第7話~諍い、そして訓練~
「今日はまだ午後が空いているので、ここで特訓でもなさいますか?それとも、何か別のことでも?」
「そうだね……、特訓でもしようかな。それでいいよね、皆。あ、この訓練場は貸し切りできるかな?」
第一王女の問いに天ヶ上は答えると、生徒たちにも同意を求める。
いや、お前、周りをみろよ。先ほどまで特訓をしていた兵士達が迷惑そうな顔をしてるぞ。途中で中断された上、午後は使えないなんて迷惑なことだろう。サボる人は知らないが。
「そうですね……、貸し切り、しましょうか」
「シェルマ王女、それでは午後から兵士が鍛錬をできません。兵達も混ぜてはもらえないでしょうか」
天ヶ上の言葉に悩む素振りすらなく同意する第一王女にガイゼルさんが一歩近づき無表情で告げる。しかし、第一王女は逆にそのことが気に入らなかったらしく、
「この第一王女である私が言っているのです!下がりなさい、ガイゼル!」
と、大声で叱咤した。その言葉を聞いたガイゼルさんは眉をぴくっと動かし、一礼した後一歩下がる。
ガイゼルさんの言葉を聞いて、天ヶ上も少しは遠慮するかと思ったのだが一切そんな素振りを見せない。むしろ、「シェルマの言う通りだ。貸してくれても構わないじゃないか」と言う始末である。
こんな態度な為、この場の空気が一気に重たくなった。こちらをにらむ周りの兵士の目が先ほどよりも非難がましくなっている。
「彼らの人数ならこの場にいる兵士達とあわせてもこの訓練場に十分入る余裕があります。なにとぞ、兵士にも訓練の許可を」
「勇気様は勇者なのですよ!なんと恥知らずな!兵士のような身分の者と訓練などありえません!」
再びガイゼルさんが試みるも頑として譲らない第一王女。先程よりも声を荒げて怒鳴りつける。いや、ガイゼルさんは周りの兵士のことを思って言ったのだと思うが、そこまで怒るのか。
「勇気様」と言っているあたり、生徒達のためというよりも天ヶ上のためと言うのが正しいだろう。
「いいですかガイゼル、これは命令です!この訓練場を貸しきります!よろしいですね!」
「……わかりました」
これ以上説得しても無駄であると感じたのか、ガイゼルさんは渋々といった様子で第一王女の言葉にうなずく。あの王女の様子だとこのまま粘っても最後には「命令を聞かないなら処罰しますよ!」とでも言いそうだからな。
「それでは皆様、訓練を行いましょう!あぁ、ガイゼル。あなたは隅にいて結構よ。相手は近衛騎士長に任せますから。エリゼナ近衛騎士長、こちらへ」
「はい、王女様」
第一王女は訓練場の入り口へと向けて大声を張り上げる。その声に応じて出てきたのは白い鎧を着た女兵士である。
腰まで伸びた金髪、瞳はエメラルド色の凛とした女性である。そして、なによりの特徴がその耳。俺達のような耳ではなく、耳が横に鋭く伸びているのだ。
「こちらはエルフのエリゼナ近衛騎士長です。近衛騎士というのは私専属の騎士達のことです。いつもなら傍に控えさせているのですが、相手が勇気様方なら大丈夫と判断し、少し距離を離して護衛してもらっていました。召喚の間から玉座の間まで来る際に傍に控えていた兵も近衛騎士です。今回、皆様の訓練の相手をいたします」
「お初にお目にかかります。ガイゼル団長に代わりまして、訓練相手をこの私が務めさせていただきます」
第一王女の紹介を受け、一礼をしながら自己紹介をするエリゼナさん。今はっきりとわかったことだが、ガイゼルさんって団長だったんだな。鎧からして上の位の人間だとは思っていたが。
そんなことを思っているとエリゼナさんと目が合う。目が合った瞬間、エリゼナさんは眉間に少ししわを寄せながらこちらに向かって歩いてくる。
え、何でだよ。俺、なにかした?
