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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
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第66話~足踏み、そして決行前夜~

 魔獣の雄叫びを聞きつけ、仕事も放ってアザートさんたちがいた場所へと取って返す。

 いやに静かだ。人の怒声も、魔獣の声も聞こえない。嫌な予感をひしひしと感じ、背中をゾワリと気持ちの悪い何かが駆け抜けたような感覚を覚える。

 アザートさんたちがいた場所へと辿り着けば、そこは何とも無残な光景だった。

 木はへし折れ、まとめて置いておいたはずの荷物は四方に吹き飛ばされている。地面にはまだ散るには早いであろう青い葉が何枚も散っていた。よく見ればぷすぷすと煙を上げている葉っぱだったものや黒く焦げた地面も見受けられる。

 ドシュトさんとキッシュさんは無事ではあった。怪我をしているかいないかで判断するならば、の話だけれど。

 ドシュトさんは尻もちをついて呆然としている。剣は抜かれておらず、ただその柄に手を沿えるような形で置いているだけであった。

 キッシュさんは抜き放った剣を持ち、ただ空の一点を睨んでいる。歯を食いしばり、こちらから見てもはっきりと分かるほど剣の柄を強く握りしめていた。


「くっそ!」


 彼らしくない悪態が漏れる。それでもなお、空から視線を外すことは無い。

 何故なのかと疑問に思って視線を辿るように空を見れば、高速で飛び去って行く何かの影が見えた。もう豆粒よりも小さくなってしまった黒い点は、事態の原因である魔獣なのだろう。

 そう言えばアザートさんの声が聞こえないどころか、姿さえも無い。中核を担っていたような彼が、現状で何も言わないのはおかしい。

 周囲を見渡す。しかしながら探しているアザートさんの姿は無かった。

 いや、まさか。けれど噂でちらりと聞いたことが無いだろうか。魔獣が人を誘拐していると、そんな話があったはずだ。

 

「ちっ!」

「どうかなさいましたか?」


 問いかけて来るリアナを今は放って、すぐさま飛び去って行く魔獣にマーキングをする。念の為にとレーダーを確認すれば、二重丸が俺達から離れていくのが見てとれた。

 何かしていると分かったのだろう。リアナは隣で待っていたようだが、終わったのを察知したのかこちらへと声をかけてきた。


「ギリザさん、どうやら事態は深刻なようです」

「ああ……ちょっとこれは予想外だな」


 リアナの言葉に頷きながら答える。周囲を改めてみれば、何とも凄惨であった。

 ナップザックは一人分が破かれ、もう二人分は形が無事なものの、遠くへと放られている。破かれている方はもしかしたらアザートさんのものかもしれない。なぎ倒された木々を見るに、巨大な魔獣が来たのだということは一目瞭然だ。

 何より地面には大きなトカゲのような足跡、そして焦げ跡が残っている。

 ドラゴンだ。ここまで特徴的なものを残す魔獣など、ドラゴンぐらいしか見当がつかない。違う可能性は確かにあるけれども。

 そうだ、キッシュさんも無事か聞かなければ。傍から見て大丈夫だと判断してしまったが、何か怪我があるかもしれない。

 念のためにと声を掛けようとした矢先、キッシュさんは持っていた剣を地面に叩きつけようと振りかぶった。


「キッシュさん!」


 落ち着けと続ける暇もなく、声を荒げてキッシュさんの名を呼ぶしかなかった。

 怒りに任せて叩きつけようとしたのだろう。悔しそうな、それでいて悲しさも混じった表情がちらりと見える。

 俺の声でハッとした表情をすれば、キッシュさんは叩きつけようとしていた剣へと視線をやった。こちらからはその表情が見えない。ただ静かに彼は剣を見ていたが、そのまま静かに剣を鞘へと戻す。

 声を何とかければいいか、そんなこと分からない。口を開け、けれど閉じる。何度もその行為を繰り返したところで変わりはしない。けれども静かに背へとかかる空気はあまりに重かった。

