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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第四章
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第61話~到着、そして話~

 すでに夜は明け、荷馬車の揺れに身を任せながら空を仰ぐ。一匹、鳥が軽やかに街道の上空を横切って行った。

 ガタン、ガタンと体が揺れる。

 他の道より整備がなされているとはいえ、街道自体はむき出しの地面である。小さな石や少しばかり道だってでこぼこしている。そのたびに荷馬車が揺れるのは当然とも言えた。

 隣では軽やかな声で向かいに座る冒険者と会話をするリアナがいた。一方のロルは昨日の夜のことを根に持っているのか、こちらに体をピタリとくっつけている。

 ぼんやりと彼らの話に耳を傾けながらのんびりとしていれば、彼らの話が変わったことに気付く。先程まで冒険者の話であったが、今度はアグレナス王国の話だ。


「そういえばよ。王国の王子達、そろそろ王国に戻ってくる頃じゃないか?」


 ロルを非常食呼ばわりした男性冒険者が荷馬車の縁に背を預けながら言った。


「そういえばそうですね」 


 言われてみればそうだった。そんな表情で杖をすぐ横に置いた女性冒険者が男性冒険者の言葉に同調する。「遅いですね」なんて言葉を、女性の冒険者は続けた。

 そんな二人に、弓を小脇に置いた男性冒険者が少しばかり冷めた声で言葉を投げかける。


「でも、そろそろって言ったって今日帰るってわけじゃあないじゃん」


 両手を頭の後ろで組み、荷馬車の縁に寄り掛かる。こつんという音にそちらへと視線を向ければ、体を動かして当たったのか弓が少しばかりずれていた。

 彼はそれを再び自身の傍へと引き寄せつつ、言葉を続ける。


「まぁ、ここ数日のうちに帰るって話だけどねぇ、王子様達」


 それにしても、と思う。アグレナス王国には王子がいるという話は一度ぐらい、耳に挟んだことがあった。けれどそれがどんな人物なのかよく分からない。そのことに関して触れてこなかったこともある。

 ええい、このまま聞かずにいては何も分からない。そう自分自身に発破をかけ、口を開いた。


「あの……王子って?」


 もう少し言葉を選ぶべきではなかっただろうか、なんて考えは後の祭り。俺の言葉に目の前の冒険者三人がぎょっとしたように目を見開かせた。驚いていないのはロルとリアナぐらいである。けれども二人だって『第五遊技場』の人間であり、俺と同様にそこまで王子に関して詳しくなかっただけだろう。

 露骨に反応を示したのは、軽い調子の男性冒険者であった。


「え、何? 君、知らないの? 王子達について? 本当に?」


 がばりと起き上がったかと思えば、こちらに身を乗り出すようにして矢継ぎ早に軽い調子の男性が問いかけてくる。その言葉の合間はあまりにも短い。

 このままでは怪しまれてしまうのではないか、いや、怪しまれるのは確実だろう。その前に俺がそのことに関して無知であったということを何かしら理由づけしなければ。あぁ、慌てるせいでなんとも良い案が思い浮かばない。

 半ば混乱しながらも、気づけば言葉が口をついて出た。


「いやあ……田舎者でして。上のお人の話よりも、農作物の出来といった話の方が身近でしたし」


 なんとも苦しい言い訳だと思う。じっとりと背中に気持ちの悪い汗をかく。

 アハハと短い笑いで締めくくり、へらへらと愛想笑いを浮かべる。疑いの目でこちらを見ているだろうか、それともなんとか誤魔化し切れているのだろうか。そんな不安をどうにか表に出さないよう意識しながら、彼らへと目を向けた。

 軽い調子の冒険者は依然としてこちらに驚いた表情を向けていたが、もう二人の冒険者は同意するようにうんうんと頷いている。あ、あれで賛同を得られた……のか?

