第59話~連絡、そして海~
ホラビル神聖国の首都、ホリービアを出立してから二日ほど経った。
森の中をまっすぐ伸びる細い街道では、次の目的地が都市ではないためか出会う人は少ない。並び立つ木々から視線を上げれば、夜が近いのだと知らせるように夕暮れの赤は消えかけ、一番星が輝いていた。
このまま道なりにまっすぐ行けばホラビル神聖国の領土内でもアグレナス王国寄りにある小さな町、マザハに辿り着くだろう。
時折魔獣と遭遇することもあったが、足止めを食らうような事態にはなっていない。順調、といっても差し支えはないだろう。
それにしても、とため息をつきたくなる。
ホラビルからカリオへと直接移動することが出来たらよかったんだがなぁ。どうにも二国間での行き来は出来ないとの話だ。
それは転移のゲートも例外ではないらしい。
だから行商人や旅人、冒険者は一旦アグレナスといった別の国を経由してカリオへ向かうのだと、随分と前に道中で出会った行商人が教えてくれた。
そんなことを考えていれば、隣からなんとも軽快なハミングが聞こえてくる。
ちらりとハミングが聞こえた方へと視線をやれば、翼をパタパタと動かしながら弾むように歩くロルがいた。
ホリービアから出てからというもの、ロルはこの調子だ。むしろホリービアから離れるほどより楽し気に弾んでいるように思う。
それもそうかと、納得しながら楽し気なロルの様子に目をやりつつも考えた。
ロルのような魔獣はホラビル神聖国、その中でも特にホリービアでは不快な視線にさらされてきた。そんな視線から解放されるということは、ロルにとって嬉しいことだろう。
「ピ? ピニョピッ!」
「ん、どうした?」
なおも鳴き続けるロルに尋ねながら、前方に向けた翼をたどるように前へと顔を戻す。
視界に入ってきたのは小さな町だった。簡素な防壁と門、ポツリポツリと見える家の明かり。間違いない、目指していた町であるマザハだ。
目的地が見えたとなると不思議なもので、歩くスピードが自然と早くなる。
先ほどまでぽつんと見えていたはずの町は、気づけば防壁を見上げるほどまで近くなっていた。手続きを済ませ中へと入れば、そのまままっすぐ転移の門を探しに町の中をうろつく。
「とりあえずオブリナントに転移してから、一泊して徒歩でカリオに向かうからな」
「ピニョピィ」
ロルが頷くのを視界の端で確認して、ゲート探しを再開する。
それにしたって、やはりどの町も転移の門に関しては似たようなものなんだな。町の中を探していれば、マザハにある転移の門も町の広場中央にあった。
ホリービアや王都、帝都のようなごった返す大勢の人はいない。絶えず人が門から出たり、入ったりしているわけではない。けれど村のようにほとんど使われていないこともなく、時たま冒険者や商人といった人々が転移の門を出入りしていた。
やっぱり町の規模で門を出入りする人もこうも変わるんだなぁ。
ぼんやりと頭の片隅でそんなことを考えつつ、広場をまっすぐ突っ切って転移の門へとたどり着く。
行く場所はオブリナント大帝国の帝都だ。頭の中に帝都を思い浮かべながらロルと共に転移の門をくぐれば、一瞬視界が霧に包まれたように不明瞭になるも、すぐにその霧は晴れていった。同時に目の前の光景は帝都のそれへと変わっている。
うぉ、人が多い。さっきまで少なかった分、思わず体を仰け反らせてしまいそうだ。
「ロル! はぐれないようにな!」
「ピニョォ……」
突然増えた人の数に圧倒されたのだろう、返ってきたロルの声は小さい。まぁ、それもそうかと人の間を縫うようにして歩きつつ周りへと視線をやった。
人の数はマザハの比ではない。なまじ最初に数が少ない光景を見た分、余計に多く感じられる。
門からすぐにでも離れなければ、門を出入りする人の波に揉まれてあらぬ方向へと流されてしまいそうだった。
