お手紙
人のいなくなった午後7時の教室で私は置き去りにされた数学の教科書を見つけた。
今日は金曜日。8時には校舎は完全に施錠されてしまうので、一時間以内に取りに戻らなければ、これの
持ち主は真っ白なノートで月曜一限の授業を受けることになる。
ははっ、意地悪な笑いがこぼれた。
どうせ、月曜の朝に真面目に課題を解いてきたクラスメートに泣きついてノートをうつさしてもらうのだろう。それか、土日のうちに教科書がないことに気づいて友人に写真なり何なりを送ってもらうか。
私は思い付いて、自分の鞄からルーズリーフを取り出した。
ちょっとした親切心と可愛い悪戯心である。
「………できた」
時刻は7時52分。そろそろ見回りの先生がやって来る頃だろう。
私は満足げにたった今書き終えたルーズリーフの『お手紙』を教科書の中に挟み、そっと机の中にしまった。
どうするかは彼次第であり、気づくかどうかも彼次第である。
「じゃあね」
誰もいない教室に別れを告げて立ち去った。
月曜一限、数学の授業。
ほとんどの生徒が音をあげて解ききれなかった課題を、まさかのクラス最下位である生徒が黒板に書き上げた。
友人たちからは誰のノートを写したんだと揶揄されるが、実際彼の友人に課題を解ききった者はいないため「自分で解いたんだ」という彼の証言は異様な信憑性があった。
……そう、生徒の中では。
「で? 東堂、誰に教えてもらったんだ?」
雑な字で書かれた数式を一通り見た教師が彼に尋ねた。
「だから先生! これは全部俺がやったんですよ! 平井や田中にも聞いてません!」
彼の言葉に平井と田中が頷く。
教師は意地悪な顔をして残念だったなぁと彼のかたを叩いた。
「これ、答えの部分だけ一個ずつずれてるぞ」
「えっ!?」
クラス一同がどっといっせいに吹き出す。
彼はルーズリーフを見返すが黒板の答えと違っているところは一つもない。
彼はそんなぁと皆の前で崩れ落ちた。
教室の窓際一番後ろの席。
彼女は手にもったシャーペンの先を揺らしながら笑っていた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
また別の作品でお会いできることを楽しみにしております。
それでは。