第63話~討伐、そしてスキップ~
辺りは暗く、聞こえるものといえば虫の鳴き声ぐらいしかない夜中。こっそりと湖近くにある建物の影から首だけを出して周辺を見れば、店の明かり一つさえない。
「まぁ、それもそうか」
「どうかしましたか?」
零れ出た呟きに、同じように建物の影から湖の様子を窺っていたリアナが言葉をかけた。
「いや、店の明かり一つもないことについてな」
湖から視線を外すことなく答えれば、リアナもぐるりと湖の周囲へと視線を巡らせた。
別にどの店も明日が休店日というわけではない。けれど深夜のこの時間は店の人間はほとんどがひっそりと静かにしているというのが店員の話だった。
限定ドールを売っている店を訪れてから随分と経った。どうしてこんな場所で隠れているかと言われれば、単純にドールの素材を自分たちで入手してくると店員を説得したためだ。まぁ、ドールを作ってもらうことと引き換えだが。
「魔獣に襲われる心配もありますからね。念には念を、でしょう」
あの時の店員、困った顔をしていたなぁ。そんなことを考えていれば、リアナがそう言いながら、巡らせていた視線を最後には中空へと向ける。どうにも目当ての魔獣はまだ来ないらしい。
「ピヒ〜?」
これまた同じように建物の影で息を潜めていたロルがなんとも気の抜けた鳴き声を上げた。本当に来るのかと言わんばかりの鳴き声である。
まぁ、確かにそう考えても仕方がない。深夜に鳥型魔獣が来ることを伝えられたものの、正確な時間までは知らないとのことだった。それ以前に来ていた、ということはそれまで街をぶらぶらしながら時間を潰していたから可能性は低いとして、もう少し時間がかかるかどうかもわからない。
それじゃあゆっくりとくつろげばいいかと言われれば、そうでもないのだが。
気合いの入りようはリアナが一番である。隣で爛々と輝かせた眼を湖とその上空に向け、いつ来るかと身構えていた。……実際ドールが欲しいのはリアナ本人だし、それも当然か。
壁にもたれながら再度、≪ヴォルカス≫の調子を確かめていれば、隣のリアナがふと思いついたようにこちらへと言葉を投げかけてきた。
「秋人様」
「なんだ?」
短い呼びかけに一拍置いて答える。リアナはちらりとこちらに視線を寄越すと、再び口を開いた。
「魔獣の討伐方法、事前に打ち合わせた通りで良いんですよね?」
リアナの問いに視線は≪ヴォルカス≫に固定したまま、一つ頷く。
「あぁ。素材として使うのならあまり傷がついていない方がいいだろう。まぁ、もしかしたら関係ないかもしれんが」
事実、店員は討伐した魔獣の状態はとくに考慮をしないと言っていた。多少なりとも羽等が傷ついても構わない、とのことである。けれども、考慮しないといっても限度があるだろう。そう考えたら念のために傷をつけないよう倒したほうがいい。
そう考えての答えにリアナはなるほど、とだけ返して視線をこちらから外した。……うん、≪ヴォルカス≫の調子も大丈夫だ。
誰もが準備を終え、息を潜めて対象を待つ。神経を研ぎ澄ませば自然と周囲の音が大きく聞こえた。葉が擦れる音、風が吹く音、はては自身の鼓動さえもがいつもなら意識もしないのに大きく感じてしまう。
力量、はおそらく大丈夫だ。問題はスムーズにいけるかだ。変に手間取ってしまってはいけない。
そっと≪ヴォルカス≫を握り直した瞬間、上空で微かにバサリと音が聞こえた。
その音を誰もが聞いたのだろう。瞬時に空気が張り詰めたものへと変わる。ザリと足元で鳴った土の音が、いつでも飛び出せることを物語っていた。
建物の陰から覗き見れば、黒い鳥のシルエットが徐々に湖へと近づいていた。
まだ距離が離れているためかシルエットしか見えない。けれど少しずつ湖へと近づいていく。それにつれてバサリ、バサリと羽ばたきが強く鼓膜を震わせてくる。
シルエットから細部が見えるようになった瞬間、思わず息を飲んだ。
ロルの倍ほどもある巨躯を覆う赤い羽毛が月の光を受けどこか神秘的に見せる。動きに合わせてたなびく尾はゆらりゆらりと揺れていた。近づくにつれて見え始める月の光を受けた瞳が怪しく光っている。
じっと目を凝らして見れば、くちばしには何かをくわえているようだ。もしかしたらこの泉が赤い原因であるベリー系の果実なのかもしれない。
鳥型魔獣は視線を湖から逸らすことなく降下し、そして湖のほとりへと着地した。
鳴き声を上げることもなく時折首を傾げるような動作をしながら右に左にと移動しているようだ。けれどもすぐその動作を止めて、自身の羽毛と同じぐらい赤い湖へとその体を沈めていった。
何をしているのだろうか。水浴び、というには違うような気もする。
じっと見ていれば湖へとくちばしでくわえていたものを落とした。そうかと思えば今度は湖の中へと突っ込む。
毎日は来ているようだから、何日か前の果実でも食べているのだろうか?
