第68話~結果、そして図書館~
先程まで暴れていたドラゴンが静かになったことで、一気に静けさが戻ってくる。
同時に隣でドサリと音がした。音がした方を見れば、力が抜けたのだろうドシュトさんがへたり込んでいる。先程までドラゴンと命がけのやり取りをしていたものなあ。
というか、洞窟内がやけに静かだ。入口の方から戦闘音が聞こえてもおかしくはないはずなのだが。
そんな疑問がふと浮かぶと同時に、足音が聞こえてくる。
「――ギリザ様っ!」
「ピニョッピッ!」
足音とともに現れたのはリアナとロルだった。
「あれ、魔獣たちは」
駆け寄ってきたリアナにそう問いかける。まだ入り口の方の魔獣は残っているのではないだろうか。
けれどもその問いに、リアナは笑みを浮かべながら答える。
「魔獣に関してはすべて対処してきました。すでに洞窟内に魔獣がいないことも確認済みです」
そう言われてレーダーを確認してみる。なるほど、確かに入口に集めていた魔獣も含めてこの洞窟内に魔獣の姿はない。ドラゴン討伐までの間に掃討してしまったのだろう。心なしかロルもスッキリしたような表情をしている。適度に運動はさせているはずなのだが。
ちょっとだけ複雑な気持ちになっている間に、へたり込んでいたドシュトさんが立ち上がる。少しは調子が戻ったのだろう、先程よりはずいぶんとましな表情だ。
「ギリザ殿、助力、感謝する」
「いえ、とどめはあなただ。俺はただそれを助けただけです」
実際、とどめを刺したのはドシュトさんだ。それを助けただけに過ぎない。
視界の端で、俺とドシュトさんの遣り取りに驚いているリアナとロルの姿を確認する。思えば二人がいない間にドシュトさんが変化していたようなものだから、驚いても不思議ではない。
「とどめ……なるほど、それはお疲れさまです」
先程までの会話から推察したのだろう、リアナは微笑を浮かべながらも言う。
突入するまでの態度とは違う。ドシュトさんも困惑したようで、驚いた表情を見せた。けれどもあの美貌での微笑だ、照れ臭そうにしたかと思えばプイッと顔をそらす。直視できなかったらしい。
少しおかしくなってクスリと笑ってしまうと、ドシュトさんから睨まれてしまった。申し訳ない……。
「と、とりあえず脱出できた人達と合流しよう」
「はい。彼らの反応は……ここからほど近い街道ですね」
誤魔化すように言えば、リアナが脱出した人たちの場所を割り出す。街道まで逃げきれていたのかと少しほっとする。
それならば早く合流しよう。そう言葉に出す前に、ドシュトさんが口を開いた。
「では早速出発しようではないか」
そう言うとここに侵入するために開通させた穴へとドシュトさんが足早に向かう。気まずかったのもあるかもしれない。
けども、その前にだ。
「ロル、念のためだ。確認はしているけれども洞窟内に取り残された人がいないか確認してくれるか?」
「ピッピニョ!」
ロルの実力であるならば大丈夫。そう判断して頼めば、ロルは元気よく返事してくれた。素直だなあ。
思わずなごんでしまってロルの頭を撫でた後、さっそく確認に向かうロルを見送る。姿が消えたあたりで、俺とリアナも抜け穴へと向かっていった。
◇
キッシュさんやアザートさんを含めた脱出した人たちは、リアナの言う通りに街道へと避難していた。
俺たちが到着していた頃にはすでにキッシュさんが連絡を何かしらの手段でとったのだろう、警備兵の姿が見えた。加えて避難した人たちは疲弊した様子はあれど、脱出してから何かしらに襲われて混乱している様子はない。
「ああ、皆さんもご無事で!」
確認していればアザートさんが笑顔でこちらへと駆け寄ってくる。彼自身にも見た感じ怪我をしている様子はないことに少しほっとした。
走り寄ってくるアザートさんの後ろから、声で気づいたキッシュさんも近寄ってくる。
「アザートさんもご無事でよかった。キッシュさんも」
「皆さんの計画のおかげです。……ドシュト殿」
「は、はい……」
前半はこちらににこやかな笑みを浮かべていたアザートさんだが、ドシュトさんへと顔を向けたときには真剣なそれへと変わっていた。対するドシュトさんは蛇に睨まれた蛙のようである。
