第72話~魔王と勇者、そしてこの世界~
「……それは、俺が誰かから勇者と認められれば倒せますか?」
俺の問いに、アトレナスさんは静かに首を横に振った。
勇者という定義が誰かに認められて自然とできるのであれば、やり方はさておいても俺だって勇者になることが出来る資格があるはずだ。それでもその考えはアトレナスさんによって否定された。
「君が第五遊技場の主たらしめてるものがある。それは誰かに認められたから手に入れたものか?」
「ユニーク職業のことですか。確かにあれは気付けば手に入れていたものです」
「そうだ。簡単には手に入らないからこそのユニークだ。先程の問いだが、少し違う。時間をかければきっと君も手に入れることができるだろう。だがそれは村を救った、勇者だと自称したからといって一朝一夕で手に入れられるものではない。その過程をすっ飛ばして、君たちをこの世界に召喚した際に与えたからね」
彼の言葉に少しばかり考える。
勇者となるにはどれだけの時間を要するか分からない。エルフの里が襲撃されたような状況の中で、天ヶ上以外の者が勇者と名乗り出たとしよう。そう簡単に勇者であると認められることができるだろうか。
(勇者になれるかどうかもわからない。むしろこの状況で更に混乱を招くことになりかねないか)
混乱を招くことは本意ではない。そうなれば自分自身が勇者になるという案は却下だ。
「ふむ、その表情……自分自身が勇者になるという案消えたようだ。それならば他に聞きたいことは?」
楽しそうに、それでいて優し気な笑みを浮かべたままアトレナスさんがそっと聞く。
思わず「あります」と言おうとして、けれど開いた口から言葉が出ることはない。眉間に皺を寄せた姿などお客様の前で見せるべきではないかもしれないが、それでも眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。
どうして口を閉じたのか。
それは出てこようとした言葉を本当に言ってしまってよいのか迷ったからだ。力を貸してほしいなんて頼みをお客様である彼に頼むものではないと止めたのだ。
でもここで黙っていても仕方がない。聞きたいことが無いとなれば話はここで終わりだ。ええい、ままよ!
「……主神アトレナス様に、今回の騒動の解決にご助力いただくことはできるでしょうか」
「ほう」
スッと彼の目が細くなる。心臓の音がうるさい。間違えただろうか。しかし力を貸してもらえるならば御の字だ。魔王によって起きている混乱は、主神の彼から見ても対処しなければいけないものなのではないだろうか。
「今回エルフの里が襲撃され、アトレナス全体がきな臭くなりました。それに加えて魔王の出現です。彼の言動から人のことを生命とも思っていない。このままではさらに戦火が広がってしまいます」
「アトレナスとしてか」
「……?」
俺の言葉に対する反応がどうにもおかしい。笑みは浮かべたまま顎を擦り、何やら思案しているようだった。
少しばかり考え込んでいるようだったが、「ふむ」と小さく呟いて再び彼は口を開いた。
「まず――私は現状を世界が混乱している、助ける必要がある状態だと見ていない」
「……はい?」
アトレナスさんの言葉が耳に届いた瞬間、思わずカッと頭に血が上ったような感覚に陥る。何故だと鋭く問いかけの言葉を吐きそうになるのを、瞬時の内に堪えた。
駄目だ、ここで感情的になってはいけない。理由だ、落ち着いて理由を聞こう。
頭の片隅では、まだどこが混乱していないんだと感情が訴えかけてくる。それをどうにか抑え込むように長く息を吐いた。
エルフの里が襲撃される様子を見た。攫われ、捕らわれた人々も見ている。
何より部下の命を粗末に扱う魔王を見て、とてもではないが今の状況が正常だと思えなかった。
「申し訳ありませんが、俺には助ける必要がある状態だと思えるのですが」
彼はその言葉に「ふむ」と考えるように呟く。それもほんの2、3秒のことだっただろう。
「大前提として私はこの世界アトレナスの主神であって人族の主神ではない」
「人族の神ではないから助ける必要がない状態だと判断した、と?」
「待て待て、その結論は性急すぎる」
その言葉にぐっと堪える。確かにこちらも性急すぎた。
「順を追って説明する。少し時間を貰うがよいか」
