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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
86/104

第65話~紹介、そして空気~

 商人であること、そして自分の名前を告げてきたアザートさんは、にこやかな笑みと共にこちらへと手を伸ばしてくる。

 ここで手を払うはずもなく、ちらりと壊れた馬車を見た後に同じく笑みを浮かべればその握手に応じた。


「私はギリザ、と言います」


 ひくり、とそばでリアナが反応したのを感じ取る。それもそうだ。告げた名前は偽名、本名を知っているリアナが反応しない方がおかしい。けれどこれでいい。あからさまに怪しい奴には特にな。


「ギリザさんですか。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 そう言い合いながら互いに握手を交わす。なるほど、商人かどうかはさておいて確かに武人ではないのだろう。掌は男性らしい硬さはあるものの、武器を握って戦っているような人間の手ではない。

 握手していた手を離しながらそんなことを考えていれば、アザートがちらりと後ろへと視線をやる。連れが気になるのだろう。


「少し失礼します。ちょっと他の二人を起こさなければならないので」


 無言でその言葉に頷けば、彼は小さく頭を下げ返してくれた。そうしたかと思うと今度は足早に壊れた馬車へと駆け寄っていった。連れとなると彼と同じようにあまり武器を握らないような人間だろうか、それとも護衛と称した人間だろうか。どちらにせよ、なかなかに彼らも訳あり・・・の旅の道中の用である。

 はてさて、何とも奇妙な巡り合わせだ。けれど今更取り消しにするのも失礼だろう。っと、その前にだ。


「リアナ、ロル、話は聞いていたな?」


 くるりと真後ろを向く。そして黙ってくれたままそこにいたリアナとロルに小声で話しかけた。その言葉に応じるように、リアナとロルは首肯する。そして続けるように、リアナが口を開いた。


「了解です、ギリザさん」

「ピッ!」


 いつものように秋人、と呼ぶことなくリアナはギリザと呼んだ。ロルは人語を喋ることができないからいいとしても、リアナはやり取りをすることなく俺の言わんとすることを理解したらしい。ロルが俺のことを偽名で呼んでいるのかは分からない。けれど先程の様子は、偽名だとは感じさせないほどに二人の素振りは自然だった。

 そこでふと、リアナが何かを思い出したように再び言葉を紡ぎ始める。


「私達も?」

「どっちも大丈夫だとは思うが……いや、リアナは分からんな」


 リアナの問いに答えかけていた言葉をすぐさま否定する。

 思い出すのは五大祭の時だ。あの時一緒に行動していたのはリアナとロル、そしてオルブフだ。あの時の旅も結構長いものだった。万が一のことを考えれば、大丈夫だなんて言葉を簡単に吐くことはできなかった。


「ロルは大丈夫だと思いますが、私は予防線を張っておきましょう。リアで通そうかと」


 考え込んでいる俺の前でそうリアナが提案する。ナを抜いただけだが、相手はそんなことを知る由もない。何より覚えやすいというのがある。そう考えたら俺の偽名の何と覚えにくいことか。もう少し覚えやすいものにしたら良かったか。ギリザってなんだよ、ギリザって。いや、もう後の祭りだ。

 どうしてそんな名前にしたのか自問自答していれば、ふと耳に低い男性の声が届いた。


「くっそ……こんな目に遭うなぞ……」


 アザートさんのものではない。こんな状況でもプライドが抜け切れていない、そう感じる声だ。

 その声につられるようにして振り向けば、壊れた馬車から男性が二人ほど抜け出しているところだった。気の強そうな男性が頭を抑えて地面に座り込んでいる。まだ何かぶつぶつと呟く声を聞くに、先ほどの声の持ち主は彼らしい。一方、おそらくアザートさん達の中で最も年配であろう男性はすぐさまアザートに沈痛な面持ちで頭を下げていた。何か小声でやり取りをしているが、一体何のやり取りだろうか。ここからでは聞き取ることなどできやしない。


「ドシュト殿、大丈夫で――」

「うるさい! まったく……貴殿に付き合ったのがそもそもの間違いだった」


 どうにか聞けやしないかと耳を傾けていれば、心配するアザートさんの声に続いて叩きつけるような男性の声が鼓膜を打った。ぴしゃり、といった擬音が似合うほどのきつい口調である。思わずこちらもぎょっとした顔をあちら側へと向けてしまった。

 声に続いて響いたのは手を払いのける渇いた音だった。助け起こそうとしたのだろう、アザートさんは困惑した顔のまま手を差し伸べた体勢でいる。ただ顔だけが助け起こそうとした男性、ドシュトという男性の動きを追っていた。


「ドシュト殿、その言葉はあまりにも……」

「キッシュ殿は黙っていただきたい!」


 アザートを助けるようにして声を上げたキッシュという男性の言葉にさえ、ドシュトという男性はきつく返してしまう。なにやらぶつぶつと呟いているようだったが、その先を聞き取ることはできない。けれども眉間に寄せられた皺や荒々しい動作といい、どうにも苛立っているのは聞かずとも分かる。