「ロル、服の裾に鉤爪引っ掛けていろ!」
「ピ、ピニョォ!」
ロルの答える鳴き声が聞こえたと同時に、見えないものの服の裾を後ろから引っ張られる感覚を覚える。うん、服に鉤爪を引っ掛けたみたいだし、とっととこの場から離れよう。じゃないとこのまま人の波に揉まれてしまう。
時折すみませんと謝りながら、ロルと共に人の混雑から抜け出した。
瞬間、思わず大きく息を吸う。心なしか先ほどまで感じていた圧迫感が消え、体が軽くなったように感じる。
こう、人が多いところから抜け出すと、空気が新鮮に感じるのはなんでだろうなぁ。
「ピニョォ……」
ロルも同じ思いだったのか、深呼吸するような動作の後にほっとした鳴き声を漏らした。
「はぁ……、とにかく宿、探そうか。見つからないなんて悲劇、もう起こしたくないし」
「ピィ」
ホリービアでは国の特性もあって見つかることがなかった。帝都ではそんなことが起こらないとは思いたいが、満室で無理です、なんて言われれば他をあたるしかない。
出立準備のためにも宿は早めに確保しておきたいのだ。
そう考えて俺とロルは広場を去り、宿屋を探しに帝都の大通りへと歩いていった。
□ □
「あぁ……、良かったぁ」
そんなことを息とともに吐き出しつつ宿屋のベッドに倒れこめば、ギシリという音が小さく響いた。ベッドに横たわったせいか、条件反射で大きく伸びをしてしまう。
いや、やっぱりベッドはいいものだ。それ以上に変な視線に晒されないのはそれだけでストレスが溜まらない。
「ピィニョォ」
何とも間延びした鳴き声に隣を見れば、リラックスしたような表情でくつろいでいるロルの姿があった。
まぁ、ロルのそんな様子にも納得がいった。
とっととホリービアから出たいという意見に何より賛成を示したのはロルだ。ロルにとってはホリービアを出て悪い視線に晒されないで泊まる久々の宿屋である。ここまでくつろぐのは道理といえよう。
なんともリラックスしたロルの表情にこちらも思わず笑みが漏れてしまう。嬉しそうだなぁ、良かったなぁ。
「ピィピニョッ! ピッピッ!」
嬉しそうな顔をしながら、これまた嬉しそうな鳴き声と共にロルがベッドへと上がってくる。そして俺の腹の上に乗ってきたかと思えば、顔を擦り付けるようにしながらごろごろし始めた。
「はっはっはっ、嬉しそうで何よりだよ。だけどな、お前自分の体重考えてくれ?」
「ピィー!」
苦しそうな声を抑えながらも、笑顔を浮かべつつ宥めるように言う。
けれどもロルは嬉しさを抑えきれないのか、ごろごろするのを止めようとはしなかった。
いや、むしろ激しくなった。
「ロ、ロル? 聞こえているか? なぁ、頼むから腹の上でごろごろするのは止めてくれ。重いから! ローリングするせいで胃の中のものがぁ!」
ダメだ、冷や汗が出てきた。
何だこれ、本当に胃の中のものが出る……!
もう余裕もなくなってきた声で、半ば叫ぶようにして言えばロルがピタリと動きを止めた。そしてじっとこちらを見つめてくる。
そうして浮かべた表情は、いたずらっ子独特の笑みだ。
あ、これはダメだ。
「ピィピー」
「理解したうえでするな! スピードに緩急つけるな! う、叫んでたら……」
「ピ? ピニョォ」
さすがに危ないと感じ取ったのか、緩急つけたローリングを止めたロルは俺の腹の上から退く。そしてこちらを心配そうな目で見つめてきた。
ありがとう、あと一歩のところだったよロル。その一歩先が何かなんて言わなくても分かるだろうけれど。けれどもう少し早く止めてほしかった。出来るなら笑顔で宥めていたあたりで止めてほしかった。
「悪いロル……。ちょっと本当に休憩……」
「ピィ……」
ぐったりと手足を投げ出し、悪くなってしまった気分を収める。
