閑話~王城、そして森~
アグレナス王国の王都にそびえる王城。
その一室で窓辺に佇む黒髪の青年が締め切られていたカーテンの端を押した。ゆらり、と動きに合わせて白を基調としたカーテンが揺れる。
すでに夜である。月は雲に隠れ、一寸先も見えない。城下町は今もなお光をこぼしているが近づけば聞こえるであろう喧噪は一室まで届いてはいなかった。
青年が窓の外を見ていたのはほんの一瞬であった。青年は小さく息を吐きだしつつすぐさま腕を組む。支えを失ったカーテンは音もなく閉じられた。もうこれで外に灯りは漏れない。
魔石灯の明かりのみで照らされた室内には、窓辺の青年以外に二つの人影があった。ランプ型の魔石灯が乗っている机を挟んで、金髪の青年とおどおどした青年がソファに腰かけて対峙していた。
「そ、それで私に用事とは何でしょう……?」
暗い部屋の中、おどおどとした青年が心なしか頭を低くしつつ囁いた。
いつもならばもっとはっきりと喋ることができる。けれど今この部屋を満たす空気はそれを許さなかった。目の前で難しい顔する金髪の青年だけでなく、窓辺で佇む黒髪の青年どちらもが|自身よりも身分が遥かに上というのも理由である。
膝の上で握る手に力を籠める。じっとりとした汗をかく。
若い頃からたびたびあったことではあるものの、おどおどとした青年にとっては早くしてほしいものであった。
そんな青年をなだめるように、金髪の青年は軽く手を挙げた。
「まぁ、落ち着いてくれアザート。学友のよしみで君に少し頼みたいことがあるのだ」
またか、という言葉をおどおどとした青年――アザートは飲み込んだ。
学園に通っていた頃もあったこのような事態。何度も体験したことがあるとはいえ、慣れたくはないものであった。
それにしてもこの場合の頼みは嫌なものが多い。そんな予想をアザートが襲っている中、金髪の青年は厳しい顔つきで視線を窓へと投げた。その先にいるのは黒髪の青年である。
「そんなところに突っ立ってないで兄上も何か言ったらどうか?」
とげとげしい金髪の青年。一方で言葉を投げかけられた黒髪の男性は気にも止めていないように肩を軽く竦めた。
「相も変わらずつっけんどん……」
「嫌ならば尊敬される振る舞いをしていただきたい」
「昔はお兄様と呼んでは俺の事を尊敬のまなざしで見ていたというのに」
「今はそのようなこと関係ないではないですか!」
ありありと焦っている金髪の青年を黒髪の青年はからかうように軽く笑った。
「あのぉ〜……」
「あぁ、話がずれていたな。すまない」
申し訳なさそうに金髪の青年は言う。気のせいか、先ほどまでの緊迫した空気がわずかに和らいだようであった。そのことにアザートはほっと胸をなでおろす。
一方、金髪の青年は空気を切り替えるように小さく咳払いをした。
「用事というのは、文献による情報収集を君に頼みたいんだ」
「情報収集……一体何のです?」
窺うようなアザートの机の前に、金髪の青年は幾枚かの書類を置いた。
「見てくれ」
腕を組み、神経質な声音で金髪の青年は言う。
学園の頃から聞き慣れた声ではあるものの、どうにも急かされているように思えてしまう。どうにかならないものかとアザートは内心で溜息を吐いた。
それを表に出すことはない。ただ「はぁ」と曖昧な返事をしつつ、書類を手に取った。書類に視線を落とし、文面を黙読していく。読み進めるにつれ、アザートは眉間の皺を深くさせた。
「これは……」
アザートの言葉に、金髪の青年は無言で首肯した。それはその言葉の先を察してのものだ。
「今までの魔獣の異変についてまとめ上げたものだ」
「これは、確かに異常です。出現頻度、地域、行動の特徴。どれもがおかしい」
独り言のように呟かれたアザートの言葉。それに対して黒髪の青年は一つ頷いて見せた。
