第60話~理由、そして行商~
リアナを連れて『アトレナス』へとやってきた翌日である。空を見上げれば、天気は旅日和と呼ぶにふさわしいほどの快晴だ。
時折、街道を行く人とすれ違う。追い越され、追い越しながらも街道を進んでいく。目指す先はカリオ魔国内の町――アギナである。早朝、帝都を出立したとはいえ、おそらく早くてもこのままのスピードであるなら数日後に到着するはずだ。
今進む街道がカリオへと向かう道であるためか、今までよりも魔族の姿を見ることが多くなった。
時々、魔獣なのではないかと勘違いしてしまいそうになった。そのたびに額の紋様を見て彼らが魔獣ではなく魔族であるのだと知る。
ぼんやりとそんなことを考えていれば、視界に端に隣を歩くリアナの姿を捉えた。
期待を押し隠さないような彼女の表情に、以前言っていた個人的な用事というのが気になってしまう。彼女はダークエルフだから、やはりエルフの里に行けることは嬉しいのだろうか。もしかしたら帰省の可能性もある。
こうやって考え込んでいても、仕方がないよな。
「なぁ、リアナ」
そう声をかければ、リアナは嬉しそうな表情を少しばかり隠そうとしながらもこちらへと顔を向けた。
「なんでしょう、秋人様」
「もしかしてエルフの里の出身、とかなのか? だから個人的な理由で嬉しいとか?」
俺の言った推測が当たっているのかなんて、彼女の表情を見れば分かる。
目の前の彼女はきょとんとした表情でこちらを見つめていた。どうにも俺の推測は外れていたらしい。
間違えたことへの小さな羞恥で聞くのではなかったなんて後悔をしていれば、それを悟ったのかリアナが小さく笑みを浮かべながら口を開いた。
「秋人様、違いますよ。そもそも、エルフの里以前に私は『アトレナス』の出身ではありませんから」
その言葉を受け、次にぽかんと呆けた表情を見せたのは俺だった。
「私、いえ、私だけではありません。『第五遊技場』の従業員はもちろんのこと、第一から第四の世界にいる従業員や関係者はまず『アトレナス』出身ではありませんよ」
喋るリアナの隣を冒険者数名で構成されたパーティーが小走りに駆けて過ぎていく。そんなことなど気にせずに、リアナは言葉を続けた。
「私達はその世界で生まれた存在なのです。……この話、以前聞いたことがありませんでしたか?」
「あった、ような……」
口元は引くつき、視線を思わずリアナからそらしてしまう。そう言われれば聞いたことがあるような気もするが、どうにも自信が持てない。
「ですから、私達でいうなら『アトレナス』出身はラーケとロルぐらいになりますね。秋人様も『アトレナス』出身ではございませんし」
確かに、俺の出身は『アトレナス』ではない。そう考えれば、純粋に『アトレナス』出身であると言えるのは一握りしかないのか。
「少ないなぁ、存外」
歩きながらそう零す。
すると横に並んで歩くリアナがくすりと微笑を浮かべた。
「そうですね。私は最初、秋人様が親しい人とか連れていらっしゃると思っていましたけど」
そこでリアナは言葉を切った。そして何やら考えるように視線を上へと向けながら、「んー」と小さく声を漏らす。
一体どうしたのかと聞く前に、彼女はこちらへと視線を戻した。
「前々から気になっていたのですけれど、どうして秋人様はロルやラーケのように『アトレナス』から人を連れてこないのです?」
「へ?」
突然のことに思わずリアナの顔を見れば、リアナは不思議そうな表情を崩すことなく言葉を続けた。
「別に動物にしか心を開くことができない、というわけではないですよね? それならば私達と今のような関係を築けているわけではないですし」
「それはない」