仰向けのまま動けない。今動いてしまったら収まりそうなものも収まらなくなってしまう。
しばらくピクリとも動かずベッドに横たわっていれば、先程よりも気持ち悪さが抑えられた。
夕飯を食べる時間までにはまだある。時間があるなら予定であった出立の準備でもしようか。さて、テントはいいが干し肉やら消費するものは補充しておかなければ。
そんなことを考えていれば、連絡がきたことを連絡用水晶が教えてきた。
「うん?」
第五の誰だろうかと出てみれば、聞こえてきたのはオルブフの声だった。
「あ、秋人様!」
「どうした、オルブフ?」
焦った彼の声に自然とこちらも気が引き締まる。具合の悪さなど言っていられず、勢いよく上体を起こした。
……勢いよく起きすぎた、少し気持ち悪い。
「ラーケのことで至急に相談したいことがあるんすよ! とりあえず秋人様にも見てほしいので、至急戻ってきてほしいっす! 遊技場入口で待ってるんで!」
「わ、分かった」
焦りに焦ったオルブフの言葉に押され、電話越しながらも頷きながら答えれば通話が切れる。
あまりのことに思わずぽかんと水晶を見つめてしまう。いや、そうしている場合じゃない。
ラーケに何かがあった、それも慌てるようなことが。あれほど焦っていたのだ、よっぽどのことが起こったのだろう。もしかしたらラーケが衰弱しているとか、そういう話かもしれない。
「ロル、ちょっとこれから第五に戻るぞ」
「ピ?」
「ラーケに何かがあったらしい。確認のためにもこのまま転移で戻る」
立ち上がりながら言えば、宿屋の部屋を見渡す。
部屋を取ったばかりであったし、荷物は広げていないからこのままもう移動できる。あぁ、でもどれほど部屋を開けるか分からないし、鍵をかけておこう。
部屋の鍵を内側からかけ終えれば、ロルも理解したのかススッと転移のためにこちらへと近寄ってきた。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「ピッ!」
用意は出来た。短い応答が聞こえた瞬間、すぐさま転移の魔法を発動する。
視界が霧に包まれたように不明瞭になり、足元の地面が消えたような感覚に陥る。けれどそれは一瞬の出来事で、すぐに霧は晴れて足裏にも地面の感触が戻ってきた。
先ほどまで木製の部屋であったはずの光景は、すでに遊技場入口の光景へと変わっている。
「あ、秋人様! こっちっす!」
オルブフはどこだろうかと見回すまでもなく、すぐ傍から名前を呼ぶ声が耳に届く。そちらへと顔を向ければ、走り寄るオルブフがいた。
こうしている間にもラーケは大丈夫なのか。そんな心配が先んじてこちらもオルブフへと小走りに駆け寄った。
「オルブフ、ラーケは!?」
「ついさっき、変化が終わったんすよ!」
「へ、変化?」
水晶越しの声は焦っていた。焦っていたはずだ。けれど目の前では笑顔をこちらに向け、なんとも嬉しそうな表情で話すオルブフがいる。
え、何だ?緊急事態、なんだよな?そう思ってこうやって帰ってきたわけなのだけれど……俺、早まったのか?
「どうしたんすか、秋人様? まるで大事が起こったといわんばかりの慌てた顔っすねぇ。何かあったんすか」
「……うるさい」
こちらの顔を覗き込むようにしながら尋ねるオルブフに、つっけんどんに返す。悪いとは思っていても、今はそのことについてつっついてほしくないんだよ……。
「え、一体何なんすか!」
それでもオルブフは気になるのか、顔を覗き込もうとしながら尋ね続けてくる。
「気にするなそれ以上気にするなそれ以上言うなら俺はこのまま『アトレナス』に行ってしばらく戻らない」
息継ぎもなしにそう言いながら、思い切り顔をそらす。そうすれば訝しげなオルブフもつっついてはいけないと思ったのか、少しばかり体を引いた。
このまま畳かければ……!
