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第五遊技場の主  作者: ぺたぴとん
第三章
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閑話~二人、そしてひび~

 どこかで鳥が鳴いている。夜が近いのだろう、ふと空を見上げれば先程まで見ていた夕焼けはあと少しで消えようというところにまでなっていた。

 大通りは店から漏れる明かりで照らされ、酒場からは何とも賑やかな笑い声やカコンと木製のジョッキをぶつけて乾杯する音が漏れ聞こえていた。ちらりとそちらへ視線をやれば、酒場の中では冒険者だけでなく仕事終わりの男性などが串焼きなどを肴に並々と注がれた酒を気持ちよさそうに飲んでいる。

 大通りへと視線を戻せば、帰りの人間を狙って道端には露店が並んでいた。時折足を止めるのは子連れの母親やどうせだからと夕食を買って帰る現地の人間だけではない。何があるのだろうかとふらりと立ち寄る旅装の人間もいた。

 まだまだ静かになる時ではない。夜はこれからなのだ。まるでそう言わんばかりの風景である。

 そんな大通りを二人分の影が、一定の距離を保って大聖堂へと向かっていた。

 やはり街は多少の違いがあれど、王都と同じく夜に賑わうんだな。そんなことを考えながら前を向いて歩く樹沢とは対照的に、彼の一、二歩後ろを歩くキシェルは地面へと視線を落としていた。そんな彼女の足取りは重い。


「ねぇ、トウジ」


 周りの喧騒の中、ポツリと呟かれた言葉が樹沢の耳に届く。どこかか細く、躊躇うようなキシェルの声は、いつもの彼女らしくないものだ。

 一体どうしたのだろうかと気にかかって後ろを振り向けば、キシェルも一拍置いて立ち止まった。

 言おうか、言うまいか。そんな躊躇いをキシェルは見せる。それでも言ったほうが良いと判断したのだろう、彼女は足元から樹沢へと視線を向けた。


「良かったの?」


 不安そうな、心配するような瞳で樹沢を見つめながらキシェルは言う。

 何が、とは言わない。わざわざ聞かずとも、それが何を指しているのかぐらいは樹沢でも分かった。

 心配しなくてもいい、大丈夫だ。そう不安そうな彼女に伝えるように樹沢は小さく笑みを浮かべ、ゆっくりと首肯した。


「あぁ、あれでいいんだ」


 どこか清々しささえ感じさせる声音で、樹沢は言葉を紡ぐ。

 簡単に許してくれるのではないかと、ほんの少しは考えていた。けれどそんなわけは無いのだと、神楽嶋と話してみて分かったのだ。「許して」と言って「はい、許します」と返してくれるほど、事はそう簡単ではない。

 そう簡単ではないように、樹沢や天ヶ上達がしてしまった。

 これはもう、一種の自業自得だ。


(本当に馬鹿だなぁ、俺……)


 前方へと体を戻しながら空を見上げれば、星を見つける。もうそんな時間かと思うと同時に、先程出会った同級生のことを思い出した。今頃、神楽嶋は何処に行っているのだろうか。騒ぎがないことから、既に姿を隠しているのは間違いないだろう。

 ゆっくりと再び歩き出せば、抱えるようにして持った花束からふわりと花の香りが鼻をくすぐる。シンプルな紙で優しく包まれた白い花々は、歩くたびにその花弁を右に左にと軽く揺らしていた。


「トウジがいいのなら、いい」


 そうぽつりと聞こえた言葉の後、後ろを歩いていたキシェルが小走りで隣へと並ぶ。樹沢がちらりと横目に彼女を見れば、すっきりとした面持ちで前を見つめていた。

 樹沢が決めたのならば、それでいい。間違えそうならそれとなく忠告すればいいし、間違えてしまったのなら見捨てずに付き合おう。少なくとも、仲間はそういうものだとキシェルは考えている。樹沢と一緒に過ごす中、はっきりと胸に宿った思いだ。

 けれどそんなことはやはり恥ずかしく、堂々と樹沢へと向けて口に出すことが出来ない。以前言葉にして何ともしっちゃかめっちゃかなことになってしまったのも、原因の一つといえば一つだ。


