第69話 ~信頼、そして発見~
「魔獣が?」
「はい」
俺の問いにリアナは小声ながらも確かに頷く。疑いたくはないが何かの冗談ではないのか、そう思ったがリアナを見るにはどうも冗談を言っているようではない。
とりあえず、リアナの言う通りならば外に出たほうがいい。
「図書館から出る。道中詳細を話してくれ」
「かしこまりました」
本を戻しつつ外へと足早に向かう中、リアナはぴったりと斜め後ろをついてきた。
「事態が判明したのはつい先ほどです。最初に気づいたのは冒険者で、里を襲撃しようと包囲していた魔獣と遭遇、すぐさま里へと引き返したとのことです」
「あまり時間が経ってないなら数はそこまでなのか?」
「いえ、冒険者の報告を受けた兵が調査したところ短時間で集合した数としては異常なほど多いという話です。だから里の外には出ないようにと、兵から住民に説明がされています」
今までの情報もその説明の時に知ったのだと、リアナは淡々としながらも説明する。
魔獣の異常行動、よりにもよってこの時に来るのはさすがに想像ができなかった。まだ原因が魔王なのか、そもそも絵本にしか登場しなさそうな存在がいてもおかしくないのか、それらもはっきりとしていないのに。
内心で舌打ちしながらも、リアナに再度話しかけた。
「説明がされたあとなら転移門付近には近づかない方がいいな」
「ええ、そこは避け、一旦取っておいた宿の部屋に。ロルはそちらで待機しています」
「分かった。案内を頼む」
俺の言葉にリアナが一つ頷く。ちょうど話を終えたのが外に出た頃だが、出ると同時にリアナは歩調を早めて俺の前を行く形になった。魔獣に里が包囲され、外へと逃げることはできない。そうなれば残る逃走の手段は転移門を用いた外部への転移だ。
誰もがそのことを思いつくだろう。そして誰もが思いついた結果、人でごった返す。だからこそスムーズに動きたい今は避けたい場所でもあった。
外は一転して大騒ぎだ。誰もがその顔に恐怖を浮かべ、右往左往している。そんな人々の間を兵が幾人も縫うようにしてあちらこちらへと忙しなく移動していた。
「そういえばカリオの首都襲撃はどこから情報が?」
混乱する人々を横目に移動しながら、目の前を歩くリアナに問いかける。
「説明時に。カリオの首都に逃ればいいと言った人に、首都も同様の状況であると説明していました。同時にカリオ全体が危ないから、転移するならば各世界の方がいいだろうとも」
「まあ、そうなるわな」
もしそうならば、この里を守ろうとする人はいるのだろうか。
「ですが、誰もが逃げ出しているわけではないかと思われます。その時見た限りの話になりますが、生まれ故郷を守ろうと勇む人の姿も見受けられました」
俺の思考を読み取ったのか、口にする前にリアナは言った。
もしリアナの言う通りであり、この里を守ろうとする人がいたとするならば里自体が激戦区になる。もちろんその分血だって流れるだろう。里の防衛側と魔獣側の戦力を知らないのでなんとも言えないが、この里自体が陥落してしまう可能性だってある。
「うーん」
思わずうなり声をあげてしまう。声に反応してリアナがこちらの様子を伺っているが、ただ何でもないと返すしかできない。
取る行動としては第五に戻ってアトレナスの主神に事情を聞くことだ。これは何も里の防衛に成功しなければできないというわけではない。参加せずに第五に転移なりなんなりすればいい話なのだ。第五にいないとしても、行方を知るためには一度第五に戻ったほうがいい。
つまりはここにいる必要がない。
エルフの里の人々を見殺して、当初の目的を達成する。実に簡単なことではあるかもしれないのだが。
(ちょっとそれはって思ってしまうよなあ)
さっさと第五に転移することに、感情面の話をするならばとりたくない案であった。