「お、俺のことはいいからラーケの変化について教えてくれ」
「そう言うなら……」
いまだに気になりますと言わんばかりの視線を受けながらも、話題を変えることができたことにほっと安堵する。
「あ、こんなことでって呆れているんじゃないんすかね!? これはさすがに呼ぶことだと思ったから呼んだんすよ!」
けれど安堵のため息を呆れだと誤解したオルブフはわたわたと焦ったように言った。
手や顔の表情はもちろんのこと、ピンと伸びた尾や時折ひくひくと動く耳も動揺を伝えてくる。
「そんなことは考えていないから大丈夫だって」
「そうっすか? それならいいっす」
「さてと……とりあえず話の続きな。ラーケが変化したって言っていたけれど」
「ああ、そういえばそういう話だったっすね」
「あのなぁ……」
いつものジト目で呆れたようにオルブフを見れば、彼はからりとした笑い声を上げた。この様子、変化といっても悪い方ではないのだろう。
「まぁ、とりあえずこれは見てもらったほうが早いっすね。ひとまず、ラーケのいる海辺に行くっす。先にリリアラとルルアラがいるっすから」
あの二人が既にラーケのそばにいるのか。確かにあの二人は何だかんだラーケのことを気にしていたしなぁ。
そんなことを考えていれば、目の前でオルブフの足がふわりと地面から離れ、そのまま体は上空へと浮かんでいく。あ、飛んでいくのか。
先導するように先を飛ぶオルブフの後を追って俺とロルも飛び上がった。
視線の先に迫っていた森や平原が下を通り過ぎて後ろへと消えていく景色をしばらく見ていれば、少しばかり先ほどとは違った匂いが鼻を掠めた。それと同時に視線の先に目的地が見え始める。
日の光を受けてきらめく青と目に痛いほどの白い砂浜、そして鼻をくすぐる潮の匂い。ラーケのいる海である。
少しずつスピードを落とし砂浜へと着地すれば、砂浜近くぎりぎりまで来ているラーケの姿があった。そしてラーケの目の前にはどうしたものかと困ったような表情のリリアラとルルアラもいる。
「んだ、ありゃあ……」
「ピニョオ……」
「ね、一度秋人様に見てもらうような事態っすよね?」
ロルだけでなく思わず声を漏らしてしまった俺に対して、オルブフは振り返りながら言ってきた。その表情はそれ見たことかと言わんばかりである。
その表情に少々腹立ちはするものの、目の前の光景からすれば彼の言い分は正しい。
きっと今、なんとも情けないような表情をしているのだろう。いや、だってこれは驚く。
ロルだって最初は頭の上に乗るような弱い魔獣、ホロホルであった。それから月日が経つにつれて体が大きくなり、今の姿になっていったのである。そう考えればラーケの体が変化するのも当然と言えた。
けれどこの変化は、本当に予想外だなぁ……。
「な、なぁ、ラーケなのか?」
「ヴォオ」
俺の言葉に、以前とは少しばかり異なった鳴き声が返ってくる。変わったなぁ、鳴き声。いや、鳴き声以上に姿が変わっているのだが。
出会った当初、ラーケはまさしく巨大なイカという表現がふさわしかった。
けれど今はかろうじてイカの名残は残っているものの、クラゲと言われても納得できるような姿でもある。
以前は槍先の形だった頭部は透明な球体になり、中はほぼ水で満たされていた。ラーケが身じろぎするたびに中の水が揺れ、まるで海の波のように水面がさざめく。そしてその水中を色も大きさも様々な魚がのんびりと泳いでいた。
さながら水槽のような頭部である。
そこから下へと視線を移せば、他の腕と比べて長い触腕の二本に変化が見られた。
簡単に言えば、チューブのようになっている。チューブのような触腕は頭部に向かって伸びており、水槽へと直接つながっていた。
触腕の先端はチューブのままで、そこから入って水槽へとたどり着けそうでもある。
水槽に繋がっていることもあって水が漏れてしまうのではないかと危惧してしまうが、よく見れば球体に繋がる部分には弁のようなものがあってそれを防いでいた。
頭部が水槽、触腕二本がチューブのイカ。ラーケはそんな姿へと変わっていたのだ。……うん、ちょっとだけクラゲみたいだと思ったが言わないでおこう。
「あ、秋人様! オルブフに呼ばれていらっしゃったのです?」
「ああ。ラーケが大変だという話で来たんだが……確かにこれは大変だよなぁ」
