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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
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閑話~森の中、そして始動~

 秋人が魔王と対峙していた頃、カリオ魔国西部に広がる森に数人の少年少女達がいた。鳥の鳴き声に葉擦れの音だけが響き、今カリオで何が起こっているのか知らなければいつもと変わらない日常だと錯覚していただろう。

 実際、少年少女の中の一人、天ヶ上は木々の間を駆けながらも訝し気に周囲を見回していた。


「静かだ」

「そうね、騒動が起こっているとは思えないほどよ」


 天ヶ上の呟きに、一歩後ろを走る橘が続ける。声には出さずとも、天ヶ上に続くように走る小峰やシェルマ、ミレイアも似たような表情をしていた。

 今の状況が、彼らにとってはただただ不気味なのである。

 ホラビルからの通信を受け、すぐさまいかねばと通信の場所を聞き出すとすぐに彼らは城を飛び出した。城の人間が呼び止める声を無視して向かったために、通信を受けて抱いたイメージが強かったのである。魔獣があちこちで暴れて大変なことになっているのではないか、ホラビルもそれを防ぐために必死なのではないか。特にこれといった根拠のない、言葉だけで抱いたイメージで動いていた。

 しかし蓋を開けてみれば、魔獣が暴れている気配がない。静かすぎるのだ。


「緊急事態、のはずですよね?」

「そのはずなのですが、この様子ではどうにもそのようには見えませんね」


 眉間に皺を寄せるシェルマの言葉に、ミレイアは頷きながら答えた。

 焦りよりも不気味さが強くなってくると、彼らの足は自然とスピードを緩めていく。


「通信があった場所はもうすぐなのよね? 違ってた、なんてことじゃないわよね?」

「ああ、違わないさ。ちゃんと聞きだした場所の近くのはずだよ」


 皺が寄った地図を再度、天ヶ上は広げて見てみる。半ば無理矢理奪った地図は端が折れ、握りっぱなしだったせいであちこちに折れ目ができてしまっていた。それでも確かに聞き出した目的地の印は消えておらず、先程まで通ったルートを考えたとしても、印近くまで来ているはずなのだ。

 一体どういうことなのか。皆が首を傾げていると、小峰がバッと勢いよく周囲を見渡した。


「どうしましたか?」

「来てる……!」


 シェルマの問いに返ってきたのは、半ば返事にもなっていない小峰の言葉だった。

 要領を得ない彼女の言葉に、シェルマは苛立たし気に再度口を開く。


「一体何がです?」

「一、二……ううん、いっぱい、魔獣が来てる!」


 小峰の魔獣という言葉に、誰もがぎょっと表情を変えた。


「本当かい、理沙!?」

「は、はい、勇気先輩。集団っていうよりも、バラバラでいるみたいです」


 その言葉に一瞬、天ヶ上の動きが止まる。


(囲まれた……? いや、そんなはず)


 ない、と頭の中で断言しようとしてもできない。ただホラビルからの要請を受け、合流して魔獣を討伐することだけを考えていたのだ。

 ちょっとした疑問が天ヶ上に生まれる。以前なら特段気にしなかったことが、仲間の死を経験した今では何かあるのではと気にしてしまう。

 いつもと違う天ヶ上にいち早く気づいたのは橘だった。


「勇気、大丈――」

「各自、散開して撃破しませんか? 先を急がなきゃいけませんし」


 橘の言葉を小峰が遮るようにして言う。思わずむっとした表情をする橘のことを意に介さず、小峰は言葉を続ける。


「今この状況のことを考えると、固まっている方が危ないかなって」

「けど――」

「大丈夫です、だって、私たちなんですから」

「そう、か」


 渋い表情の天ヶ上を遮り、小峰が落ち着いた声音で言う。そんな彼女に今の彼が返せる言葉はたった三文字のそれだけであった。

 

(大丈夫、だよな? でも……)


 何かあるのではないか。今までなら考えなかったようなことを考えてしまう。過るのは冷たい体で無惨な姿となってしまっていた緋之宮のことだ。

 小峰は依然として納得のいっていない天ヶ上に対し、きゅっと唇を結ぶ。そうして真剣な表情で再び口を開いた。


「やりましょう、先輩。私たちを、待っている人がいます」

「理沙……うん、わかった、そうしよう。ただ、何かあれば大声でも何でもいいから知らせてほしい。すぐにそちらに向かうから」


 小峰の言葉に賛同しつつ、全体に向けて天ヶ上は言う。

 その言葉をすぐ傍で聞いた小峰はうっとりとした表情を一瞬浮かべた。他の人にも向けて言われた言葉だなんて関係なく、自分のことを心配してくれたのだと思い込んでしまう。

 しかしすぐさま恥ずかしそうにその惚けた表情を消した。


「それじゃあ、散開。魔獣の対処が終わったらここに集合しよう。……皆、絶対に戻ってくるように」


 天ヶ上の小さな呟きが空気に溶ける。聞こえていたのはただ一人、皆がそれぞれ散っていく中で最後まで傍にいた橘だった。


  ◇


(想定、通り)


 一人、森の中を用心深く歩きながら小峰は内心で呟く。周囲に天ヶ上たちはいないが、遠くから爆発音などが聞こえてきていた。すでに誰かが交戦しているのである。

 その中で小峰はいまだ戦闘に入っていない。魔獣に遭遇しないのではなく、遭遇を避けているのだ。


(今回でもう一人、できたらいいな。でも誰がいいだろう?)