(あれで商人ってのはなぁ……もう嘘にしか思えないよ)


 アザートさん達三人へと視線を向けつつ、声には出さないまでもぼんやりと考える。

 そうでなくとも商人らしくはないなと思えていた。今まで出会ってきた商人を思い出しても、どうにも彼らには取り繕っているようなものしかない。馬車からこぼれた商品とは思えない扱いの木箱、護衛というには違和感しか覚えない男性二人、三人に共通している場違いな凛とした所作。どれもが違和感を訴えてくる。その中での先程のやり取りは、どう商人だと思い込もうとしてもそれさえ可能にはさせないものだった。

 

(鎧が明らかに高価、それだけなら腕の立つ人かと思うけどなぁ)


 そんな人間を雇う商人が、こんなにも規模が小さいというのもおかしい話だ。何も考えず彼らのことを見れば商人だと信じることができるかもしれないが、一度見えてしまった綻びは必要以上に違和感を訴えかけてくる。


(誰かが貴族であろうことは間違いないとは思うが……。全員が貴族? いや、でもそれにしてはドシュトと呼ばれた男性の対応がなぁ……)


 全員が貴族であるならあそこまで露骨に嫌いな態度をとるだろうか。いや、もしかしたら元来家同士の仲が悪いとか、そういうものかもしれない。

 どちらにせよ、明らかに推測の域を出ていない。

 ぼんやりと彼らのことを考えていれば、さすがに視線に気づいたのだろう。ちらりとこちらへと向けたアザートと目があった。つられるようにしてドシュトと呼ばれた男性とキッシュと呼ばれた男性が続けてこちらへ視線を向けた。

 明らかにこちらを値踏みするような視線が二つ。それも当然だろうと、無言ながら納得する。彼ら二人とは言葉を交わしていない。俺達が二人をどのような人物か理解していないように、彼らとてこちらのことをよく理解していないのだ。そこからくる視線だと考えれば、ひどく納得がいった。

 ひとまず剣呑な空気を避けた方がいいだろうと、愛想笑いだけでも浮かべて一礼する。それにつられるようにしてキッシュと呼ばれた男性が礼を返してきた。一方、ドシュトと呼ばれた男性は鼻を鳴らしたかと思うと、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 それに慌てたのは傍にいたアザートさんである。ぎょっとした顔を浮かべたかと思うと、すぐさま申し訳なさそうな顔でこちらへと駆け寄って来た。


「すみません、変なところを見せてしまって……」


 眉尻を下げ、アザートさんがぺこぺこと頭を下げながら言った。


「……いえ」


 どう返したものか。ここで大変ですね、と言うのも何かが違う。結局言葉を見つけられなかった俺は、ただそれだけしか返すことができなかった。

 ふと、こちらに近づいてくる影が一つ増えた。足音につられるようにしてそちらへと視線を向ければ、最初に視界に飛び込んできたのは傲岸不遜なその表情であった。


「失礼、もしかしてとは思うが……お前たちがアザート殿の言っていた新しい護衛か?」


 見た目とさして変わらないような自信に溢れた言葉。その言葉を隣で聞いていたアザートさんは、思わず「ドシュト殿!」と小声ながらも諫める色を乗せて言葉を発した。

 けれども当の本人である男性、ドシュトさんはその意を介さない。こちらに意識が集中していたからではない。明らかに聞こえているのだろう証拠に、ちらりとドシュトさんの瞳がアザートさんへと向けられる。けれどもそれはすぐさま逸らされ、こちらへと戻って来た。


「えぇ、目的地が一緒であるというのも縁で護衛をすることになりました。ギリザ、と申します。こちらにいるのは私の相棒であるリアとロルです」

「ご紹介にあずかりました。リアと申します」


 偽名を名乗ってよかったと胸中でぼやきながら、笑顔と共に軽い挨拶をドシュトさんに返す。隣で佇むリアナも会釈をしながら挨拶をした。

 ドシュトさんは名乗らない。ただ無遠慮にこちらのつま先から頭のてっぺんまで、見定めるようにじろじろと眺めているだけである。何だろうか、少し居心地が悪い。けれどもこれでいちいち咎めるのもいかがかと、ただ困ったような表情でその視線が終わるのを待った。

 満足したのだろうか、目の前の不遜な彼はフンと軽く鼻を鳴らしながらじろじろと見るのを止めた。そうかと思えば、腕を組みながら口を開いた。


「今回の件は感謝する。しかしながら……貴殿らの見た目ではどうにも護衛が務まるとは思えんのだが」


 そんな言葉がドシュトさんの口から漏れ出た瞬間、隣にいたアザートさんだけでなくこちらに歩み寄ってきていたキッシュさんまでもがぎょっとした表情でドシュトさんを見た。キッシュさんに至ってはそれまで歩いてこちらに近づいてきていたのに、その言葉を聞いた途端に駆け足へと変えていた。


