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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
99/105

閑話~報告、そして指示~

「本当、なのか」


 カリオ魔国のとある森の中、天ヶ上の震える声が響く。小さいはずの声は、周囲の重苦しい空気も相まってことのほか大きく響いたように思われた。

 誰もがその問いに答えない。押し黙り、視線を合わせようとしない。


 静寂を打ち破るように、ようやくシェルマが口を開いた。


「本当、ですわ」

「理沙は死んだと? この血が理沙のものじゃないかもしれない。もし本人だとしても、もしかしたら出血しただけで、ここから逃げているかも――」


 認めたくないと言わんばかりの天ヶ上の言葉に、シェルマ首を横に振る。


「小峰様の痕跡はここで止まっています。血から行方を調べてみても、魔法が行先を示さないのです。確かに小峰様が細工を施した可能性もありますが、その痕跡もありませんわ。何より……」


 そこで言葉を切り、木に付着した血に視線をやる。

 べったりとついたそれは、乾いてしまっていて赤褐色になっていた。木の幹の中頃から根本にかけてペンキでもぶちまけたように付いており、よく見れば地面にまで飛び散っている。広範囲に飛び散っているあたり、ただ傷口から流れ出たというわけではないのだと察することができる。


 当時の状況が凄惨であったことは容易に想像しやすい光景に、シェルマだけでなく橘も眉間に皺を寄せた。


(この量じゃとてもじゃないけど無事とは言えない。明らかに致死量よ、これ)


 素人である橘から見ても、これだけの出血をして無事だなんて言えなかった。

 同時に、人に殺されたわけでもただの魔獣にやられたわけでもないと、経験則で理解した。

 

 一方で天ヶ上はこぶしを握り締め、憎々し気に木を見つめている。ぶるぶると拳を震わせながら、嚙み締めた歯の隙間から言葉を漏らした。


「どうして、こんなことを……! 理沙の仇は僕が取る……!」


 緋之宮に続いて小峰も死んだ。ただただ怒りが天ヶ上を支配する。傍にいた樹沢の「落ち着け」という言葉さえ、彼の耳には届いていない。


 先ほどまであった魔獣の異常な騒ぎと今回の出来事が、天ヶ上の脳内で直線で結ばれる。自然と小峰が死んだのは魔獣によってなのだと彼の中では結論付けられ、調査などをすることもなく事実となってしまう。


「理沙を殺した魔獣がそう遠く離れたとも思えない。近場で町や村を襲っているだろう。()()()()()()()()()()()()()

「おい、勇気。マジで落ち着けって」


 様子のおかしい天ヶ上を、樹沢は肩を揺らして止めようとする。しかし天ヶ上は顔を向けることなく、ただ視線だけを樹沢に向けただけだった。

 言外に「なぜだ」と天ヶ上は問うている。そう判断した樹沢は落ち着いた様子で話し始めた。


「小峰は勇者だ。その勇者を倒した魔獣がどんな奴かわからない以上、警戒した方がいい。一度城に相談するなりして判断を仰ごう。怒る気持ちもわかる、復讐したいという気持ちも。だからこそ冷静に行動した方がいいと俺は思う」


 その言葉に天ヶ上は視線を外し地面を睨む。いつも即決気味にすぐ開かれる口は、今回ばかりは真一文字に結ばれている。


 その様子に樹沢はもう少し説得の言葉を連ねた方がいいだろうかと考えた。

 天ヶ上が怒る気持ちも理解はできるのだ。緋之宮に続いて小峰まで亡くなった。いつものメンバーがいなくなっていく。大切な人がいなくなっていく。復讐を望む気持ちや現状への怒りを抱かないでいられる人なんていない。

 だからこそ、樹沢は天ヶ上に冷静さを失ってほしくなかった。


 だがその思いは通じていないようだった。


「そんなこと、知ったことか」

「は?」

「理沙は大切な仲間だ。このまま向かう。大丈夫、殺した魔獣はすぐ近くにいるだろうし、仇はうてる」

「どいつが仇なんて分かっていないんだぞ。しかも今は異常事態だ。せめて報告は――」

「知ったことじゃない。仇を打つのは彼女のためなんだ」


 はっきりと言い切る天ヶ上に、樹沢は思わず言葉を詰まらせた。

 もう彼の中では小峰の仇を打つことが最善だとなっている。もう決定事項なのだ。これはもうてこでも動かないと、樹沢は口の端を引くつかせた。キシェルも眉間に皺を寄せる。

 対してシェルマやミレイアは優しい、さすがだと賛同していた。橘は少し考えこんでいたようだが、天ヶ上が言うならばとこちらも賛同している。


「それじゃあ行こうか」


 いつもの調子に切り替えて言うと、天ヶ上は橘やシェルマ、ミレイアを引き連れてさっさとその場を去ってしまった。樹沢たちへ一緒に行こうと誘う言葉もない。

 