「そう、だから次は過去にこのようなことがなかったかを調べる必要がある」
黒髪の青年に、アザートはなるほどと内心で納得した。
アザートを選んだ理由は単純に学友であり、昔からこの手の頼みをしてきたからだろう。
ではどうして文献による情報収集を頼むのか。それは黒髪の青年が明らかにしてくれた。過去の事例を知りたいためだ。なるほど、確かに過去を知るならば文献だろう。アザートはそう納得した。
「では、どこから情報を集めましょうか。やはり近い王都から?」
「いや、それはいい」
アザートの提案を金髪の青年は遮った。
「この国での情報は既に集めてある。そのことに関しての書類はあとで渡すとして、だ。アザート、君には王国以外の情報を集めてもらいたい」
金髪の青年だけでなく、黒髪の青年も協力して今回の件に関しては王国内での情報を既に集めていた。何も無為に過ごしていたわけではないのだ。
そう、無為に過ごしていたわけではなかった。報告書だって金髪の青年が自らまとめ上げた。それにも関わらず、である。
「どうして兄上は書類製作に協力をしてくれなかったのですかねぇ?」
思い出した。目の前の兄は手伝ってなどくれなかった。元からそういう作業が苦手な人だとは知っていたが、金髪の青年自身がほとんど仕上げていた。今更ながらにそれを思い出した。
「なんで今更そんなことを思い出すんだよ……」
またいつものように小言が始まる。黒髪の青年は目の前で静かに苛立ちを見せる弟を気まずそうに見た。こうなるとまた話がそれてしまう。
「何か仰ったか、兄上?」
「いやいや、何も。それよりもだ。そんなことより話の続き、続き!」
黒髪の青年がそう促す。けれども「そんなこと?そんなことと」と金髪の青年は口の端を引くつかせて見せた。
このまま放置すれば本格的に小言が始まってしまうと、黒髪の青年は危惧した。どうすればよいのか。いや、そもそも話がそれているのだからそれを戻せば小言を防ぐことにもなる。
それならばと黒髪の青年は慌てて口を開いた。
「まぁ、置いといて。そうだなぁ……まずはエルフの里の大図書館あたりがいいだろう。あそこの蔵書量はなかなかだし、年代もかなり前からある」
「なるほど、了解しました。では、そこから他の国をぐるっと回って、最後に第二に行って戻って参ります」
「あぁ、それがいいだろうな」
アザートの言葉に黒髪の青年は満足そうに頷いた。
そんな黒髪の青年を金髪の青年は不服だとばかりに見つめている。説教をしようとした矢先にこれなのだ。ここまで来ればわざわざ先程の話に戻してまで説教をするのは何かが違う。
金髪の青年自身、話をそらしてしまったという罪悪感も合わさっていた。それを誤魔化すように、金髪の青年は小さく座り直す。
そして話に入ろうと凭れていた背中を浮かせた。その表情はどこか浮かない。
「それで同行者の件だが……二人のうち一人は貴族となる。……すまない」
ピクリとアザートはその言葉に体を揺らす。
大きな変化はない。けれど彼の顔は暗かった。納得はしている、けれどできることならば避けたかったというような表情だ。
平民出身だからと、貴族が疎まれている身である。目の前の青年二人のように関係なく親しくしてくれる人間もいる。けれど、それでも、差別や偏見は消えているわけではない。
けれどまた、それを仕事に持ってくるのも筋違いだ。
「了解、しました」
何もかも飲み込んで、アザートは一礼した。ゆっくりと顔を上げ、迷いのない瞳で金髪の青年を見据える。
「謹んでお受けいたします」
「頼む」
噛みしめるように、金髪の青年は一言言った。他にはない。それ以外を、言う必要はない。
再び静かな空気が室内を満たす。