被害者が出るのか出ないのかまでは分からない。けれど緊急事態で魔獣の危機にさらされている場所を見捨てるのか、そう自分自身に問えば見捨てたくないと思ってしまう。
無視するか、否か。
悩み、考えて結果を出す。
「リアナ、里の防衛に参加したい」
「かしこまりました」
俺の言葉にリアナは微笑みを浮かべ、一つ頷きながら答えた。特に逡巡している様子を見せていないあたり、この返答を予想していたのかもしれない。
「とりあえずロルと合流、防衛の件を伝えんとな。あ、あと防衛がいつ始まるかも調べないと」
他の人に合わせて防衛した方がいいだろう。それなら先に俺が魔獣の索敵をしておいて、厄介そうなところをつぶした方がいいだろうか。ただうまく誘導できるとは思えない。リアナたちは他の人達に紛れて防衛という形にしたら誘導出来たりしないだろうか。
ぶつぶつ呟きながらも作戦を考える。人々の喧騒は先程よりも大きく、戦いが近づいているのだと物語っていた。
◇
階下に加えて外の騒ぎが宿屋の一室に響く。窓や扉を閉めているからくぐもったものになっているが、どちらか片方でも開いていたら大声で話さなければいけなくなるだろう。ロルへの説明も大声でしなければならない。
そんなざわめきが絶えない中、ロルへ防衛の件に関して伝える。返ってきたのは頷きと「ピッ」という明るい一声だった。
「よし、それじゃあ防衛に関してどう動くかだ」
「大きな目標は包囲している魔獣の撃破、および里の安全が確認されるですね」
「ああ、今包囲している魔獣で終わりならそれでいい。ただ一陣、二陣と来るなら包囲が解けたとはいえない。リアナの言う通り、安全の確認ができた時に防衛が成功したとみなしていいだろう」
リアナの確認の言葉に頷きながら答える。
五大祭の時にも似たようなことがあった。あの時と同じく魔獣の包囲ではあったが、違う点と言えばそのことを住民が知っているか否かである。
そして今回はそのことを住民たちが知っている。となれば、だ。
「五大祭の時はそこまで音を立てなかった。ただ今回はある程度そこは気にしなくてもいい。さすがにあからさまなことをするわけにはいかないが、そうでなければ多少を音を立てて戦闘していると思われても違和感はない」
「ピッニョピ! ピニョッ!」
やる気に満ち溢れているとばかりにロルが鳴く。もしかしたら五大祭の時を思い出してのことだろう。あの時のロルはおかしかった。暴走した状態から元に戻ったからはいいものの、その事実はロルにとって悪い思い出として記憶に残っているのだろうか。その時とは同じようにはならないと勇んでいるようにも思える。
おっと、そうだ。あまりにも変化がないから思いつかなかった。今、ロルに変化があるのだろうか。
「ロル、五大祭と同じ状況だがあの時と同じ感じがしているか?」
「ピ? ピニョ」
俺の問いにロルは首を横に振った。
「そうか……こう、なんか魔獣として感じるものはないか?」
アバウトな質問でごめんな……。でも、こちらもこんな風にしか言うことはできない。五大祭の時と似ている状況ならば、魔獣が前回のロルと同じ状況なのではないかと思う。それならば同じ魔獣であるロルが何かしらを感じていないか気になったのだ。
俺の問いにロルは唸りながら首を右に左にと倒す。目をつぶってしばらく考えこんでいた様子だったが、何かを考え付いたのかパッと目を開いた。
「ピピピピピ! ピニョッ!」
「な、ん、え? すまない、もう一度やって見せてくれ」
意気揚々とロルがしたのは何かのジェスチャーだった。目をぎゅっとつむり頭を抱えながら鳴いたかと思えば、襲い掛かるようなふりをする。えっと、聞いたのは俺だが急にされてすぐに意図を読むことはできなくてごめんよ?