 望み通りの結果ではあるものの半信半疑になっていれば、剣を携えていた男性冒険者が口を開いた。


「俺だって冒険者にならなきゃあ、知る機会なんて少なかっただろうしなぁ」


 それに続くように、女性冒険者も言葉を紡ぐ。


「私も。村にいた頃は上の人がどうしたなんて話よりも、家畜や野菜の話が大切でしたよ〜」


 苦し紛れの言葉だったが、どうにもこの二人は町の出身ではなかったようだ。けれども弓を小脇に置いた男性冒険者だけは違うようであった。彼はへらりとからかうような笑みを向ける。


「でかい街生まれの俺にゃあ理解できないねぇ〜」


 そう言って弓を小脇に置く男性冒険者はからからと笑い声を上げた。

 一方、からかわれた男性冒険者は軽い調子の男性冒険者を羽交い絞めにすれば、「このやろっ」と笑顔で小突いた。彼の言った冗談も笑い飛ばせるぐらいには、このパーティを組んで短くはないのだろう。

 しかし、先程から話がずれている。このままではアグレナス王国の王子達について、情報を手に入れることができるのだろうかと不安に思った。けれども目の前では楽しそうに話す冒険者二人。どうにも切り出しづらい。

 どうしようものかと考えていれば、女性冒険者と視線が合う。瞬間、彼女はハッと気づいたような表情へと変えた。話がずれたと気づいたのだろう。


「あ、ごめんなさい! 話がそれていましたよね。えっと……王子様達の話、でしたよね?」


 申し訳なさそうな声で女性冒険者が確かめるように聞いてきた。

 彼女の言う通りだ。そう伝えるように無言で頷けば、彼女は言葉を続けようと再び口を開いた。


「アグレナス王国第一王子、プラド様。第二王子、ホイット様。それが王子様達の名前です」


 そこで女性冒険者は一旦言葉を切る。そしてぴっと人差し指を立てた。


「第一王子プラド様はなんとも奔放な方だそうです。噂では自分の命を狙った刺客を、その優秀さから護衛として雇ったそうですよ。しかも命を狙われたその時に!」


 その様子を想像すれば……それはそれで大丈夫なのだろうか。

 そう考えたのは俺だけではないようで、話を傍で聞いていたリアナが驚いたような声を上げた。


「それ、大丈夫なのかしら?」


 おっかなびっくりといった彼女の言葉に、女性冒険者は笑顔で一つ頷いた。そして「ええ」と答える。


「今もご存命なのがその証拠。プラド様に敵さえも味方にしてしまうカリスマがあるからこそ、なのでしょうね」


 敵さえも味方に引き入れる第一王子の力。それを求心力と呼ぶべきか、それともカリスマ力とでも呼ぶべきか。どちらにせよ、そう簡単に持ちうることのできないその力を考えれば、さすが王子とでも呼ぶべきだ。

 ……同じ王族といえど、第一王女にそんな力があったかと言えば謎だが。

 そんなことを考える俺をよそに、今度はもう一本指を立てて女性冒険者は二を示した。


「二人目がホイット様。ホイット様は真面目なお方で、学園を主席で卒業なされたとか!」


 先程よりも意気込んでいる。それを表すように手に握りこぶしを作っていた。それは周りも分かっているのだろう、他の冒険者二人はもちろんのこと、周りの人たちも彼女へ苦笑を向けていた。

 そんな周囲をよそに、女性冒険者は言葉に力を込めて言葉を続けた。


「理知的でかっこいいお方なんです! 規則には厳しい面もありますけど、優しさもちゃんとあって……!」


 紅潮する頬に伴い、口調にこもった熱も少しずつ増していく。

 このまま放っておけば、彼女はどこまでも喋り続けるのではないか。見ている限りそのような感じがする。

 

「オーイ……熱くなってる、熱くなってる」


 そろそろ熱を冷ましたほうがいいだろうと、軽い調子の男性冒険者が宥めるような声音で女性冒険者へと声をかけた。

 少しばかり冷めた口調は彼女の熱気を冷まさせるのに十分であったらしい。男性冒険者の言葉に反応した女性冒険者はぴたりと言葉と体の動きを止めた。そして次の瞬間にはぼぼぼっと勢いよく顔が真っ赤になる。おぉ、すごい。