「追いつめられていた我々を助けてくださったのだぞ、ドシュト殿。命の恩人でもある彼らに、そのような言いようはないのではないか?」

「キッシュ殿は何も理解しておられない。戦闘には実力はもちろんだが運も必要だ。目の前の彼らがその運だけで倒したという可能性とてあるだろう?」


 そんなことも分からないのか、なんて言葉を付け足したドシュトさんは、ひどく馬鹿にしたような表情をキッシュさんへと向けていた。


「貴方という人は……」


 そんなドシュトさんに、キッシュさんは露骨に呆れたようなため息を吐きながら呟く。その言葉にピクリとドシュトさんは反応を示したが、キッシュさん自身には隠す意図などないようだ。事実、呆れ溜息を吐いた彼自身の目に浮かんでいるのは呆れはもちろんのこと、諦めも確かにそこに混じっていた。諦めも混じるほど何回もこれと似たようなことがあったのかと思えば、隠すことを止めるのも至極当然と思える。隠すのさえ疲れてしまったのかもしれない。


「ドシュト殿、話はそこまでです」


 不穏な空気の中、どこか焦ったようにそうアザートさんが言う。ちらちらと視線を向けている先にはリアナがいた。どうやら彼女を気にしているのか。

 どうしてだろうと不思議に思いつつ、リアナの姿をちらりと横目で確認する。途端、思わずぎょっとした。おいおい、これは確かにアザートさんがビクビクとするのも納得できるというものだ。

 リアナはにこにこと笑っていた。ひどく柔らかいその笑みはきっと見た者を虜にするであろうことは見ているだけで分かる。けれどもそれは形だけだ。表は笑っていても、何よりその目が笑っていない。気のせいだろうか、いつでも攻撃できるように長杖を構えているようにも見えた。

 さすがにそんな彼女の様子に気付いたのだろう。ドシュトさんもぎょっとしたように肩を跳ねさせた。


「ま、まぁ、よろしく頼むぞ」


 不遜な言い方もそのまま、けれども若干ながら震えた声の調子でドシュトさんは言う。美人の笑みは凄みがあると言うけれど、目が笑っていないとなるとさらにそれが付加されていた。俺だって知らない人間ならば怖い。きっとすみませんなんて思わず呟いてしまうだろう。

 ドシュトさんの言葉を受けたリアナは、それでもその笑みを止めない。よほど気に入らなかったのか。けれどもこのままではいけないだろう。


「え、えぇ、こちらこそ」


 リアナを牽制するようにそう言えば、彼女は渋々ながらすっと一歩引いた。あぁ、良かった。


「よろしくお願いします……」


 ちらりとドシュトさんの方を見て疲れた表情をしたアザートさんは、けれどもすぐさまその表情を引っ込めると、握手を求めながら言葉を紡いだ。本人は隠しきれていると思っているのか分からない。けれどもその疲労の色はわずかばかり覗いている。

 そんな彼への労いも込めて、こちらも笑みを浮かべながらその握手に応じた。

 そんな俺達を他所に、リアナとドシュトさんはどうにも相容れないらしい。背後から感じる少しばかりの不満、そしてアザートさんの後ろで依然としてこちらを馬鹿にした目で見てくるドシュトさん。目を逸らそうにも逸らせない現実に、思わずため息が漏れ出てしまいそうだ。こんな光景を見て、俺はこの先が不安でならない。


 そこからと言えば、もう時間が時間なだけに、先程の戦闘の疲れを癒すためにも野宿をするという方向で話が決まった。アザートさんたちだって散乱した荷物を拾い集めておかなければならないだろうし、こちらとしてもその申し出はありがたい。

 少しでも諍いが起きないよう離れて、その夜は少しばかり居心地の悪いまま野宿で過ごしたのだ。


 □


 澄んだ朝の空気が清々しい。一つ伸びをしながらも、途中まで進めていた出立の用意を再開する。今起き出したのだろう、視界の端ではアザートさんたちがもぞもぞとテントから這い出していた。

 ナップザックの荷物を確認しながら、思わず漏れ出そうになった欠伸を噛み殺す。


「秋……ギリザさん、休めましたか?」


 用意も終えてナップザックを背負った瞬間、後ろから声をかけられた。振り向けば同じように準備を終えたリアナが、心配そうにこちらを見つめつつ歩み寄っていた。


「あぁ、休めたよ」

「それならばよいのですが……」


 リアナの言葉に頷きつつそう答える。けれどもリアナの表情が晴れることはない。眉根を寄せ、依然として憂いの表情を浮かべながら呟いた。しかしその表情もつかの間、怒りと不満でリアナは歪めてしまう。鋭い目つきで睨む先には、少しずつ用意をしているアザートさん達の姿があった。もっとも見ているのはアザートさんやキッシュさんではなく、十中八九ドシュトさんだろう。