しばらく繰り返すロルのジェスチャーを見ながら、ちょっとずつこうだろうかと思いついた考えを口に出す。
「頭が痛い? いや、洗脳に近いのか? とにかく、魔獣を誰かが操って襲わせている?」
半ば独り言のような言葉に、ロルはその通りだとばかりに勢いよく一つ頷いて見せる。
魔獣を操って襲わせている犯人。そう考えてふっと思い出すのは、これまた五大祭の時に会った謎の人物である。あいつか?いや、ただの憶測なんだけども。
「とりあえず、首謀者ないしは元凶が存在するって認識でいいか」
「魔獣を操る存在ですか。五大祭の時も軍隊のような行動をしていたと聞いております。同じ存在なのでは?」
「だと思う。けれどはっきりとは分からない。とりあえず、元凶がいるのであればそいつを叩く方がいいだろう」
頭があるならばどれだけ魔獣を撃退したとしても意味がない可能性がある。倒しては呼ばれ、倒しては呼ばれを繰り返して際限がない。そんな事態を防ぐためにも頭は早々に潰した方がいい。
魔獣を撃退しながら、頭を探し出して叩く。その役割は俺がやったほうがいいだろう。
そう、考えてリアナとロルに伝えようとした瞬間である。
「魔獣の撃退に関しては私とロルにお任せください」
「ピニョピッピ!」
「え、でも俺も――」
「シュウト様」
俺の発言にかぶせるようにリアナが声を出す。魔獣討伐に参加した方がいい、そう言おうとしていた口をゆっくりと閉じた。
リアナはその様子をただじっと見守る。そうして俺の目を見て、彼女は静かに話し始めた。
「今回の目的は二つ、魔獣の撃退と元凶であろう存在への対処です。元凶に関しては何とも言えませんが、魔獣自体は秋人様の手を煩わせるほどではありません」
「ピニョッ!」
「それならば私とロルで魔獣、秋人様には元凶の捜索の二手に分けたほうがいいのではと。魔獣の相手をしながらよりも、より見つけやすいのではないでしょうか」
そう締め括ったリアナの言葉に、俺は思わず唸ってしまう。
確かに彼女の言う通りだ。魔獣の相手をしながらか、それとも集中して探すか。どちらがいいかと言われれば後者だろう。どれだけ素早く倒すことができるとしても、撃退している一瞬の間に逃げられる可能性だってある。それなら最初から元凶の捜索だけに気を付けてればいい。
一方でそれでいいだろうかとも思ってしまう。ここまでリアナに色々頼ってきたのだ。ロルにも頼ってきている。
ここにまで頼っていいのかと、どうしても考えてしまう。
「迷わなくてもよいのです、どうか私たちを頼ってください」
考えを見抜いたのか、リアナは微笑みを浮かべる。人形のことではしゃいだりするときの彼女の顔ではない。穏やかな見守るような微笑みだった。
「諫め、諫められる。迷惑をかけ、かけられる。そして助け、助けられる。それが信頼というものでしょう?」
彼女の言葉にロルも頷く。
静かに告げられたリアナの言葉が、すとんと胸に落ちたような気がした。王都で樹沢と会った時に出てしまったこちらの世界に来る前の感覚が、ふわりと消えていくような感じを覚える。
俺がどうにかすればよかったのかと、あの時俺は樹沢に零してしまった。告げる必要はなかったし、口から零れ出たその言葉は本心である。俺が悪かったのだろうかと、どうにかしたらよかったのだろうか。どれだけの時間が経とうと、そのしこりは意識していないだけで消えていなかったのだ。
けども今、それが消えた。
助けてもらっても、迷惑をかけても、救われてもいい。
それならば言い慣れてはいないものの、むずがゆくなるのを抑えながらも言おうじゃないか。
「頼む、助けてくれるか」
俺の言葉にリアナとロルはこれまた嬉しそうに一つ頷いた。
「もちろんですとも」
「ピニョッピヨ!」
彼女の達の返答に、俺はそわそわと肩を揺らす。これが信頼の形なのだと意識すれば、存外に悪くはなかった。
「と、とりあえず、ロルとリアナで魔獣の撃退、俺は元凶の捜索で行こう」
「かしこまりました」
「ピッ!」
誤魔化すように言った言葉に、リアナとロルは頷く。