 変なところで感心していれば、女性冒険者は無言かつ静かに体育座りの形をとる。そしてそっと顔をうずめるようにして隠した。


「うぅ……すみません」

 

 ガタンと荷馬車が揺れるのに合わせて、小声で呟いた女性冒険者の体も揺れる。その動きでかすかに見えた彼女の耳は真っ赤に染まっていた。


「ま、二人の王子についてはさっきこいつが言った通りだよ」


 フォローするように剣を携えた男性冒険者はそう言った。その言葉に合わせるように、杖の冒険者は恥ずかしさでさらに体を小さくした。その姿を見ているとかわいそうに思ええて、口を挟もうという気さえも失せる。

 さてと、だ。彼女の話でアグレナス王国の第一王子がプラド王子、そして第二王子がホイット王子ということか。プラド王子は奔放なもののカリスマがある。一方でホイット王子は理知的ではあるが規則に厳しい面がある、というところか。こうしてみると二人の性格は両極端のように思える。

 仲が悪いのだろうかという疑問もそうではないという女性冒険者の回答に打ち消される。それは少し驚いた。


「皆さん! そろそろアギナですよ!」


 女性冒険者の羞恥心が少しずつ薄れ始めたころ、御者が馬を御しつつそう言葉を投げかけてくる。ガタガタとうるさい中で負けじと張り上げられた声は誰もが聞こえたのか、乗っていた人間のほとんどが話を切り上げて前方へと視線を向けた。

 少しずつ、はっきりと見えてくる外壁。近づくにつれてその向こう側にちらほらと高い建物の影も見えてくる。その大きさは以前立ち寄ったマザハの比ではなく、開け放たれた門扉から出入りする人の数も多い。

 カリオ魔国に入って始めて立ち寄る町、アギナ。警備兵はゴーレム、行きかう人々はラミアやサキュバス、人狼と多種多様な魔族の集う街である。




 アギナの街並み自体は異様、というわけではない。

 目玉の標本やら不思議な植物でもあるのだろうかと思っていたが、目につくところでは見つけることができなかった。もっとも、探せばそういうものは見つかるというのが商人の男性の話である。

 街並みが異様ではないのなら今まで立ち寄った町とほぼ同じなのか。そう聞かれれば否と答えるだろう。何よりの違いが行きかう人の種族である。

 警備兵は様々な属性のゴーレムが勤めている。彼らは決して主人がいるような使役されるものではなく、どれも一人一人が個として生きているのだとか。

 街の中を歩けば下半身が蛇のラミアがウィンドウショッピングをしているし、サキュバスとインキュバスの夫婦が仲良く手をつなぎながら買い物をしていた。人狼の……男性、であろうか?凶暴な顔つきの彼は眼鏡をかけながら、何やらスーツを買っている。

 魔族とその他の種族の比率は半々といえど、やはり他の町と比べて一段とその数は多い。

 

「えーっと……それでシュウト殿?」


 物珍しさから町を眺めていれば、少し困ったように俺の名前を呼ぶ声が耳朶を打つ。慌ててそちらへと振り返れば、苦笑いを浮かべながらこちらを見つめている男性商人の姿があった。


「あぁ、すみません」


 後頭部をぽりぽりとかきつつ慌ててそう言えば、商人の男性は苦笑を浮かべながらも肩をすくめた。


「いえいえ。カリオ国内に初めて入った人は皆、同じ反応をしますから。かく言う私も幼いころ、初めて来たときはそうでしたよ」


 何もかもが物珍しくてねぇ、と商人の男性は続けるとあたりを軽く見回した。確かに、初めて来るとどうも目移りしてしまう。街並みの違いは少ないものの、並ぶ品の中にはやはりカリオ独特のものだってあるのだ。

