閑話~そのころ、そしてこれから~
追記:ご報告を受けてループしていた箇所を修正しました 11/17
秋人達一行がエルフの里に到着するよりも少し前、事態はゆっくりと、けれど確かに動いていた。
カリオ魔国の首都は、晴天の中いつもの日常を謳歌していた。もっとも謳歌しているのは住人であり、そびえる城の内部ではそうもいかない。
「はあ、本当に空気を読まない」
その一人である第三商店街の主である深山は深くため息を吐いた。
「大丈夫ですぅ? 城の使用人に紅茶でも持ってこさせて……いや、ここは私が紅茶を淹れましょう!」
「大丈夫よ、ミヨンネ」
心配げに見つめてきながらも、それでは自分が紅茶をと勇むミヨンネを窘める。
途中までは順調で、溜息なぞ吐く必要もなかった。そう、確かに順調だったのだ。もっともそれは今壊れてしまったのだが。
第一との共同捜査の日程を無事詰め終えることができた。第一の主である早瀬との連携は特段大きな支障もなく進み、何から調査するのか、第一とカリオのどちらから調べ始めるかなど細かい段取りも組むことができた。そして次に会う際、手がかりともなる話も事前に入手出来ているのである。
そこに飛び込んできたのがホラビルと第四が不穏な動きをしているという話だ。聞いた瞬間のため息が、先程のものである。
「それにしてもこのタイミングでまた動くなんて……第四の主はバカにしてるんですかねぇ」
フンスと鼻を鳴らしながら、ミヨンネは可愛らしい顔を歪ませた。
「そればっかりは本人に聞いてみないと分からないけれどね。十中八九、私たちには益がないことでしょう」
何かするならばこちらにとっても益があればいいのに、そう愚痴をこぼしたいのを深山はこらえる。
きっとこの不穏な動きの結果もたらされるであろう恩恵は、ホラビルが一番に享受するであろうことは簡単に想像できた。対して深山達カリオ側にいたっては得するどころか損するだろう、そんな予想も簡単にできる。
「最初はもうちょっと冷静な方だと思ったんですけどねぇ」
「冷静よ、彼は。冷静に自分と所属する国が得することを考えられる。まあ、周りの損得を無視しているけれど」
そう言って深山は再び息を吐く。けれども今度は溜息ではなく、長く、深く息を吐く。思考を切り替えるための行為であり、少しずつ先程までよりも思考がスッキリしたように感じられた。実際の効果など深山は知らない。一種の思い込みだとしても、それで考えを纏めることができるのであれば関係なかった。
まずは何をするか。ホラビルと第四の動向を探らせるよう指示を出し、第一との共同調査の日程をもう少し早める必要がある。早瀬の様子を思えば、少し話し合う必要はあっても悪い顔はしないだろう。彼女はそういう人柄だ。
そう、加えてそれ以外にも気になることがあった。
「ミヨンネ」
「なんでしょうかねぇ?」
「事前に入手しておいた情報がホラビルに漏れてる可能性はあるかしら」
「ずいぶんと前、カリオの首都で騒ぎの犯人を見たという目撃情報ですよねぇ?うーん……」
深山の言葉にミヨンネは若干大げさな動作をしつつも考え込んでいる。数秒経って、にっこりと笑みを浮かべた。
「それはないですねぇ、はい。情報を知っている人間を絞っていますし、知っている人間が不審な動きを見せたということもないのでぇ」
「そう、それならば良いのだけど」
情報が漏れていないのならばいい。つい先ほど入手できた情報だが、ホラビル側が知ればそれ見たことかとさらにつつかれるに違いない。
ほっと深山は安堵した。けれどもふと疑問に思う。
(大丈夫?)
ホラビルに関してで言えば大丈夫かもしれない。ではその犯人に関してはどうなのか。
「まずい!」
「ひょわぁ! ど、どうされましたぁ?」
突然大声を上げた深山に、ミヨンネは変な叫び声を上げながらも尋ねる。外にいる衛兵にも聞こえたのだろう、深山を心配する声と共にノック音が部屋の中に響いた。
大丈夫だ、そう深山は伝えようとする。けれど言葉を紡ぐために開かれた口は、その言葉を紡ぐことはなかった。
「し、失礼します!」
返事をする間もなく、ノックとほぼ同時に扉が開かれた。入ってきたのはスケルトンの衛兵だ。入口にて護衛をしていた衛兵ではない。護衛していた衛兵は止めようと試みるが、何やら話すと引き留める手を下げた。
表情は分からないスケルトンではあるが、その様子や声から緊急事態であることだけは分かる。深山は厳しい表情のまま口を開いた。
「……どうしたの?」
「ま、魔獣がカリオの各都市に襲撃を……! 首都であるここもすでに魔獣が攻めてきています!」
カタカタと骨を鳴らしながらの報告に、深山は内心で舌打ちをした。
「魔獣は首都の外から攻めているということでいいかしら」
「はい。今現在四つの首都への入り口に兵を配備したのち迎撃に移っています。しかしながら量があまりにも多い。このままでは突破されかねません」
「そう、それなら――」
瞬間、爆発音が響く。耳を抑えてしまうほどの轟音に誰もが一瞬押し黙った。
すぐに動いたのは深山だ。窓に近づき、街の様子を見る。そしてその端正な顔を怒りと焦りで歪ませた。
首都に入るための入り口は四つの門がある。その門からでしか首都に入ることはできない。門に常駐している衛兵のチェックを受け、合格したら入ることができる。
