閑話~森、そして襲来~
「備品の確認、終わりました! 行軍の影響で壊れた備品はございません!」
「ふむ、ご苦労」
カリオ魔国内でも国境近くの森にて、男性二人がそんなやり取りをする。彼ら二人だけではない。いくつかの幌馬車に他数十人の兵士がその場にいた。小休憩中なのだろうか、森の開けた場所で彼らは思い思いに休んでいる。
「それにしてもここは誰も通りませんね。来てるときもすれ違いませんでしたし」
先ほど報告した男性が周囲をぐるりと見回しながら言う。彼らがここに来るまで誰一人としてすれ違うことはなかった。目的のことを思えばそれは嬉しいが、男性にとってはスムーズにいきすぎて怖いのだ。
けれども上官であろう男性はそんな彼の言葉を笑い飛ばした。
「はっはっはっ、スムーズにいってなにが悪い。これも目的が正しいことであると、神々が認めてくださってる証拠だ」
「……それもそうですね」
上官の言葉に形だけでも男性は笑いながら答える。
本当は不安だ。けれど上官が是と言うならばそれは是なのだ。そこに一兵士である男性の言葉がどれだけ投げかけられようと塵のようにつもりさえもしない。
「そうだ、確認の結果を主様にご報告してこい。私はちと忙しい」
「はっ、かしこまりました!」
忙しいと言ったって、ただ馬車の中で休むだけだ。けれどそんな不満は飲み込んで、男性は別の馬車へと向かった。
向かった先の馬車は大きさこそ同じではあるものの、中が他の幌馬車とは違うことを男性は知っていた。ただの幌馬車と違って中は柔らかな絨毯が敷かれ、さらには衝撃を和らげるためのクッションも備えている。事情が違えば外見だってもっと立派な馬車になっていたことだろう。
本来なら不平不満を言っても何も言われないのだろうが、中の人を思えばそんなことを言う気にもなれない。
「第四の主様、ご報告に参りました」
「ああ、ありがとう。今向かうからちょっと待ってね」
外から声をかければ、中から声とともに少し遅れて大ケ島が姿を現す。
先ほどまでのことを報告すれば、彼は満足そうに一つ頷いた。順調ならば何より、変な障害がなければそれに越したことはなかった。魔物にぶつかることも本意ではない。
「よく分かったよ。それじゃあ持ち場に戻ってね」
「はっ、失礼します」
男性兵士は敬礼すると幌馬車前を去っていく。
彼の後ろ姿を見送っていた大ケ島だが、「さて」と呟きながら中へと戻っていった。少し考えをまとめたいのだ。クッションに体を埋もれさせながら、大ケ島は横に乱雑に投げていた一枚の紙を手に取った。彼らが今いるカリオ魔国の地図である。カリオ以外の国で入手したものではあるが。
(いやはや、それにしても本当にタイミングがいい)
本来なら第一闘技場の魔獣騒動を理由に、国境に兵を待機させておく予定だった。魔獣騒動の件があるから待機させる言い訳もできるからと決行した作戦だ。
それでは早速実行した。そこで予定が狂う。もっとも、良い方面にだが。
カリオが魔獣の襲撃を受けたという報せを得たのは、国境に兵を配備し終えた時だった。本国からの報せに最初は誰もが呆けた表情をしていたが、報告の後に告げられた命令で気を引き締める。これを期にカリオに攻め入るという話だった。
「ある程度魔獣を倒すなりしてパフォーマンスしながら、進軍していけばいい。少しでも領地が手に入ればよし、できずともこれをネタにしてどうとでもできる」
何もしないわけにはいかないだろう、そう大ケ島は呟く。
どうしてカリオに進行しているのか聞かれれば、救援のために来たのだという言い訳もできる今、大ケ島もといホラビルにとっては好機なのだ。何もせず見守るよりもさっさと行動に移した方がいいと、心の内で彼は結論付ける。
そうなればそろそろ休憩も終わりにした方がいいだろうと、兵士に声をかけようと外に出ようとした時だった。
「ぎゃあああああああああ」
そんな野太い叫び声を皮切りに、外から悲鳴が響く。男性女性関わらず、静けさを破って大ケ島の鼓膜を震わせる。助けを求める声が、自棄になっている声が、ただただ叫ぶだけの声が、ゆったりとした幌馬車を震わせる。
それを聞いていた大ケ島はぴたりと動きを止めていた。幕を開けようと伸ばした手はゆっくりと降ろされる。呼吸が荒い。嫌な汗が出る。落ち着きたいのに呼吸は早くなり、けれどもその呼吸音さえ立てるのが恐ろしい。
何より声が一つ一つ、確かに減っていく現状が大ケ島にとって恐怖であった。
「主様、助け……っ!」
その声を聞いて思わず漏れ出そうになった舌打ちを、大ケ島は堪える。
(名前を出すんじゃない……!)