その中、アザートはふと生まれた疑問に内心で首を傾げていた。色々と気になることがある。どうしてアザートに依頼したのかも含めて。ところどころ気になることがあった。
「何か気になるなら聞くといい。出来得る限り答えようじゃないか」
アザートの考えを読み取ったように、黒髪の青年は笑顔を向けながら言った。壁にもたれ紡がれた言葉は先程までの暗い空気を幾分か和らげる。
それならばと、アザートはゆっくりと口を開いた。
「では……どうして勇者を使わないのですか?」
アグレナス王国に主はいないものの、勇者が存在している。
人となりは置いておくとしてもだ。彼らのほうが周りの考えは無視したとして、自由に動いている。五大祭の時がいい例だ。確か勇者たちはお忍びで五大祭に参加していたはずだ。
何より、彼らの力は道中の危険を退けるほどにはある。話では寄り道をするときもあると聞くが、それでもアザートが行くよりは危険が無いようには思うのだ。
けれどもそんな疑問をぶつけたアザートに、黒髪の青年はわずかに眉をひそめて見せた。
「樹沢ならまだしも他はあり得ん。大なり小なり騒ぎを起こす」
黒髪の青年は言葉を吐き捨てた。
「では、樹沢殿は?」
アザートは尋ねる。反応を示したのは黒髪の青年ではなく、真向かいに座っていた金髪の青年であった。
「彼は『第一闘技場』から漏れ出た魔獣の捜索、および討伐に忙しい。頼むことは出来ない」
金髪の青年はそこで言葉を切れば、小さくため息をついた。
「そうでなくとも、前から問題のあった妹も入れ込む始末……。まったく、何が勇者だ」
吐き捨てるように金髪の青年は呟いた。
その言葉に黒髪の青年は眉を顰めるだけであったが、アザートはぎょっとした。主語はない。そのためどの勇者か分からない。けれど樹沢ではないということは確かだ。
それでは金髪の青年が言ったのは誰なのか。そんなことははっきりとしていた。けれどそれはそれで、先程の発言は危ないものだ。
こほんと、小さな咳が室内に響く。
咳をした張本人である黒髪の青年は、無言ながらもたしなめるような瞳で金髪の青年を見ていた。一方のアザートはぎょっとした表情を苦笑へと変える。
「聞かなかったことにします」
「……そうしてもらえると助かる」
苦笑交じりのアザートの言葉に、金髪の青年は申し訳なさそうな顔で呟いた。
その時、ぼーんぼーんと鐘の音が響く。腹に響く重低音の鳴る方へと辿れば、室内に設置された置時計だ。その時計が時刻を知らせていた。
もうこんな時間かと、アザートは今も刻む時計の針を見ながら考える。そろそろ部屋に戻ってもよい時間だ。
「用件は?」
「それだけだ。準備が出来次第、出発してくれ」
「了解しました」
黒髪の青年にそう答えれば、アザートはソファから立ち上がる。ほんのわずかにソファが軋む音を立てた。
「では、そろそろ失礼させていただきます」
アザートはそう言って二人の青年に一礼をした。
コツコツと足音が室内に響く。けれどもそれは「失礼します」というアザートの声と扉の閉まる音の後に、空中に霧散して消えてしまった。これで何度目かの静寂が室内を包み込む。
静かな室内。その中で二人分の息を吐きだす音が空気を震わせた。
「兄上、何か飲みますか」
そう言いながら、ソファから立ち上がった金髪の青年はカップやポットの置いてある棚へと向かった。
「頼む。……悪いな」
「いえ」
先程までアザートが座っていたソファに、どさりと黒髪の青年は腰かける。体全体をもたれた状態で紡がれた言葉に、金髪の青年は何でもないように返した。
コポコポとお湯を沸かし、紅茶を入れる音が青年達の耳をくすぐる。沸き立ち始めた紅茶の香りが二人の鼻孔を掠めた。