 男性が見ていた時間はほんのわずかで、すぐに視線を前へと戻す。そしてゴホン、と話しを切り替えるように咳払いをした。


「話を戻しましょう。ここまでの護衛、ありがとうございます。こちらがお礼です」


 え、お礼?お礼はここアギナまで荷馬車に乗せてくれるという話ではなかったのだろうか。

 驚きで惚けていれば、商人は笑顔で革袋を手渡してくる。突然のことで思考が止まったままそれを受け取れば、すぐさま正気に戻った。いや、これは正気に戻ってもおかしくない。

 いや、だって、手の平に感じる革袋の重み。中から微かに鳴る貨幣同士がぶつかる音。どう考えたってはした金ではない。大金だ。

 ぞっと冷や汗が噴き出る。ニコニコとこちらに人の好さそうな笑みを向けてくる商人の男性に対して、俺は引きつった笑みを向けるしかなかった。え、これなんなの?

 言葉にはせずとも俺の引き攣った笑みで察したのだろうか。彼はニコニコ笑顔を浮かべたまま、口を開いた。


「いえ、やはりお礼があれだけでは何とも申し訳ないと仲間内で話しまして。……ああ、貴方だけではありませんよ」


 そう言えば彼はちらりと右へ目を向けた。

 それにつられて同じ方向を見れば、そこには喜色を隠しきれていない冒険者三人の姿があった。誰もが浮かれて手元の革袋を見ている。大きさも同じぐらいだし、中身も同じなのだろう。


「ほ、報酬はギルドで報告してからのはずですが?」


 もしかしたらぬか喜びかもしれない。そんな可能性が頭をよぎったのか、剣を腰のベルトに刺した男性冒険者が恐る恐る商人に尋ねた。しかしそんな質問にも商人は笑顔のままだ。


「実際、襲撃で応戦してくださったのですから」


 だから色を付けたのですと、商人はそう笑顔で締めくくった。

 その言葉でようやく手の平の上に置かれた革袋が報酬であると実感を持てたのだろう。ほっと安堵のため息をついた彼らは、すぐさま笑顔を浮かべて嬉しそうに革袋を見つめていた。

 喜ぶ彼らを見ていれば、商人の男性の傍に従業員らしき女性が駆け寄ってきた。そして二言三言話せば、商人の男性は分かったというようにうなずく。


「では、私はこれで。荷卸しやら色々とこの後も用事がありますからな」


 そう言えば、商人の男性は軽く一礼をしてみせる。そして数名の従業員と共に商店へと入っていった。彼に続くように、御者は荷馬車を店の裏手へと向かわせていく。きっと荷卸しやらは店の裏手で行うのだろう。

 見えていた荷馬車もゆっくりと商店の影で見えにくくなり、そして完全に隠れてしまった。

 

「それじゃあ、俺たちもギルドに報告があるからこれでな」


 高ぶった気分を押し隠すことが出来ていない声で剣を腰に携えた男性冒険者は、親指で軽くギルドのある方向を示しながら言った。その動作は隠そうにも見るからに浮ついている。


「えぇ、それでは」


 引き留めるのも悪い。そう考えて笑顔でそう言えば、三人の冒険者は口々に元気でな、よい旅をといった言葉を紡ぎつつその場を立ち去って行った。

 あぁ、こっちばっかり見ているうえにそうでなくとも浮ついているのだ。こけてしまうのでは……あ、こけた。心配した矢先に女性冒険者がすてんとローブの裾を踏んでこけてしまった。ようやっと羞恥も消えつつあったというのに、新しい羞恥で再び顔を真っ赤にする。

 苦笑を浮かべるしかないこちらは、乾いた笑みを浮かべつつ彼らを見送るしかなかった。




 空を見上げれば青かった空は少しずつ橙へと染まりつつある。朝に出立したというのに、もうこんな時間になっていたのか。まだ明るいとはいえ、準備をしてこの町をすぐにでも出立すればじきに夜になるだろう。