気づかれたらどうするんだと毒づきたかった。
そこで気づく。声がしていないのだ。外からの声が消えたのなら、もう異常事態は終わったのかもしれない。
平時ならばもっと注意していたはずだが、今の大ケ島は冷静にはなれていなかった。恐怖で麻痺した思考は一つの考えにたどり着く。
(第四の主なのに何を恐れる必要がある!)
選ばれた人間なのだと自身を奮い立たせ、大ケ島はえいやと幕を開けた。
まず視界に入ったのは赤だ。きれいな赤というよりは、少し黒ずんだ赤。青々とした緑の中に浮かぶその色はあまりに異常だ。
次に飛び込んだのは人の体の部位だ。五体満足のものが何一つない。片手だったり足だったり、体のどこかの部位が散らばっている。相手が人であればこうにはならないだろうと、頭の片隅で大ケ島は思う。食い荒らしたようだと他人事のように考えてしまう。
そんな惨劇の中で、ただ一つ人影が立っていた。
「アあ、ココニいタ」
とても嬉しそうに、フードを目深にかぶった人影は言う。
ぞわりと襲われた悪寒を無視して、大ケ島はあくまで強気に問うた。
「これをしたのは君かい?」
「ソウ、そウダトモ」
大ケ島の問いに人影は満足気に頷く。
答えを聞いた瞬間、大ケ島は武器を呼び出した。さながらおもちゃのような銃を、大ケ島は素早く人影に向ける。
相手に武器を突き付けられたというのに、人影は微動だにしない。むしろ楽し気だ。
「ヤるカイ?」
「やらないとでも?」
「フム、それデハヤロウカ。ヌシのキミニトッテハ、フクシュウセンになるのカナ?」
「はは、そうかもね」
大ケ島を主だと認識している。加えて先の発言で、狙いが大ケ島自身だと分かる。主だと分かったうえで襲撃している相手に、大ケ島は警戒を強めた。
「ナノリはアゲナクテモ?」
「した方がいいかい? 確かにそれらしくはなるけどね」
「スキニシテいいよ」
簡単な会話をしながら、相手との距離を探る。どちらが先に仕掛けるか、互いが探っている状況だった。
「ま、いいや。これから死ぬ相手に名乗りなんて必要ない」
「ハハ……ソウダ、ナ!」
大ケ島の言葉に、人影は笑いながら一息で詰めていく。対して大ケ島も地を蹴って横へと飛んで避けた。
惨劇はそのままに、戦いの始まりである。
◇
光が飛び、かと思えば衝撃波で木が揺れる。外れた攻撃は轟音と共に地面を抉った。
どちらが優勢かと言われれば、それは誰が見ても大ケ島だ。手に持ったおもちゃのような銃から様々な属性の魔法が飛び出し、不審な人影を貫こうとする。対する人影はただただその攻撃を避けているに過ぎなかった。
炎の玉が飛び出し人影に向かったかと思えば、人影はそれをすんでのところで避ける。はたまた雷が蛇の形をして飛んだかと思えば、地面をごろごろと転がるようにしながらも避けていた。
大ケ島が攻撃して、人影が避ける。戦闘開始からこの光景は変わらなかった。
「ほんっとに、ちょこまかちょこまかっ!」
再び引き金を引いて氷の矢を射出しながら、大ケ島は苛立ちを言葉に乗せる。
最初の攻撃以降、人影に反撃の様子はない。当初は余裕な様子ではあったが、どうにも避けるだけで手いっぱいのようであった。
それならばと一度は安心したものの、結果はまだ仕留められていないという有様だ。
「逃げてばっか。攻撃してきたらどうなんだい?」
そんな挑発の言葉を投げかけるも、相手はどうにもそんな余裕さえないようだ。ただただ避けている。
いつかは仕留められるかもしれない。けれどそこまで付き合う義理など、大ケ島にはなかった。そうなればとっとと決着をつけるのがいい。
(そっちがその気なら!)