黒髪の青年は天井を見上げる。深く、深く息を吸い込めば、紅茶の香りと共に夜の冷たい空気が肺を満たした。それらはこれからのことを思った憂いをわずかに薄ませてくれた。
再び深く、黒髪の青年は息を吐く。その直後、コトリとティーカップが二つ分、机に置かれた。
「兄上、できましたよ」
金髪の青年は声をかけながら、向かいのソファに腰かけた。
「ああ」
短い言葉を黒髪の青年は返す。背もたれから背を離して起き上がれば、湯気の立つ紅茶が入ったカップを手に取った。
一口飲む。うまい。小さい頃はやれ分量通りにしなければだのと細かくしたが故に失敗していた彼も、今ではこうも上手くいっているのだ。
昔のことを思い出し、黒髪の青年は小さく口の端に笑みをたたえた。
「兄上、本当によろしいのですか?」
「んー?」
もう一口飲み、黒髪の青年は聞き返す。
金髪の青年は手に持ったカップに視線を落としながら、言葉を続けた。
「アザートの件です。今、カリオとホラビルの間が胡散臭いではないですか」
部下の報告にあった、現在のカリオとホラビルの現状。カリオはそこまでの変化はないと書いてあったが、問題はホラビルであった。何もない、そう、何もないのだ。沈黙を守っている。何もないのは良いことだが、平穏な沈黙ではなく不気味な沈黙なのだ。
そんな中にアザートを送り込む。いくら異変のなかったカリオとはいえ、不安の種はあるのだ。
そんな不安を払うように、黒髪の青年は笑った。
「大丈夫、何かあってもあいつは逃げに関して俺達以上だ。今までのあいつ、逃げることとなると運さえも味方につける」
「……それもそうですね」
金髪の青年は小さく笑みを浮かべ、カップを口に近づけた。
先程の言葉で納得するほどには、アザートの逃げが群を抜いていることを知っている。尋常ではないのだ。
道中ドラゴンに出会って無傷で逃げ切ったという話さえある。偶々逃げる最中に天候が悪くなり、これまた近くを通ったドラゴンに偶々雷が落ちるなどもう運だと言いたい。それが五度もあれば、アザートの逃げに関しては十分な証明だ。
また今回も何があっても逃げ切るだろう。そう考える金髪の青年の前で、黒髪の青年は溜息をついた。
「それよりも、だ」
すでに空になったカップをソーサーの上に戻しながら、黒髪の青年は口を開く。
「遠からず今回のことは知れ渡る。そもそも報告しなければならん」
「うるさそうですね。シェルマあたりが」
事態を想像して、金髪の青年は心底嫌そうな顔をした。
「どうして天ヶ上様に任せてくれなかったのですか、とか言いそうです」
「言うだろうなぁ、ヒステリック気味に」
そう言えば二人はその様子を想像して、二人同時に大きく溜息をついた。もう何度目かという溜息も、妹のことを考えればより大きくなった。
起きないに越したことはないが、十中八九起きるだろうと二人は予感していた。
「その時は協力しろよ、ホイット」
「あいつのヒステリックな声は嫌いなんですが、プラド兄上」
乾いた笑いと共に言葉を吐き出した黒髪の青年――プラドに、金髪の青年――ホイットは神経質そうに答える。
実の妹なのだ、そう言ってやるなと擁護はしたい。けれども事実であるからには出来ないと、プラドは苦笑をもって返すしかなかった。そんな彼の目の前で、ホイットは苛立ちを抑えるように再び紅茶を飲む。
それでも予想した事態はほぼ来るであろうと想像できる。プラドは天井を見上げながら、ホイットはカップを片手に憂いからの溜息を再び、大きく吐いたのだった。
□ □
「もう用意は出来たのですか?」
「ん? ……あぁ、お主か。もうできておるぞ」
ある一室で二人の声が響く。一人は若い青年、そしてもう一人は年老いた男性の声であった。
二人がいる一室はさながら議場のようであった。神殿の柱を思わせる支柱。壁に施された装飾。室内を照らす魔石灯の明かり。そのどれか一つを欠けたとしてもこの荘厳な一室を作りだすことなどできなかっただろう。