彼の言葉に無言で頷いた。今口を開いたら、恨み言の一つ二つも出てきてしまいそうだ。
少しはこちらが落ち着いたと思ったのか、はたまた話を遮る意思がないと見たのか。アトレナスさんは小さく頷くとフロワリーテの方に視線をやる。
彼女もまた小さく頷けば、まるで何かを包み込むような動作を取った。すぐさまヴォンという音と共に彼女の掌の上に6つの丸い球が現れた。小さな球が5つに大きな球が1つ、大きな球を囲むように浮かんでいる。
もしかしてなのだが、これは……。
「5つの小さな世界、そして1つの大きな世界。これを見てすぐ察することもできるでしょうけれど、アトレナスと第一から第五の世界を球に見立てています」
フロワリーテさんの言葉にやはりと内心納得する。
その6つの球を見ながら、アトレナスさんが引き継ぐように話し出した。
「君と出会った時フロワリーテが説明したことを覚えているか?」
「えぇ、覚えています。第一から第五の世界の力がアトレナスに反映される、そして召喚された時は各世界の主はいない状態だったから、アトレナスの力が弱い状態だった。たしかそういった説明でしたね」
「その通りだ。そして今は各世界の主が存在している。そのおかげでその力がアトレナス自体に反映され、力を強めることができた。ふんわりとした説明だが、もう少し深堀をしよう」
そう言ってスッとアトレナスさんが6つの球に右手をかざす。瞬間、小さな5つの球と大きな球の間を何かが行きかうような緑の霞の流れが見えるようになった。
先程の説明と結びつけるならば、この霞は力だろうか。
「まず、第一から第五の世界がない場合が続いた時の説明をしよう。その状態だとこの世界の力の流れは次第に停滞していく。出来上がるのは淀み、世界自身の力で浄化も出来なくなった死の世界だ」
彼の説明に合わせて、大きな球からそれぞれ5つの球の間を流れていた霞が切れ、そして次第に大きな球も黒ずんでいく。
ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「力の流れというのは具体的にどういった形で生じさせることができるんです?」
「人や魔族、それこそ魔獣といった生きているものの活動、自然と様々だ」
「アトレナスだけの動きではその力の流れを生じさせて世界を回すことができないと?」
俺の言葉にアトレナスさんは「恥ずかしながらな」と苦笑を浮かべた。
「恥ずかしながら、一つだけで回せるほどの世界を作るのはなかなか難しくてな」
いやはや、まだまだ若造だよ。アトレナスさんはそう言いながら恥ずかし気にした。
コホンと小さくフロワリーテさんが咳をする。そろそろ本題に戻れということだろう。確かに話が脱線してしまっていた。すみませんと謝りつつ、彼らに話の続きをどうぞと告げる。
「ここまでの話でアトレナス単体ではいずれ停滞し、世界が死んでいくことは分かっただろう。そんなアトレナスに必要なのは止まりそうな力の流れを多少強引ながらも起こすのが第一から第五の世界の役割だ」
アトレナスさんの言葉に合わせてフロワリーテさんが浮かぶ球を操作する。5つの小さな球から再び緑の靄が現れ、大きな球へと繋がった。
「戦闘、知識、金、道具、そして娯楽。これらに特化した世界との交流でアトレナスは活性化する。それぞれの世界はアトレナスを生かすために必要な存在であり、その世界を存続させる柱ともなる主は必ず必要だ」
「だから召喚した」
彼の言葉を継ぐように言えば、アトレナスさんだけでなくフロワリーテさんも無言で頷く。
彼らにとっては5つの世界の主が召喚された時点で既に目的は果たしているようなものなのか。理解すると同時に疑問も出てくる。各世界の主はアトレナスの人間ではダメだったのだろうか。
「各世界の主はアトレナスの人間ではダメだったのでしょうか」
「当初はその予定だった。実践もした。しかし長続きしなかったんだ」
俺の問にアトレナスさんは申し訳なさそうに答えた。
「神々で話し合った結果、目的を遂げるならば異世界の人間がいいとなりました。そうする事で疑似的に5つの世界が異世界扱いになり、流れる力も大きくなると。この世界の人間で力の循環が出来るなら、そもそもとして5つの世界を作らなくてもいいはずですから」