 寒気でも感じたのだろうか。視線の先、準備に取り掛かっているドシュトさんがブルリと体を震わせた。

 どうにもまだ抑えることが出来ないらしく、リアナが再び口を開く。


「わざとですよ、たぶん。私達の見張り番が多くなるように彼が決めたのは」


 まぁ、その言葉に「そうではないだろう」なんて返事をすることは出来ない。

 昨夜は見張り番はお互いに交代して行おうとなった。ロルを含めて考えることもあって、一人一回見張り番をすればちょうどよいぐらいであった。……ま、結果は俺が一回分ほど見張り番を多くしたということになったのだが。

 そのことに対して不服だと思うのは、まぁ、構わない。けれどもだ。


「その予想はあながち間違いではないかもしれないが……変に突っかかるなよ」

「……はい、分かりました」


 窘めるようにリアナに言う。好きな人形が関わらなければ、彼女だって出来る女性なのだ、うん。イメージとしては湖での出来事が強く印象づいてしまっているが。

 窘められたリアナは、叱られた子供のように眉尻を下げながら返事をする。聞いていなかったロルが、一体何事かと俺とリアナの顔を見ながらこちらに近寄って来た。何でもない、少し注意しただけだと伝えながらロルの頭を撫でてやる。そうすればロルは嬉しそうに掌に頭を擦り付けてきた。


「そういえば準備はリアナもロルも終わっているのか?」

「はい、既に終えています」

「ピッ!」


 ポンと頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出すと、リアナは柔らかな笑みを浮かべつつ答えた。準備が整っているのならば話が早い。あちらさんもそろそろ準備が終わっている頃だろうし、ちょっと話しかけようか。

 二人の返事を聞いて思い立った考えを実行に移そうとすれば、その前にあちら側から怒声にも似た声が飛んできた。


「おい、何をとろとろしている! さっさと行くぞ!」


 これ以上どう寄せるのかというほど眉間に皺を寄せたドシュトさんが、こちらに険しい顔つきを向けている。あちらもとうに準備を終えていたらしい。それぞれナップザックやらを背負っていた。まぁ、それはいいのだが、ドシュトさんの傍にいる二人が慌てて彼に何やら言葉をかけている。

 アザートさんやキッシュさんも大変だろう。そう思っていると、隣でざわりと空気が揺れたのを感じた。

 顔をそちらへと向けることなく横目で確認すれば、リアナが怒りを堪えるように必死で笑顔を取り繕っている。先程の注意があるから、必死で怒りを表に出すまいとしているのだろう。


(心配だなぁ……)


 声には出さないが、思わず胸中で呟いてしまう。堪えていることは分かっても、やはり不安なものは不安なのだ。

 そうしている間にもこちらもナップザックを背負えば、急ぎ足で彼らの元へと向かった。あ、そういえば。アザートさんに聞いておかなければならないことがあると、歩きながらもナップザックから地図を引っ張りだした。


「アザートさん」

「はい、何でしょう」


 声を掛ければアザートさんは笑顔でそう返してくれる。一方、アザートさんの傍にいたドシュトさんはピクリと眉を動かした。

 いいじゃあないか、少し聞きたいことがあるのだか。そうは思ったものの、ここで突っかかってはらちが明かないと見なかったことにする。視界の端ではドシュトさんの様子に気付いたキッシュさんが、コツリと窘めるように彼を肘で小突いていた。

 彼らの様子を尻目に、俺は再び口を開いた。


「いえ、これからの予定を話し合おうと思いましてね」


 そう言えば、アザートさんは「あぁ」と納得したように呟く。そして開いている地図を覗き込みながら、おずおずと言葉を発した。


「私としては早いに越したことはないので、エルフの里までまっすぐ街道を突き進みたいのですが……どこか寄る町がありますか?」


 アザートさんの言葉に、少しばかり考え込む。

 寄りたい町はと聞かれたが、ここに寄りたいといった特別な町はない。リアナが寄りたいと言っていた魔泉にも既に行った。それならばアザートさんの案に賛成である。

 一方で、必ずしも町に寄ることなく進むことが出来るというわけではない。食糧が足りないなんて事態になれば、否が応でも寄らなければならなくなるのだ。

 とりあえずそのことだけは伝えておこうと、口を開いた。


「食糧がつきそうだったり非常時ならば、他の街に寄った方がいいとは思います。けれど、そうでなければまっすぐ街道を進むという案に賛成ですね」


 そう言えば、アザートさんは「なるほど」と呟きつつ一つ頷く。続くように、彼は口を開いた。


「分かりました。では、状況を見ながらまっすぐ向かいましょう」

「ええ」


 アザートさんの賛同の言葉にそう返しつつ、地図を畳んでナップザックへとしまう。

 ひとまず目的地であるエルフの里までまっすぐ突き進む。非常時だったり食糧とかが足りなくなれば街による。行動方針としてはこんなところだろう。うん、複雑ではなく単純な方針だし分かりやすい。