その果実はどうなっているのだろうか、なんて想像をしかけるも少し嫌な方へと走りそうだったので止めた。
相手は依然として食事中なのだろう、水に顔をつけては出すを繰り返している。
「次、顔を付けたときを狙うぞ」
その言葉に分かったというようにロルとリアナが頷いた。
じっと気配を消して鳥型魔獣を見つめる。くいっと顔を上げた魔獣の喉がゴクリと動く。まだ満足していないのか、次の食料を探すように湖へと視線を落としつつ右に左にと視線をやっていた。
見つけたのか動きが止まる。
音もなく首がもたれる。
くちばしが水面に入り、無音で頭が水面の下へと潜っていく。
その瞬間、待機していたリアナが杖を小さく振るったのが分かった。同時に辺り一帯にサイレントの魔法がかかった。
「ピィーッ!」
リアナの魔法がかかると同時に俺とロルが地を蹴って飛び出していく。隣で聞こえていた軽やかな地を蹴る音は次第に羽ばたきのそれへと変わり、湖近くになるころにはすでにロルは空を悠々飛んでいた。
「ギィィッ!」
さすがに気付いた鳥型魔獣が羽を水面にバシャバシャと打ち付ける音が辺りに響く。けれどもその音はサイレントの魔法で外には届かず、俺達にしか聞こえていない。
おかしいと感じたのだろう、鳥型の魔獣は威嚇音を漏らしながら上空へと飛び上がろうとした。
「ピィッ!」
「ギィグッ!?」
けれどもそう簡単にいくわけがない。
すでに飛び上がっていたロルがそれ以上の上昇を許すまいと、鳥型魔獣の上を維持しながら防いでいる。相手が右に行けば右に、左に行けば左に、上昇しようとすれば鉤爪などを使って攻撃を仕掛ける。
図体は明らかに鳥型魔獣の方があるというのに、どちらが捕食者だか分からなくなる光景だ。
「お願いしますっ!」
「任せろっ!」
リアナから短い言葉が飛ぶ。
その言葉に鋭く答えつつ≪ヴォルカス≫を構えた。魔力が充填され、刻まれている魔法陣が淡く緑色に光りだす。
狙いは、大丈夫だ。目の前で縦横無尽に動く鳥型魔獣を睨み付ける。
「ロルっ!」
「ピィッピッ!」
声に応えるように鳴き声を上げたロルが、銃身がまっすぐ向かう先へと鳥型魔獣を追い込んでいく。
あと少し、あともう少し。
「いけっ!」
鳥型魔獣の胸と銃身が重なろうとした瞬間、引き金を引く。それと同時に反動が返り、足に思わず力を込めた。
放たれたウィンドウランスは、かすかに高い風を切り裂く音と共に鳥型魔獣へと飛んでいく。
「ギィガァッ!?」
狙い過たず、鳥型魔獣の胸に当たる。最後の抵抗でもとばかりに羽を一回羽ばたかせ悲痛な声を上げた魔獣は、けれども力なく湖へと落下し始めた。
「ピィヒョッヒョ」
「ナイスです、ロル!」
湖へと落ちかけた魔獣の体を、ロルが慌てて足で掴む。意気揚々とした声で褒めたリアナの方をちらりと見れば、高揚していますと言わんばかりの顔でガッツポーズを作っていた。……うん、まぁそうなる理由は察することができるけれども。
視線に気づいたのだろう、リアナはきょとんとした顔をこちらへと向けてくる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、何でもない」
まぁ、悪いことではない。かける情熱に少しばかり押されることはあるけれど。
取り繕うように言ったその言葉にリアナも少し納得してくれたようで、「そうですか」と呟いて視線を鳥型魔獣へと向けた。その目は誰がどう見ても輝いている。
「さて、魔獣は討伐したし、とっとと運びに行くか」
「はい!」
武器を収めながらの言葉に応えたのは、爛々と目を輝かせた興奮気味のリアナだった。
「ほぉ、これはこれは」
本来なら従業員しかいることのできない土産物屋の裏手に、以前会った男性従業員の感嘆が響く。
木製の塀で囲まれたさながら庭のような場所には先ほど討伐した魔獣が横たわり、その周りを男性従業員が時折感嘆の声を漏らしながら歩いていた。時々うずくまると、魔獣の羽毛を摘まんで状態を見ている。
満足そうな顔の男性従業員はチェックを終えたようで、羽毛から手を放して立ち上がるとこちらへ顔を向けた。