「どこか宿でも見つけて、今日はそこで休むか」


 すぐにアギナを出るほど急いているわけではない。そんな思いからぽつりと言葉が口をついて出た。


「急がなくてよろしい……ですね。もうこんな時間ですし」

 

 頭上を見上げながら、リアナもそう告げた。気づけば先ほどまで見えていた冒険者達の姿はすでにない。

 まずは一夜の宿探し。そうと決まれば、すぐさま夜闇の迫るアギナの町をあちこち視線を巡らしながら歩いて行った。

 国境近くの町ということで、旅人が多いためだろうか。先ほどから必ず一軒は宿屋が視界に入る。それでも来客が少ないように見えるのは、それほどこの町を訪れる旅人が多いためか。

 どの宿屋がいいだろう。魔獣も泊まることができ、三人部屋が空いている宿屋のほうがいい。

 そう考えれば自然と泊まることの出来る宿屋は絞られていくものだ。条件に合った宿屋を見つけたのは山際に見えていた太陽も見えなくなった頃だった。

 レンガ造り、三階建ての宿屋である。建てて間もないのか壁面に隣の店ほどの汚れは見当たらない。けれどもその新しさがよいのだろう。一階のスペース丸々を使った食堂では先程からひっきりなしにオーダーと賑やかな笑い声が響いていた。

 暖かな光に照らされ、木の床も、レンガの壁もどこか温もりを感じさせる店内だ。先ほどから漂う料理の匂いが空きっ腹にきつい。


「そろそろ料理が来ますよ?」


 ぼんやりと店内を見つめていれば、向かいから静かな声音で言葉をかけられた。


「あぁ、悪い」


 前へと視線を戻せば、声の主であるリアナは別の方へと目を向けていた。そちらへと視線だけ向ければ、注文した料理をカウンターから受け取る従業員の姿が見えた。


「確かにそろそろだな」

「ピッ!?」


 その言葉に反応したロルが鳴き声と共に勢いよくこちらへと振り返った。落ち着け。首が捻じれたかと思うほどだったぞ。


「気持は分かったから、落ち着け」

「ピィ〜……」


 諫めるように言えばどうにかロルは落ち着く。けれども待ちきれないとでもいうようにその体を震わせていた。

 少し震えを抑えてくれないかなぁ。わずかでも足にロルの体が当たっているせいで先程から足が震えて仕方がない。足を襲うバイブレーションで思わず遠い目で何もない空中を見つめてしまいそうだ。

 次第にそうなりつつあるとき、ズンズンという大きな足音と共に誰かがテーブルに近づく気配がする。


「お待たせしました。ご注文のビーフシチューセットです」


 鈴を転がすような声音が料理名を告げたかと思えば、コトリと目の前のテーブルに料理が置かれた。

 横長で白い陶器の皿に入ったビーフシチューからは湯気が立っているのが見える。見るからにとろみのあるビーフシチューの中に入った肉はおそらく牛型魔獣の肉だろう。野菜もあり、肉ももちろんのことだが柔らかく煮込まれているだろうことは明らかだ。

 そんなビーフシチューの入った皿の横には新鮮な野菜に少しチーズの匂いが鼻をくすぐるドレッシングがかけられたサラダが盛られていた。

 さらにトサリと軽い音を立ててバスケットがテーブルに一つ、置かれた。中を見れば固そうな黒パンが数個入っていた。

 

「それでは、ごゆるりと」


 そんな風に言う女性従業員は大きな体(・・・・)で丁寧に一礼して見せた。

 軽やかな声、丁寧な所作。どこからどう考えてもお淑やかな女性……なのだろう。正直言うのであれば、女性なのかどうかパッと見では分からないのだ。

 それもそうである。少し空洞音のような響きを持った声の持ち主である女性は、見た目明らかにゴーレムなのだ。

 つるりとした体は少しばかりごつさがある。少しばかり赤味があるところはやはり女性だからなのだろうか。空洞にぼんやりと浮かぶ優し気な黄色い二つの光は、おそらく瞳なのだろう。