「それではそろそろ行きましょうか」


 ナップザックに地図を入れ終えたのと同時に、アザートさんはそう言って歩き始める。その後ろに続くように、ドシュトさんとキッシュさんも歩き始めた。

 彼らの後を追うように俺達も移動を開始する。俺を先頭にロルとリアナがその後を追う。

 前方、アザートさんの後ろを歩いていたドシュトさんがちらりと視線を脇へと投げた。一体何だろうか。ちょっとした疑問で彼の視線が指す先を見れば、そこにあったのは昨夜壊れてしまった馬車の残骸である。

 何か大切なものを、やむなく残すことにでもなったのだろうか。そう思っていれば、ポツリと目の前で彼が呟いた。


「全く、とんだ旅になったものだ……。こんな奴についてきたばっかりに……」

「おい」

「……ふん」


 こぼれ出た呟きをキッシュさんに窘められれば、ドシュトさんは不服そうに鼻を鳴らした。窘めたキッシュさんは、ドシュトさんの様子を見て一つため息を吐く。そして肩を竦めつつ前へと向き直った。

 こちらからアザートさんの顔を見ることは出来ない。けれどそこまで大きな反応を見せていないあたり、もうドシュトさんの発言にアザートさんは慣れてしまったのかもしれない。慣れてしまうほど言われたのかと思えば、少々気の毒にも思えてしまうのだが、まぁ、ただの俺の想像か。


「やっぱり、私、苦手です」


 前方の三人に配慮でもしているのだろう。傍にいる俺やロルにしか聞こえないほどの小声で、リアナがポツリと呟いた。

 誰かだなんて名前は言わないものの、何が苦手なのかなんてはっきりと分かる。確かに彼女は人形のことやらと暴走する時がある。俺や第五の人間に対しての敵意には、人一倍敏感でもある。けれどもこちらが害されるような事態を除いて、リアナの態度はいたって普通だ。

 そんな彼女だからこそ、こちらに異様に食って掛かる彼を警戒しているのも納得が出来る。出来るのだが……。思わず苦笑が漏れ出てしまう。

 堪えることが出来なかったそれを誤魔化すように前を向けば、自然と視界にアザートさん達三人が映った。


(こう見ると三人の関係が如実に出てんのな)


 声に出すことは無いけれど、ただぼんやりと考える。

 先頭を歩くのはもちろんアザートさんである。彼の斜め後ろには、護衛らしく彼を守るように周囲を警戒しつつ歩くキッシュさん。反対側にいるドシュトさんだが、キッシュさんのように警戒をしているわけではない。むしろ退屈そうに歩いていた。

 ここ数日で見ることが出来た彼らの関係を如実に表している配置である。


(人形好きさんは、と……)


 キッシュさんやドシュトさんど同じように護衛という役割であるリアナへと視線をやる。

 リアナは俺の斜め後ろで静かに歩いていた。武器を構えながら歩いているということなんてしていない。ひどく自然体である。けれどもそれとなく周囲への警戒を行っていた。


「……? どうかしましたか?」


 俺の視線に気づいたリアナが、きょとんと不思議そうな顔をしながらこちらを見た。


「い、いや、何でもない」


 大慌てでそう言えば、リアナは依然として不思議そうにしながらも、「分かりました」と視線を前へと戻した。

 うん、特に恥ずかしいことは無いはずなんだ。けれども先程まで考えていたのは、自分の仲間であるリアナを自慢するようなことだった。はっきりと言おう、誇っていた。ぼんやりとながらも無意識に抱いてしまったその考えに、遅れながらも恥ずかしくなってしまったのだ。

 あぁ、無性に恥ずかしい!

 熱くなり始めた顔を誤魔化すように、目を瞬かせた。


「あ」

「ん、どうした?」


 恥ずかしさを誤魔化そうと必死な俺の耳に、小さな呟きが後ろから届いた。一体どうしたのだろうかと疑問に思い、思わず俺も小声になりながら問いかける。

 リアナは視線を前へと向けたまま、再び小さな声音で言葉を紡ぎ始めた。


「商人、ではないですよね」


 前方の三人を見ながらも、リアナはそう言った。

 その言葉に俺も賛同するように頷く。


「だろうな」


 馬車に積み込まれた木箱、それらはとうに後ろへと捨てて来てしまったが、一見すれば商人だと思うような品々だ。けれども商人の護衛にしてはドシュトさんやキッシュさんの鎧は高値のものだ。加えて彼らの行動の端々から、貴族らしさが滲み出ている。