ここはドシュトさんの援護に入るべきだろうか。そう逡巡している間にも、アザートさんは言葉を紡ぐ。
「……あなたのおかげで私たちはこうして今、生きている。ありがとう、最大の感謝を」
真剣な表情を綻ばせ、感謝の言葉を述べたアザートさんは深く一礼した。怒声でもなく、ましてや表情そのままの淡々とした声でもない。柔らかく優し気な声音で告げられた言葉は、場の空気を緩めるのに最適解であった。
対する言われたドシュトさんは間抜け面である。怒られると思ったのだろう。正直なところ、俺も何かしら言われるのではと思っていた。
「私からも礼を言おう。あなたが見せたあの勇気は、確かに騎士のそれであった」
続けて言葉を紡いだのは、あとから遅れてきたキッシュさんだ。けれどもドシュトさんは無言のままである。どうしたのだろうか。
不思議に思って彼の方へちらりと視線をやる。立て続けに感謝の言葉をもらった彼は口をぽかんと開けたかと思えば、混乱していると一目分かるほどにそわそわとし始めた。落ち着かず視線をあちらこちらに彷徨わせている。
「いや、そう、ですが……」
ドシュトさんは何と言おうか迷いに迷った末、
「……こちらこそ、情けない姿を見せたのです。その償いには足りませんが、助けになれたのであれば何よりでございます」
うーん、顔が真っ赤だ。アザートさんやキッシュさんと視線を合わせず、小さな声で言っている。あ、見られたことに気づいて睨まれてしまった。
すぐさま視線を逸らすも、ドシュトさんからの視線をいまだ感じる。
「と、とりあえず、合流したところですがこの後の予定はどうしましょう」
半ば強引ではあるものの、話題の転換を試みる。
けれども実際の話、この後の予定は未定だ。目標としてはエルフの里を訪れることだが、目の前の人々を放っておけるかと言われれば違う。彼らの無事をきちんと見届けてから行動に移す、それでもいいとは思うのだ。
「それならば心配いりません」
キッシュさんはそう言うと視線を人々、そして彼らに声をかけて回っている警備兵へと向けた。
「彼らに諸事情を説明して、近場の大きな詰め所へ護送するよう頼んでいます。今はあの人数のみですが、今人員をこちらに回しているとのこと。警備兵には|我々の素性≪・・・・・≫も踏まえて説明してありますので、大丈夫ではないかと」
それならば大丈夫だろう。彼らが何を目的に旅をしているのかまでは分からない。けれども彼らがその素性を出したということは、それ相応の責任を持つということだ。何かあれば彼らは責任を持つし、素性を知った警備兵はもちろん手を抜くことはできない。
アザートさんも一つ頷き、大丈夫だろうとこれまた同じ見解を示した。調子を取り戻しつつあるドシュトさんも頷きながら口を開いた。
「何か起これば我が家名にかけて対処にあたりましょうぞ」
「では警備兵への受け渡しが完了し次第、夜が明けてから当初の目的通りにエルフの里に向かうということで」
ドシュトさんの言葉に続いてそう提案すれば、誰もが否を唱えることなく頷いた。
やり取りをしている間にも警備兵の数は増えていく。脱出した人々を護送するのに十分な数が揃うまで、それほどの時間を要しなかった。それに比例してか人々の不安げな表情も幾分か和らいでいる。兵士が護衛についている、その事実だけでも安心感があるのは事実だ。
キッシュさんたち三人は警備兵の中でもおそらく指揮する側であろう男性に何やら話している。頷いたり、時には男性も話している様子を見れば、この後の事を打ち合わせしているのだろう。
もっとも、俺たちはそれに混じることはない。素性の話が出てくるのであれば、むしろ混ざらないほうが無難ではあった。手持無沙汰にロルの背を撫でれば、気持ちよさげに鳴く。あ、リアナも撫で始めた。
「お待たせしました、警備兵の方から近場の詰め所で宿泊してもよいとのことです。お言葉に甘えるとしましょう」
ロルをリアナと一緒に撫でていれば、キッシュさんたち用事を終えたようだ。それにしても詰め所での宿泊が可能とは、これまた待遇が良いなあ。