首を傾げながら言うリアナに間髪入れず答える。そんな人間じゃあない……たぶん。
ちょっとした不安を抱く俺をよそに、リアナは再び言葉を紡ぐ。
「いえ、人を連れてくるのは禁止されているわけでもありませんし。何か理由があるのかと」
「理由ねぇ……。あるっちゃあ、あるな」
「お聞きしても?」
「まぁ、あまり国に所属して影響を受けたくなかったから。最初は面倒に巻き込まれるのが嫌だったからだけど、今じゃあ従業員に万が一のことがあってはならないしな」
そこまで続けると、俺はへらっと笑みをリアナへと向けた。
「それにいらっしゃるお客様がただの人間ならまだしも、違うからなぁ」
へらへらと苦笑浮かべながらそう答える。
実際、『第五遊技場』にいらっしゃるのは人間ではない。その特性上、あまり国の影響を受けたくないというのが今の本音である。
そして何より、主として『第五遊技場』の人間が害されるようなことは避けたかった。
ではその二つだけなのかと問われればそうではない。
けれどそれを口にするのはどこか躊躇われ、どうにも奥歯に物が挟まったように思いながらも口を閉じた。
「秋人様、もしかして他にも理由がございますか?」
「……どうしてそう思った?」
何故分かったのかなんて疑問と驚きで反応が一拍遅れるも、どうにかその言葉を吐き出した。
「いえ、何かを躊躇っているご様子でしたので」
かすかに視線を逸らし、リアナは答える。そうか、思っていたことが表に出ていたのか。それではリアナが気づいてしまうのも当然だ。
けれどこれを言ってよいものか……。
「さっきの話の続きがあるんだけどな。それがちょっと個人的なものだったから言うのを躊躇っただけだ」
「個人的なもの、ですか?」
「そう」
苦笑を浮かべたままそう答えれば、彼女は続ける言葉を考える様子を見せた後、口を再度開いた。
「お聞きしても?」
答えようかどうか迷う様子を見せた上で俺は再度、リアナに苦笑の浮かんだ顔を向ける。
「あまり良い話ではないから」
「ですが……!」
「あぁ〜……、最初は話してもいいなんて思うこともあったんだぜ? けれどその心持が変わる出来事があったんだよ」
詳しくは言わない。ただ、ただ、端的にそれを言うのみである。
けれど脳裏に浮かんだのは俺が『第五遊技場』の主だと話してもよいのではないかと思った人間であり、裏切った女性の姿だった。
「ピィ?」
浮かべていた苦笑さえも歪んでしまいそうだった頃、足になにかふわふわと柔らかいものが触れる。それと同時に聞こえた鳴き声でその柔らかいものの正体が分かった。ロルだ。
こちらを心配するような目で見上げてくるロルを見て、ずぶずぶと沈み込んでいた思考の海から引き上げられる。
そうだよ、これはあくまで過去のことなんだ。確かに影響があった出来事ではあるが、そればっかりに捕らわれるわけにはいかない。
ありがとうと感謝を示すようにロルを一撫でする。そうすればロルは嬉しそうに目を細めた。
一方、リアナは何が何やらという表情でこちらの様子を見つめている。
「秋人様?」
「あ〜……、まぁとりあえずそういうことだから。聞いていて楽しい話ではないから」
「なるほど……」
へらへら笑いながらそう言えば、リアナは納得したようで小さく答えながら前へと向き直った。いやはや、この話は本当に良い話ではないから助かった。それにしても話がずれたような……まぁ、いいか。
納得しながら話がそれたことへ安堵を噛み締めつつ、ほっと胸を撫で下ろす。
そうしていれば前方にポツリと見える影。あれは……行商の馬車だ。
馬型の魔獣に引かれた二台の馬車は前方が幌馬車、後方は荷馬車である。そのどちらもがなかなかに大きい。前方の幌馬車には荷物が入っているのだろうが、後ろの荷馬車にはちらほらと人の影が見えていた。