 前をしっかりと見据え、二人は再び無言のまま大聖堂へと向かって歩き出す。

 迷いを振り払い、決心した二人の背は真っ直ぐ伸び、次第にその姿は人ごみの中へと消えていった。



     □      □



 翌日の昼ごろ、空は晴天で雲一つ無い。そんな空の下、樹沢とキシェルは一言断りを入れて森へと来ていた。樹沢の腕の中には白い花の花束がそっと目立つことなく存在している。

 ホリービアを囲む壁門をくぐり、外に広がる森の中でも開けた場所。本来なら何も無いはずのその場所にはぽつんと一つ、小さな石碑が存在していた。何とも簡素な石碑には日付だけが彫られ、名前といったそれ以外の文字は彫られていない。

 ぽつんとたたずむその様もあってどこか物寂しい石碑に近づいた樹沢は、ふと首をかしげた。


「あれ?」


 ぽつりと、思わず呟きが漏れてしまう。樹沢の隣でたたずむキシェルも声には出していないが、不思議そうな表情で石碑を見ていた。

 民衆の誰かが置いた、と言うわけではない。この場所で緋之宮が亡くなったということを知っているのは勇者などほんの一握りの人間だけだ。話によると民衆には致命的な怪我を負い、その立場もあってひっそりとこれから暮らす、ということにするのだそうだ。

 加えて、この場所に花を供えに来るという予定を樹沢は誰からも聞いていなかったし、何か花束を用意している様子ではなかった。少なくとも天ヶ上は今日一杯、大聖堂でのおもてなしで花を供える暇なんて無いはずだ。


「それじゃあ一体誰が……」


 花束を抱えたまま考え込む。目の前で、風に吹かれて石碑の傍に置かれた白い花の花弁が揺れた。花束ではなく、二本程度の花は何とも寂しげだ。

 一瞬、顔が樹沢の脳裏に過ぎる。それは先日予想外の再会を果たした同級生の姿だ。けれどそんなことがあるのだろうかと、思わず頭を打ち振って考えを消した。

 彼がそんなことをするだろうか。あれほど酷いことをされた人間が、酷いことをした人間に手向けの花を贈るのだろうか。どうしてもそう思えず、けれど彼でなければこの花の持ち主は思い当たらない。


「本当、誰なんだろうな」

「私も分からない」


 二人して首を傾げながらも、樹沢はしゃがむと既に置かれている花の傍へと花束を置く。一体誰が置いたのか分からない。けれど花を置いたということは、決して悪いことではないはずだ。

 そう結論付けながら樹沢は石碑を見つめる。花の数が多いその花束は、石碑の纏う寂しさを薄れさせていた。



     □     □

 


(緋之宮先輩が亡くなったのは、まぁ仕方がないこと……)


 ぼんやりとそんなことを考える小峰の前ではソファに腰掛け、何やら考え込んでいる天ヶ上の姿があった。

 仕方がないと、再度心の中で呟く。

 目の前で考え込む先輩に対して、恋心を抱いたのは入学した当初だ。ぐいぐいと話しかけてくる彼に対して、自然と恋心を抱いてしまった。

 今も抱いている恋心は、最初の頃綺麗なものだった。見ている世界がきらきらしたもに見え、その世界の中でも天ヶ上はより一層輝いて見えていたのである。

 いつからこんなどろどろとしたものになったのか。『アトレナス』へと来たのが一つのきっかけかもしれない。こちらの世界に来て、想いを寄せる彼はさらに多くの女性を虜にしていた。それは一国の第一王女だったり、ギルドの人気受付嬢だったりと様々だ。

 次々と天ヶ上の周りには女性が増える。それに危機感を覚え、小峰が周りを邪魔だと考えるのは時間の問題でもあった。

 その結果として緋之宮は死んだ。死ぬように仕向けた。彼女が死んだと同時に隠し通さなければという思いがあったものの、それは障害を排除したことへの達成感より小さいものである。

 そうはいっても少しばかりの罪悪感はある。そして今までそんな気持ちを誤魔化すように小峰は自分に言い聞かせていた。


(仕方がない、仕方がない。邪魔だったから、仕方がない)