 そう伝えると、リアナも「確かに」と呟きながら頷くと、再び口を開いた。


「それに気づきましたか?」

「何を?」

「彼らが乗っていた馬車です」


 ひそひそと囁かれたリアナの言葉を聞いて、ふっと残骸となってしまった馬車の姿を思い出す。見事なまでに木っ端みじんであった。片側の車輪は外れてどこかへ行ってしまっていたし、荷台部分も穴が開いたりと荷物を積み込むことなど出来ないほどである。

 俺が思い出している少しの間をあけて、リアナは再び口を開いた。


「少しばかり近づいて馬車を見たんです。さすがに近くでじろじろと見ることは出来なかったのですが……観察しているようでは怪しまれるので」


 リアナが言葉を紡いでいる間も、前の三人はこちらを見る素振りは見せない。意識が向けられているというわけでもないだろうし、実際気づいていないのだろう。それならば良いのだ。

 前方へと向けていた意識は、続いたリアナの言葉で引き戻された。


「あの箱の中身、ほぼほぼ空でした」

「……見た目だけでも、という奴か」


 なるほど、確かにリアナの言う通りである。木箱の中に商品なりなんなり詰め込まれていたのであれば、それらの商品が散らばっていてもおかしくはない。けれどもそれらしいものは無かった。


「商品は散らばっていなかったが、食糧は散らばっていたあたり……」

「えぇ。散乱していたのはどれも旅に必要な物です。商品ではと少しは思ったのですが、見てみると商品というよりも彼ら自身が使うための物のようでした」

「そう言えば無事なものだけでもと馬車の積み荷を回収していたな。商品にしては扱いが雑だと思ったが」


 俺の言葉に、リアナは一つ頷いた。


「元から商品ではない、というのが有力でしょう。……もっとも、彼らから明確に商人ではないと伝えられていないので推測の域を出ませんが」


 そう締めくくったリアナの言葉に、同意を示そうとこちらも一つ頷いた。

 彼らから商人ではないと明言されてはいない以上、俺達の考えは推測の域を出ることは出来ない。彼らは訳ありの商人である可能性だってある。ただ、商人ではなく別の何かであるという可能性が高いだけだ。

 どちらにせよ、だ。


「こちらとしては情報さえ手に入れることが出来ればいい」

「そう、ですね」

「わずかでもいいからな」


 そう言って締め括れば、俺とリアナの間に静かな空間が生まれる。気まずいというわけではない。念の為の再確認、それが出来ただけでもいい。

 ピリッと肌の表面を鋭利な何かで撫でられたような感覚を覚える。目の前を歩く三人が一体何者なのか、答え合わせをすることが出来たわけではない。けれど商人ではおそらくないであろうし、そうであるならその所作からして貴族関連ではとも思う。

 貴族、そう、貴族だ。

 胸中に、ほんの少しばかりの淀みが生まれたように感じた。どうにかそれを飲み込めば、ただ無言でアザートさんの後を追うようにして街道を進んでいくのだった。


 □


 どれほど歩いたのだろうか。 

 ふっと沸いた疑問に突き動かされるようにして、ナップザックから地図を取り出す。地図を見て、街道の端に立てられている看板やら休憩所やらを見て、再び地図へと視線を落とす。あの看板に書かれていた文字から見て地図だったらここらへんで……休憩所でもある小さな宿屋があそこに建っているのだから現在地がここだとして、目的地であるエルフの里に到着するのは何事もなく旅を終えればおおよそ一週間後だろう。

 

「ギリザさん!」


 地図へと視線を落としていれば、前方から大声でギリザと呼ぶ声が聞こえた。

 ギリザ、ギリザ……あぁ、そうだ、俺の偽名だ。一瞬混乱してしまい、ギリザとは誰だろうかなんてふっと思ってしまう。自分が適当に付けた偽名だよ、ちゃんと思い出した。

 どうにもその間の反応が空いていたらしく、少しばかり離れて前方からこちらを見ているアザートさんは、不思議そうに首を傾げている。あぁ、早く反応しないと。


「はい、なんでしょう」


 少しばかり声を張りつつ、慌ててそう返す。

 返事があったことにひとまず安心したのか、アザートさんは不思議そうな表情から安堵のそれへと変える。

 そうしてこちらに小走りで近寄って来た。


「もうお昼ですし、ここらで昼食を兼ねた休憩でもしましょう」


 そう言ったアザートさんは空を指さし、「ほら陽も真上に上っている」と朗らかに告げた。

 なるほど、アザートさんに言われて空へと視線を向ける。陽は真上に登り、雲一つない青空をバックに地面を照らしていた。視線を下げれば、ちらほらと街道の端で昼食にしている人たちが見受けられる。

