第73話~過去、そして決定~
「お話はもう終わられたのですか?」
外で待機していたリアナが、こちらを見ながら問いかける。駆け寄ってきたロルも不思議そうな表情をしていた。
「あぁ、聞きたいことは聞けた。そのことを踏まえて一度全員と話し合いたい。ジェラルドさんやオルブフ、リリアラ、ルルアラに屋敷の食堂に集まるよう伝えてくれるか」
「かしこまりました。直ちに」
優美な一礼と共に了承の言葉を返してきたリアナは、すぐさま連絡用の水晶を取り出した。微かに漏れ聞こえてくる声からして、指示通りにジェラルドさんたちに連絡を取っているようだった。
「ピニョッピ」
まだ不思議そうな表情のまま、ロルがそっと隣に並ぶ。歩く邪魔にならないぐらいにするりとそのふわふわとした体を擦り付けてきた。
怖い表情でもしていただろうか。見上げるロルは心配そうで、体を擦り寄せてくるのは少しでも気を紛らわせてほしいという思いからだろう。
「大丈夫だ、ロル」
ポンポンと頭を撫でてやれば、ロルは気持ちよさそうに小さく鳴いた。それでも距離は離れない。ロルが感じ取ってしまうほどの不安がまだ残っているのかもしれない。
俺自身、まだ迷いがある。簡単に立ち直れるような、それこそ主人公のような精神性を俺は持ち合わせていないのだ。過去を引きずって、忘れられなくて、見ないふりをして、それでも結局今、自分の問題に直面している。避けてきた勇者と関わるという問題に、だ。
もう今のままではいられないのだ。
◇ ◇
まっすぐと館に戻ってきたら、一休みすることなく食卓のある部屋へと向かう。クロスがかけられた長テーブルに洒落た椅子が並ぶこの部屋は、本来の用途である食事とは別に会議の場としての面も持ち合わせている。広すぎず、けれど主要な面子が揃うにはちょうど良いのだ。
実際、中に入ればオルブフ、リリアラ、ルルアラが思い思いの席に座っていた。
「すでに用意はできております。主はこちらへ」
上座の席の傍で控えていたジェラルドさんの言葉に従い、座りやすいよう引かれた椅子へと座る。
遅れるようにしてリアナは好きな席へ、ロルはひょこひょことついてきたかと思えば俺の右手側にちょこんと座った。
最後にジェラルドさんが座るのを確認して話し始める。
「すでに話はリアナから聞いていると思うが、集まってもらったのは現状のアトレナスに関することだ。一旦、先程アトレナス様との話を共有しておこう」
魔王の存在、この世界における魔王と勇者の意味、アトレナス様から聞いたことをかいつまみながらも話していく。やはり魔王の出現に関しては衝撃が大きかったのか、それぞれ表情の変化の違いはあれど驚いているようだった。
アトレナス様からの話を終えれば、「ううむ」とジェラルドさんが唸る。
「近頃、遊技場にいらっしゃるお客様もどこか普段とは異なる雰囲気を纏っているとは思っておりましたが、なかなかに厄介なことが起きているようで……」
「あぁ、実際エルフの里の襲撃を目の前で見たが、話として聞くのとは全く違うな。異変というよりも、あそこまで行けばもう種族間の争いだ」
目の前で見たのは魔獣とエルフの争いだったが、各地で起こっている異変を考えれば魔獣とそれ以外の種の争いなのだろう。同行していた人達が攫われた件も踏まえれば、規模の大小はあれど各地で異変は起きている。
「でも、魔王の存在も世界が活性化した結果起こることなら、今すぐにでも止めないといけないというわけでもなさそうなのです」
「そう、だね。異変は、各地で起きてる。そう思う、けど、最悪は、勇者が止めるだろうし」
ルルアラの言葉に続けてリリアラも小さな声で言う。確かにその通りだ。聞いた話を元に考えればそう考えるだろう。
魔王を倒せるのは勇者だけなのだ。自分たちがあれこれしてもどうしようもないのなら、どうにか出来る役に任せる方がいい。適材適所だ。
俺だってそうしたい。そうしたかったのだが、その勇者を知っているからこそ首肯できない。
「正直、俺は勇者がどうにか出来ると思っていない。可能性があるとしたら王都ですこし変わった様子を見せた樹沢だが……このまま何もせずとも勇者がどうにかしてくれる可能性は低いだろう」
溜息と共に言葉を吐き出す。樹沢に関しては何とも言えないのが本音だが、完全に信用するには今まで積み重ねてきたものが大きい。たとえ彼は大丈夫だとしても、残りの勇者に関してはむしろ魔王に負けてもおかしくないとさえ思える。