フロワリーテさんの言葉に心の内でなるほどと納得する。どうして呼んだんだなんて思う人間も出てくるだろうが、彼ら呼ぶ側としても苦肉の策なのだろう。話していたフロワリーテさんやアトレナスさんは、この話の間中、ひどく申し訳なさそうな表情だった。演技だと見るにはあまりに深刻そうな表情である。
とりあえず第一から第五の世界とアトレナスの関係は分かった。話の流れからしてその活性化の対象が人やエルフといった種族だけではない事も。
「第一から第五の世界とアトレナスの間で起こる力の循環で世界の活性化を狙う。話の流れからしてその活性化は魔獣も対象である、ということであっていますか」
俺の問いにアトレナスさんは頷いた。
「あぁ、その通りだ。活性化の対象に例外はない。その結果魔獣側で魔王は生まれるし、人側には勇者が生まれる。どちらかが倒され、また負けた方が今度は生存圏を取り戻すために勇者ないしは魔王を出す」
彼は無言で浮かぶ6つの球へと視線をやる。球は何でもないようにぷかぷかと浮いていた。
「世界の活性に伴って起こる事象。今までもあったことであり、世界が活性している証拠でもある。だから今の状況を異常と判断しない」
告げられた言葉を受け止めるのは容易かった。理屈を理解してしまったから。
確かにアトレナスさんの言う通り今の状況は異常ではない。魔獣側の魔王と人側の勇者が戦い、どちらかが勝つ。それを繰り返していくのだ。エルフの里にあった物語は子供向けに書かれているものの実際にあったことなのだろう。
「……もし、他の神々に相談しても彼らは同じ答えを返すでしょうか」
「ふむ、多少違えど同じ答えになるだろうな。先ほどの話にあったように既に神々で話し合った結果が今なのだ。そして今までも繰り返されてきたことだ。立場で多少違えど、誰もが今を異常とみなさない。むしろ超えるべき試練だという者もいるだろう」
アトレナスさんの返答は想像していたものだった。
今回の事が異常なら、そもそも魔獣が今も存在していること自体がおかしい。魔獣が存在している事、そしてこれまでも勇者と魔王の戦いがあったことからしても止めるべきものではないのだろう。
それならば止める方法なんて限られてくる。もう関わらないようになんて言えない。
「ありがとうございました。すみませんがここで失礼致します。料金はこちらでお支払いしますので、お好きな物を食べて構いませんよ」
席を立ちながら言うと一礼して部屋を出ようとする。こうしてはいられない。もう自分たちの力で乗り切るしかない。
すぐさま部屋を出ようとする俺の背に、「少しだけいいか」とアトレナスさんが声をかけてくる。
「君が何をするかは想像に難くない。しかし普段ならば関わろうとしないはずだ。この戦いに関わるならばあの勇者にも関わる可能性が出てくる」
「関わらない方がいいと?」
「いや、そういった意味じゃないさ」
彼の言葉に言葉を返しつつ振り返り、そして言葉に詰まる。物珍しいでも好奇心でもない、慈しむような視線がこちらに向けられていた。
「衝動のまま事を進めるのもいいが、まずは自分の考えを整理した方がいい。この事態に介入する事は君が嫌う勇者に関わる事でもあり、他の第五の面々も大なり小なり巻込む事にもなるだろう」
確かにそうだと内心で頷く。自分一人で事を進めるにはあまりに規模が大きすぎる。
「その上で『世界が』ではなく『君自身が』何をしたいのか。考えて、相談して決めるといい。君には頼もしい仲間がついているだろう?」
仲間という言葉に瞬時に浮かんだのは第五遊技場の面々の顔だった。……確かにそうだ。頼ってほしいと言われたのに、また一人で考え込んでる。誰にも相談してない。
仲間を頼れてないんだ。
「……はい」
アトレナスさんの言葉に俺は小さく返事をしてそのまま立ち去る。
本来なら「ごゆっくりと」だったりある程度言葉を交わすべきだったのに、小さな返事以外彼に言葉をかけることも出来なかった。
彼の言葉が思った以上に自身に響いていた。エルフの里の時のように誰かに頼る。習慣になっていないそれはなかなか身に付かない。でも今が変わる時なんだろう。樹沢と話してまだ俺は変われていないことは実感していた。まだ前の世界の自分が重りのように纏わりついている。
変えなければならない。もう前の自分を引きずっていたくないんだ。