 確かに少し腹も空いたし、昼食にしようか。そう考えてアザートさんに一つ頷いて見せた。


「そうですね。ではそうしましょうか」

「では、護衛の二人も呼んできますので。場所は……」


 そこで一旦言葉を切ると、アザートさんはキョロキョロと辺りを見回し始める。つられるようにして俺も辺りを見回した。

 まっすぐ続く広い街道。端には所々、誰かが休憩で使っていたのであろう丸太や切り株、座るのに手ごろな石もある。先程視界に入った休憩をしている人たちも、そのような丸太やらに座っていた。やっぱり使うよなぁ。そう休憩に適した場所は多くないから、残っている場所を見つける方が難しい。まぁ、休憩が出来れば地べたでもいいか。

 特にここが良いという考えも浮かんでいないが、それを近くにいるアザートさんが知ることは無い。見回していた彼だったが、ピタリとその動きを止めた。


「あそこ、あそこにしましょう」


 指さしながら、アザートさんはそう告げた。

 彼が指さしていたのはもちろん街道の端であったが、そこには丸太が二本ほど平行になるよう並んでいる場所だった。よく見れば二本の丸太の間にたき火でもしたらしき跡が見える。


「先に行って待っていてください。僕は二人を呼んできますので」


 俺が場所を見つけたのを視線で察したのだろう。ちょうど見つけた瞬間にアザートさんはそう言うと、先程来た道を連れの二人に向かって彼は駆けて行った。


「それじゃあ指示に従うか。ロル、リア」

「ピッニョ!」


 名前を呼べばロルは元気よく鳴き、リアナは無言で一つ頷いた。

 指示のあった場所へと向かう。ぼーっと立って待つというのもおかしいので、ナップザックを下ろしたり、昼食でもある干し肉を取り出したりと、それぞれが自由な行動をとり始めた。かくいう俺も、ナップザックを地面に下ろして、中から干し肉を取り出す。

 準備をしていれば、土を踏みしめる音がこちらに近づいて来た。アザートさんたちである。


「お待たせしました。それでは――」

「ふむ、冒険者は地べたに座って休憩すると聞くのだが……?」


 朗らかな声色で紡がれていたアザートさんの言葉がドシュトさんのそれによって遮られる。純粋な驚き故の、はたまた知らなかったが故の言葉ではない。これでもかと嫌味が込められていた言葉が、露骨にこちらへと投げかけられたのだ。突然のことに、ドシュトさんの横にいたキッシュさんとアザートさんがぎょっとした顔をバッと彼に向けた。

 こうも露骨に言葉を投げつけられては、怒る気力というのも沸いてこない。ただ苦笑を浮かべて誤魔化すしかない。

 ぴりっと、隣の空気がざわつく。横目で確認してみると、その原因はリアナだった。困ったような笑顔を浮かべているが、その実怒っているのだろう。杖を握る手に少々力が籠っている。それでも表に出そうとしないのは、こちらを慮ってのことだろう。


「お前たちは護衛で、しかも冒険者。ならば私達が丸太に座り、お前たちが地べたというのが道理ではないか?」


 最後にふふんと鼻で笑うことも付け加えながらさらに言葉を紡ぐドシュトさん。アザートさんとキッシュさんの纏う空気がピシリと固くなったような気がした。先程まで浮かんでいた表情はかたや呆れ、かたや怒りである。

 ドシュトさんはこれから二人に注意を受けるだろう。もしかしたら怒られるかもしれない。

 どちらにせよ、俺を守るようにして前に立つリアナとここを離れた方が、彼らにとっても怒りやすい環境ではあるだろう。


「リア」


 言葉短く、俺は彼女の名を呼んだ。


「……何でしょうか?」


 少しばかり間を置いて、リアナは返事する。怒りに我を忘れているようではなかったことに、少しばかりホッとした。


「俺達はあっちで休もう。ロルの息抜きも兼ねて、な?」

「ピッ、ピニョニョ!」


 俺の言葉にその通りだと賛同する様を見せるように、リアナへと顔を向けながら激しく頷く。

 対するリアナはこちらをじっと見つめていた。冷たい瞳ではなく、心配するような色を浮かばせながら暫くこちらを見ていたが、少ししてふぅと小さく息を吐いた。


「申し訳ありません。その通りにいたしましょう」


 深くお辞儀をすれば、リアナは地面に下ろしていた俺の分を含めた荷物を抱え上げた。これでいつでも向こうへと行くことが出来る。

 用意が整ったことを確認すれば、すっと視線をリアナからアザートさんへと向けた。


「すみません、俺達はあっちで休憩しますので」


 そう言って休憩予定の場所に近い茂みを指差す。休憩場所に近い一方で、茂みがあるから向こう側が見えにくい。さすがに近くにはいないといけないので、茂みで見えない辺りがいいだろうと決めた結果だった。

 

「分かりました、えっと……こちらこそすみませんでした」


 一つ頷きながらアザートさんは了解してくれる。そうして続くように紡がれた謝罪の言葉は、近くにいるドシュトさんのことを考えてか小声だった。

 そんな彼に対して構わないと苦笑を浮かばせながら答える。確かに言われた当初は戸惑ったが、まぁ、これまでの彼の言動を考えればむしろ当然だ。加えて彼は冒険者ではない。冒険者に対しての偏見を持つのは、まぁ、何も貴族に限ったことではない。毛嫌いしている人だっている。けれどもこれはアザートさんたちが貴族、もしくはそれに関連した人たちであろう可能性がほぼ現実のものとなった。