「ありがとうございます。この状態でしたら良い品が出来ますよ」
「それはよかったです!」
男性の言葉にリアナが嬉々とした様子で答える。あ、うん、そわそわしている。傍から見ても分かる程にそわそわしている。
テンションの上がりように思わずジト目になってしまうが、そんなことを構うことなく二人は話を続けていた。
「さて、契約ですからドールを作ってあなたに差し上げますよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
男性の言葉にリアナは笑顔で答える。ドールがもらえるとなって有頂天になっているのだろう、軽くぴょんぴょんと飛んでいる。あ、ロルもつられて体を揺らし始めた。
揺れるリアナとつられて体を揺らすロル。その様子を少し面白くて見ていれば、塀の向こうから何やら剣戟音が漏れ聞こえてきた。誰かが戦闘、しているんだよな?そうでなければ聞こえるわけでもないし。
「どうなさいました?」
音の鳴った方へ視線を向けていたのがばれたのだろう。男性がこちらへと笑顔を向けながら問い掛けてきた。
「いえ、外で戦闘している音が聞こえてきたので……」
「あぁ、きっと他の店でも冒険者を雇って魔獣を討伐しているのでしょう」
男性従業員はそこで言葉を切ると、庭にいる魔獣へと視線を向けた。
「この魔獣の羽毛、私共の店だけでなく他の店でも素材として採用していますから」
「なるほど」
俺達がこの店の裏に入る時まで魔獣の姿は見なかった。けれど今こうして戦闘音が聞こえているということは、その後にでも魔獣が再び現れたのだろう。
そんなことを考えていれば、男性従業員がふむと声を漏らした。
「取りあえず差し上げる分の人形を作るなら午前……いや、正午ぐらいまでかかるか。よし、ではドールの引き渡しは正午になりますがよろしいですか?」
「ええ、それまで魔泉でぶらぶらとしていますから」
「分かりました。では、後ほど」
俺を置いてリアナと男性従業員が話を進めていく。男性従業員はくるりと後ろに回って店内へと入ると、何やら他の従業員を呼ぶ声が聞こえてきた。運ぶ人手を読んでいるのだろう。
とりあえずこの後はあらかじめとっておいた宿にでも戻って寝るとするかぁ……。
ぼんやりとこの後の予定を考えていれば、足に何かが触れる。視線を下に向ければ、そこには少しばかり疲れた様子のロルがいた。まぁ、もうこんな時間だ。そろそろロルだって寝たい頃なのだろう。
「あと少しだから、ロル」
「ピヒィ〜……」
ぽんぽんと頭を優しく撫でれば、ロルからひどく眠そうな声が漏れる。これは本格的に眠そうだ。
「リアナ、とりあえず宿屋に戻ろうか。受け取りの正午にまた来ればいいし」
「そう、ですね。では戻りましょうか」
提案にリアナは賛同を示した。言葉だけを見れば落ち着いているように見えるのだが、目の前の彼女は答えながらもちらちらと店の方に視線をやっている。うん、期待が抑えきれていない。ドールを貰うという約束はしたのだから、あとは大人しく午後まで待てばいいものを……。
「リアナ、行くぞぉ」
もう眠そうなロルを連れて裏口からリアナに呼びかける。
けれどもリアナの足取りはゆっくりだ。分かっている、けれどもここで待っていち早く手に入れたい。そんな思いが透けて見えるようにこちらと店の間をリアナの視線が行ったり来たりしていた。
あぁ、もう、しょうがない。
「リアナ?」
「うぅ〜……行きます」
再度、リアナの名前を呼ぶ。ここにいてもしょうがないのだ。店の人間ではあるまいし、そうそう作業場なんて入らせてくれるものじゃあない。
さすがにそれをリアナも渋々ながら理解したのだろう。あまり乗り気ではない声ながらも言葉を返すと、ゆっくりとした足取りでこちらへと歩いてきた。
まぁ、時々店へと視線を向けている時点でまだここにいたいと考えているのは丸わかりなのだが。
思わず溜息が出そうになるのを、ぐっと堪えた。