思い当たることがある面々-特に王都での騒動に巻き込まれたオルブフとルルアラ-は渋い顔をした。
その空気を破るように、思案顔のリアナが口を開く。
「ですが、この件を放っておいたとしても、今の第五遊技場の運営方針を考えれば大きな支障が出るとは思えません。全く無いとはさすがに言い切りませんが」
確かに彼女の言う通りだ。正直な話、第五遊技場として助けるほどの必要性はないだろう。
第五遊技場の顧客は神々であり、現状は各世界に門戸を開いていない。遊技場の利用者が今回の争いの影響を受けることはあるだろうが、アトレナス様の話を聞くとそこまで大きなものではないのだろう。
助けなくてもいい。どちらが勝とうと関係ない。
だからこそ、これから俺は『我儘』を言う。
「リアナの言う通り、どちらが勝とうと第五遊技場としては大きく関係はしてこないだろう」
静かな室内に言葉が響く。言葉を紡ぐたびに心臓が痛くなる。
この方、第五遊技場のことを考えての行動はあっても、これからする『神楽嶋秋人』としての行動は少なかったように思えた。それこそ、こちらの世界に来る前からだ。
いよいよだと唾を飲み込み、一拍置いて、続きを話し出す。
「だが、俺個人として、今回の戦いに介入したいと考えている。勇者側が勝つようにしたいんだ」
その言葉に、一瞬部屋の空気が張り詰めた。
「秋人様、魔王を倒すことができるのが勇者のみであるならば、介入することすなわち勇者と関わることになりますぞ。今まで秋人様はそれを避けてきていたように思うのですが……」
「そうだな、避けてきた。こちらの世界に来る前から、そしてこの世界に来た後も、あいつらに関してはろくな思い出がない。関わりたくないという思いだってある」
ジェラルドさんの指摘に俺は答える。
「けれど、エルフの里の襲撃を見て、魔王と対峙した。第五にはまだ直接的に関係してないから知りませんだなんて、俺には言えない。あれを見て、遊技場に影響が出そうになったらどうにかすればいいと悠長に構えてはいられない」
燃える木々、錯乱する人々、あちらこちらから聞こえる怒号と戦闘音。随分と前に魔獣が群れを成して攻めてきた五大祭の時とは違い、被害が出ている光景を見た。見てしまったのだ。
見てしまったものを、見なかったことにするのは難しい。
「主としては正しい選択ではないかもしれない。感情的な選択だと、俺も思ってる。何より今までの方針を、俺の勝手で変えることは申し訳ないとも」
言いながら視線が下に向いてしまう。
「……過去のままではいられない。もうこの世界に来る前の『俺』を引きずっていくわけにはいかない」
ポツリと呟きながら思い出したのは樹沢との再会やリアナの頼ってくれてもいいと言ってくれた言葉だった。
この世界に来て、第五遊技場の主になって色々と変わった。
頼ってもいいと俺に行ってくれる、大切にしたい人達ができた。
その人達を危険に晒すことになるだろう。
(それでも……)
心臓の音がうるさく、言葉を紡ぐのに邪魔だった。ギュッと足をつねって少しでも緊張を霧散させながら、無理やり口を開く。
「俺の我儘に、付き合ってもらえるだろうか」
何と自信のない声なのだろうか。聞いていた自分でさえそう思うのだから、目の前に座る彼らだってそう思ったはずだ。
「我儘だなんて言わないでほしいっす」
静寂を打ち破ったのはオルブフの言葉だった。
いつもの快活な笑みを浮かべながら、彼は言葉を続ける。
「確かに最初の方針とは違うっす。それでも先の事を考えて手を打つことになるから、第五の主として判断が誤っていると、我儘を言っていると思っていないっす。この選択で一番辛いのは、秋人様っすからね」
そこで一旦言葉をオルブフは区切る。つられるようにして俺は視線を上げれば、こちらを見つめる視線とぶつかった。誰もが柔らかい笑みを浮かべていた。ジェラルドさんに至ってはほほえましいものを見るような表情で少しむず痒い。
「なによりも頼ってくれたことが嬉しいっす。もちろん、俺は力になりますよ!俺だけじゃないだろうっすけど」
オルブフがガッツポーズを作りながら言えば、ジェラルドさんもうなずく。よく見れば目尻に涙が浮かんでいた。なんだろう、そこまで感動されるとは思っていなかった。子の成長を見守る親か何かだろうか。
「衝動的にではなく、自発的に自身が辛いものに立ち向かう。一朝一夕でできる事ではございません。これまでの経験を経て至ったのでしょうが、それでもまるで子が成長したようで……失礼、少し涙が」