駆け寄ってきたルルアラにそう言えば、彼女は「全くなのです」と腕を組みながらうんうんと頷く。その割にはラーケを見上げていた時の顔、心配そうだったけどなぁ。
ぼんやりとラーケを見上げながら思えば、砂浜を踏む音が鼓膜を震わせた。
「秋人、様」
その声に振り替えれば、パタパタとこちらへと駆け寄るリリアラの姿が視界に入る。彼女の動きに合わせて、腰ほどまである長さを一つにまとめた金髪が揺れた。
「秋人、様。その、ラーケがここまで、変化を、見せたわけですけど……」
「あぁ、そのようだな」
「えっと、それで、ですね……」
リリアラにしては歯切れが悪すぎる。
ふと疑問に思って彼女の方へと視線をやれば、ちらちらラーケと俺との間を視線が行ったり来たりしていた。その表情は不安とけれど気になって聞いてしまいたいという思いがせめぎあっている。
少しの間そうしていたリリアラだが、このままではいけないと思ったのかこちらに向き直った。
「ラーケの、ことです。こうして、変化してしまった、わけですけど、秋人様はどうなさるのかと」
「どうするって……例えば追い出すとかか?」
そう言えばリリアラだけでなく、ルルアラやラーケの表情にぴりりと緊張が走る。
「えっと……端的に、言うのでしたら、そうです」
こちらを気にしながらも、おずおずとリリアラは頷いた。
一方で、彼女たちの態度はこれが原因かと納得がいく。姿が変わってしまったラーケが果たしてこのままここに置いてもらえるのか。ラーケ自身はもちろんのこと、リリアラ達もそのことを気にしているのだ。
「秋人様?」
喋らない俺に対して恐々とリリアラは尋ねてくる。心配なんてしなくてもいいのに。
「ラーケを追い出すわけないだろう? 追い出すようならそもそもここに連れて来ていないよ」
俺の言葉を飲み込むような一拍の間のあと、リリアラやルルアラ、ラーケはほっと安堵の表情を浮かべたり胸を撫で下ろしていた。
よく見ればラーケの頭部、水槽の中を泳いでいる魚たちも安堵の表情を浮かべている。あの魚達、ラーケの感情とシンクロしているのか?
そのあたりはどうなのだろうか、なんて考えていればルルアラの声が耳朶を打つ。
「けれどこのままラーケはこの海辺にいるのです? ラーケ自身寂しがっているというのもあるけれど、ここまで変化したのですし」
「あぁ〜……せっかくこうやって変化したんだしなぁ」
ルルアラの言葉に納得しながら、ラーケの全体を眺める。水槽のような小さな水族館のような姿になったラーケをこのまままここに置いておくには惜しい気もするのだ。
けれど一体どうしたものか。急に遊技場の方へと連れていくには、お客に対してどのようなことをするかという不安がある。
それにタイミングだ。ラーケに一つぐらいのアトラクションを任すとしても、突然ではなんとも言えない。
いや、タイミングならあるじゃないか。
「確かそろそろ遊技場で大きなイベントを予定していたよな?」
「えっと、確かにその時期なのです」
頷きながら答えるも、ルルアラは突然どうしたのかと困惑した表情でこちらを見つめてくる。
「時期的にもいいだろうし、そのイベントでラーケに一つアトラクションを任せてみるか」
「アトラクション、ですか? ラーケができる、アトラクションですと……」
「水族館なりなんなり、あの水槽を活かす方法がある。イベントと同時に新しいアトラクションだと発表すれば、そこそこ大きな印象もあるだろうし」
自分の考えをまとめるように言えば、ふと気になったような表情でルルアラが話しかけてきた。
「けれどそれなら遊技場に関しての説明はもちろんのこと、従業員としての心得等も教えなければならないのです」
「その件に関してはリリアラとルルアラの二人に頼みたい。言葉も通じるし、二人の方がラーケと仲がいいだろう?」
そう尋ねれば、こくりと二人はほぼ同時に頷いた。遊技場の人間で彼女たちほどラーケと親しい人物を知らない。
「了解したのです」
「了解、しました」
「ああ、頼んだぞ。もし無理そうなら早めに言ってくれ。あくまでラーケのことを考えて、な」
念のための言葉に二人は再度首肯した。
俺よりも『第五遊技場』にいる時間が長かった彼女たちならば大丈夫だろうが、これも念の為だ。タイミングとして良いと思っただけだし、焦ってはいけない。
「こちらにいらっしゃいましたか、秋人様」