眠そうなロルとまだ諦めきれていないリアナを連れ、どうにか宿へと向かう。体に当たる夜風が気持ちいい。同時に届く甘い果実の匂いは、少しだけ気を紛らわせてくれる。
はてさて、明日は正午までどうやって時間を潰そうか。半分しか湖の周囲を回り切れていないから残り半分を回ってみるのもいいかもしれない。
そんな予定を考えながら、湖から少し離れた宿へと続く道を歩いて行った。
□ □
「正午までまだですかね!」
「まだだぞ、リアナ。まだだからな」
もうすでに何度目だろうかと考えるも、もう覚えていないという程のこのやり取り。宿屋を出て残り半分をぐるりと回っている中でリアナは何度もその問いをこちらへと投げかけてきていた。
楽しみなのだろう。それは分かる。楽しみがある時、一分一秒も長く感じられるのは共感できるものだ。
まあ、だからと言って何回も尋ねられたら少しばかり溜息も吐きたくなるのだが。
溜息を噛み殺し、リアナの方へと視線をやる。今は後ろ姿で見えないが、先程ちらりと見えた彼女の顔に浮かんでいたのは満面の笑みだった。事情を知っているのであればよっぽど楽しみなのだと分かるような笑みだ。
けれどそうでなくともリアナは美人である。そんな美人の笑みは存外男性に効くもので、こうして歩いている間にも何人か男性がほんの少し足を止めて彼女の方を見やっていた。
「ピィッ! ピピッ!」
美人となればこういうものなのかと半ば感心していれば、ロルがくいくいと服の裾を引っ張ってきた。
「どうした?」
「ピィニョッ!」
そう楽しそうな鳴き声を上げながらロルが指し示したのは一軒の店だった。売っているものは黄色の皮を持つ芋……だろうか。その芋が蒸されて、店頭で売られていた。
すでに蒸してある芋を売っているわけではなく、店頭で芋を蒸して出来立てを売っている。さすがに暑いのか、従業員であろうスケルトンが額を拭う動作をした。……汗を拭ったのか、今?
「ピニョ?」
「い、いや、何でもない。あの芋が食べたいのか?」
「ピッピピ!」
俺の問いにロルは元気よく頷く。う〜ん、まぁせっかく来た事だし観光らしく買って食うというのもありだよなぁ。
とりあえずそう考えてリアナに声をかけようと彼女がいた方へと向けば、すでに距離が離れている。
「おーい、リアナ。ちょっと待ってくれ!」
そんな言葉を投げかければ、少し先にいた彼女がピタリと動きを止める。そしてくるりとこちらへ振り向くと、慌てたように走ってきた。
「な、なぜ離れているんです!? 私の意味が……!」
「いや、別に離れるつもりはなかったんだけど……」
形なりにも護衛として来た意味がない、とリアナは少しむくれて訴えてくる。けれどなぁ、期待で周りが見えていなかったのはリアナだしなぁ……。けれどそう言うのはどこかはばかられてしまう。
まぁ、とりあえずいいか。話を戻した方がいい。
「とりあえず、せっかく魔泉へ来たことだしロルも欲しがっているから芋を買おうかと。リアナもいるか?」
店の方を指さしつつそう尋ねれば、リアナは何とも言えない顔をこちらへと向けてくる。一体何だというのか。何かしただろうか。
そんな疑問が顔から出ていたのだろう、リアナは小さな溜息を吐くとゆっくり口を開いた。
「いえ、ロルに対して甘いなぁ、と」
「……やっぱり甘いか?」
その問いにリアナは無言でコクリと、見せつけるようにゆっくりと首肯した。
「そうか……やっぱり甘いかぁ……。あんまり何でもかんでもあげているつもりはないんだけどなぁ」
「怒るときはきちんと怒っていますし、確かに上げていないですけど、ちょっと甘いと思います」
「はい……」
たしなめられるような声音に、思わず素直にそう返してしまう。そうか、甘かったかぁ……。
ちらりとロルの方を見れば、かたかたと震えながらこちらを見ていた。いや、別にそんな鞭でバシンバシンするような厳しい人間になるわけじゃあないから。
「ま、あまり甘やかさないということだから」
「ピヒィ〜……」
どこか残念そうな鳴き声を上げながら、ロルは足で軽く地面を蹴る。これは甘さを利用されていたのか?