 ようやく絞り出した声は、何とも貧相なものである。


「キッシュさん、あの、アザートさんはもしかして……?」


 隠れているわけでもないのに、ひっそりと俺は問いかける。

 キッシュさんは静かに頷いた。そうしてこちらの顔を見ず、ただ地面を睨みつけたまま口を開いた。


「先程魔獣に……ドラゴンに……」


 そのまま彼は、ポツリポツリと当時のことを話し始めた。

 俺達のこともあって三人は気まずい空気の中、荷物の整理をしていたらしい。アザートさんたちはそれぞれ離れた場所にいたそうだが、今を思えばそうでなければとキッシュさんは悔しそうな言葉を零す。

 あまりにも気まずい空気が流れていた。それをどうにか変えようとキッシュさんはアザートさんに声を掛けようとした。

 瞬間、三人は魔獣に襲われたという。

 武器を持って抵抗したためか、ドラゴンにキッシュさんやドシュトさんが誘拐されることは無かった。

 ただ他二人よりも非力な、武器も持たないアザートさんが連れ去られるという結果になった。


「手があと少しで届いたんだ……あと少しで……」


 苦しげな呻きだった。

喉からひねり出すような、そのうち口から血でも吐きそうな声音だ。聞いている方も、言葉を紡ぐ方も辛くなる。

視線をキッシュさんからドシュトさんへと向ければ、彼はまだ尻もちをついていた。いつもならば恥ずかしいだとか、情けない恰好だとか言って見せることは無いだろう。けれども俺が見ていると気づかず、彼はぽかんと呆けた表情のままだった。

 これからどうするべきか、まずはそのことだ。

 アザートさんたちは言ってしまえばただの旅で一緒することになった人達というだけだ。彼らのことを詳しく知ってもいない。

 そう、偶々一緒に旅しているだけの赤の他人なのだ。言い切ることだってできる。

 出来る、はずだ。

 けれども、うん、そこまで考える必要などないのかもしれない。

 気まずい空気の中、静かにリアナとロルに近寄る。


「ちょっといいか?」


 小声でそう尋ねる。これからのことを話したかった。言って分かってもらえるかどうか怖くて、二人に話を通そうとした。

 けれども俺を待っていたのは、想像していなかったリアナの笑顔である。


「構いませんよ」

「え」


 何かを告げる前にそう言われ、思わずぽかんと呆けた表情を浮かべた。まだ何も言っていないのだ。それでもリアナは分かったように頷き、構わないと優しい声音で言った。

 実際、分かっているのだろう。

 リアナは目を伏せ、再び言葉を紡ぎ始めた。


「アザートさんを救いに向かわれるのでしょう?」

「あ、ああ」


 彼女の言葉に頷きながら答える。

 リアナが言った通り、アザートさんを救いたいのだと持ち掛けようとした。まさか読まれているとは思わなかったが。


「彼らに対して、決して良い感情ばかりを抱いていたわけではありません。しかしながら旅は道連れとも申しますし、ね?」


 首を傾げ、リアナはそう締め括った。その言葉に肩を竦め、苦笑を浮かべるしかない。

 誰もが誰も悪かったわけではない。ではあの三人と関わって良いことばかりかと言われればそうではなかった。だからといって見捨てるというのも、それはそれで違うのだ。あれやこれやと考えた結果ではない。自分の気持ちに素直に従っただけである。

 

「先程の魔獣、マーキングいたしましょうか?」

「いや、大丈夫だ。もう俺がした」

「そう、ですか」


 俺の答えにリアナは少しだけ表情を曇らせた。いつも彼女に頼っているし、出来ることをと思ってやったのだが……どうしたのだろう。

 ほんの少しばかり疑問が湧き出たが、もう一人、いやもう一匹に尋ねていないことを思い出す。


「ロルもいいか?」

「ピニョッピ!」


 俺の言葉に、ロルは任せろと言わんばかりに胸を叩きつつ返事をする。勢いが良すぎたのか、むせたように咳き込んでいた。そこまで気負わずともいいのに。

 そこへキッシュさんが声をかけてきた。


「失礼、ギリザさん」


 その言葉に反応してキッシュさんの方へと向く。彼は真剣な面持ちでこちらを見ていた。先ほど俺達が話していた間に回収したのだろう、その肩には無事であったナップザックがある。