右手に銃を持ったまま、大ケ島は左手に片手剣を呼び出す。第四工房の主である彼お手製の片手剣は、一見してシンプルな造りのものだ。一目見ただけではそこらの武器屋で売っているものと変わりはしない。
けれどその攻撃力が勇者顔負けのものだと彼は知っていた。とっとと決める、そう心の内で呟くと同時に彼は地を蹴る。
「オワっと!」
「避っけんな!」
口調も荒く、大ケ島が叫ぶ。突進からの水平斬りを人影は危うく避けた。しかし咄嗟のことだったのだろう、後ろに一歩二歩とよろけた。
その隙を大ケ島が見逃すはずもなく。
「ふんっ!」
続けて踏み込み、再度片手剣で斬りかかる。再び人影は避けるが、今度は逃さないとばかりに大ケ島は攻撃の手を止めない。
相手の手の内が分からない以上、一旦引くか押し切るかのどちらか。大ケ島は押し切ることを選んだ。人影の様子によっては一度攻撃をやめて警戒し始めたかもしれないが、その方法を選ばなかったのは人影の様子である。避けるという行為に余裕が一つも見られない。どれもギリギリ、大ケ島をからかっている様子はないのだ。
遠距離から近接に変わった攻撃と回避の遣り取りだが、それはすぐに終わった。
「……チッ!」
何度目かの攻撃を避けるために後ろへと下がった瞬間、人影は舌打ちを零した。人影の後ろには木がそびえている。戦っている場所は森の中でも少し開けた場所だ。避け続けた結果、とうとう開けた場所を囲む木々にぶつかったのだ。
思わず大ケ島は笑みを浮かべる。けれど余裕を見せて攻撃の手を止め、嬲り殺しにするということはなかった。
大ケ島が突くようにして片手剣を突き出せば、体勢が崩れているうえに後ろに逃げ場のない人影の左胸を貫く。
「……残念、終わりだね」
「グ、ガ……」
「弱いなあ、君。弱すぎて笑っちゃう」
余裕を取り戻したからか、深々と胸に突き刺した剣を更に深く埋めながら大ケ島は言う。先ほどまで浮かんでいた苛立ちの表情は消えていた。変わりに薄っすらと口元には笑みが浮かんでいる。
対する不審な人影は、浅い呼吸をしていた。
「……グッ」
剣を掴もうと腕を上げるも、再び苦し気に呻くと同時に上げかけていた腕を下した。
「はっ、生意気を言うならもうちょっと頑張ってほしかったね」
深く刺しこんでいた剣をこれまた勢いよく引き抜く。降りかかる赤が鬱陶しくて、大ケ島は後ろに下がった。目の前でどうっと倒れる人影を冷めた目で見降ろす。苛立ちも収まった、深く剣を突き刺したおかげで相手は立ち上がることさえできない様子である。けれど目の前の人影は大ケ島達ホラビルの策を駄目にしたことには変わりがない。
だからこそ、その腹立たしい顔を一目見ておこうと大ケ島は人影の頭に手を伸ばす。大ケ島を苛立たせた犯人の顔を拝んでやりたかった。
しゃがみ、フードを掴んだその時だった。
ガッと音が鳴りそうなほどの勢いで大ケ島の腕を掴んだのである。
「ひっ」
小さく悲鳴が漏れる。けれどそれを大ケ島は無理やり抑えつけた。目の前の人物は瀕死だ。致死量の出血、浅かったが確かに呼吸していると分かっていたのに今ではそれさえも分からないほどである。
こいつが僕をどうこうすることなんてできない。
大ケ島は余裕を見せつけるように無理やり笑みを張り付け、声をかけた。
「ふ、ふん、最後の力で生意気なことを」
「……ククッ」
「は?」
帰ってきたのは幻聴だと思いたい、先程まで聞いていた声だった。しかも笑った。苦しさなんて感じずに、面白そうに笑ったのだ。
「こ、来い!」