 そんなゴーレムの女性従業員はしずしずと場を離れ、カウンターへと戻っていった。


「大丈夫ですか?」


 呆けてしまったからだろう。心配するような声音でリアナがこちらをうかがってきた。


「えっ、あ、あぁ、大丈夫。……一つ聞きたいんだが、ゴーレムにも、その、性別ってあるのか?」


 失礼だろうか。そんな心配を宿しながらも尋ねれば、リアナはきょとんとした顔のあと、何か納得したような表情へと変えた。


「確かにゴーレム種は魔族でも性別の区別がつきづらいですからね、戸惑うのも分かります。区別の方法は一般的には声や所作です。もっとも、それさえもあまり頼りにはなりませんが」


 どういうことだろうか。先程の声音からして、あのゴーレムの従業員は女性だ。区別としても一般的には声で区別するとリアナは言っているのだし、まず間違いはないだろう。けれどそれでも頼りにならないとはどういうことなのだろうか。


「頼りにならないとは?」


 気になってしまえばあとは簡単で、質問が口をついて飛び出た。


「厳密にいえばゴーレム種には性別というものが存在しません。自分のその時なりたい性別に、声や所作を変えてなるんです。子供だってゴーレムの作成方法と同じように錬成しますから」

 

 にこやかにリアナは答えてくれたのだが……それはそれですごいな。リアナの言葉にどう返せばいいのか戸惑ってしまう。きっと今頃、俺は何とも阿呆な面を目の前の彼女に見せていることだろう。


「それよりも、です。食べましょう。冷めてしまいます」

「それもそうだな」


 ビーフシチューだし早く食べたほうがいいだろう。リアナの言葉に賛同すれば、スプーンを手に取った。

 一口すくい、口に運んだ。うん、うまい。とろみのあるスープはもちろんのこと、牛肉はほろりと口の中に溶けるほどだ。


「正直、魔国なんて名前もあってえげつない料理でも出てくるのかと思ったけれど、まともなんだな」

「確かにそうですねぇ」


 ぽつりと呟いた言葉にリアナが返してくれる。よかった、そう思っていたのは俺だけじゃなかった。

 ロルは……あぁ、同じか。魔獣用とはいえ用意されたスープや肉をおいしそうに頬張っている。

 ちょうどサラダやビーフシチューを食べ終えようとした頃、タイミングを見計らったかのように先程の従業員がテーブルへと近づいてきた。何だろうか?


「デザートのピオレの実です。皮をむいて食べてくださいね」


 そう丁寧に言いながら皿を三つ、テーブルの上に置く。あぁ、デザートを届けに来たのか。ありがたい。

 彼女がテーブルから離れるのをちらりと見るも、すぐに視線は目の前のデザートであるフルーツへと視線を移す。拳大の果物は皮も厚くなく、切込みから覗いている実は桃のようで柔らかそうだ。

 それにしてもこんな実は『アトレナス』では見たことがない。カリオ特有の果物なのだろうか。


「はじめて見るなぁ……」

「私もです。おいしいのでしょうか……ってロル!?」


 一体何だ!?ロルに何かあったのか!そんな焦りで横へと目を向けてみる。……なるほど、リアナが驚いたのも理由が分かった。


「ピニョヒュー」


 なんとも気の抜けた鳴き声を上げながら、目の前ではロルがくちばしを器用に使って食べていたのである。俺たちのように気にすることがなく食べるさまは、微笑ましいを通りこして少しばかり腹が立ちそうだ。

 なんだよ、なんだか物珍し気に見ていた俺達がバカみたいじゃないか……。ええい、ままよ!