 言い聞かせるように呟いた言葉は決して口から出さない。他の女共は構わないが、その言葉を聞いた天ヶ上から嫌われてしまうのは何としても避けたい。


「……真由、悪いけど今日もいいかな?」

「うん」


 あぁ、今日も私を頼ってくれないと考えたのは私だけではないだろう。そう思って小峰はちらりと横を見れば、諦念が混じった瞳のシェルマとミレイアの姿があった。

 彼女達から視線を天ヶ上へと戻せば、慣れたように天ヶ上の傍へと橘が近寄っている。


(今日も、頼ってくれない。ううん、今日だけじゃない。ここ最近いつも橘先輩ばかり)


 以前だったら仕方がないと、彼女の分も精一杯生きようと天ヶ上は言っていたはずだ。けれど今回ばかりはそれが無い。


(いや、それっぽいことは言っていたけれど……)


 どこか覇気が無かった、と胸中で続ける。

 邪魔者が一人消え、少しでも天ヶ上と過ごす時間が増えると考えていた。実情はどうであれ、小峰は緋之宮の最後に立ち会った人間である。思い出して辛いなど悲しげに言えば、天ヶ上は無視できない。そうすれば甘えることが出来ると思っていた。

 そう、考えていた。


「それじゃあ、ちょっと勇気を連れて行くから……。先に寝てて」


 そう言えば、橘は無言の天ヶ上を連れて天ヶ上の部屋へと連れて行く。そっと体を支えようとした彼女の手は、しかし天ヶ上の大丈夫という言葉に阻まれてしまった。


「彼のこと、お願いしますね」


 二人が部屋へと入る直前、微かに震えたシェルマの声が橘の背に投げかけられる。

 私が連れそうとも言わず、どんな気持ちで橘に頼ったのか。橘とて理解出来なかったわけではない。同じ人を想うからこそ分かる。

 こくりと、無言で橘が頷く。それに目礼でシェルマは返すと、ミレイアを連れて自身の割り当てられた部屋へと戻って行った。


「理沙ちゃんも、今日はもう遅いから」

「……はい」

「それじゃあ、おやすみ」

「……おやすみ、なさい」


 何で貴方が、何のために。そんな感情を胸の内で抑え、小峰は短い言葉を返す。

 ジトリと無言で向けられる小峰の視線を背中に受けながら、橘は振り返ることなく部屋へと入って行った。

 パタンと扉が閉じる音と共に、注がれていた視線が途切れる。


「すまない真由、本当に」

「気にしないでよ、勇気。したくてしているんだから」

「そう、か……」


 そう返す天ヶ上の顔には笑みが貼り付けられているものの、それはどこかぎこちない。

 そんな笑みを貼り付けたまま天ヶ上はベッドの端に腰掛けた。


「……先輩は、僕のいないところで死んでしまった。間に合うわけ、なかった」

「……うん」


 聞いてくれとも言わないまま、天ヶ上は独り言のように呟く。橘はただその紡がれた言葉に対して相槌を打った。


「勇者だとしても間に合わない。そう、間に合わないんだ」


 そう、そのはずなんだ。誰であっても間に合わなかったんだ。

 自分自身に言い聞かせるように呟く天ヶ上の言葉に、橘はただうんうんと頷く。

 これは別に会話ではない。では橘の存在がいらないかと言われれば、そうではない。天ヶ上が望んでいるのはこの相槌だ。その役に橘が選ばれたのはシェルマといったこちらの世界で知り合い始めたような人間でも、緋之宮の死を直接見たであろう小峰でもない最後の選択肢だったから。

 わずかにひびが入ってしまった勇者としての自信やらを、こうすることで取り繕うのだ。


(それにしても……)


 自分で自分を慰める天ヶ上に向けて相槌を打ちながら、ふと橘は考える。思い浮かべるのは小峰の視線と、部屋に入る直前に視界に入った彼女の顔だ。


(どう考えても、悔しいだけじゃないような?)


 この違和感が何なのか、詳しいことは分からない。けれど小峰に対して覚えたその違和感は、ここ最近のことだ。

 一度気にしてしまうとどうにも気になるものである。橘は相槌を打つ役割に戻りながらも、頭の片隅でそのことが引っかかっているのを自覚していた。

 ちらりと窓の外へと視線をやれば今日は曇だ。明日は晴れと言っていたから良いものの、これでは月さえも見えない。


「うん。勇気、私はいつも勇気の傍にいるから」


 溜息を押し殺し、その代わりに昨夜も口にした言葉を橘は紡いだのだった。


 

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