 頭の中でそんなことを考えつつ、それではとリアナやロルと共にその場から離れる。ちらりと背後を見れば、ドシュトさんに文句を言っているアザートさんとキッシュさん、そしてどこ吹く風と一切意に介していないドシュトさんの姿があった。

 あれでは苦労するだろう。こちらの話ではないが。思わず苦笑を零してしまう。


(それにしても貴族かぁ)


 ぼんやりと考える。彼らが貴族であるなら、どうしてあの馬車を運転してエルフの里へ向かおうとしていたのか、それが気になった。貴族だから王族も関わっていたりするだろうか。


(おいおい調べていくとしようか)


 焦ってはいけない。そう胸中で呟いて心を落ち着かせれば、先程自分が言った茂みへと辿り着いた。


 二つの班に分かれての昼食はおおよそ三十分で済んだ。

 休憩を終えれば前をアザートさん達、後ろを俺達といった形で進んでいく。といっても今日一日でエルフの里に到着するということも無く、夜も近い夕暮れ時には川にほど近い場所で一夜を過ごすこととなったのだ。


 □


 アザートさんたちと会話らしい会話はしていないが、昼から大きな衝突は無くどうにかなった。いや、大きなものはないが小さなものはあったのだが。情報収集という目的は明らかに果たしていないが、衝突が起きて護衛を解消するという事態になっていないだけましかもしれない。うん、ましだな、ましだと思うようにしよう。

 安堵かそれとも疲れか、自分でもどちらなのか分からないため息が口から漏れ出てしまう。

 他はどうしているだろうかと視線をそちらへ寄越せば、リアナとロルは川の傍にいた。


「……」


 リアナは無言で今日の夕飯である魚を獲っていた。魔法を使っているためひょいひょいと獲れることはいいのだが、獲っている本人の表情はただただ暗い。傍で自身の鉤爪を使って魚を獲っているロルも、少しばかりリアナのことを気にしてかちらちらと彼女へと視線を向けていた。

 はぁ、と思わずため息が出てしまう。リアナに対してではない。言っては何だが、ドシュトさんに対してだった。

 昼休憩から大きな衝突は無かった、それは事実である。けれど小さなものが無かったわけではない。休憩や現在地の確認など、小さなやり取りでも何かにつけて彼は突っかかってきた。そのたびに場の空気は悪くなり、アザートさんやキッシュさんの顔色も悪くなっていく。最後に至っては申し訳なさそうにしながら、最初と比べて接触を減らしていた。リアナも怒ってはいるのだろうが、それを表に出していないことが幸いだろう。

 どちらにせよ接触が減るぐらいには空気が悪い。その事実を思えば再びため息が出つつ、たき火用の小枝を拾い上げた。


「よいしょっと。まぁ、あまり長く続きそうにはない空気だよなぁ……」


 旅の同伴として、という言葉を飲み込み、拾っていた小枝を抱えていた枝の束に足す。今こうして俺達だけで食料やらたき火の材料やら調達しているのも、夕飯について揉めそうになったが故に逃げてきた結果だった。さすがに何度もあのような態度で言葉をぶつけられれば嫌になる。

 けれどもまだ旅の同伴を止めるという話にはなっていない。今のままでは時間の問題だが。

 さて、そろそろたき火に使う十分な量の枝が集まった。リアナとロルの方へ視線を向ければ、こちらも十分な量の魚が籠いっぱいに獲れている。うん、ちょうど良い頃合いだ、戻るとしよう。戻ることに対して若干ながら憂鬱ではあるが。

 そろそろ戻るとしよう。そんな言葉をリアナとロルにかけようとした時だった。


「ギィイイイガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 森に木霊するほどの雄叫び。鼓膜を震わせるほどのその鳴き声は、明らかに遠くから聞こえたものではなかった。鳴き声の持ち主である魔獣がいる場所は近くである。

 俺だけでなくロルやリアナも、鳴き声のした方へと勢いよく顔を向けた。声がしたのは森、しかもこの近さや方向はアザートさんたちが待機していると言っていた場所やもしれない。

 背中にポトリと、氷が落とされたような感覚を覚えた。


「急ぐぞ!」


 パッと出た言葉を皮切りに、抱えていた枝や獲っていた魚を放って声のした方へと駆けていく。

 決して彼らに対して良い思い出ばかりがあるわけではない。けれどもこれまで同伴していたのだ。そんな彼らが危ないのかもしれない。杞憂で済めばいい、けれど万が一は夢見が悪い。

 嫌な予想が脳裏を過る中、駆ける自分の足に再び力を込めて地を蹴った。


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