「ん、おいしいです!」

「本当だ……。んめぇ……」


 うまい、確かにうまい。外の皮は赤黒くて不気味であったが、実はそれに反して優しい味だ。舌触りは桃のように滑らかで、冷えているせいか喉を通る時の冷たさがまたなんとも心地がいい。舌の上に執拗に残らない爽やかな甘さの中にも、かすかな酸味がある。

 もう、もう一口……!


「あー……、俺、これ好きかも」


 破顔しながらもそう呟けば、今度は二つ目へとはいる。どうしよう、これ好物になりそう……!

 『第五遊技場』でも食べることができないだろうか。もうあったりしないかな?リアナに聞いてみようか。


「なぁ……ってリアナ?」


 気づけばリアナは食べる手を止めていた。嫌い、というわけではないだろう。さっき美味しいと言っていたし。ん、隣を見ている?

 リアナの視線を辿っていけば、彼女は隣の席を見ているようだった。いや、見ているというよりも耳をそばだてていると言ったほうが正しいか。何か気になる話題でも隣の席の人が話しているのかもしれない。

 そっと隣へと視線を向ければ、四人掛けの席に二人の女性が座っていた。黒髪の女性はダークエルフ、金髪の女性はエルフだろう。服装や時間を考えるに、二人は仕事終わりだろうか。

 食堂内の喧騒の中、隣を意識しながら耳をそばだてた。


「ねぇ、今度の休日に魔泉に行かない?」

 

 聞こえてきた最初の言葉はエルフ女性の溌剌としたものだった。

 口元をナプキンで拭いていたダークエルフの女性は不思議そうな表情を彼女へと向けた。


「魔泉? あそこ何かあったっけ」

「な・ん・で・も! 期間限定のドールが売っているらしいのよ!」

「あぁ、さっき言っていた特別なドールってそれ?」


 ダークエルフの女性の問いに、エルフの女性は大きく頷く。同時にリアナがピクリと反応したのが分かった。

 リアナが隣の席に意識を向けていたのは、どうやらその期間限定ドールが理由みたいだ。

 リアナはドールが好きだったのか。そう聞こうと彼女の方を向いた。


「おうふ」


 思わず口をついて出てしまう。口元もひくついてしまう。

 それもそうだ。目の前にいるリアナの本気の目、アレを直視したら思わず身を引いてしまうわ。ちょっと血走ってない?

 

「あの、その話本当ですか?」


 堪え切れなったんだろうなぁ。そう思わせるぐらいには前のめりでリアナが女性二人に尋ねていた。ほら、相手もちょっと引いている……いや、引いていない!?

 予想に反して二人の女性はリアナの行動に引いていなかった。むしろ目を輝かせている。


「あなた、もしかしてドールが好きなの?」

「はいっ!」


 ダークエルフである女性の問いに、リアナは元気よく答えた。

 それを皮切りに始まるのは女性三人のドール話である。正直言おう、分からない。とうとうリアナは隣の席に移ってしまい、さらに話は弾んでいく。


「ピヒィ……」

「あぁ、お前もか……」


 気の抜けた鳴き声にそちらへと顔を向ければ、俺と同じように呆けた表情を見せるロルがいた。お前もついていけないんだな、この三人の話に。

 さすがに気付いたのだろう。しまったという表情をしたリアナと目があった。今気づいたのか。


「あ、すみません。先に戻ってもらっても構いませんよ」

「そ、そうか」


 まぁ、蚊帳の外だし戻っても大丈夫だろう。あ、でもリアナを置いておくのは……。


「大丈夫ですよ〜。話が終わったらリアナちゃんはきちんと部屋まで送るので!」

「そ、そうですか」


 顔に出ていたのか、エルフ女性がにこやかな笑顔を向けながら言った。

 それならば、まぁ、安心だろう。何かあったとしてもリアナの力ならば切り抜けられるだろうし。それにしてももう名前呼びとは、早いなぁ。……俺とは段違いだぁ。

 軽い悲しみを覚えながらもロルを連れて席を立つ。

 後ろから聞こえてくる三人の話は、最後までよくわからないものであった。


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