「私は……私達はアザート殿の救出に向かう。攫った魔獣はドラゴンだ、貴方達にも危険が伴う。ここまでついてきてくださった貴方達だからこそ、実力は分かっていても危険に晒すようなことはしたくないのだ。だが、だがもしも……」


 一息でそこまでキッシュさんは言う。しかしそこで一旦言葉が途切れた。何かを考え込むようにしばしの間瞑目していたが、力を抜くように大きく息を吐くと共に目を開く。そうして閉じていた口を再び開いた。


「救出を、アザート殿の救出を手伝ってはくれないだろうか……」


 キッシュさんの言葉を静かに最後まで聞く。その様子からどれほどアザートさんを救いたいのか分かった。それと同時にこれまでのごたごたからキッシュが助けてくれることは無いのではと悲観していることも読み取る。

 悲観する必要など、ないというのに。


「ええ、喜んで手伝いましょう」


 頷きながら笑顔で答える。反対にぽかんと呆けた表情をキッシュさんは浮かべた。一体何だというのか、断ると思ったというのか。

 目の前にいる彼は震える唇で言葉を紡ぐ。


「ほ、本当だろうか……?」

「はい、本当です。アザートさんの救出、俺達も手伝いますよ」


 安心させるように笑みを浮かべつつ答える。その返答に信じられないといった顔をしていたキッシュさんはホッと安堵するように笑みを返した。


「ありがとう……」


 噛み締めるようにキッシュさんは感謝の言葉を口にする。そうして逸る気持ちを抑えながらもキッシュさんは続けて


「出立は今すぐとしたいのだが良いだろうか?」


 そう言った彼に俺は頷く。実際、作戦は道中に練りながらでも早い行動がいいだろう。連れ去られたアザートさんがどうなるのか、その点があまりに不明確である。簡単に想像するならば餌とするところだが、それこそ素早く動いた方が良い。

 すぐさま行動に移すのであれば、伝えた方がいいことがあった。


「例の魔獣は既に印をつけています。追跡は今すぐにでも可能ですよ」

「重ね重ねありがたい。では、早速アザート殿の救出に向かうとしよう」


 賛同を示すために俺は頷く。

 キッシュさんは賛成を得て満足そうに笑った後、「あとは」と呟きつつドシュトさんへと視線を向けた。その視線は厳しいものである。


「ドシュト殿、貴殿はいかがされるか?」


 淡々と問うキッシュさんに対して、ドシュトさんはぎょっとした表情になった。


「キ、キッシュ殿はあのドラゴンに挑むというのか!?」

「ああ、アザート殿を助けるためにな」


 その言葉を聞いた瞬間、ドシュトさんは顔を歪めた。口を開けて、閉じて、そうして出た言葉はひどく苦しそうなものである。


「言い分は確かに分かる、分かるが……あのドラゴンだぞ。敵うわけがない……」


 最後の方は弱々し気であった。もはや抗おうという気持ちが少しも湧いてこないのだろう、彼は地面に座ったままである。その姿は騎士だとか力ある者というよりも、ただの村人と言われても納得してしまいそうだ。


「ならばドシュト殿は助けに行かないのか?」


 表情を変えることなく、見下げるような位置でキッシュさんは言った。


「そう、いうわけでは……」


 挑戦的な意味合いで受け取ったのか、彼は最初、少しばかり語調を強くした。それでも変わらない。変わっていないのだ。俺から見たドシュトさんは戦力と数えるには無理がある状態である。

 言い訳をつけてでも逃げたい。彼の表情にありありと浮かんだその表情は、どうにもキッシュさんを苛立たせた。


「それでも騎士だというのか……」


 ぽつりと呟かれた言葉に思わずキッシュさんの表情を見る。ああ、これはかける言葉がない。どんな言葉をかけたらいいのか分からない。

 しばしの無言を挟んだ後、キッシュさんは無言でドシュトさんへと背を向けた。そこから俺達のところに来るまで、彼は何も喋らない。ただキッシュさんの後ろで弱音を吐くドシュトさんの声が響く。