ざっと血の気が引くと同時に大ケ島が叫べば、先程までなかったモノクルが現れる。大ケ島がそれを通して目の前の人影を見れば、再び小さく悲鳴を上げた。相手の状態が分かるモノクルを通して見た光景は、確かに目の前の人影が死んでいることを指していた。
死んでいるはず、なのに先程の声は一体何だったのか。混乱で大ケ島は動くのが遅れてしまった。
「マッテタ、んだ、コノトキを」
苦し気な声と共に、けれど愉快そうに人影は顔を上げた。フードが落ち、その顔が露わになる。
真っ黒だった。何もない。鼻らしきものも、口らしきものも、耳も、髪さえもない。ただ爛々と輝く赤い瞳が、笑っていますと言わんばかりに歪められていた。
「サア、ホカノヒトとオナジヨウニ、ね」
ぐっと顔が近づく。反撃しなければいけない。そうでなければまずいと大ケ島の脳が警鐘を鳴らしている。けれど一瞬の驚きと不気味さで生まれた恐怖は、咄嗟の行動をとらせない。
「――イッタダッキマース」
明るく、楽し気に、軽やかな声で人影が言う。先程までの苦しさは消えていた。
近づいた顔はそのまま肩へと向かう。軽い調子で告げられた言葉を大ケ島が理解する前に、彼を激痛が襲った。
「あああああああああああ! いた、痛い! ふざけんな!」
悲鳴と共に怒鳴るも、人影はそのことさえ気にせず目の前の肉にかぶりついた。口らしき部分など大ケ島には分からないが、目の前の人影は確かに肩に食らいついている。歯が見えないまでも、目の前に移る光景はそうとしか言いようがなかった。
「死ね! 離せ! いた、ふざけ、くそがあ!」
当初の落ち着きは消え、ただただ目の前の人影を殴りつける。いくら第一の主のような戦闘系ではないとしても、備える力は一般のそれを凌駕しているのだ。殴りつけられる方は無事では済まない。
事実、目の前の人影も例外ではなかった。それでもなお、大ケ島は恐怖している。
右手で殴りつければ人影の腕が折れる。左手で殴りつけた脇腹は嫌な音を立ててへこんでいる。それでもなお、人影の頭は肩から離れない。
「どうして、なんで、やだ、離せよお!」
涙混じりさえになりながらも、大ケ島は抵抗する。道具も出して相手をめった刺しにしても、魔法で焼いても、殺したはずなのに人影は生きて肩を食らっている。
気づけば肩の肉は消え、鎖骨へと進んでいた。
「あ、ぐ、あ……」
痛みと自分自身の凄惨な光景で大ケ島は一瞬気を失いかける。どんどん体が消えていく。目の前の人影に、生きたまま食われていく。視線を下に落とせば、少しずつだが人影の体は元に戻りつつあった。
「良かったヨ、君が予想通りに動いてクレテ。君を殺す力なんテ持ってないカラネ。君たちには殺されないけれド」
肉を食らいながら人影は楽し気に言う。もう鎖骨は過ぎた、今度は胸部だ。
「う……あ……」
体が消えていく。大ケ島はもう意識を手放しかけている。いっそのこと手放したかったというのもある。
最後に聞こえた声は、先程までと同じく楽し気なものだった。
「僕が君に負けたことで勝テタ。ありがトウ」
もう、その場には咀嚼音しか響いていなかった。
静かな森に嫌な音が響く。けれどその音は次第小さくなり、そうして消えていった。残るのは凄惨な光景と満足そうな人影のみだ。
「よいしょっと」
軽い口調で人影は起き上がるとフードを被り直す。深く被ったり、少しだけ後ろに引っ張ったりと調整していたかと思えば、ちょうどいい位置にフードがいったのか満足そうに頷いた。
「それじゃあ行くか……っと?」