教えることでも優先すべきものをリリアラとルルアラで話し合っていれば、後ろから懐かしい声が聞こえてきた。そちらへと視線をやればジェラルドさんと後ろに控えるリアナの姿が視界に入る。
「ジェラルドさんじゃないですか。ちょっとラーケの件で戻ってきまして」
「ええ、オルブフからつい先ほど聞きましたよ」
そう言いながらちらりとオルブフへと視線をやるジェラルドさんの顔には笑みが浮かんでいた。しかしその瞳は諫めるようなものである。その意味を感じ取ったのか、オルブフは視線をそらしながらも体をブルリと震わせた。
あぁ、これジェラルドさんには伝えていなかったな……。
ずっとオルブフへと視線を注いでいるわけではなく、ジェラルドさんはすぐにこちらへと視線を戻した。
「秋人様、イベントの期間を覚えていらっしゃいますかな?」
「ええ、大丈夫です。それまでにはこちらへと戻りますから。とりあえず……カリオ魔国内にあるエルフの里、そこの大図書館に用があるので、それが終わり次第戻ります」
「了解しました」
ジェラルドさんはそう答えながら軽く一礼する。
これで話は終わりだろうか、なんて考えていれば目の前で何かを考え込むようにジェラルドさんは顎に手を当てた。
「さて、カリオ魔国ですか。そうなれば魔族であるリリアラやルルアラ、ダークエルフであるリアナと行動した方が何かとスムーズなのでは?」
あぁ、ジェラルドさんの言うことは確かにちらりと考えていた。
ホラビルと違い、カリオ魔国はほとんどが魔族で占められている。そのために人間が行動しやすいのかどうかが分からない。最悪、ホリービアと同じような展開になるかもしれない。
冒険者の中にはカリオに向かう人たちもいるだろうから、全くいないというわけではないだろうけれど。
「リリアラとルルアラにはラーケの教育を頼んでいるから、同行を頼むとしたらリアナですね」
「なるほど。ところでラーケの教育と申しますと?」
そういえばジェラルドさんには伝えていなかった。
そこで不思議そうな顔で尋ねてきたジェラルドさんに事の経緯を話せば、それぐらいならということで了承してもらった。もっとも、これはこれからの経過を踏まえながら、というのも頭の中に入れておかねばならない。
ああ、ここだけで話を決めるわけにもいかないな。
「リアナ、何か用事があったりするか?」
そう尋ねれば、リアナは笑顔のまま首を横へ打ち振った。
「大丈夫です、秋人様。それにその……私も個人的にカリオに行きたい理由がありまして」
「理由?」
「えぇ、その、個人的な理由ですから」
何だろう、リアナの言う理由とは。個人的というからには仕事に関係はないのかもしれないが、照れながら言っているせいで妙に気になってしまう。
けどまぁ、お茶を濁しているあたりあまりしつこく聞かない方がいいのか。
「それじゃあ、リアナもついていくとして……もうこのまま『アトレナス』に行くか。宿屋の部屋からこっちに来てしまっているし。鍵ももらっているから、転移場所は部屋だな」
「では、転移しましょうか」
リアナの言葉にふと沸いた用意はできているのか、なんて疑問はすぐに消える。既にナップサックを携えた彼女がこちらを見ていたからだ。
俺とロルの用意も出来ている。あとは移動するだけだ。
「それじゃあ皆、あとを頼む」
任されたとリリアラやルルアラ、オルブフ、ラーケ、そしてジェラルドさんがそれぞれの言葉で一礼と共に答える。ラーケは見様見真似、といった感じだがなかなか様になっているじゃあないか。
それじゃあなんて言葉を言ったあと転移の魔法を使用すれば、浮遊感が襲ってくるとともに視界がぐらりと歪んだ。
白い砂浜や青い海は捻じれ、色が変わり、灰色へとなっていく。けれどそれは一瞬のことで、茶や白の混ざった渦が見えたかと思えばすぐさまその光景は宿屋の一室へと変わった。
あぁ、足に地がついている感覚、最高……!
「それじゃあ改めて、これからの旅よろしく頼むよ、リアナ」
「はい、秋人様」
「ピニョピィ!」
「お、ロルもこれからまたよろしくな」
互いに挨拶を交わせば、自然と笑みが漏れてくる。
出立は明日、今日のうちに用意をしなければならない。けれどまずはリアナも宿泊するのだと宿屋の店主に言おう。
それをロルとリアナに告げ、さっそく宿屋一階へと向かっていくのだった。