「眠そうですね。怠けていると怪我をしますよ。名前は?」
どうやらこの目つきの効力が発揮されたようである。眠くなんてないんだがな。
「えっと、俺は――――」
「彼は神楽嶋です」
俺が名前を言うよりも早く天ヶ上がエリゼナに告げる。
いや、何でお前が言うんだ。言う必要ないだろ、本人がしゃべろうとしているのに。
邪魔されたことに少しばかりの苛立ちを感じている俺をよそに、ハーレム組がエリゼナさんに何かを告げている。いったい何を言っているのだろうか。
話を終えると、エリゼナさんがこちらを向いた。その顔は先程よりもひどく眉間にしわを寄せていた。そして目は明らかに蔑みの色を宿している。
あ、これ、何話してたかわかったわ。
「勇気殿からお前の悪行の数々はきちんと聞いた。お前のようなやつは強くなってもどうせ碌な人間になりやしない。勇者様方の迷惑にならないためにもこの城を出るなどしたらどうだ」
一気に態度が様変わりである。先程まで敬語だったのが、完全に見下された口調で話されている。確実にハーレム組から前の世界でのデマを吹き込まれたのだろう。
先程ガイゼルさんの態度について文句を言っていた第一王女はこの場合何と言うのかと思いちらりと様子を見ると、
「私も勇気様からお話は伺っております。そのような方はこの国にはふさわしくありませんし、今すぐ出ていってもらいたいのです。しかし、勇気様が、自分が彼を改心させてみせるからどうか城にいさせてやってくれとおっしゃったのです。エリゼナ、ここは我慢ですよ」
と失礼なことを言った。
ここまでボロクソに言われるとは、ハーレム組は一体何を言ったのだろう。尾ひれがついた話、なんてものではないレベルだ。
第一王女もエリゼナさんも、天ヶ上と同じということか。デマを簡単に信じて、それを真実だと思い込んでしまうような人だったと。
いや、まだ初対面である。そのような思考はやめよう。会ったばかり、しかも別世界の人間だから判断材料が少ない故にデマを信じるしかないのだろう。これからの俺の行動次第で変わっていくに違いない。というか俺がそう信じたい。
「勇気様はお優しいのですね」
エリゼナは天ヶ上に向かってそう言うと頬を紅く染めた。天ヶ上の行動がエリゼナさんにとってはすばらしいものに見えたらしい。本人は俺のことを悪と決め付けているようだからな。なんの疑いも持たないのだろう。
「……しかし、奴に訓練をつけるのは」
「それは心配いりません、エリゼナ。ガイゼル、あなたが彼に訓練を。場所は……平兵士と同じ場所でいいでしょう。確か外に旧訓練場がありましたね。そこで行いなさい」
再びこちらを見てあからさまに嫌そうな顔をするエリゼナさんに第一王女が答える。
言葉の端々から明らかにこちらを見下げているというのが感じ取れるような言い方だ。最後に「フフン」とでも言いそうな顔である。
「わかりました」
第一王女の言葉を聞いたガイゼルさんは眉間にしわを寄せながらも一礼して答える。そして、俺のほうに体を向けた。
「では、こちらへ」
ガイゼルさんはそう言うと訓練場にいる兵士達を集めるために訓練場の端へと向かう。
おっと、俺もついていかなければ。少し遅れて俺はガイゼルさんの後を追うように小走りでついていった。
ガイゼルさんの元についたときにはすでに兵士は集まっていた。縦に六列、一列あたり二十人くらいだろうか。
「では、旧訓練場へと向かってくれ。場所がわからないやつは…新兵ぐらいか。新兵ははぐれないようにきちんとついて来い。旧訓練場は森の中にある。では、出発」
そう言うと、訓練場の出入り口に近い兵士から出発する。ガイゼルさんは最後である。無論、場所なんぞわからない俺はガイゼルさんについていくしか方法はなく、必然的に最後尾になった。