「そ、そうか……」
言いながらハンカチを目尻で抑えるジェラルドさんに、少し照れ臭くなってぶっきらぼうに答えてしまう。先ほどの印象はあながち外れていなかったらしい。
ひとまず、全員の承諾を得たと思っていいだろうか。その旨を問えば、全員が頷く。ジェラルドさんはいい加減泣き止んでほしい。すごく触れづらい。
そうなれば次は介入する方法だ。最終目標が『勇者による魔王』の討伐であるならば、現在の勇者を魔王のもとへ無事に到達させる必要がある。
既に先輩が一名死亡し、どうにもそれ以外の被害も出ている様子が見られる以上、あまりもたもたしてはいられない。せめて樹沢だけでもと思わないでもないが。そこも含めて決めておかなければならないだろう。
「お、お話中のところ申し訳ありません! 緊急でご相談したいことが!」
介入方法について話を詰めようとした矢先、食堂の扉が勢いよく開け放たれた。
音に驚いてそちらに視線をやれば、息を切らせている女性従業員の姿。ヒュッヒュッと忙しない呼吸音や今なお呼吸が落ち着いていないことから、余程のことがあったのだと分かる。髪も乱れたままなのだから、一目散にここに来たのだろう。
「気にするな。落ち着いてからでいい、何があったか教えてくれ」
「は、はい、すみ、ません……」
女性は大きく深呼吸をした。荒れていた呼吸が次第に落ち着いてく。しかし纏う雰囲気は強張ったままだ。
「緊急事態が起きました! カリオ魔国にあるすべてのゲートと行き来ができなくなったと、入場ゲート担当の者からの連絡がありました……」
「なっ!? そのようなことがなぜ……いえ、もしかして?」
従業員の言葉にリアナは驚くも、すぐさま思い当たった節がある言葉を零す。誰もが似たような反応を見せていた。
「魔王だろうな」
リアナの言葉に続けるように言う。誰もがその考えに思い至ったのだろう。否定する言葉は出てこなかった。
さて、この事態にどのように対処するかだ。
万が一を考えるなら、極端な手段としてゲートの封鎖があげられる。しかしそれでは人々に紛れて生きている神々がこの世界に来ることはできない。ゲートを使うといえば彼らぐらいで、どちらかといえば困るのは先程方針を変えたばかりの俺たちでもある。
それならば営業を止めるわけにもいかないだろう。
「万が一があっては困るからゲートに監視を数人つけてくれ。選ぶのは戦闘がこなせるような人選で頼む」
「かしこまりました! お話のところ申し訳ありませんでした、これにて失礼します!」
俺の指示に元気よく答えた彼女は、丁寧な言葉と共にこれまた綺麗な一礼をして去って行った。
さて、どうしたものか。相手はどうにも待ってくれないらしい。
ゲートが使えなくて困るという事態は体験したことがある。あの時は第四工房が噛んでいたはずだが、それ以外にもゲートに干渉する方法があったのだろうか。
しかしながら、ゲートを抑えられたのは痛い。
ゲートが使えないとなると、住人は逃げられない。魔法があれば話は別かもしれないが、それでもゲートというのは交通の面以外にも避難経路として大きな役割を果たしているのだ。
「秋人様、どう、されますか?」
「カリオの首都に加えてエルフの里も襲撃されたのです。それに加えてゲートの使用不可、避難経路が絶たれたとしたら大変なのです」
二人の言うことはもっともだ。この事態の解決に勇者という戦力が使われるだろうが、彼らは今、自分たちの立場がどういったものか理解しているのだろうか。
替えが効かないのだ。彼らがいなくなれば、負けてしまえば、それすなわちアトレナスの世界にいる人々の負けなのだ。
「……ロル、確か能力で転移ができるな? アトレナスに行くことは可能か」
「ピニョ? ピニョッピ!」
俺の問いにロルは首を傾げ、しかしすぐに任せろと言わんばかりに鳴きながら頷く。
よし、それならOKだ。
「皆、勇者が今どこにいるのか調べてくれ」
見渡しながら言えば、彼らはそれぞれ返事をしながら頷いた。
あとは俺がどう動くかだが、既に決まっている。大方の予想がついているのだろう。皆、こちらにこれからの行動を問いかけることはしない。
「早速だ、今度はこちらから勇者に接触する」
早急な勇者との接触と現在の情報の擦り合わせ。まずはできることから、素早くやっていこう。