その議場には二人以外にも人影があった。中央に設置された卓を囲むようにして座る老若様々な男女、そして彼らを護衛するように壁際で待機している兵士たちであった。
議場、けれどもどこか聖堂のような雰囲気を持った場所だ。
「それにしても良いのかのぉ、これで」
他よりも装飾の施された司祭のような衣服を着た老人が、あごひげを撫でながらそうつぶやく。その表情に浮かんでいるのは不安だ。
その言葉を捉えた青年は、すっと眉をひそめた。
「何か不満がおありでも?」
「いや、なに、そのこと自体は特に異議はないよ。わしが言っておるのは果たしてこのタイミングなのか、ということじゃ」
「そういうことでしたか」
青年はひそめていた眉を戻せば、再び視線を前へと戻した。
既に会議は終わっている。そうでなければこうやって先程の会議に出席していた老人と話すことなどできない。目の前では他の人々も思い思いに過ごしている。
小さく青年は鼻で笑った。
「いいのですよ。第一の魔獣騒動、これを利用しない点はありません」
ニタリと青年は歪んだ笑みを浮かべた。
「例の会議でも彼女達と話したことを考えれば、第一と第三に今は疑いがかかっている。我が国はまだしも、他の主がいない国は戦々恐々ですよ。第一が魔獣を送りこむのではないか、第三が第一の仕業に見せかけて魔獣を操っているのでは、とかね」
「ふむ、その噂はわしも聞いたことがある」
「その中でカリオ側の国境に兵を配置したとしても、言い訳なんていくらでもできます」
青年は浮かべていた笑みをさらに深めた。その笑みは魔石灯に照らされてより不気味だ。
「隣が怖いから配備したとか、それっぽいことを言えば大丈夫なんですから」
「しかし当のカリオとオブリナントが黙ってはおらんぞ」
そんな老人の問いに、青年は緩く首を横に振ってみせる。
「黙ってはいないでしょう。けれど逆に言えばその二国ぐらいが異を唱えるのです。主や勇者を持っていない国からしてみれば、私達の行動は理解ができる。そしてその国は多い。何より――」
そこでいったん言葉を切れば、青年は満面の笑みを老人へと向けた。
ぞくりと老人の背を震えが走る。それと同時に老人の顔にもまた同様の笑みが浮かんだ。
「配置しているのはカリオと接している場所のみ。言い訳もできるのに相手も、理解してしまう国も、どうこう言うことはないでしょう」
「……ふ、それもそうか」
小さく吐息を吐き出すようにして、青年と目の合った老人は笑った。
青年が何を言わんとしているか、それは分かる。周りからの賛同は得やすく、言い訳も出来やすい状況だ。けれどもすべてが完璧というわけではない。そのために自分や他の人々も、その時は手を尽くさねばならないのだ。
「楽しみだのぉ」
その先の未来を想像して老人は静かに、そして陰湿に笑う。つられるようにして青年も薄く笑った。
「カリオなんぞ、魔族の国などいらぬのだ。カリオが消えるのが今から楽しみだ」
呟く老人の瞳は野心に燃え、同時に夢への光で満ちている。話さえ聞かなければ、希望に満ち溢れていると勘違いしてしまいそうなものだった。
「ええ」と青年は同意する。主である青年を召喚し、守ってくれた国の理想が叶うと。それはもうすぐそこにあるのだと。そう考えれば思わず顔がにやけてしまうのも、抑えることができなかった。
うっとりと青年は前方、議場の壁を見やる。大聖堂内には目を奪われてしまうほどのステンドグラスがある。けれども議場にあるそれは大聖堂内の二番目に位置するほど荘厳なものだ。
「ホラビルに栄光を」
「うむ、ホラビルに栄光を」
青年――大ヶ島と司祭の老人が誓うように呟く。