 魔獣との遭遇を警戒しつつ、脳内で組み立てるのはこれから会う相手だ。


(シェルマ王女? ううん、身分を考えたら危ない・・・。それならミレイアさん? 彼女は使用人だし、シェルマ王女と比べて危なくはない・・・・・・かな)


 ミレイアにしよう、そう決めかけて小峰はぴたりと動きを止める。


(……ううん、ミレイアさんもダメ。やるなら、殺すなら――橘先輩にしないと)


 名前と共に、最近の彼女を思い浮かべて小峰の表情が険しくなる。いつものおどおどとした自信なさげな雰囲気は消え、ギラギラと欲望をその瞳に宿していた。プラスの感情ではなく殺意というマイナスの感情からか、今の彼女はおどろおどろしいの一言である。

 狙いが決まれば、次はターゲットを探すことだ。そう決めた小峰はすぐさま行動に移す。

 大雑把な位置把握は、今もなお響く戦闘音である程度はできた。そこからは自身の力で誰がどっちにいるのかを特定するのみである。

 一瞬の間の後、タッと小峰は駆けだす。


(あの女はこっち……!)


 本来ならば討伐すべき魔獣を避け、ただ橘を葬るために木々の合間を縫うようにして走った。今の姿を天ヶ上に見られたならば、失望されることは間違いない。小峰にとって愛しい彼は、こういったことを嫌う性質だ。

 だからといって気にする訳ではない。ようはバレなければいいのだ。

 小峰はニヤリとほくそ笑む。橘が消えたらどうするか、彼女の後釜のような立ち位置にするりと滑り込んでしまおうか、そうしてより一層天ヶ上に近づくのだ。傷心するであろう天ヶ上を慰める未来の自分の姿に、小峰は笑みが止まらない。

 そんな妄想をしているからこそ、周囲への警戒が疎かになってしまう。


「おっト」

「きゃっ」


 ぶつかった衝撃に思わず小峰は短い悲鳴を上げた。反射で思わず目をつぶった彼女だが、ぶつかったのが木などではなく人なのだと先程の声から推察する。


「す、すみませ……ん……」


 流れるようにして謝罪の言葉を述べつつ、相手の顔を見る。瞬間、言葉は尻すぼみになっていった。


「おやおや、これはいいね。幸運だね」


 ニタリと浮かべる気持ちの悪い笑み、言葉は粘りつくようで聞いた瞬間に鳥肌が立つ。ローブでどんな容姿をしているのかさえ分からず、人型であることは確かだ。しかしローブから覗いている足元を見れば人ではないことが分かる。一見して鳥のような足なのだが、後ろの指が異様に長い。加えてそれは骨がないのではと思うほどの長さで、どちらかといえばタコやイカのようだった。

 魔獣だ。

 理解した瞬間、小峰はヒュツと息を呑んだ。しかし今まで勇者として行動してきたからか、すぐさま距離を取ろうと一歩後ずさった。


「うーん、消えかけ・・・・ではあるけれどまだ大丈夫そうだね」


 距離を開けようとする小峰に投げかけられた言葉の意味を、彼女は理解できない。少なくとも良いことではないことは確かだった。だからこそ、今この場で近い距離にいるのはまずかった。もう橘を殺すことは頭から抜け、天ヶ上に助けを求めることだけで頭がいっぱいである。

 

(大丈夫、私は先輩と同じ、勇者なんだから!)


 人を救う者、選ばれし者、そして天ヶ上と同じ存在。その事実は小峰に確かに勇気を与えた。

 もっともそれは、


「君でいいや・・・・

「……え」


 目の前でニタリと笑みを浮かべる奴の前では意味がなかった。

 唾を吐きかけようと思えば届く距離ほどまでに近づいた相手に対して、小峰はただ呆然とした様子を見せている。逃げないといけない、立ち向かわないといけない、そう思っても体は動かない。

 ただゆっくりと、彼女の視線は下へと向かった。

 視線の先には、胸を貫く化け物の腕があった。


「い……や……」


 現実を直視すれば、途端に痛みが襲ってくる。


「なんというかさ、さっきまでの戦闘を思うと拍子抜けするようだなぁ。もっと気を付けてよ、反応早くしてよ、ねぇ、やられるわけないなんて思ってるの?」


 ニタニタと笑みを浮かべたまま人影は言う。その間にも腕がぐるりと回され、余計に傷口が広がった。


「やめ、お願い、やめて……」

「嫌だよ。敵なのに生かす可能性を出すことこそ、馬鹿だと思わない?」

「ぎ……痛っ! なに、何が起こって……?」


 話している途中で、小峰にこれまた違った痛みが襲う。発生場所は傷口ではあるのだが、先程までの痛みとは明らかに違う痛みだった。

 そう、どちらかといえば何かに食い破られているような。


「まさか、食べて、る?」

「正解」


 何でもないように言われた答えに、小峰はゾッとして表情を変える。痛みを堪える表情から絶望のそれへと変わった彼女はコフッと血を吐き出した。その血は重力に従い顎から垂れ、人影の腕を濡らす。