そんなふと浮かんだ感想も、アザートさんの次の言葉で消えた。
「警備兵の詰め所と言っても、街道を通っている途中の人々の解放している建物が詰め所横にあるそうなのです。有事には詰め所としても使うかもしれませんが、ほとんど野営用として貸し出しているとのことでした」
「へえ」
それならばそこで一夜を過ごしていいかもしれない。野営より屋根のある建物の方が泊まる分にはいいのだ。
そこからは一旦の目的地である詰め所までまっすぐに進んでいく。そこまで遠いわけではなく、少しばかり歩いた先に詰め所はあった。話の通り横に平屋があり、窓から中から漏れ出る光が見えている。俺たちと同じく野営が目的の人たちが、大荷物を背負ったりして出入りしていた。人が集まっているところだと安心できるのか、平屋内でなくとも近場で野営をしている人も多いように見える。
平屋の中を伺えば、毛布をいくらか貸し出しているだけで何もない平屋であった。もう入れないほど人が入っているわけではない。この混み具合ならまだ泊まれるだろう。
とにもかくにも、平屋の中で一泊を過ごしたのだった。
◇
一夜明け、残っていた携帯食料で朝食を済ませれば、早々に平屋を出発である。早朝の澄んだ空気を吸い込めば、ツンと鼻が痛くなる。
「私はてっきり、同行を拒否されるものだと思っていました」
ふいに、ぽつりとアザートさんがそう言った。
先頭を歩いているのは俺とアザートさんの二人だけで、他の人たちは後ろをついてきている。つぶやきが聞こえたのは俺ぐらいだ。
「それはまたどうして」
「今までのことを思えば、こうして事態を解決した後も同行してくださる方が不思議ですよ」
俺の疑問にアザートさんは苦笑とともにそう返した。
「特段、俺は不思議には思いませんけどもね。確かに脱出は予定外でしたけども、もとよりエルフの里を目指すのは変わっていませんから」
「それでも、です。到着したらきちんと報酬をお支払いいたします。もちろん、今回の脱出作戦の分も加えてです」
咄嗟に、結構ですと答えそうになった。けれどもアザートさんは笑顔を浮かべながら、決して引かないとまっすぐこちらを見ている。
こんな表情をしている彼に「結構です」なんて言っても、きっと了承してくれない。それが彼の思いであるならば、ここは素直に受けたほうが良いかもしれないだろう。
「分かりました」
「ええ。では、残りの道中よろしくお願いします」
やはり引く気はなかったのか、頷きも声も力強い。
正面へと顔を戻したアザートさんを横目に、いいかと最終的に結論付ける。この旅が楽になるのであれば問題はない。
◇
カリオ魔国に存在するエルフの里に正式な地名はなく、そのままエルフの里と呼ばれている。里とはついているが、その規模で言うならば街である。曰く、発展前の名称をそのまま残しているのだとか。
エルフと言えば余所者を嫌い、あまり交流しないイメージがある。確かにそのようなエルフの一族がいることにはいるが、この街のエルフに関して言えば違う。外に開いてカリオ魔国の玄関口と言われるあたりからも、この街のエルフがどのような性分なのかが窺える。
いや、それにしても里なのに街というこの違和感よ。「エルフの里」としてほぼほぼ街の名前が周知されているので仕方がないのだけれども。
「ここまでですね。この度は本当にありがとうございました」
エルフの里の検閲を抜け、街の中に入ればアザートさんがそう言った。彼との約束はここまでである。
「本当にお世話になりっぱなしで……」
「いえいえ、お互い様です」
「うーん、人が好過ぎる……けれどそこに甘えてしまった以上、お礼はきちんといたします」
俺の言葉に渋い表情をするアザートさんは、懐を何やらガサゴソと探したかと思えば一枚の紙を取り出した。そのまま何やら魔力を込めたかと思えば、笑顔でこちらに渡してくる。
大人しく受け取ったその紙は一見してチケットである。受け渡し人の名前欄にはアザートさんの名前があり、譲渡される側には俺の名前が書かれていた。そしてその下には金額が……ってはあ!?