その門の一つから大量の煙が立ち上るとともに、遠目からでもわかるほど大量の魔獣が押し寄せる。悲鳴と怒号が響き、街に恐怖が伝播していく。窓から見えるのは大急ぎで広場のゲートから転移している魔族の姿だ。
「王は何と?」
「現在は前線維持のための指示に手一杯でして。各所への連絡を聞きながら、どうにか首都への侵攻を遅らせようとしています」
「そう、わかったわ。それなら私は王のところへ行く」
スケルトンの話を聞いた後、足早に深山は部屋の出口へと向かう。驚いていたミヨンネも慌てながら深山の後ろへと移動した。
「何をなさるのです?」
報告に来たスケルトンに、深山は険しい表情のまま答える。
「住民を生かすために話し合いを」
胸中にあるのは後悔と出し抜かれたことへの怒り、そして何より、この戦いからどれだけ多くの生存者を出すかということだ。
◇
「協力の要請、ですか?」
アグレナス王国王城の一室、天ヶ上たちだけでなく樹沢も集まっている中で届けられた一報に樹沢が疑問符を浮かべながら呟いた。
「え、ええ。確かにホラビルからの通信です。水晶を通して、カリオ魔国を魔獣の手から救うために勇者の皆様に協力してほしいとのことでして」
戸惑いながらも一報を届けに来た近衛騎士の女性は答える。その先は何も言わないが、どうするのかと勇者たちに問いかけているのだと表情を見れば簡単に分かった。行くか行かないか、勇者がどんな判断を下すのかを彼女は報告しなければならない。
行かないかと答えたらどうしようか。そんな不安が少しばかり過った彼女を視界に入れぬまま、天ヶ上が立ち上がった。
「要請に答えよう! 困っているなら助ける、勇者としては当然のことさ!」
「まぁ、さすが勇気様ですわ! 私もお供致します!」
天ヶ上の言葉にシェルマが賛同する。頬をうっすらと朱に染め、瞳は恋する女性のそれである。これに気づかないのは、天ヶ上ぐらいだ。「一緒に行こう!」とシェルマに笑顔で言ってしまえば、他の女性陣の間の空気が剣呑なものに変わりかける。
その一人である橘はそっと、小声で天ヶ上に話しかけた。
「……大丈夫?」
「大丈夫だとも、ああ、僕は大丈夫さ」
小さな問いに返ってきたのは、同じく小さな声の言葉だ。
けれど本当に大丈夫なのか。橘は隣の天ヶ上を見やる。緋之宮の一件を彼はいまだに引きずっている。親しい人間だったから引きずりすぎだと言うことはさすがに橘も出来ない。しかし以前の落ち込んでいる様を思えば、今は大分元の調子に戻ったのではと見ていて思えるほどだ。
(そう、見ているぶんには)
目の前でシェルマだけでなくミレイアや小峰が同伴すると言っている中、橘は声には出さず内心で付け足す。
「真由はいかないのかい?」
「へ? 私?」
考えていたせいで反応するのが遅れてしまった橘に、天ヶ上が聞いた。橘の視界の外、他の女性陣からの視線が彼女へと突き刺さる。
本当に大丈夫なのか。彼女は念を押そうとして――
「もちろん、私も行くに決まってるじゃない!」
そのまま飲み込んで別の言葉を紡いだ。
天ヶ上の性格を考えれば大丈夫と返される。それならば考えても仕方がない。何かあれば自分が支えればいい。
何より恋する相手の機嫌を今、損ねたくなかった。
決まったならすぐ行動だと、天ヶ上たちは用意のためにぞろぞろと部屋を後にしていく。残ったのは険しい顔の樹沢、呆れた表情のキシェル、そして残った勇者はどうするのかと戸惑う伝令できた騎士の三人だ。
「あの、一つ聞きたいのですが」
「は、はい、なんでしょう」
「ホラビルは協力要請なんてするところなのですか? 主たちの会談で訪れたけど、印象としてはそんなことをする感じではありませんでした」
キシェルの言葉に騎士は押し黙る。
その様子をちらりと確認すれば、「付け加えて」と再び口を開いた。
「魔獣襲撃の話はすでに聞いています。私やトウジがこうして集まってたのはそれに関してのことだし。それにしてもホラビルの動きが早すぎないですか? まるで攻めようとしている状況においしい口実が転がってきたような……」
そこでキシェルは押し黙った。
はっきりと明言することは避けておく。あくまでこれはキシェルの考えであり、推測だ。根拠は何なのかと聞かれれば、そんなものはないとしか言いようがない。ただただホラビルという国から受けた印象と、今回の協力の件に関する違和感からしか来ていない。
けれども何かに思い当たったのだろう。騎士はさっと顔色を変えた。
「ただちに確認して参ります!」
「おう。あと、俺も一応魔獣討伐の救援には行くと伝えてくれ。思惑がどうであれ、魔獣への対抗策は多いに越したことはないし」
「私も行く」
騎士の言葉に続けるように、樹沢とキシェルも言う。なかばキシェルが食い気味に自分も参加すると言ったことに、樹沢は少し驚きながらも彼女を見た。
それに対して返ってきたのはジトリとした視線だ。
「さらっと私をハブにしない」
「い、いやあ、わざとじゃないんだぜ? と、とりあえず武器と救援に向かうためルート相談、持っていくなら物資の相談も他の人を交えてしよう。あいつは……まあ、もう行ったよな」
念のために探してはみるか。樹沢はそう考えてみるものの、あまり期待はしていなかった。