「彼は置いておきましょう。説得している時間も惜しい。今からでも出立ということでよろしいですかな?」


 そう尋ねてきた彼の表情を一瞬見て、すぐ逸らす。


「……本当によろしいので?」


 ドシュトさんを横目に聞き返す。キッシュさんは表情を変えることは無いまま、静かに頷いた。


「ええ」

「もしかしたら逃げ出すかもしれませんが」

「その時はその時で、我々と共に救出に向かうか、それとも命惜しさに逃げ出すか。それを決めるのは彼次第ですから。では行きましょうか」


 はきはきとそう言ったキッシュさんに俺は何も返すことは出来ない。彼についての話はこれでお終いだと言うように、彼はまだ無事であった荷物を集め始める。どうにか集まった荷物を鞄に詰めるとそれを背負った。その間にドシュトさんへと視線を向けることはない。

 どうしたものか。本来ならばドシュトさんにも救出の役目がある。今まで同行していた間を思うと、彼は言わば護衛のような存在のはずだ。

 しかしながらドシュトさんは座りこんだまま何やらぶつぶつと呟いているだけである。すっかり青褪めた顔をこちらも気にせず浮かべている辺り、取り繕う余裕さえもないようだ。


「どう、致しましょう」


 そっと隣へと立ったリアナが呟く。彼女の視線はドシュトさんとキッシュさんを行ったり来たりしている。よく見ればロルもそのようだ。


「……俺達も行こう。時間がないのは事実だ」


 どうしようもないのだ。そう伝えるとリアナは依然として視線を右往左往させながらも頷きながら「はい」と答える。すまない、こればっかりは俺もどうしたらいいものか分からないのだ。

 一言二言、ドラゴンの位置を尋ねるキッシュさんに場所を教える。そうすると彼はすぐさまそちらへと歩き始めた。

 早足で歩く彼に追いつこうと小走りでこちらも追いかける。離れていた背がようやく腕を伸ばせば届くぐらいに近づいた頃、後ろから小走りの足音が聞こえてきた。ロルともリアナとも違う音だ。

 目だけ後ろを見る。最後尾にはいくらか距離を開けてドシュトさんが歩いていた。彼の足取りは重そうで、俺達との距離は縮むことはない。ぶつぶつと何かを呟いているのは分かるものの、その中身までは聞き取ることが出来なかった。

 幾分か進んだ頃、前方から声が飛んでくる。


「失礼、ドラゴンが飛び去ったのはこちらの方向、それは確かに見ました。けれども視界の外で横に逸れて飛んで行った可能性もある……その点はどうでしょう」

「いえ、横に逸れて飛んだ様子はありません。反応は目の前の山で止まっています」


 キッシュさんの質問に答え、木々の隙間から顔を覗かせている山を指し示す。

 襲撃された場所からここまでは森だ。けれどもその山には木々は生えておらず、土の茶が剥きだしになっているさまがどうにも痛々しい。急な斜面から先の尖った岩が突き出し、所々見える黒い部分は穴が開いているだろうことが伺えた。今の位置からでは登り道を見つけることは難しい。

 何より山に住む魔獣の姿が見当たらない。


「無理だろう……こんな急斜面の山に相手はドラゴン、どうやったって救い出すことなど……」


 後ろからの絶望的な声が鼓膜を震わせる。もはや戦意の欠片さえない。元からなかったと言えばそうなのだが。

 ドシュトさんの呟きに反応したのは前を歩くキッシュさんであった。僅かばかり顔を彼の方へと向けるその表情に一瞬固まるも、何も言わずキッシュさんから視線を逸らした。悔しそうで、けれど諦めている。