「こ、この金額は」
「お礼です。今までを思えば妥当な金額です。すぐにでも使えるよう、通貨はカリオ魔国のものにしてありますから」
にこにこと笑顔で言うが、これは旅どころか暮らしていくにも困らない。それにしてもこの通貨はカリオ魔国でしか流通していない通貨だ。それにしてもこの金額をこれだけ用意できるとは、ある程度位が高いとは思ったが予想の一つ二つ上は身分の位が高い人なのかもしれない。
思わず受け取る手が震えている俺を、アザートさんはクスリと笑う。
「それではすいませんが、僕たちはこれで失礼します。今回のことに最大限の感謝を」
そう言ってアザートさんは足早に去っていく。ドシュトさんとキッシュさんもこちらに一礼してはいたが、すぐさまアザートさんに追いついてしまった。何やら真剣な表情で話しているあたり、何かがあったのだろう。
「何かあったのでしょうか」
「だろうな。けれどこちらもこちらで気になることがある。早速で悪いが図書館に行く。リアナはロルを連れて宿屋の確保をした後、こちらに合流してくれ」
「それでは警護が」
「その短期間なら大丈夫」
「かしこまりました」
リアナは一度食い下がったものの、俺の言葉に頷けばロルを連れて宿屋の確保へと向かう。
その後ろ姿を見送ったのち、こちらも行動を開始する。当初の目的は情報収集だ。気になることはその目的から逸れたことではない。むしろ繋がっているのではと思う。
「魔獣の動きがおかしい」
異種族の間で統率のとれた動きなど、本来はない現象なのだ。その手掛かりがあればいい。
大図書館を探すのはそこまで苦労することではない。何せ有名な建物だ、露店を出している魔族の一人二人に聞けばすぐに場所を特定できた。
この街は標高の低い山を大本として、木々を切り開いていってできた街とのことだ。街を形成するにあたり重要な施設は上へ、そして下に民家などが集まるようにできたそうである。高低差をそのまま活かした街なのだ。
大図書館は様々な書物を集めた重要な施設、そのため上部へと建設されていた。
帝国とは打って変わって舗装されていない道を突き進んでいけば、上部の開けた場所へと出る。下部はほとんどが民家であったが、商店類も上部の方に集中しているようだった。
「本当に開けているだけなのか」
おそらく王国などの他国の首都であれば石畳を敷き、噴水を中央に設置し、周りにはベンチを置くなどしていただろう。けれども目の前にはそれらしきものはほとんどない。申し訳程度にベンチが置かれているだけだ。
人々の憩いの場所といよりも、街中のあちらこちらへ向かうための起点なのだろう。人が憩う場所というよりも、往来の激しい地点のように思える。
そんな開けた場所に面して大図書館は建設されていた。
木々が多い中でレンガ造りの建物はやけに浮いていた。その建物が一つ二つ、三つか。これらすべてを指して大図書館である。利用客は様々で、魔族の姿があるかと思えば人の姿も見えた。
流れに沿って中へと入る。ほんの少し薄暗さを感じる中、古書独特の臭いが鼻を掠めた。決して悪い空気ではない、むしろ落ち着く。手前にカウンターが一つあり、エルフが静かに座っていた。時たま誰かが彼らに話しかけたかと思えば、指で方向を指示していたりそのまま連れ立って書架の奥へと消えている。
あそこで聞けばいいのかと、少しどぎまぎしながらもカウンターに近づいた。
「すいません、本を探しているのですが」
「はい、どのような本でしょう」
答えたのはエルフの男性だ。眼鏡をかけ、柔和な笑みを浮かべている。
「魔獣に関しての本を読みたいのです」
「それでしたら、この館ではなく向かって右手側の館にございますね。よろしければご案内いたしましょうか」
「お願いします」
三つ並んでいるうちの中央の館へと入ったがどうにも違ったらしい。それにしても別の図書館に何があるかも把握しているのか。
連れられて向かって右手の館へと入る。他二つよりも一回り小さいその館は二階建てとなっていた。向かう先はどうやら二階のようで、少しばかり軋む木造の階段を踏みしめて上がる。
二階は入口から遠ざかったせいもあってより静かだ。柔らかい光の中、書架が並ぶ様はさながら迷路のようである。よく見ると書架の上部には置かれている本の種類が書かれた板が打ち付けられていた。ちらほらと書架の間から机が見え、本を広げて読んでいる人の姿が見える。あ、あの人寝てる。
