘。あたしを一緒に連れてって。あなた言ってたもの。一緒に、どうにでもって。少し出遅れてしまったけど、一日も経ってないわ。すぐに追いつけるから待っていてちょうだいね。
ついこの前お店のママが教えてくれたの。自ら命を絶ってしまっては、愛する人には二度と逢えなくなってしまうって。でも、あたしは大丈夫。あたし達は大丈夫。あなたがくれた赤い靴を履いてるんだから。きっとこの靴があなたの所まで導いてくれるわ。え?靴が脱げてしまうかもしれない?…それこそいらない心配よ。
だって、何があっても絶対離れられないようにって接着剤でくっ付けておいたもの。