 複雑な表情の彼に何かかける言葉はないだろうか。そう考えている間にもドシュトさんの呟きは止まることがない。


「もう諦めた方が良いのではないか。そうだ、諦めた方が良いのだ。アザート殿だってもう死んでいるだろうし……」


 聞いた瞬間、キッシュさんの表情は険しくなる。けれどもドシュトさんはそれに気づくことは無い。ただただ自分の身を震わせて、アザートさんはもう助からない、逃げようと呟いていた。

 あまりに続きすぎた言葉は、何もキッシュさんだけを心乱すわけではない。


「ドシュトさん」


 思いのほか固い声が自分の口から漏れる。周りのことなど気にせずに呟き続けていたドシュトさんが肩を跳ねさせた。


「一応聞くけれど、騎士ですよね、貴方は。冒険者ではなさそうな口ぶりでしたし、それにしては普通の冒険者よりも鎧が立派だ」

「も、もちろんだ。私は王国でも屈指の家の出で――」

「それはいいんですよ。どこぞの家の出だなんて、今は関係ない」


 慌てるドシュトさんの言葉を遮る。遮られた張本人はぽかんと呆けた面でこちらを見ていた。どうして遮られたのか考えられていないようである。

 気づけばリアナやロル、キッシュさんでさえ黙っていた。

 たとえそうだとしても言うしかない。ほんの旅を同行していただけの仲だ。それでも目の前の人はあまりにも惨めだった。どうせ無理だと呪いのように呟く姿は、見ていられない物がある。

 どうせと半ば自分の立場を諦めていた、過去の自分が重なる。


「今のあなた、どこからどう見たって騎士じゃあないですよ。無理だって言って、どうせアザートさんは助からないって言って。冒険者だって違う、訓練生だってもっと肝が据わってる」


 王国で貴族というのがどういったものなのか、滞在時間も短かったうえに碌な思い出もない自分では正常な判断を下すことは出来ないだろう。

 けれども目の前の人とは違う人だっていた。


「今の貴方は……騎士ではない」


 そう言ってくるりと前を向く。これで彼がどう変わるか、そんなことは分からない。しかし今のドシュトさんはどっちつかずの状態だ。逃げてもいい、立ち向かってもいい。けれど中途半端でついて来ては危険である。

 どちらかに背を押すことが出来ただろうか。


「騎士……私は、騎士じゃあない……?」


 後ろから聞こえてきたその呟きからは結果はまだ分からない。


 ◇


 アザートさんを攫ったドラゴンが向かった山の麓へと辿り着く。町から離れているために静かであるのは当然だが、今この時はその静けさがとても不気味だ。

 目指していたのは不毛の山である。身を隠す障害物は少ない。だからこそ一度作戦を練るため、そして疲れを取るために小休憩を取ることになった。ここからは休憩を取る暇などないだろうしな。


「ここ、ですね。でもドラゴンだけじゃない。他にも魔獣の反応があります」


 山から見て死角となるよう、木々の並び立つ場所でリアナがぽつりと呟く。なるほど

確かに山を調べてみると魔獣の反応が多数見られる。多い、というだけならばおかしくはない。けれどもその反応が一所に集まっているのは自然とは言えない。

 ドラゴンの群れか、それとも組織的なものか。どちらにせよ戦闘を避けることは難しそうだ。

 それをキッシュさんへと伝えれば、唸りながら彼は腕を組む。


「ふうむ、それならば戦闘を避けることは難しいか……」

「救出と陽動で別れるのはどうでしょう。時間は夜、陽動が敵を引き付けている間に救出するんです」


 アザートさんが明日明後日も無事とは限らないから素早い救出が望ましい。殲滅ならば正面か挟撃とかでも構わないのだが、救出ならばアザートさんの無事が第一だ。それならば陽動の方がその確率は高いだろう。

 ちらりと山へ視線を向ける。調べてみれば布陣を見るに警戒している様子ではない。まだこちらには気づいていないようだ。


(それにしても野生にしてはずいぶんと統率されていんのな)