ぼんやりと図書館の中を眺めながら、エルフ男性の後をついていく。先を行く彼は書架の上の板を見ることなく、この迷路をするすると進んでいた。
ある程度進めば、ぴたりとエルフ男性が足を止めた。
「ここですね。この一列からが魔獣に関する本になります」
「結構ありますね……」
ずらりと並ぶ書架にぎっしりと詰まった本。どう考えても一日二日で終わる量ではない。一週間で出来るだろうか……いや、ちょっと無理そうだな。
ぽかんと口を開けつつ必要な時間を考えていれば、エルフの男性がこれまた笑顔で話しかけてきた。
「具体的な内容でお探しでしたらお伺いしますが」
「魔獣の生態、といいますか行動パターンだとか」
「でしたら……」
そこで言葉を切ると、書架の間を行きながらエルフ男性は左右の書架に並ぶ本を吟味する。小さく「あれ」だとか「これも」だとか呟いていれば、迷いなく本を手に取っていた。
「そうですね、ここら辺でしょうか。あ、あと」
何か思いついたように言えば、これまた本を一冊、書架から取り出した。
「こちらは絵本にはなるのですが、こちらにもある程度魔獣の生態に関して書かれてはあります。けれども、本当にほんのりと書かれているだけでおとぎ話みたいなものではありますが」
「いえ、ありがとうございます」
苦笑を浮かべながら言うエルフの男性から数冊の本とともに受け取れば、それではと彼は去っていった。それにしても案内に迷いがないうえにどの本が相応しいか分かるほど把握してるとはすごい。
とにもかくにも目当ての書物は手に入れたのだ。ひとまずこの本を読むとしよう。
近くに設置された机へと向かい早速とばかりに本を読む。静かな空間の中、ページをめくる音と何かを書き留めている音だけが聞こえた。
さらさらと流し読みをして、必要そうなところと思しき場所は重点的に読む。どれだけ時間が経ったのか確認したいところだが、とりあえずは目の前の本だと集中する。
(やっぱり魔獣の行動がおかしい)
魔獣は原則、統率のとれた行動はとらない。それがどの書物でも共通して書かれていることであった。ただしここには例外が存在する。いわばその種のリーダーとも呼ぶべき種族がその群れに存在している場合だとか、その魔獣の性質上群れを成す場合だ。前者はゴブリン種を率いるゴブリンキングであり、後者は狼や魚型の魔獣である。彼らはリーダーがん存在していたり、狩りをするにあたって群れである利点を利用している。
しかしながら、例外が存在するのはいわば同種族の間で話だ。ゴブリンキングの指示にウルフが従うことはない。そもそも関わり合いにならない。出会えばそのまま戦闘になる。
(けれどもあの洞窟の魔獣は種類が様々だった)
人型に獣型、果てはドラゴンまでいた。統率がとれていたという話であるなら、ホラビルで出会った魔獣の群れという例もある。
おかしいのだ。異種族間での連携、統率がとれている。指示する存在がいてもおかしくはないが、複数の種族をまとめるなど一体どんな存在なのか。
(まあ、気になるのはこれか)
学術書などの本の中に紛れている絵本を再度開く。最後に男性が渡してくれたそれだが、今は本当に良かったと感謝した。
中身は子供でも分かりやすい王道の物語だ。悪者を正義の味方が退治して、最後にはハッピーエンドのお話だ。絵も子供向けに人だけでなく魔獣さえデフォルメされたかわいらしい形で描かれているうえ、文章量だって少ない。
この絵本でいう正義の味方は勇者、そして悪役は魔獣を率いる魔王だ。
(そう、魔王なんだよなあ。今の状態、絵本通りすぎる)
要約するならば魔王が魔獣を使役して人々を餌にするために連れ去る。このままではいけないと勇者が立ち上がり魔獣を討伐する。そんな話だ。
あまりにも重なっている。ただのおとぎ話だと一笑に付すことはできたとしても、人を連れ去る理由があまりにリアルであり、勇者だって決しておとぎ話の中の話ではないのだ。
(天ヶ上たち勇者がいるなら、魔王がいてもおかしくはないよな)
もう少し魔王に関しての情報を集めたい。明日はそちら重視で本を探してみよう。
そう考えていればすぐ隣の椅子を引く音がした。ちらりとそちらへ見ればリアナがいる。宿屋の手配が終わったのか。
「リアナ、手配は」
「すみました。ですが少々お耳に入れたいことが」
俺の問いにすぐさま答えたかと思うと、その言葉と共にすっと顔を近づけ、ひそひそと小さな声で耳打ちしてきた。
「カリオ魔国の首都、並びに大きな街が襲撃を受けたとの報せです。エルフの里にも魔獣の群れが迫っています」