ちょっとした事実に気づきそうになりながらも、そういえば話がずれているということを思い出す。そうだよ、呼び止めたのはどっちにしてもせっかく観光に来たんだから何かそれらしく食い物でも買おうという考えからだ。
「まぁ、この話は置いといてだ。とりあえず芋を食うか? どっちにしてもせっかく来たんだし」
「それは、まぁ、そうですね。確かにせっかく、ですからね」
俺の言葉に考える様子を見せながら呟いたリアナは、最終的には笑みを浮かべつつ賛同する。よかった。紆余曲折はあったものの、話を戻すことができた。
それならばと店へと近づき、芋を打っているスケルトンへと近づく。
「すみません、芋を三つほしいのですが」
「ア、イラッシャイ! 三ツデスカ! アリガトウゴザイマス!」
カタカタと骨を鳴らしつつ、威勢の良い声で答えたスケルトンの従業員は芋を三つ、袋へと詰め始める。……こう言っては何なのだが、どうやって声を出しているのだろう、骨なのに。
小さな疑問が生まれかけている俺に、スケルトンはそんなことも知らず再びカタカタと体の節々から鳴らしながら袋を三つ手渡してきた。
「ハイ、ドウゾ!」
「ありがとうございます」
袋と交換するようにお代を渡せば、「マイド!」とスケルトンの従業員は快活な声音で返してきた。
ひとまずと袋をロルとリアナにも渡し、歩きながら食べる。
皮を剥けば山吹色の身があらわになり、そこから湯気が立ち上る。よく見れば蜜らしきものがあり、そこは外側と違ってより濃い山吹色になっていた。ふわりと漂う甘い匂いは決してしつこいものではなく、食べてみれば優しい甘さが口の中に広がる。
端的に言うのであれば、サツマイモの味がした。
名前は知らないもののこっちの世界にもサツマイモに似た芋があるのか。そんな感動に包まれながら、再び芋にかぶりついた。
□ □
すでに時刻は夕暮れで、湖へと出かける人よりも俺たちと同じように立ち去る人の数が多い。それでもちらほらと道の脇に建つ宿屋へと足を向ける人びともいた。
そんな彼らを尻目にロルやリアナと共に帰路についていた。
「うんふふふ」
隣から聞こえてきたのは何とも有頂天な女性の声。正午からこの時間まででずいぶんと聞き慣れてしまったその声に、思わずジトリとした目を向けてしまう。
視線の先にいたのはリアナだった。正午前でも十二分に浮かれていたが、今はより一層浮かれている。具体的に言うのであればスキップをしそうなほどから、もうスキップをしているというぐらいには浮かれているのだ。
まぁ、それもそうなるだろうなと原因であるものへと視線をやる。
彼女がひどく大切そうに抱えているのは小さなドールだった。なんとも精巧なドールというわけではなく、デフォルメされて可愛らしい。
そして何よりそのドールが着ている衣服だ。
服の裾の端々に華美にならない程度の白いレースがつけられている。赤い生地で作られた衣服はスカートの部分がふんわりと広がっており、ドールの足首程までの長さがあった。そんな赤を基調とした服には細かな金の刺繍が施され、より一層その赤さを際立たせている。
素材獲得のお礼としてもらったドール。それがこのドールだった。
素材が手に入ったから売り始めたのだろう。俺たちが店に行ったときには店頭に期間限定ドールが並んでいた。そのドールは白いレースに赤い生地のドレスを着ていても、金の刺繍といったものは施されていない。お礼の気持ちで特別製なのだろう。
「あ〜……、リアナ。浮かれて躓いたりしないようにな?」
心配で話しかけてしまうもリアナの耳にその言葉は届いていない。
タン、タタンとリズミカルにスキップすれば、その都度大事に抱きかかえているドールの服も右に左にと羽のように揺れる。
「ピィ〜……」
「こりゃあ当分は戻らないだろうなぁ」
目の前でスキップするリアナを見ながら、ロルの鳴き声に合わせて言う。
魔泉からエルフの里へと向かう道。その道を進むリアナの笑顔は夕日に照らされていたのだった。