分担を決めれば、そろそろ防衛が始まるのではと宿屋を出た。通りを歩く人は少なく、いたとしても衛兵か冒険者だ。先程までの混乱した空気ではなく、戦闘前の張り詰めたそれを感じる。一方でいまだに叫び声が聞こえているが、どうにも恐慌に陥っているが故のものではないらしい。ちらほらと聞こえる単語から推察すると、既に防衛が始まっていたり準備していたりとしているようだった。
リアナも聞いていたのだろう、歩きながらもちらりと空へと視線を移す。
「均一で包囲しているようではないようですね。もう戦い始めたところもあれば、いまだ包囲している魔獣との距離があるところも存在するようです」
「それじゃあこちらも行くか」
歩いた先は人の気配がない裏通りである。<レーダー>を確認してもすぐ近くに人はおらず、こちらに向かっている様子もない。
「それじゃあ、魔獣のことは頼む。行動中は他の人に見られないよう、魔法なり隠れるなりして各自対応するように」
ばれて余計な混乱を生むぐらいならばと考えた案に、ロルとリアナは無言で頷く。
リアナは杖をどこからともなく呼び出すと軽く振ってみせる。瞬間、彼女自身だけでなくロルや俺の体にノイズのようなものが走った。
「これで姿は私たち三人以外に見られることはないでしょう。それでは秋人様、失礼いたします」
「ああ、頼んだ」
優雅に一礼すると、彼女の姿が掻き消える。<レーダー>を確認してみると、リアナを示す点は里の外へと出ていた。
「ピニョッ!」
リアナが去ったのを見て、ロルも羽ばたき始める。上空へと舞い上がったロルはすぐさま自分の持ち場へと飛んで行った。<レーダー>にはっと……うん、リアナとは反対側の方に飛んで行ってる。
今度は俺の番である。再度<レーダー>で人影を確認したのち、上空へと飛び上がりそのまま里の中心へと向かった。
上空から見ると誰がどこで動いているのかが簡単に分かる。広場には作戦本部なのか人々が集っており、そこから冒険者や衛兵が街のあっちこっちへと走っていた。外に近い場所へと視線を向ければ、防衛に参加する人々がそれぞれの武器を抜いている。
彼らから視線を外し、目の前に<レーダー>を展開した。索敵範囲をエルフの里を中心に広くしていく。条件として人、そしてリアナやロルを除外した。これならば探しやすいだろう。
(けど相手が魔獣だとは限らない。気配も)
集中して、ちょっとした違和感さえ見逃さない。爆発音や怒号が聞こえる中、意識が研ぎ澄まされていくのを感じた。時間が流れていく中でも戦闘音は消えない。<レーダー>に表示している魔獣も倒された瞬間、すぐさま別の魔獣が補充されている。そうして補充された魔獣も消失するのだ。
少なくとも今現在、圧倒的物量による攻撃は成果を出していない。けれどそれがこれからもという確約はできない。
早急に原因を潰さなければならないのだ。
(どこだ、どこにいる)
焦る気持ちを抑え、探すことに集中する。エルフの里中心から少しでもずれれば、展開している<レーダー>の範囲も変わる。
音が遠くで鳴っているのではと錯覚しかけた時、<レーダー>が一つの点を表示した。包囲網から離れた場所で、魔獣が避けて通っている存在。
勢いよく、その存在がいる方向へと体を向ける。
「見つけた……!」
眉間に皺が寄る。手に≪駿影≫を握り、すぐさまその存在へと飛んで向かった。
それがいたのは森の開けた場所だった。周囲には誰もおらず、ただただ指揮するように手を振っている。それが決して無意味な行為でないことは、指揮に合わせて動く<レーダー>上の魔獣を見ればわかることだった。
「これはこれは……、予想外のものが」
フードを目深に被った人影が呟く。男性なのか女性なのか、老いているのか若いのかさえ分からないような声色で、人影は面白そうに笑った。
そんな存在にただ静かに問いかける。
「お前が元凶か」
「そう、だね」
俺の問いに人影は考えこむようにしてみせながらも頷き、肯定する。
「お土産ついでに食糧の確保をしているだけさ、皆でね」
そう、ニタリと笑った。