 口には出さないが、山にいる魔獣を見て考える。

 交代、待機と思しき行動、どれを取っても野生の魔獣が取っているとは思えない行動だ。二匹で組んで行動もしている。確かにペアで行動する魔獣もいるが、ここら辺に生息している魔獣でそのような種類がいたとは聞いていない。

 新種か、それとも別か。妙に引っかかる。


「ギリザ殿の案で行きましょう。どちらが救出と陽動を担うかですが、我々に救出を任せていただきたい。見知った者の顔の方がアザート殿の安心感も違いましょう」


 考える俺に話しかけてきたキッシュさんに頷く。

 俺達とキッシュさん、どちらがアザートさんに近しい人間か。そんなことは考えるまでもない。救出時に安心を与えた方がいいのであれば、なるほど彼の言う通りにした方がいいだろう。


「では作戦のために経路を割り出しておきましょう。陽動と救出、二通りの道が望ましいですね」

「ああ、出来るなら救出の方はあまりばれていないような道がいいな」


 リアナの言葉にすぐさま答える。最悪、見つけることが出来なかったら作るなりすればいいのかもしれない。


「頼めるか?」

「もちろんです!」


 や、やけに食いつきの良い返答だ。少しばかり意気込みが良すぎたせいか、聞いていたこちらが思わず体を引いてしまうほどである。大丈夫だろうか。

 ……一応、聞いておこう。

 キッシュさんに断りを入れ、そっと二人で茂みの傍へと寄る。リアナは一体何だろうかと不思議そうな表情をしていた。


「大丈夫か、その、結構気合入っているようだが」


 そうひそひそとした声で尋ねれば、目の前の大人びた美人は目をきょとんと丸くさせた。

 そうしてすぐさまにっこりと笑みを浮かべる。


「ええ、大丈夫ですとも。頼っていただけて嬉しいのです。お任せください、仕事はこなします」


 リアナはそこで言葉を切ると、俯いて今度は小声で呟いた。


「人形とか、中々にお恥ずかしい姿を見せてしまいましたし。名誉挽回の機会というものです」


 小声で呟かれた言葉を俺が理解するよりも早く、彼女は仕事を果たしに去っていった。思わず声をかけようと口を開けるも、それは間に合わない。既に彼女の姿は木々に隠れて見えなくなってしまっていた。

 何を心配する必要があるのだろう。彼女が五大祭の際に活躍したことは知っているのだ。


「少しよろしいだろうか」


 内心、首を傾げていた俺にキッシュさんがそう話しかける。そちらへと向けばいやに神妙な顔をしていた。

 何を話すのだろうか、そうやって待つもキッシュさんはなかなか話し始めない。もごもごと口の中で言葉を転がすように動かしている。時たま、視線は俺ではない方へと向けられていた。

 その視線を辿れば、どうして彼が言い出しにくそうなのか理解する。


「……ドシュトさんのことですか?」

「分かってしまったか。確かにそうだ。二手に分かれるならばギリザ殿達、そして私とドシュトとで別れた方がいいだろう」


 確かにキッシュさんの言う通りである。即席のチームより知り合いのチームの方がスムーズだろう。少なくとも互いの実力が分かるのだし。実力が分かるほどの間柄というのは重要であるし、特にこのような緊急時ではなおさらだ。


「しかし、今の彼では、その、足手まといだ」


 どうにか濁そうとして、結局そこだけをキッシュさんは小声で言った。

 なるほど、確かに彼の言う通りである。今のドシュトさんが作戦に参加するとして、果たしてきちんと成し遂げることが出来るかどうか。そう問われれば自信を持って大丈夫だと答えることは出来ない。こうして俺たちについてきたのも、逃げ腰だが一人置いて行かれるのもどうかという考えからのようである。