 呆然と彼らの後ろ姿を見送った樹沢は、ゆっくりとキシェルへ視線を移した。

 

「私は連絡した方がいいと思うけど? はい、これ」

「だよなぁ」


 肩をすくめながら連絡用の水晶を手渡してくるキシェルに、樹沢も頷く。

 小峰のことに加えて天ヶ上のことも報告しなければならない。大きくため息を吐きたくなりながらも、樹沢は連絡用の水晶を受け取った。

 通話を繋げて数秒経った後、通話に出たのはホイットだ。


「お久しぶりです、ホイット様。今お時間よろしいですか」

『おや、樹沢殿。ちょうど私からしようと思っていたのです。ですがまずはそちらの話を聞きましょう』


 ちょうどホイットも話したいことがあったようだと、タイミングの良さにホッとしつつ先ほどまでのことを話す。

 小峰の死亡に関して、水晶越しでも息を吞んだのが樹沢にも分かった。勇者を殺した存在がいる、しかもすでに樹沢にとって先輩である緋之宮も死んでいる。脅威と勇者がまた一人減ったことに危機感を覚えるのも樹沢には納得できた。


 しかしそのあとにポツリと零された「間が悪い……」という言葉に樹沢はヒヤリとする。傍にいたキシェルも心配そうに水晶を見ていた。


「……もしかして話というのは全員が揃っていないといけないものでしたか」

『あなたのせいではない、ということははっきり言っておきましょう。ただ、勇者の皆様がホラビルの救援に向かっている間、エルフの里が襲撃されカリオの首都も魔獣の手に落ちています。王国はこの事態に対し救援を出そうと考えています。その救援に勇者方の力も貸してもらおうと思っていたのですが……』


 ホイットの言葉が途切れる。対する樹沢とキシェルは苦笑いを浮かべるしかなかった。なるほど、確かに間が悪い。


 どうしたものかと樹沢が返答に困っていれば、小さなため息が水晶から零れた。


『まずはエルフの里に向かっていただきたい。すぐさま班、ないしは分隊を送るように手配します』

「すぐに送ることができるんです? その、俺は詳しくないですけど、こういうのって国同士で話し合いとか」

『救援のために兵を送ることはすでに決定しています。救援のための作戦会議として先んじて十数名兵士を送ることも。その兵たちと合流し、天ヶ上殿を引き留め里に連れてきていただければ』


 一度、ホイットは言葉を切った。


『お聞きした話から、合流時にはすでに魔獣との戦闘が予想されます。並みの魔獣ならば大丈夫だと思いますが、勇者を殺した存在とも遭遇する可能性は0ではありません。……それこそ、魔王とも』


 指示の時とは打って変わって慎重に紡がれた言葉で告げられた魔王という言葉が告げられる。聞いていた樹沢はもちろんのこと、キシェルもぎょっとした。

 驚きで黙ってしまったのを読み取ったのか、「私も当初は驚きました」とホイットが言う。


『現状、相手がどんな手で勇者を害したのかわからない。手段がわからなければ対抗策も取れない。しかし勇者は希望です。我々の、民たちの希望です。……必ず合流するように』

「わかりました」


 ホイットの言葉に樹沢は力強く答えた。

 キシェルの時に痛いほど実感している。勇者が人々にとってどういった存在なのか、どういった役割を求めているのか。それを放棄したときのことも、きちんと覚えている。

 通話を切りながら、樹沢は気合を入れた。

 トンと肩に何かが触れる。そちらへ視線を向ければ、当たった正体はキシェルの拳だった。


「勇者のあんたより弱いけど、私もついてる」

「あぁ、頼りにしてる」


 互いに笑いあえば、すぐさまに二人は行動に移す。


 目指す先はエルフの里、そして天ヶ上たちと会わなければならない。事態は樹沢たちを待ってくれないが、やるしかないのだ。

 森の中は平和だ。小峰が死んだところだけが非日常で、でも確かにそれは樹沢たちに近づいている。

 

 背後から追い立ててくるように切迫した空気が包み込もうとしてくる。自然と樹沢の進む足も速くなっていった。

 

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