あの行商はどこに向かうのだろうかなんて考えた矢先、ピクリと眉間に皺が寄るのを感じた。
「ん? ……はぁ」
「秋人様、どうなされたのですか?」
ぽつりと漏れた声に、リアナが不思議そうな顔で尋ねた。
「周り、来るぞ」
主語も何もない短い返答。
けれどそれだけで伝わったのだろう。リアナは何かに気付いたように前の行商へと素早く視線を向ければ、厳しい顔つきでその手に杖を握った。
ロルもほぼ同時に、小さくうなり声を上げ始める。
――――次の瞬間、目の前を行く行商から悲鳴が一つ上がった。
一つ上がればあとは続けざまに野太い声、高い声と様々な悲鳴が森の中に響き渡る。遠目からでもわかるほどの土埃が立つと共に、一拍おいて戦闘音が耳に届いた。
剣戟音、爆破音、魔法による風が空気を切り裂く音。武器だけでなく魔法による戦闘音が、先程まで静かだった森を騒がせていた。
騒ぎが起きているのは進行方向先である。目の前の騒ぎは他人事ではない。
「行くぞ」
手に≪駿影≫を持ちながら声をかけ、走りだす。返答はないものの、すぐ近くを走る二つの気配を感じ取った。
近づくにつれて状況がはっきりと分かっていく。
簡潔に言うのであれば、行商は魔獣の群れに襲われていた。襲撃している魔獣はリーダー格のオーク、そしてその配下であろうゴブリンとコボルである。
彼らはただ襲うだけでなく、嫌がる行商の人間を強制的に連れて行こうとしているようであった。
けれどもそれはうまくいっていない。
行商の護衛という依頼を受けていたのか、乗り合わせていた数名の冒険者が阻止していたのである。遠くから聞こえて来ていた剣戟や魔法の音は、魔獣に対抗しようとした彼らが出している音だった。
「助太刀するぞ!」
「っ! 頼む!」
剣を構え、コボルトの打撃を防いだ冒険者がどうにか応じる。
その言葉を聞くや否や≪駿影≫を抜き放つと、目の前の敵で手一杯であった剣の冒険者の元へと駆け寄る。そして背後から冒険者の彼を襲おうとしていたコボルトを切り伏せた。
「グルォオオオッ!」
痛みからか、咆哮を上げて一歩二歩とコボルトは後退する。それを見逃すわけもなく、返す刀でとどめの一撃を放った。
ドウッという音と共に、目の前のコボルトが地面に倒れ伏した。
「ウィンドウボール!」
間を置くこともなく後方から聞きなじみのある声が聞こえたかと思えば、三体のゴブリンへと風の渦巻く球がぶつかった。悲鳴を上げる前にそのまま吹き飛ばされ、ゴブリン達は木の幹へと勢いよく体をぶつける。
メキリなどと嫌な音がこちらまで届いた。
それからもただウィンドウボールとリアナが紡ぐ。
そのたびに初級の魔法とは思えないほどの威力をもって、ウィンドウボールはゴブリンやコボルトへと襲い掛かった。実際、中に込められた魔力は尋常ではないのだろう。
いや、俺とリアナだけではない。もう一人、一匹と言った方がよいのかもしれないが、助っ人がいるのだ。
「ギィガッ!」
いつもの声とは打って変わって敵意がむき出しのうなり声を上げながら、ロルはその鋭利な鉤爪を振るう。
「いやあっ!」
突如、女性の悲鳴が森の中に木霊した。
慌ててそちらへと視線を向ければ、コボルトに体を抱きかかえられた女性がじたばたともがいていた。
人質、ではない。そのまま戦線から離脱しようとしている。どこかへ連れて行こうとしているのだ。
「離して! 離してぇ!」
「行かせるか!」
たとえ女性がどれほど体をばたつかせて抵抗しようとも相手は魔獣。そんな抵抗をコボルトは簡単に抑えこんでしまう。