大ケ島に会った時とは違い流暢に喋っていた人影は、何かに気づいたような声を上げると幌馬車の一台に近づいた。馬車の中に入ることはなく、どうにも興味を引いたのは幌馬車の外に転がっている道具のようであった。
襲撃を受けた際に兵士たちが抵抗しようとしたのだろう。散乱した道具は武器だったり、はたまた一般の備品だったりとごちゃ混ぜになっている。
その中に一つだけ、水晶があった。
「連絡用の水晶。ふーん」
水晶を手に取りしげしげと眺めながら呟いた人影だが、すぐさまニヤリといやらしい笑みを浮かべる。笑みはすぐさま消し、真面目な表情になる。続けて一つ二つ咳をすれば、水晶を起動させた。
「失礼いたします、ホラビル神聖国の者です! これより魔獣襲撃を受けたカリオの救援に向かうのですが、勇者のご助力をいただきたく――」
すらすらと水晶越しに、救援の要請を出す。言うだけ言えば、相手から質問されないように半ば無理矢理通話を切った。
やることはやった。あとはこの場を去るだけだと、水晶を放って人影は歩き出す。
「そうだ、途中機会があればお土産でも持って帰ろう。皆、あれ大好きだしなあ」
楽し気に、スキップでもしそうなほど明るい声で言う。それがいいかもしれない、手に入ったらいいなあ、と明るい調子で言葉が続けられた。
ふっと、人影は笑みを深める。
「ああ、でもあの味は忘れられないから僕が先に食べちゃうかも」
先程まで確かに味わっていたお土産の味が忘れられない。少しは残しておけばよかったと後悔しつつ、持って帰る分は食べないよう気を付けようと心の内に決める。
人影の足取りは軽く、森の奥へと姿を消していった。
◇
所変わってエルフの里に存在するとある宿屋の一室にて、三人の男性が深刻な表情で話し合っていた。
「本国への帰還、ですか」
男性の一人――アザートが呟く。その言葉にドシュトとキッシュは頷いた。
道中で出会い、命を助けてくれた恩人たちと別れた後で彼らは早速とばかりに宿を取った。そうして一休みしようとした矢先に、先程本国であるアグレナス王国との連絡用水晶にて帰還を命じられたのだ。今現在勇者にも事態を伝え、集合するように話しているとも伝えられた。それだけでただ事ではないと分かる。襲撃されたのが寄りにもよってカリオの首都であると聞けば、危機感がより一層増した。
加えて、とキッシュが口を開く。
「ホラビルの不審な動きもあります。とんぼ返りではございますが、すぐさま戻ったほうがよろしいかと」
「そう、ですね。申し訳ありませんが出立の用意を。……この騒ぎは?」
「そういえば何やら騒がしい様子。少々お待ちいただけますか、見てまいります」
そう言いながらドシュトは部屋の出口へと向かう。
会話を遮るほどの大きさではないが、先程からかすかに聞こえているのは少し異様なざわめきだ。冒険者もこの宿屋を使うとは言っても、飲んだくれた誰かが騒いでいる様子ではない。何より独特の空気をアザートは感じた。感覚的なものだから、彼はうまく言葉で説明することができない。戦闘の開始前だとか、奇襲を受けるときだとか、そういった時に似ているようにアザートは感じられのだ。ただの勘と言われれば、アザートは押し黙るしかないのだが。むしろ外れてくれとさえ彼は願った。
しかし、確かに聞こえてきた叫びがその勘は正しいのだと告げる。
「魔獣が、魔獣の大群がこの里のすぐ外にいる!」
悲痛な冒険者の叫び声が、思いのほか大きくアザートの部屋に響いた。