出入り口から出る寸前、ハーレム組や第一王女達の楽しげな声が、こちらを馬鹿にするように後ろから響いてきた。
訓練場を出てから一時間半ほどだろうか、森の中に旧訓練場はあった。森の中を歩き、崖といっても差し支えがない坂を慎重に下ると、少し行った先に急勾配の坂。これを上ると、今度はまだ日が出ているにも関わらず薄暗い森の中を歩き、ようやく到着したのである。
旧訓練場が使われていた当時は道は整備され来るのも楽だったが、使われなくなった途端、整備もしなくなり今現在のようになってしまったそうだ。
旧訓練場は周りを木々に囲まれているただの更地である。城の訓練場ほどの広さはなく、体育館ぐらいの広さだろうか。
奥には左から木造の小屋、倉庫、長屋と建ち並んでいる。小屋には訓練に必要なものがそのまま入っているのだろう。現に訓練を行うために兵士達がそこから訓練用の剣や盾、仮想敵とする丸太を取り出していた。準備が出来次第、訓練に入る。
俺も手伝おうとしたのだが、近づいた瞬間に周りの兵士から結構だといわんばかりににらまれた。先ほどの訓練場でのやり取りが響いているのだ。
ガイゼルさんもそれを察したのか、すぐさま俺を呼んだ。今現在、俺はガイゼルさんの傍で準備の様子を見ている。ものすごく申し訳ない気持ちでいっぱいだ……。
「ガイゼルさん、俺も手伝いたいのですが……」
「今の様子では無理です」
ガイゼルさんは俺の提案をきっぱりと断る。そうだよな、ここで俺が手伝おうとして場の空気を悪くするのはいただけないよな。わかっているのだが、感情は別問題で、申し訳ない気持ちは薄まらない。
今は無理でも、これから距離を縮めていこう。うん、そうしよう。
「あの小屋と長屋はなんですか?」
「あぁ、あれですか。小屋のほうは団長や副団長が泊まる小屋。長屋のほうが一般兵の泊まる場所です。長屋は大体百五十人近くが入れます。それ以上となるときついです」
気を紛らわせるために質問すると、ガイゼルさんは準備の様子を見ながら答える。
なるほど、今の人数だったら大丈夫そうだな。そういえば、今日は泊まるのだろうか。
「ちなみに今日は泊まりません。夕暮れになる前に城へと戻ります」
意図を察してくれたのかはわからないがガイゼルさんが言う。今日は夕暮れ直前で切り上げるらしい。
訓練場からそのまま出てきたから泊まるのはまだしも、暗い中、あの薄暗い森を歩くのは危ない。
昼でも薄暗いのだから夜に近づけば、道に迷うほど暗くなるだろう。
考えている間にも訓練の準備ができたのか再び並ぶ兵士達。全員が並ぶと、ガイゼルさんが一歩前に出た。
「これより簡単にだが訓練を行う。その前に、こちらへ」
そう言ってガイゼルさんが俺のほうを向く。うわ、緊張する。決して好意的ではない目で俺を見ている兵士が多いため、緊張をよりいっそうしてしまう。強張りながらも俺はガイゼルさんの横に並ぶ。
「自己紹介を」
「お、俺は神楽嶋秋人といいます。あ、名前が秋人、苗字が神楽嶋です。よ、よろしくお願いします」
あわてて付け足す。関わった人物は城の関係者のため苗字の有無などわからないが、少なくともこちらの世界では名前が最初、苗字が後なのだろう。第一王女や王の名前はそのような感じだった。
自己紹介しても相変わらず兵士達の目はにらむ者が多い。先輩格であろう兵士の中には睨むのではなく、探るような目つきで見てくる人がいるが。
まるで前の世界での学校のようである。デマに踊らされて、こちらを悪感情で見てくる相手が学校関係者から兵士に変わっただけのこと。その手の視線には慣れている……慣れたくなかったがな。教師はどうだかわからないが、生徒に関しては改善どころかむしろ悪化してたよな。
自己紹介を終えた俺は変な郷愁を感じながら、兵士達の視線にさらされていた。