口の端が上がり、心なしか笑みを浮かべているように見えるコボルトに向かって駆けていけば、足へと向けて一閃を繰り出した。足へと攻撃を受けよろめいたコボルトの胴に真っすぐ刀を突き立てれば、女性を抱えるコボルトの腕から力が抜けていった。
「うおっと」
「きゃっ」
地面に落ちる前に女性の体を受け止める。
ひとまず後方に下げなければならない。ここは前線だ。そう考えて荷馬車へと一足飛びで戻る。女性を荷台に乗せれば、「ありがとう、ございます」といったお礼の言葉。けれどそれに答えることなく、前線へと戻っていった。
魔法と剣や弓矢が入り混じる前線の中、周りの雑魚を仕留めつつ向かうのは指揮しているオークである。でっぷりとした腹を揺らし、涎を飛び散らせながら何かを命令するように激しく喚く様子であった。
強く、右足に力を籠める。
力を籠めるため、わずかに出来た隙を魔獣が逃すわけがない。多対一ならば勝てるだろうと考えたコボルトやゴブリン共が俺を取り囲む。
――けれど、そんなことは関係ない。
ぐっと溜めていた力を右足に全てかけ、力強くスタートダッシュ。後方から地面がめくれあがる音がするも、そんなことも気にせずにただ前へと突き進む。
「ギィ――ガッ!?」
「ギィグッ!」
地を舐めるように駆ける。
ただ、ただ駆ける。
時折自分の進行を妨げるように前方へと踊り出るゴブリンやコボルトを切り伏せ、掌底を叩き込み、貫いて放った。
時折、後ろから援護射撃として放たれた魔法が魔獣に炸裂する。その衝撃をかすかに背で感じながらも、駆ける足を止めない。
後方へと早く流れるという光景。けれどもそれはすぐに終わりを迎えた。
「フギィ!?」
緑色の体が驚きで揺れる。
周りの魔獣に命令して邪魔をさせるか、それとも自分が攻撃したほうがよいだろうか。どちらにしようかと迷うのが、オークの瞳を見れば露骨に表れていた。
そんな隙を、逃すわけもない。
「しっ」
小さな掛け声とともに刀を斜め下から上へと素早く振るう。
刀独特の澄んだ音を聞きながらもバックステップで後退すれば、オークは今までよりも一層けたたましい喚き声をあたりに飛び散らせた。
冷静に思考してなどいない。苛立ちで染まった頭では何も考えることができず、目の前のオークができるのはでたらめに握ったこん棒を振り回すだけであった。その姿はあまりにも無様だ。
大振りで先の読みやすいオークの攻撃を≪駿影≫で受け止め、右へと流す。
そしてそのまま、今度は右下から左上へとオークの体を滑るように刀を振った。
「ガ……ガ……」
途切れ途切れにオークの喉から漏れる声。けれどそれは先程まで爛々とかがやいていた瞳と同じように、次第に力が失われていっ
ドウッと、目の前で緑の巨体が倒れる。その様をただ眺めながら、得物についた血を振り払った。
指揮するリーダーがいなくなれば統率はなくなる。
互いのフォローをすることさえもなくなった魔獣達を退治するのはわけもなかった。
□ □
「いやはや、ありがとうございます」
言葉の端々から心がこもっていることを表す謝罪をするのは、目の前でこちらに深々と頭を下げている白髪混じりの男性だ。
下げていた頭を上げた彼は人の良さそうな笑みを浮かべている。人の警戒を解くのに使えるのであろうそれだが、今その瞳には感謝しかなかった。本当に感謝の念を抱いているのだろう。
そう思えば少し照れくさく、それをごまかすようにへらっとした笑みを浮かべてしまった。
「最近は魔獣による人の誘拐が噂されていますが……。まさか自分たちがその被害に遭うなどとは思いもしませんでしたよ」
大きくため息を吐き出すとともに言えば、行商人の男性は荷馬車近くへと顔を向けた。
「冒険者の皆さん、ありがとうございます」
「いえいえ、俺達もこれが仕事ですし」