 しかし時間は待ってくれることはない。もう日は沈みかけ、作戦決行の時間である夜までは時間がないのだ。


「最悪そちらにロルを回します。とりあえず突撃の用意をしましょう。武具が欠けた、なんてへまをするわけにはいきませんから」

「何から何までかたじけない……。確かに失敗するわけにはいかないからな、早速用意するとしよう」


 そう言ってキッシュさんは茂みの奥へと姿を消す。その先には何も……いや、いたな。先程話しながら視線を向けていた方向にいるのは一人しかいない。


「ま、一応か……」


 何があったとしてもそれまで共に旅してきた仲間だ。そう考えればもしかしたらという思いがキッシュさんにあっても不思議ではない。

 見送るように彼が消えていった方へと視線を向けていると、後ろから足音がする。視線を向ければ疲れた様子を見せないリアナが凛とした表情でそこに立っていた。


「終わりました、入り口が一つ、それ以外に出入りが出来る場所はなさそうです」

「なるほど……それなら衝撃を加えると崩れそうなところは?」

「あり……ますね」


 俺の問いにリアナは考えながらも答える。それにしても崩れそうなところがあるならば好都合だ。


「ならその崩れそうなところからキッシュさんたちが入るようにした方がいいか」


 内部に侵入する経路が一つしかないのであれば、もう一つ作ってしまえばいい。ただ新しく作ることを相手側に察知されては元も子もないが。


「作りましょうか?」

「作るのは俺がやろう。けれど見張りをロルと共に頼む」


 ばれる危険性を少しでも下げたい。そのためには見張りの目がいくつかあった方がいいだろう。

 そう考えた発言の意図をリアナはしっかりと察知したのか、一つ肯定の言葉と共に頷くとロルを呼びに行った。

 二人が来たら早速取り掛かるとしよう。そう予定を立てながら、いざということがあってはならないと点検するために自身の武器を手に取った。




 木々の少ない山であるから身を隠すものはない。しかし一方で木の根が張っていないからこそ、邪魔をされずに穴を空けることが出来た。どうにか内部の通路に繋げた穴は今のところ魔法で隠している。ばれたらまずいから仕方がない。

 作業を終え、リアナと共に元いた場所へと戻れば違和感を覚える。……ああ、キッシュさんが妙にそわそわとしているのだ。居心地が悪そう、ともとれる。


「ギリザ殿、戻られましたか。して、いかがでしたか」


 まるで少しでもそのことを考えていたくないようで、キッシュさんはそそくさとこちらに向かいながら話しかけてきた。


「無事成功しました。あとでその侵入場所を伝えます。ところで、あの、どうかなさいましたか……?」


 作戦に支障をきたすことであればまずい。キッシュさんが外れるとなれば、俺とリアナ、そしてロルで実行しなければならない。

 不安そうに尋ねてしまったからだろう、キッシュさんは慌てて「いや、心配するようなことが起こったわけではないのだ!」と否定した。本人がそう言うのならば良いのだが、ならば他の理由があるのだろうか。

 耐え切れなかったのか、キッシュさんがぽつりと零す。


「いえ、ドシュト殿に叱咤の言葉をかけようか迷っていまして……」

「なるほど……ですが、それは俺としてはおすすめしません」


 淡々とそう言えば、キッシュさんは思わずといったように驚きの表情を浮かべた。小さく開いた口から「なぜ」という言葉が漏れる。


「彼自身が決め、彼自身が行動した方が良い。……そう思うからです」


 そう言いながら思い出すのは王都の出来事だ。樹沢と出会った、あの時のことである。

 自分は過去を引きずっていた。止めた方がいいのではと思いながらも、変わることなど出来なかった。いつまでも頭の中にある天ヶ上たちの姿がこびりついている。離れないほどに、だ。

 けれどあの時会った樹沢は変わろうとしていた。言葉も、態度も、雰囲気さえもこちらの世界に来た時とは打って変わっていたのである。

 羨ましいと思わなかったわけではない。どうして、と疑問に思ったりもした。

 傍にいた女性が彼の変化の原因かもしれないけれど、それでも彼自身が変わろうと決めなければ変わらなかっただろう。

 出来ることならば彼のようにと考えてしまう。


「大丈夫でしょうか」

「彼が騎士であるならば。そして今を変えたいと思うのであれば」


 キッシュさんの言葉にそう返す。

 作戦決行の時間は少しずつ、けれど確かに近づいていた。


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