 死にたくないと、小峰は痛みで薄れかけた意識の中思った。現実を直視したくない、痛みから少しでも目をそらしたいという無意識の思いが、小峰から意識を刈り取ろうとする。けれどそれを痛みが邪魔するのだから、死にたくないと願う思いが強くなっていった。

 願い、願い、強く願った結果思いつくのは、もう手遅れだとかは一切考えずに助けを呼ぼうという考えだ。

 そのためにも大声を上げ、この森の中に助けを呼ぶ声を響かせなければならない。そうすればきっと天ヶ上は助けてくれる。

 わずかに見出すことができた希望に、小峰が縋ろうとしたときだった。


「面倒なことしようとしてるね? それじゃ、ま、いただきマース」


 大きく口を開けた小峰の視界は、楽し気に顔を近づける人影でいっぱいになった。


 ◇ 


 遠くで戦闘の音がする森の中、咀嚼音と固いものが砕ける音が混じる。森の中でも一種異様な空気を漂わせていたその場に、人型の魔獣が現れた。一見して人だが、その赤い目と角で魔獣であることが分かる。


「魔王様、今よろしいでしょうか」

「んぐ、んぐ……うん、いいよ」


 口の中のものを嚥下した人影――魔王は、そう言って人型の魔獣へと視線を向けた。


「状況の報告を、と思いまして。カリオ魔国首都への侵攻に関してです」

「なるほど、続けて」

「かしこまりました。首都の制圧は完了、抵抗および逃げ遅れていたであろう魔族や人間は食糧庫へと運搬済みです。しかし、あの第三の女が手を回したのでしょう、大半の魔族や人間は逃してしまいました」

「ふむ、まあそれは仕方がないね。首都の制圧ができただけでもいいもんだ」


 魔王のその言葉に、人型の魔獣は続けます」と淡々と報告を再開し始めた。もう少し反応があっても面白いのに、そんなことを魔王は思ってしまう。しかし遮る理由もないので、そのことが口から出ることはなかった。


「同時に主要都市の襲撃をしていますが、大半の制圧が完了しております。……エルフの里の関しましては、襲撃は失敗となりましたが」

「しょうがないよ、それは。よりにもよって第五の奴があそこにいたんだ。成功したらそれこそすごいさ」

「第五があそこに、ですか?」

「そ、主の中でもなかなか表に出ないいけ好かないやつだ。慎重ともいえる。そういうやつは単純に強い奴とは別種の厄介な強さを持っているもんだからねぇ」


 気が抜けたような調子で言う言葉を、報告していた魔獣は黙りながらも真剣に聞いていた。その態度がさらにつまらなかったのだろう、小さく魔王は溜息を吐く。

 そうしてニヤリと、先程まで浮かべていた粘着質な笑みを浮かべた。

 

「ま、それは置いといてだ。状況報告したということは、次はどうするかも聞きたいんだろう?」

「その通りです、魔王様。やはり魔王様は何でも分かって――」

「それ以上はいいよ」


 生真面目な魔獣の言葉を遮りながら、魔王はずっと被っていたフードに手をかけた。勢いよく後ろへとずり降ろせば、その容姿が露わになる。

 それは影が人の形を成しているようだった。輪郭は定まらず、時折ざわざわと動いてはまた輪郭を形成する。ただ爛々と輝く赤い目だけがはっきりとした形で存在している姿は異様だった。ニヤリと口を歪め、歯がむき出しにならなければそもそも口さえあるかどうか分からないほどである。時折その黒い輪郭から飛び出てくる手や目といった部位は、それまでの食事・・が影響しているのが見て取れる。

 裾から伸びている手も同じく黒だった。しかしこちらは輪郭がしっかりしている。三本の指しかないそれで、魔王は飛び出てきた手を引っ掴んだ。かと思えば思い切りよく引き抜き、大口を開けて口の中に放り込む。一旦は途切れていたはずの咀嚼音が、再度森の中に響いた。

 彼なのか彼女なのか、それは分からない。けれど見ているだけで不安になる姿であった。

 そんな姿の魔王は口の中のものを嚥下すると、言葉を紡ぎ始める。


「宣戦布告だ」


 空を睨みつけ、目を輝かせる。


「勇者を一人喰らった。残りも対処すれば、もう僕の敵ではない」


 戦闘音は依然として止まない。その音の発生源を思うと、実に愉快であった。


「今、この時から、魔獣こそが支配者だと教えるんだ。食料風情や魔獣擬きは所詮なりそこないだと、そう教えてやるんだよ、この私たちが」


 静かにそう告げると、くるりと魔王は人型魔獣へと向き直る。


「行こうか、これから忙しい」

「はっ」


 短いやりとりの後、彼らは静かにその場を去った。

 残ったのは乾いてしまった赤黒い液体のみであった。

 

 

 

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