男性の言葉に剣を下げた冒険者の一人がへらりと笑みを浮かべながら答える。そして荷馬車の荷台へと上っていった。
先程答えた男性の冒険者が腰を下ろせば、その隣に座っている女性の冒険者が何やら話しかけている。その途中、荷台の縁に寄り掛かった軽い笑みの男性が茶々を入れているようだった。
「それにしても、どうして魔獣が人の誘拐なんか……」
冒険者達へと視線を向けていれば、横から艶やかな女性の声が鼓膜を震わせる。
そちらへと視線を向ければ、ほっそりとした指を顎に当てて考え込んでいるようであった。
「はっはっは、それは簡単ですよ。食料です」
「食料、ですか?」
聞き返したリアナに、男性は一つ頷いた。
「えぇ。魔獣によって様々ですが、人間を食料とする種類もいますし。ですがコボルトならばまだしも、ゴブリンやオークは人が食料ではなかったはずですが」
まぁ、嗜好が変わったのでしょう。なに、よくあることです。そう締めくくった男性は話を変えるように、ポンと一度手を軽く叩いた。
「ところで皆さま、同じ街道を歩いていたのですからどこかを目的地としていたはず。どこに向かうのです?」
「えっと、アギナです」
「おぉ、アギナですか。私達もアギナへと向かっているのです」
それでは、と商人は人の良さそうな笑みをこちらへと向け話を続けた。けれど先程の感謝の時とは違い、何か頼み事があるときに浮かべるような笑みである。
「先程のお礼の一つです。私達の荷馬車でアギナまでお送りしましょう」
「へ? い、いいんですか?」
どうしようかなんていうようにちらりと後ろを振り返れば、コクコクと頷くリアナとロルの姿がある。どうにも荷馬車に乗ってアギナに向かうことに賛成らしい。
あー……リアナもロルも賛成ならば。
「それじゃあ、お言葉に甘えまして」
頭をぽりぽりとかきながらそう言えば、目の前の男性は笑顔で大きく頷いた。
行商人のお言葉に甘えて二台あるうちの後ろの一台に案内される。
二台目には人の乗るスペースがある程度確保されており、女性や子供、老人が数名乗っていた。そして手前には三名の冒険者が、荷台の縁へと背を預けるようにして乗っていたのである。
乗り込めば微かに荷馬車が上下に揺れる。それで気づいたのか、弓を傍に置いた男性の冒険者がこちらへと視線を向ける。
「お、さっきの助っ人さんじゃん! さっきはありがとねー」
「ちょっと、何だか軽いよ?」
手を振りながら言う男性冒険者に、隣に座る女性冒険者が軽く窘めるように言った。そして軽く杖を握り直しつつ、女性冒険者はこちらへと視線を移した。
「すみません。でも、本当に感謝しているんです。私達だけじゃあ、誰か連れ去られたり殺されたりしていたかもしれませんから」
そう言えば、彼女はぺこりと頭を下げてきた。
なんというか、だ。その前に行っていた街が街なだけに、こうも善意を全面に出されると妙に照れくさいというか、そわそわしてしまう。ホリービアではどちらかというと探り合い、皮肉の言い合いと会議は見ているだけでも気分が良いものではない。
まぁ、これが会議だと言われてしまえばそれまでなのだが。
冒険者と向かい合うように反対側へと座れば、三人のうちの一人である剣を横に置いた男性が身を乗り出しながら声をかけてきた。
「なぁ、お前さん方はこれからアギナにでも向かうのか?」
そもそも行先が同じでなければ、ついでに乗せてもらおうとは思わないだろう。そんな考えからか紡いだ男性の質問に、俺は一つ頷いた。
「えぇ。最初は徒歩で行く予定だったんですが、ご厚意に甘えようと」
俺を挟むようにして奥側にリアナ、外側にロルが座る。
外から掛け声が聞こえたかと思えば、わずかに大きな振動と共に荷馬車はゆっくりと前へ動き始めた。