二人だけではない。その場にいる誰もが、ひどく歪んだ夢を見て、それがいよいよ叶うと期待に胸躍らせていた。
□ □
「用意ハ出来タノカナ?」
暗い、暗い森の中、愉快そうに弾んだ声が響く。そうでなくとも禍々しい色をしたカリオの森が、その声も合わさってより不気味なものへと変化していた。
いまだにくぐもった笑い声を漏らす人影の前には、四つの影。形だけでなく大きささえも異なる四つの影は、笑う人影に忠誠を誓うように頭を垂れて跪いていた。
そのうちの一つ、騎士の姿をした人影が小さく身じろいだ。
「我ガ王ニゴ報告シマス。ドウヤラ近々、攻メル予定ノヨウデス」
「ソウカ。ソレハ重畳」
部下である騎士の報告に、小さく身じろぎした。
丈の長いフード付きのローブを羽織っているためかその顔ははっきりと見えない。けれどもぽっかりと空いたフードの隙間からくぐもった不気味な笑い声が漏れていた。ローブの隙間から覗く鳥のような、けれど触手のような足も蠢く。
全てが作戦通りだと、くぐもった笑い声はやまない。
そんなローブの人影を騎士だけでなく、雄々しい角を持つ人のような牛のような人影、妖精のような人影、そしてトカゲのような人影も喜色を宿した瞳で見つめていた。
四つの視線を受け、ローブの人影はその赤く輝く瞳を上へと向ける。
遥か先には禍々しい城があった。いくつもの塔が天上の月へと手を伸ばさん限りにそびえている。その様は魔国の名に相応しく禍々しい。
森から見ても立派なのだ、間近で見ればより立派なのだろう。城内に入ることが出来ればさらに感動することだ。
そう考えるローブの人影だが、ふとその赤い目を眇めた。
「ソレニシテモ――」
ひどく不快だと言わんばかりにローブの人影は言葉を紡ぐ。
先程まで城に向けていた喜色の宿った瞳をふいっと前へと戻す。見つめているのは目の前で跪く四つの影ではない。その奥に置かれたいくつもの檻だった。
ガタガタと先程からうるさい。檻を叩いたかと思えば、大きな声で泣き喚く。罵り声をあげる。鉄の音も、甲高い声も、どれもがローブの人物にとって不愉快でしかなかった。
ただの食糧の分際で、あまりにも騒ぎすぎなのだ。そんな苛立たしさがローブの人物の胸中に降り積もる。
「マァ、イイ。作戦ハ進メヨウ」
その言葉に、四つの人影が答える。声は上げないものの、彼らを囲むようにしてみているオークやゴブリン、コボルトだけでなく様々な種類の魔獣が小さくうなずいたり声を上げた。
その声に怯え、不安を減らそうとするように檻の中から声が出る。
「ウン、ヤッパリウルサイネ」
ローブの人物は一つうなずくと、赤い目を三日月のように歪ませた。
「イクツカ君達ニアゲル。好キニシナ。アァ、デモキチントコレカラノ事ヲ考エテネ?」
その言葉を聞いて魔獣達は歓喜の声を上げる。もしかしたらエサがもらえるかもしれないためだった。一方、四つの影は露骨に歓喜の声を上げない。けれどもその褒美を少なからず嬉しく思っていた。
そんな魔獣に怯えるように、檻からより一層声が溢れる。親を呼ぶ声、誰かを代わりに差し出すから自分は助けてくれという声、泣き叫ぶ声。
助けてくれと、檻の中に閉じ込められた人々が叫ぶ。
ひときわ絶望に満ちた声で溢れるその場で、ローブの人影は赤い目をさらに笑みで歪ませた。
「ウン、ウルサイケレド、ヤッパリソノ声ハイイナァ」
そして再び、ローブの人物は城を見た。
「楽シミダナァ……!」
背後で響く絶叫をBGMにして、ローブの人影は嬉しそうに呟いた。
その姿を見ているのは誰もいない。救う者は誰もいない。ただただ魔獣達の歓喜の咆哮と人々の絶望が響く。その声さえも魔法で外には届かない。
おぞましいはずの光景は、ローブの人影にとって甘美なものに思えていたのだった。




