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瞳の紅かがち  作者: アクアモス
1/1

出発前

 特急列車は滑るようにホームへやってきて、悲鳴に似た汽笛を鳴らしながらゆっくりと停車した。二分遅れだった。

 あっという間で、しかし重苦しい二分間であった。

 自動ドアは詰めた息を吐き出すようにして開き、大きな鞄を持った人達がそこから雪崩みたいに降りてくる。


 まつりは祖母に向き合った。濁った目はうつろで、絶えずぶつぶつと何事か呟いている。

 もう数年はずっとこの調子だ。何を話しかけても反応は鈍く、まるで自分一人の世界に閉じこもり、他者を拒んでいるかのよう。

 こんな状態の祖母を残して出発する後ろめたさは、どれだけ季節が春めいて陽気に浮き立ったとしても、変わらず自分の胸に重くのし掛かることだろう。


「おばあちゃん、それじゃあ行ってくるから。夏には絶対帰るからね。困ったことがあったら、叔父さんや伯母さんにちゃんと言うんだよ」

 私は遠くへ行ってしまうんだから。

 その言葉は口の中で噛み潰した。


 降りていく人の波が消えると、今度は乗り込んでいく人の列が車両へ呑み込まれていく。

 もう行かなくては。ボストンバッグを持ち上げようとして伸ばしたまつりの手を、唐突に祖母の両手が包み込んだ。

 はっとして顔を上げた。小さな細い指が、慈しむようにまつりの手の甲を撫でさする。涙の出るほどに優しい手つきだった。

「まつりちゃん」

 使い古され、ところどころほつれた巾着袋から、祖母は真っ赤な数珠を取り出した。

 これには見覚えがあった。自分が地元を離れる際には、祖母から必ずこの数珠を持たされたから。

「持ってお行き。絶対に外しちゃ駄目だよ。どんなときでも」

 小枝のような指先でゴムをひろげ、大事に大事にまつりの手首へ数珠をかける。連なる珠は小指の爪ほどの大きさで、血のように赤く、あるいは炎のように紅かった。

「もしも外したそのときは――」

 祖母の声が低くなる。子供の頃から何度となく言い聞かされてきた脅し文句。

 聞く度に、身体が震えた。


「マヒトツのオニが来るよ」


 発車を告げるベルが、けたたましく鳴り響いた。


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