物珍しいのだろうか。ロルは外へと首を出すようにしてきょろきょろと忙しなくあたりを見回している。
「落ちないようにしろよ」
「ピッニョ」
さりげなく注意すれば、ロルは上の空の鳴き声で返す。
まぁ、ロルは鳥だ。飛ぶこともできるし、落ちたからといって泣くような弱いやつでもない。ロルだって第五の一員なのだ。
「俺達もアギナへ行く予定なんだよ」
剣を持っていた冒険者の言葉にそちらへと振り返れば、うんうんと杖を握った女性冒険者が頷いていた。
「この手の依頼、目的地やその近くまで行くのに便利だもんね〜」
杖を握った女性の言葉に、へぇと内心で納得する。
護衛依頼というのはギルドの掲示板で見たことがある。どの依頼もほとんどが行商人からの依頼で、そこそこ数は多かった。その依頼をチェックしていた冒険者も、彼らのようなことも考えながら進んでいたのだろうか。
けれども冒険者ではない俺にはとんと縁のない話ではあるのだが。
一度話がはずめばそのあとはなし崩しに話が続くもので、冒険者との会話で時間が過ぎていく。
気づけば時間が経ち、外へと視線を少しばかり外せばもう夕方が近づいていた。
ぱちぱちと目の前で枝の焼ける音ともに炎が揺らめく。日が落ちたからと野営するために、先程まで集めた木の枝で起こした火はあたりを煌々と照らしていた。
硬い黒パンに干し肉、そして行商の方がくれたレタスのような葉物野菜を挟んで頬張れば、干し肉の塩気が葉物野菜で緩和されていた。いやはや、野菜を食べることができるとはありがたいなぁ。
感謝しながらもサンドイッチを再び頬張れば、向かいに座る冒険者がこちらへと少しばかり身を乗り出すようにして話しかけてきた。
「それにしてもお前さんの連れているコッコ。随分と肉付きもいいしよ、良い餌でも与えてんのか?」
その問いに一瞬呆けてしまう。
良い餌といっても与えているのは俺の魔力と食事ぐらいだ。確かにロルやコッコのことを考えると与えるものとしては違うかもしれないが、それでも良い餌かと聞かれればどうだろうかと疑問に思う。
「並みの餌ではこうなりませんよ。きっと良い餌ですよ」
どう答えようかと迷っていれば、商人の方が一つ頷きながら話に入ってくる。
餌かぁ。俺の魔力は餌なのかぁ。
ちょっとしたショックで遠い目をしかけていた俺に、商人と話していた剣を携えた冒険者の男性がこちらへと再び視線を寄越してきた。
「それで、やっぱりアレか」
「アレ?」
聞き返せば、察しの悪い奴だとばかりに男性は首を振る。そして先程よりも声を潜めるようにして言葉を続けた。
「そりゃあコッコといやあ、アレ、だよ。非常食、だよ」
「ゴブフッ!?」
思わず、吹いた。吹いてしまった。汚いなぁ、なんて目で見られても吹いてしまったものは仕方がない。
「ピヒィ……」
隣から引き攣った鳴き声が聞こえてきた。
声のしたほうへ横目で見てみれば、そこにはカタカタと体を震わせるロルがいる。気のせいだろうか、たき火から離れようとしているようだ。
「違いますから! ロルは大切なパートナーですから!」
「なんだい、食料じゃねえのか」
慌てて否定すれば、剣を腰に携えた冒険者はつまらなさそうに言いつつサンドイッチを一気に頬張る。なぜ彼は残念そうにああ言ったのだろうか……。
知りたいような、知りたくないような気持ちになりながらももう一度ロルを見れば、そっと俺に体をひっつかせながらもいまだに震えていた。食べるわけがないということを示すように、ロルの背を優しく撫でる。
夜は更けていく中、ロルの震えも少しずつ収まっていった。
もっともその時から寝るまでは、剣を携えた冒険者を見るたびにロルはぶるりと体を震わせていたのだが。




